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エペソ人への手紙4章25節から。真実を語りなさいと聖書は言います。でも思うかもしれません。「私たち夫婦は正直に本音を言います。何でも思ったことは口にします。でもケンカになります。だから逆効果です。不満があっても、お互い我慢して言わないから何とかうまくいっているんです」。なるほど一理あるように聞こえます。じゃ、どうすればいいのか?これが今週のテーマです。
ルカによる福音書9章21節~23節から。災難や試練が降りかかった時、受け止め方は2種類あります。自分の十字架として負うのか、それとも負わされるかです。負うのと負わされるのでは苦しさが違います。すべて負わされるものは辛くなります。逆に自分から背負う十字架は人生の使命になります。これがイエス・キリストの十字架の負い方です。
コロサイ人への手紙3章12節~17節から。「慈愛、謙遜、柔和、寛容を身に着けなさい。互いに忍び合い、誰かが他の人に不満を抱くことがあっても、互いに赦し合いなさい。愛を着けなさい。キリストの平和が、あなたがたの心を支配するようにしなさい。感謝にあふれて心から神に向かって歌いなさい。父なる神に感謝しなさい」。これは全部習慣の問題です。「え、心の問題でしょう」。心の問題とはじつは習慣の問題なんです。
ペテロの手紙第二1章5節~7節から。今日は主に現役世代の方々に向けて語りたいと思います。現役世代、つまり職業人のみなさんにです。定年退職した方々でも趣味に励んでいるとか、そういう方々にもお役に立つと思います。高齢者でも教会で奉仕している方々にも益になると思います。今日のタイトルは「101」です。101というキーワードが職業人としての私たちの成長のカギになります。
伝道者の書7章29節から。本当の問題は客観的な問題です。自分が勝手に問題にしているのは主観的な問題です。人生に問題は2種類だけです。客観的な問題と主観的な問題です。多くの人は区別しません。悩む価値があるのは客観的な問題だけです。ではどういう問題が客観的な問題で、どういう問題が主観的な問題なのか?どうやって見分けたらいいのか?今日の聖書の言葉が見分け方のヒントを教えてくれます。
マタイによる福音書7章7節~11節から。私たち、気分が沈んだときは、人生に何のいいこともない気分になりがちです。しかし、いいことはあります。その一つが善意です。神さまの善意、人の善意です。気持ちが暗くなると、それが見えにくくなります。確かに夜の空は暗い。でも夜空にも目を凝らしてみれば、こっちに一つ、あっちに一つ、星が輝いています。小さい光だけど光はあります。夜空を見た時、星と星の間の暗い部分を見るか、星を見るかで気分も違ってきます。
ペテロの手紙第一4章8節から。やって欲しくないことをやられた方に注意を多く向けるのか?それとも、やって欲しいことをやってくれたことの方に多く注意を向けるのか?聖書はやって欲しくないことをやった方には覆いをかけなさいと言います。つまり注意をあまり向けるなと。逆に、やって欲しいことをやってくれたことの方に多く目を向けなさいと。愛するということはそういうことなんだと。
ルカによる福音書6章31節から。今日の御言葉の目標は、自分の周りの人に異物感を感じないようになることです。異物が多いと感じれば感じるほど、自分の世界は狭くなります。ぎゃくに異物感が少なければ少ないほど自分の世界は広くなります、我が家にいる感じがします。イエス・キリストの言葉によって自分の世界を広げましょう。
マタイによる福音書7章3節~5節から。人に注意するのは難しいですね。相手のためを思って注意しても、なかなか相手に伝わらない経験したことないですか?伝わらないどころか、逆効果になることもあります。相手が余計頑なになって、やらない方がいいって言ったことを逆にますますやるようになったり。とくに、年頃のお子さんを抱える親御さんは、上手にお子さんに注意できたらいいなあと思っている方も多いと思います。お子さんだけじゃないです。職場や知人友人関係でも、注意してもなかなか聞いてもらえない。今日は理由の1つを解明するために、イエスさまの言葉にヒントを探ってみたいと思います。
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