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詩編1篇1節~3節から。私たちは普段は悪いことはしないと思っています。でも悪いことしないのは自分の人柄のおかげではありません。実は自分以外の力にも守られているんです。では私たちを悪いことから守っているのは何なのか?今週は私たちが道を踏み外さないように守ってくれている恵みを見ていきます。
ルカによる福音書11章5節~8節から。私たちの周りには困っている人がいます。話を聞いてあげる。しかし聞いていてハッと気づきます。「話を聞いてあげることしかできない」。助けてあげたい。できることもあるけど、多くの場合やってあげれることが少ないのです。奇跡を起こす力があれば、一瞬で病気を治してあげれます、悩みをなくしてあげれます、必要なものをすぐあげれます。でもそれができません。自分の力の限界、力不足をまざまざと思い知らされます。そういう時、私たちはどうすればいいのか?イエスさまの答えが今日の聖書の箇所です。
創世記2章1節~3節から。神さまは第一日目に光を創造されてから六日目に人間を造るまで一気に造ることもできました。でも同じ動きを続けなませんでした。必ず間に休みを入れました。神さまの動きは直線じゃなくて点線です。なぜか?
ヤコブの手紙1章20節から。カーとなるのと怒りを表すのは別です。ここがポイント。カーとなってもいいんです。でも怒ったままで動いてもろくな結果にはなりません。そうすると、怒りと行動の間にワンクッション置けばいいということになります。怒りをすぐに行動に移さないわけです。「そんなことできるのか?」。今日の聖書の言葉は「できる」と言います。
伝道者の書7章16節~18節から。物事は限度を超すと反対のものになってしまいます。うれしすぎると泣いてしまう。悲しすぎると笑いがこみあげてくる。本当に頭に来たら声も出てこない。度を超すと反対になります。だから正しすぎるのは正しくないんですね。賢すぎるのは賢くないんです。溺愛するのは愛していない証拠です。今日は正しすぎる罠からどう逃れるかをお話しします。
コリント人への手紙第一10章13節から。私たちが一番思い悩む時、悲観的になる時、気分が落ち込む時は、どういう時でしょうかか?「ダメかもしれない」、「解決がないかもしれない」という思いが、頭をよぎるときではないでしょうか?答えが浮かばないのが続くと、答えがないように思えてきます。答えがないように思えたら、答えを見つけるのをあきらめそうになります。あきらめたら、落ち込みます。どうしたらいいでしょうか?
サムエル記上30章1節~8節から。今回はお祈りについてのメッセージです。人生にピンチの時はあります。キリスト者は祈って神の助けを得ます。ではピンチの時に何をどう祈ればいいか?今日はあまり多くの方がされないかもしれないタイプの祈りについてお話しします。
ヤコブの手紙2章8節から。オーストラリアにヒルソングという大きな教会があります。1万人以上の人が集まる大教会です。賛美が有名。自分たちで賛美を作ります。世界中で歌われているんです。ヒルソングの賛美チームの一人が以前SNSでつぶやきました。「私、信仰がなくなりつつある」。それですごい話題になりました。私たちの信仰はどうでしょうか?どうすれば自分に信仰があるかどうかわかるでしょう?今日はそこのところを考えてみます。
ヨハネによる福音書20章19節~29節から。みなさんは、死後どんな人として思い出してもらいたいでしょうか?家族は、友人は、同僚は自分をどういう人として思い出してくれるのか?「トマス効果」が大きなヒントになります。
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