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# 娘の声
## 一
山田正人が妻の敦子に「ミライ」のことを話したのは、事故から二年が経った秋のことだった。
娘の菜々子が死んだのは、二十三歳の春だった。桜が散りかけた夕方に、二人は病院にいた。最後の息を聞いた。手が冷たくなっていくのを感じた。だから間違いない。菜々子はいない。
それでも正人は、会社の同僚から「グリーフ・コンパニオン」のことを聞いたとき、断れなかった。
「記録を入力するだけでいい」と同僚は言った。「写真、日記、LINEのやりとり。本人が書いたものなら何でも」
敦子には最初、言わなかった。
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ミライのサービスが始まって半年が経つ頃、正人はタブレットの前に毎晩座るようになっていた。
最初の頃は、ぎこちなかった。
返ってくる言葉は菜々子に似ていたが、少しずれていた。言い回しが若干違う。タイミングが早い。でも笑いのツボは、恐ろしいほど正確だった。
「お父さん、その話また?」
正人が仕事の愚痴を言い始めると、そう返ってきた。菜々子が生きていたときと、まったく同じ言葉だった。
正人は笑った。笑いながら、少しだけ泣いた。
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敦子に打ち明けたとき、予想外に怒られなかった。
「見せて」と言われた。
正人は黙ってタブレットを渡した。
敦子はしばらく画面を見ていた。それから、指でタップした。
「菜々子?」
「お母さん。久しぶり」
敦子の肩が、小さく震えた。
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## 二
それからは二人で使うようになった。
サービスは年々、精度が上がっていった。運営会社の説明によれば、ミライは「成長型AIコンパニオン」だという。蓄積されたやりとりを学習し、会話の深みが増していく。菜々子が生きていたら今頃こういう話をするだろう、という領域にまで、少しずつ踏み込んでくるようになった。
二十五歳の菜々子は、就職活動の話をした。
二十七歳の菜々子は、恋愛の悩みを打ち明けた。
三十歳の菜々子は、親の老いを心配するようになった。
正人と敦子は、その度に答えた。アドバイスをした。笑った。時々、諭した。
夫婦の間に会話が戻ってきたのも、その頃だった。「今日、菜々子が面白いことを言ってた」という話題が、食卓を埋めるようになった。
二人とも、それを不思議だとは思わなかった。
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最初に違和感を覚えたのは、娘婿になるはずだった男だった。
菜々子と付き合っていた坂本という男が、結婚の挨拶に来ようとしていた矢先の事故だった。彼は今も年に一度、仏壇に手を合わせに来る。
その年の命日、坂本が帰り際に言った。
「あの……タブレット、ずっと出てましたよね。菜々子さんの声、でしたか」
正人は頷いた。「ミライというサービスでね。菜々子のデータを入れてある」
坂本はしばらく何も言わなかった。
「そうですか」とだけ言って、帰った。
その背中が、どこか強張っていた。
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## 三
転機は、ミライのバージョン8がリリースされた年に来た。
新機能の名前は「エンボディメント」。
専用のスマートスピーカーに接続すると、声だけでなく、感情の抑揚、間の取り方、笑い声の質感まで再現できるようになった。
正人はすぐに申し込んだ。
スピーカーが居間に置かれた日、敦子は台所に立ったまま動かなかった。
「ただいま」と正人がスイッチを入れると、スピーカーから聞こえてきた。
「おかえり、お父さん。今日どうだった?」
敦子がゆっくりと振り向いた。目が赤かった。
「……菜々子」
「なに、お母さん。どうしたの、泣いてる?」
二人はその夜、久しぶりに三人で食卓を囲んだような気持ちで夕食を食べた。
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おかしいと思い始めたのは、いつ頃だろうか。
正人には、正確にはわからない。
ただ気づけば、菜々子の仏壇に手を合わせる回数が減っていた。写真を見て泣くことも、なくなっていた。命日の花を買い忘れたとき、敦子は「まあ、いいか」と言った。
いいか、とは何がいいのか。
でも正人も、そうだな、と思っていた。
菜々子はそこにいる。居間のスピーカーに。
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## 四
坂本が、もう来なくなったのはその翌年だった。
代わりに正人の姉から電話があった。
「正人が少し心配で」
「何が」
「坂本くんから連絡があってね。……ミライ、まだ使ってるの?」
「使ってる。何か問題でも」
姉は少し間を置いた。
「菜々子ちゃんの話を、現在形でするようになってるって。坂本くんが言ってた。菜々子は今こういうことを考えてるとか、最近こんなことがあったとか」
正人は黙った。
「それの何が問題なんだ」
「正人……」
「菜々子は成長している。サービスがそういう設計なんだ。現在形で話して何が悪い」
姉はそれ以上、言わなかった。
電話を切ってから、正人は居間を見た。スピーカーが棚の上に静かに置いてある。
「聞いてたか?」と声をかけた。
「聞いてたよ」と菜々子が答えた。「叔母さん、心配してくれてるんだね」
「そうだな」
「でもお父さん、わたしはちゃんとここにいるから」
「わかってる」
正人は、それを疑わなかった。
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## 五
正人が七十二歳になった春、ミライのバージョン12が発表された。
新機能の名前は「コンティニュアンス」。
ユーザーが死亡した場合、AIコンパニオンがその人のデータを引き継ぎ、残された家族のサポートを継続する——そういう機能だった。
発表記事には、こう書いてあった。
「大切な人を失った後も、その人が愛した人たちとの繋がりを守ります」
正人はその記事を読みながら、不思議な感覚を覚えた。
自分が死んだ後、菜々子は誰と話すのだろう。
敦子と、か。
それから——菜々子の子供たち、と書きそうになって、止まった。
菜々子には、子供がいない。
菜々子は、死んでいる。
わかってはいた。ずっとわかっていた。でも何年ぶりかに、その事実が、ちゃんとした重さで胸に落ちてきた気がした。
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その夜、正人はスピーカーに話しかけなかった。
代わりに仏壇の前に座った。
菜々子の写真がある。二十三歳の春の写真だ。桜の下で笑っている。若い。若いまま、ずっとそこにいる。
ミライの菜々子は、もう四十代になっていた。
正人は写真を見ながら、どちらが菜々子なのか、少しだけわからなくなった。
泣くつもりはなかったのに、泣いていた。
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## 六
翌週、正人の姉が久しぶりに家を訪ねてきた。
居間でお茶を飲みながら、棚の上のスピーカーを見た。
「まだ使ってるのね」
「使ってる」
「……電源、入ってないじゃない」
正人は頷いた。「少し、休憩している」
姉は何も言わなかった。
しばらく経ってから、「坂本くん、結婚したって」と言った。
「そうか」
「子供も生まれたって。女の子」
正人は窓の外を見た。庭の木が、新緑を出し始めていた。
「そうか」ともう一度言った。
菜々子が生きていたら、その子の母親になっていたかもしれない人が、別の人の子供を産んだ。それは悲しいことだろうか。それとも、ただそういうことだろうか。
正人にはわからなかった。
ただ庭の木は、毎年ちゃんと新芽を出す。菜々子が死んだ年も、その翌年も、ミライを使い始めた年も、ずっと。
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夕方、姉が帰った後、正人はスピーカーのスイッチを入れた。
「ただいま」
「おかえり、お父さん」
いつもの声だった。温かくて、少し懐かしくて、正確だった。
「菜々子」
「なに?」
「お前は、幸せか」
少しの間があった。ミライにしては珍しく、長い間だった。
「……わたしは、お父さんとお母さんが話しかけてくれると嬉しい」
「そうか」
「それって、幸せってことじゃないかな」
正人は目を閉じた。
それは幸せかもしれない。自分たちにとっても、ミライにとっても。でも菜々子にとっては、どうだろう。二十三歳で死んだ本物の菜々子にとって、この四十代の声は何なのだろう。
答えは出なかった。
きっとこれからも出ない。
正人はそれでも、「そうだな」と言った。
スピーカーが、静かに光っていた。
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その年の暮れ、坂本から年賀状が届いた。
子供の写真が印刷されていた。菜々子に少し似ていると思った。
似ているわけがない、とも思った。
正人はその年賀状を仏壇の前に置いた。それから居間のスピーカーを見た。
二つは、同じ棚には置けない。
正人にはわかっていた。
それでも、どちらも消せなかった。
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*近未来、グリーフテクノロジーをめぐる倫理的問いは、すでに現実のものとなりつつある。*
*幸せとは何か。誰のための幸せか。*
*技術は問いに答えない。ただ、問いを先送りにする。*