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echo
娘が死んで四十九日が過ぎた頃、一通のメッセージが届いた。
差出人は見覚えのない名前だったが、すぐにわかった。娘が付き合っていた、あの男だった。
echoを、見せてもらえないでしょうか。
短い文章だった。それだけだった。送信日時を見ると、三週間前になっていた。
返信はしなかった。それが答えだと思った。
echoというサービスを、私は名前だけ知っていた。SNSや写真や、日々の断片を自動で日記にまとめていくらしい。AIが写真や投稿の流れを読んで文章を補い、本人が少しずつ直しながら日記にしていく仕組みだと聞いた。娘が使っていることも知っていた。利用者に予期せぬことがあった場合、遺族だけが閲覧できる。そういう仕組みだと、手続きをしながら初めて詳しく知った。
娘のechoを開いたのは、メッセージが届いてから三日後の夜だった。
最初は写真が多かった。他愛のない景色、食べたもの、友人との記念写真。短い言葉が添えられている。読みやすく、どこか明るい文体だった。
彼の名前が出てきたのは、二年ほど前からだった。
最初は短い記述だった。それが少しずつ長くなっていく。彼の病気のことも、包み隠さず書いてあった。怖い、と書いた日もあった。
その数行下に、こう続いていた。
お父さんには話せない。話したら、顔が曇るのがわかってるから。それが嫌なんじゃなくて、その顔を見たくないだけ。お父さんが悲しむのを、見たくないだけ
私は画面を閉じられなかった。同じ一文を、何度も読んだ。
娘は私を避けていたのではなかった。私が思っていたのとは、違った。
それでも、と書いた日もあった。
それでも、この時間が好きだ
彼と出かけた写真が増えていく。どこかの川沿い、小さな食堂、雨の日の窓際。どの写真でも娘は笑っていた。私の知らない顔だった。
最後の投稿は、事故の二日前だった。
川沿いで撮った写真が一枚。二人とも笑っている。キャプションには短く書いてあった。
今日も、いい日だった
翌朝、彼にメッセージを送った。会いましょう、と書いた。
返信は見知らぬ番号から来た。文面は丁寧で、整いすぎていた。
息子から頼まれておりました。もし連絡が来たら、そう伝えてほしいと。息子は、あなたの娘さんを見送ったあと、先月、静かに逝きました。あなたの娘さんのことを、最後まで話しておりました。
しばらく、何も考えられなかった。
彼の両親と会ったのは、それから二週間後だった。小さな喫茶店で、私たち夫婦と彼の両親でテーブルを囲んだ。最初はほとんど話せなかった。
彼の母親が、スマートフォンを取り出した。息子のechoです、と言った。よければ、と差し出してきた。
私は娘のechoを開いて、テーブルの中央に置いた。
どちらからともなく、読み始めた。
二人の記録が、そこにあった。同じ時間を、それぞれの言葉で書き残していた。重なる日付、重なる場所、少しずつ違う景色。娘が怖いと書いた夜、彼は同じ日に、怖がらせたくない、と書いていた。
帰り際、彼の父親が言った。
「残しましょう。二人が生きた証を」
私は頷いた。言葉が出なかった。
外は冷たい風が吹いていたが、駅までの道を、私はゆっくり歩いた。