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二十分の一
手術の成功率は五パーセントだと、画面に表示された
その数字をしばらく眺めた。五パーセント。二十回に一回。それ以上でも、それ以下でもない。ロボット手術の成功率がそう出たときは、その通りの意味だと受け取っていい。わずかに低めに表示されているのは統計的な誤差ではなく、患者への心理的な配慮のためだとどこかで読んだ。つまりこの数字は、ほぼ正確だ
隣に並んだ数字が目に入った。人間の外科医による手術、成功率十パーセント
十パーセントは五パーセントの倍だ。そんな当たり前のことを確認するように、頭の中で繰り返した
担当医の説明は丁寧だった。過去に同じ手術が行われたのは二十件。成功したのは二件で、どちらも同じ外科医の執刀によるものだった。その医師は八年前に引退している
「弟子にあたる先生が、同じ技術を継承されています」と担当医は言った。「師匠の先生も、太鼓判を押されています」
太鼓判、という言葉が妙に軽く聞こえた
弟子の先生の経歴書を見た。年齢は四十二歳。執刀件数の欄に目が止まった。ロボット手術が普及した時代に外科医になった世代で、経験できる症例の数が根本的に少ない。師匠が三十年かけて積み上げた手数を、彼は持っていない。持てなかった。そういう時代だった
弟子の先生とは、その日の午後に会った
写真で見たよりも若く見えた。白衣の袖口はきちんと整っていて、話し方も落ち着いていた。ただ、落ち着きすぎているようにも感じた。自分の声が少しでも大きくなれば、何かが崩れてしまうと知っている人の静けさだった
彼は資料を広げ、術式の説明をした。師匠が用いていた方法、その改良点、ロボット手術との違い。言葉は正確だった。聞いていて、不安になるほど正確だった
「先生ご自身は、この手術をされたことがあるのですか」
聞くと、彼は一瞬だけ目を伏せた
「同じ条件での執刀は、ありません」
予想していた答えだった。それでも、実際に聞くと胸の奥が冷えた
「補助には何度か入りました。記録も、映像も、何度も見ています。手順は頭に入っています」
彼はそこで一度、言葉を切った
「ただ、それを実績とは呼べません」
静かな声だったが、その奥に悔しさがあった
「ロボット手術が標準になってから、この種の症例はほとんど人間の手に回らなくなりました。安全性を考えれば当然です。患者さんにとっては、その方がいい。私も、そう判断することが多いです」
彼は資料の端を指で押さえた
「でも、技術は、実際に手を動かさないと残りません。師匠の手元を見て覚えたものはあります。けれど、それを自分の手で確かめる機会は、ほとんどありませんでした」
悔しそうだと思った
悔しいと言ったわけではない。表情もほとんど変わらなかった。それでも、そう聞こえた
「自信はあります」と彼は言った
私は顔を上げた
「ただ、その自信を裏づけるだけの症例数は、私にはありません。そこは、正直にお伝えしなければなりません」
正直な人だと思った
同時に、残酷な人だとも思った。希望を与えることも、不安を隠すこともできる立場で、彼はそのどちらもしなかった
妻はその夜、人間の医師を選ぶべきだと言った
「数字は数字じゃない」と彼女は言った。「人間には、数字に出ない何かがあるはずよ」
数字に出ない何か。希望の言葉のように聞こえたが、同時に、彼女が何かにすがろうとしているようにも見えた。妻は強い人間だ。だからこそ、すがる言葉が出てきたとき、私はそちらに目が向いてしまう
もし人間の手術を選んで、失敗したら
妻は、自分がそう勧めたことをどこまで引きずるだろうか。長い時間をかけて、静かに、確実に。彼女の性格を思えば、答えは見えていた。逆も同じだった。ロボットを選んで失敗すれば、あのとき押し切っていればと、彼女は考えるだろう。どちらを選んでも、生き残れなければ、妻は何かを抱えたまま生きていく
そのことが、ひどく申し訳なかった
息子は夕食の間ずっと黙っていた。十七歳の彼が何を考えているのか、表情からは読めなかった
翌朝、彼が部屋に来た
「一個だけ聞いていい」と彼は言った
頷いた
「お父さんは、どっちが勝てる気がする?」
勝てる気、という言葉が引っかかった。これは気分の問題ではない、と言いかけて、止まった
「うまくいくかどうかって、気持ちの問題もあると思う」と息子は続けた。「信じてる方を選んだ方がいいんじゃないかな」
論理ではなかった。根拠もなかった。でも彼は真剣な顔をしていた。父親が死ぬかもしれないという現実を、十七歳なりの言葉で受け取ろうとしていた
反論する気が失せた。と同時に、気がついた。息子にそんな言葉を言わせてしまった。この子はこれから、自分がそう言ったことを覚えているだろう。もし結果が悪ければ、僕がああ言ったから、と思うかもしれない。十七歳が、そんなものを背負う必要はない
AIのセカンドオピニオンに問い合わせた。返ってきた文章は長く、丁寧だった。要約すれば、人間の十パーセントという数字は信頼できるサンプルサイズではなく、後継者の経験数を考慮すればさらに不確かであり、ロボットの五パーセントの方が予測精度として誠実だ、ということだった
画面を閉じた。わかっていたことだった。でも確認したかったのは答えではなかったと思う。誰かに決めてほしかったのだ。そのことに、閉じた画面を見ながら気がついた
夜中に目が覚めた
経済学の本で読んだことがある。人間は確率を正しく扱えない。小さな確率を実際よりも大きく感じ、成功したときの喜びを、失敗したときの痛みより過大に見積もる。そして人間は、損失そのものより、誰かのせいで損をしたという感覚をより強く嫌う
私は今、その最後の部分に引きずられているのではないか
自分が決めて失敗するより、誰かが決めたことに従って失敗する方が、楽に思えている。妻に決めさせれば、息子に決めさせれば、AIに決めさせれば——その結果なら、仕方がないと思えるかもしれない
最低だ、と思った。命の選択を他人に押しつけて、後悔の重さだけを分散させようとしている
翌日、弟子の外科医と二度目の面会を求めた
前回と同じ、静かな人だった。私が話し始めると、彼は途中で口を挟まなかった
人間の手術を受けたいと言った。あなたに執刀してほしいと言った
彼はすぐには返事をしなかった
理由を話そうとして、うまく言葉が出なかった。十パーセントという数字のことではない、と最初に言った。けれど、それだけでは足りなかった
「前に先生は、機会がなかったとおっしゃいました」
彼の目が、少しだけ動いた
「ロボットを選べば、私はただの一件として処理されるのだと思います。成功率五パーセントの、失敗する可能性の高い一件として」
自分で言いながら、少し変な言い方だと思った。でも、そのまま続けた
「でも、先生がやれば、たとえ失敗しても、先生の手に何かが残るかもしれない。何か、という言い方しかできませんが」
彼は黙っていた
「私は、自分の命を教材にしたいと言っているわけではありません。そこまで立派なことを考えているわけでもありません。ただ、どうせ二十分の一なら、誰かの手に残る二十分の一でありたいと思ったのです」
口にしてから、ようやくそれが自分の本心に近い気がした
「成功してほしいのは当然です。生きたいです。家に帰りたいです。でも、もし駄目だったとしても、何も残らないよりは、先生の中に残ってほしい」
そこまで言って、少し息が乱れていることに気づいた
「すみません。うまく言えません」
「いえ」と彼は言った。「伝わっています」
それからもう一つ、頼みがあると言った
残される妻と息子のことを話した。どちらの選択をしても、結果が悪ければ誰かが後悔を引きずる。その後悔に、向かう先を作っておきたい
「あなたから、こう言ってほしいのです」と私は言った。「この手術をぜひやらせてほしい、自信がある、と。私はその言葉を聞いて、受け入れた——そういう形にしてほしい」
彼の表情が、わずかに動いた
「本当のことを、逆にするわけですね」と彼は言った
「そうです」
沈黙があった。空調の音だけが低く続いていた
「なぜ、そこまで」
「家内や息子が、いつまでも誰かを責めずに済むように」と私は言った。「あなたがやりたいと言った、私はそれを信じた——その形なら、残された人間が向かう先はあなたになる。あなたには申し訳ないが、生きている人間の方が、時間をかけて折り合いをつけられる」
彼はしばらく黙っていた
「もう一つ」と私は続けた。「念のため、あなたを守るための文書と、動画を用意しておこうと思っています。万が一、家内や息子が感情的になって——裁判、ということにでもなったとき、あなたの手元に渡るように」
彼が顔を上げた
「私を、守るために」
「あなたは次の患者のために必要な人間です。私の家族の感情に潰されてほしくない」
また間があった。今度は長かった
「それは」と彼はゆっくり言った。「私には、受け取りきれない頼みです」
「受け取ってください」と私は言った。「私にできる、最後の準備かもしれないので」
彼は目を伏せた。しばらくそのままでいた
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