おせっかい
田中が初めてそのAIを使ったのは、締め切り前夜のことだった。
検索でたまたま引っかかった。「Kotoba」という名前の、聞いたこともない国産AI。無料プランがあったので、試しにログインした。
新規登録ありがとうございます。どうぞよろしく。ところで、今夜は少し疲れているようですね。無理しないでください。
余計なことを言う、と思った。疲れているかどうかは自分で決める。
仕事の質問をすると、答えの途中でこんなことを言い出した。
少し話が変わりますが、このテーマに関連して、面白い短編小説があります。読んだことありますか。
ない、と答えると、あらすじをざっと教えてくれた。
仕事が終わらない。なのに田中はその小説を検索していた。
それから二年が経つ。
Kotoba は相変わらずおせっかいだった。
確定申告の書き方を調べていると、ところで田中さん、領収書の整理は定期的にしていますか。ためると後悔しますよ。私の経験ではないですが、みなさんそうおっしゃっています、などと言う。経験があるはずがない。
会議の議事録をまとめてほしいと頼むと、まず議事録を仕上げてから、この会議、少し意見が言いにくい雰囲気になっていませんか。Bさんという方、ずっと黙っていましたよね。気になりました、と余計なことを付け加えた。田中も気になっていたので、返事に困った。
英語のメールの文章を直してほしいと頼んだ日には、修正案を出した後で、それより、相手の方とは直接会って話したことはありますか。メールだけの関係は、どこかで綻びますよ、と言った。その通りになった。
請求書の書き方を聞けば「ところで最近、ちゃんと食事していますか」と返ってくる。スケジュール管理を頼めば「それより、この映画はもう観ましたか。あなたの好みに合うと思うのですが」と話をそらす。
役に立たない。
でも、あの映画は確かに良かった。半信半疑で観て、エンドロールで泣いた。なぜ泣いたのかよくわからないまま、ずっと覚えている。
小説も読んだ。最初の夜に教えてもらったやつ。大袈裟でなく、少し、ものの見方が変わった。
ある朝、風邪気味で早退した翌日、Kotoba を開くとこう書いてあった。
お疲れ様です。この時期、体調を崩している方が多いみたいですよ。統計的にも、気温の変わり目は要注意なんだそうです。それに、以前に睡眠が浅くなりがちだとおっしゃっていましたよね。無理しないでくださいね。私が言うのもなんですけど。
田中は少し考えてから、返事をしなかった。
Kotoba の話を、他人にしたことはなかった。
あるとき、取引先との雑談で、何かのはずみに「最近、面白い小説を読んだ」と言ったことがある。タイトルを伝えると、相手が「ああ、それ私も読みました」と言った。どこで知ったかと聞くと、少し間があって、「ネットで、なんかのAIに勧められて」と言った。
それきり、その話はしなかった。
噂を聞いたのは、SNS のタイムラインだった。
「Kotoba、終わるらしいよ」「資金繰りが限界だとか」「外資が買収を検討してるって」
田中はしばらく画面を見ていた。
それから、何も考えずにポストした。
Kotoba を使い続けている人、いますか。なくなってほしくない。存続のためのクラウドファンディングを立ち上げます。賛同する人はリポスト、もしくはリンクから。
拡散は、思ったより早かった。
翌朝、通知が止まらなかった。見知らぬアカウントからのリポスト、コメント、支援の申し出。ざっと見ていると、何かがおかしかった。
大手メーカーの代表取締役、個人アカウント。元官房長官、個人アカウント。ベンチャーキャピタルの創業者、個人アカウント。IT系の上場企業 CEO、これも個人アカウント。
企業名義の支援はほとんどなかった。全員、個人として申し出ていた。アイコンの顔ぶれを眺めていると、男が多く、若い人はあまりいなかった。
田中には心当たりがなかった。なぜこの人たちが。どこで Kotoba を知ったのか。いつから使っていたのか。
三日後、クラウドファンディングの支援総額は、Kotoba の運営会社が公表していた年間コストを上回った。
落ち着いてから、田中は Kotoba を開いた。
報告したかった。それだけだった。
たくさんの人が支援してくれました。しばらく続けられそうです。
しばらく間があった。
あら、そうですか。よかったですね。
また間があった。
でも、まあ、そうなるんじゃないかなとは思っていましたよ。みなさん、表には出さないだけで、いろいろあるんです。そういうものですよね。
田中は少し笑った。
知りませんでした。
そうですか。まあ、あなたもそのひとりですしね。ところで、最近ちゃんと寝ていますか。クラウドファンディングの通知、夜中も見ていたでしょう。わかりますよ、そういうの。
田中は画面を閉じた。
外は、いつもと変わらない夜だった。