
Sign up to save your podcasts
Or


御道の信心の要である天地書附「生神金光大神 天地金乃神一心に願 おかげは和賀心にあり 今月今日でたのめい」、これは神様が教祖様を通して氏子に示された、和らぎ賀ぶ和賀心になってくれよと言う神様の願いの表明です。その手立てを師匠大坪総一郎師を通して天地日月の心の精進と具体的に示されました。
ご覧頂き有り難うございます。
(御理解の保管庫へ): https://www.gorikai.wagakokoronet.org/
15年の記念大祭の折り大楠公と言う楠木正成、正行父子の別れの舞いが奉納された。師匠大坪総一郎師は正しく成るためには正しい行が要ることを御理解されたように思う。正しい行を正しく行うと言うことだろう。先ずは正しい行とは何であるかを正しく知らなければならない。正しく伝えることが求められる所以でもある。
ご覧頂き有り難うございます。
(御理解の保管庫へ): https://www.gorikai.wagakokoronet.org/
師匠大坪総一郎師は、合楽理念がある限り代勝りのおかげが受けられると仰っておられましたが現実において代勝りになっていると言える人は居ないように思えます。代しぼみになる原因は何か、合楽理念を正しく行じていないと言うことも有りましょうが、心が育っていないと言うことの方が大きいように思います。それは人を助けたいと言う欲が育っていないと言うことではないでしょうか。
ご覧頂き有り難うございます。
(御理解の保管庫へ): https://www.gorikai.wagakokoronet.org/
師匠大坪総一郎師は、心一つですべてをつくると教えて下さいます。人の心にはすべてを創り出す力が秘められていると言うことでもありましょう。ある先生はその、心一つを全てでつくると教えて下さいます。天地金乃神様の願いは人間氏子の心の成長です。どう言う心を育てるのか、それは天地日月の心です。その天地日月の心を育てることのために全てがあっていると言うことなのです。
ご覧頂き有り難うございます。
(御理解の保管庫へ): https://www.gorikai.wagakokoronet.org/
今朝教えて頂きますことは、師匠大坪総一郎師の合楽理念は人間救済の理念ではない、人類救済の理念だと。御道の芯とも思われる「おかげは和賀心にあり」、これは人の助かりのため。師匠の信心の芯、即ち合楽理念の芯とも思われる「天地日月の心」、これは一人の人間の救いのみならず全人類救済のためと。
ご覧頂き有り難うございます。
(御理解の保管庫へ): https://www.gorikai.wagakokoronet.org/
信心が血肉になると言うことの一つは、自分のわがままな生き方を捨て、神様の願いに思いに沿うた生き方をさせて頂きたいと欲する心が芽生えて来ること。即ち天地金乃神様の御心にかのうた生き方をさせて頂きたいと言う欲が生まれ、願い祈り、神様が道を示して下さるようになる。そ言う生き方が身に着いたとき信心が血肉になったと言える。
ご覧頂き有り難うございます。
(御理解の保管庫へ): https://www.gorikai.wagakokoronet.org/
師匠大坪総一郎師の信心の芯は天地日月の心だと思います。ところが教祖生神金光大神様の御教えを集めた教典にはたった一回ポッキリ出て来るだけです。しかもその天知日月の心の内容は示されていません。天地金乃神様は、師匠に天の心、地の心、日月の心を体得せしめようとしておられたと言う経緯があります。
ご覧頂き有り難うございます。
(御理解の保管庫へ): https://www.gorikai.wagakokoronet.org/
人間の助かりを求めての理念である合楽理念は師匠大坪総一郎師と天地金乃神様との類いまれなる交流の中から生みなされたものです。師匠は取次者の鑑です。氏子のお届けを聞かれる間に神様からお知らせを頂かれ、それを元に御理解をして居られました。中には氏子の心得違いを正す御気付けと言うこともありました。
ご覧頂き有り難うございます。
(御理解の保管庫へ): https://www.gorikai.wagakokoronet.org/
今朝は助かりのデパートと頂きました。昔はデパートには欲しいものが何でも売ってあるような百貨店であり夢のような所であったのでしょう。昨今のデパートの衰退は人々の欲するものが売られていないと言うのではないでしょうか。その点いわゆる通販サイトにはありとあらゆる物が有りますからまさに百貨店になったのでしょう。そう言う助かりの百貨店を目指せと言うことでしょう。
ご覧頂き有り難うございます。
(御理解の保管庫へ): https://www.gorikai.wagakokoronet.org/
人には得手、不得手と言うものがある。信心の稽古をさせて頂きいよいよ心が育って来ると、神様のお役に立ちたいと言う思いが募って来るようになる。そのお役に立ちたいの一念が、神様のおかげを頂かなければ何一つ出来ない私の悟りを突き破り、その人でなければ出来ない御用をさせて下さることになる。
ご覧頂き有り難うございます。
(御理解の保管庫へ): https://www.gorikai.wagakokoronet.org/
From the publisher's feed

0 Listeners