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このお道は教祖生神金光大神様が天地金乃神様の「世間になんぼうも難儀な氏子あり、取次ぎ助けてやってくれ」と言うお頼みを受けられてのことである訳ですけれども、往々にしてその「助けて」と言う内容を取り違えているように思います。その内容は氏子の願いを叶えてと言うことではありません。氏子に真実のことを伝えて助けると言うことです。
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師匠大坪総一郎師は合楽理念は助かりの理念、簡単です、明瞭です、しかもおかげが確かですと教えて下さいます。しかし合楽理念は役に立たないとか難しいと言う人も居られます。それはノコギリで釘を打とうとしているからでしょう。本来の目的と適切な使い方をマスターしなければなりません。自らの真の助かりと、心を育てる事のために使う時に真価を発揮するものです。
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朝の目覚ましのおかげを頂くまでは有難いのだが、布団から抜け出すのを躊躇する季節になった。さてどう言う心持ちで飛び起きるか。仕事に行く時間だから、学校に行く時間だから、朝参りの時間だからと色々あると思う。今朝はよしこの朝起きが人が助かることに繋がるならばと言う思いでやっと起きることが出来た。
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師匠大坪総一郎師は願いの信心が最高峰と教えて下さる。また教祖生神金光大神様も、牛馬に至る迄氏子身上の事何なりとも実意を以て願えと教えて下さる。だから何でも願って良いと言う訳ではない。人様のものを奪い取るような願いが許されるとは思えない。先ずは人様の助かり幸福を第一に願い、後に天地金乃神様に許される願いを願うと言うことになると思う。
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人が助かるとか人を助けるとか申しますが、その助かりの内容は色々な難儀が有るように人によってもまた様々なことでしょう。一時的な助かりも有れば永劫の真の助かりも有ります。形の上での助かりも有りますが、やはり真の助かりとは心の助かりだと思います。一切の難儀は私の心を育てることのために起きて来ているのだと悟ることが真の心の助かりに通じると思います。
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師匠大坪総一郎師と天地金乃神様が私どもを導き入れようとしておられる世界、それは神様と人間氏子とが合い拝み合い、合い楽しみ合う合楽世界です。そこは和らぎ賀ぶ和賀心の世界とも言えると思います。しかし合楽に至るには小さな小川ですが発心川があります。発心して一飛びしなければなりません。その発心は人の助かりを願い祈る天の心の発芽です。
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私どもの心の中に人の助かりを欲する心が育つことが大切です。武力の均衡によって平和が維持される訳ではありません。お互いが、相手の助かりを祈る心が育ったときに初めて真の平和は訪れるのではないでしょうか。人間の本分は自らの心を育てることです。人の助かりを欲する心が育つこともその一つです。
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このお道において大切なことの一つに、時節を待つと言う精神と、生かすと言う精神が大切なように思います。天地金乃神様は教祖様に先を楽しめとよく仰っておられるようですが、楽しみに時節を待つと言うことだとも思います。人や物や、もちろん成行きを生かすと言う志しを持って神様の御働きを楽しみに待つ信心です。
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もう40年以上前になるが、神の役に立ってくれ、お前の用は神が足してやると頂いたことがある。教祖をあらわすと言うが、それは教祖様の御事跡を表わすことではない。教祖の教えを守り行じて教祖様はウソは仰って居られないとそこに天地金乃神様の御働きを現わすことが教祖を現わすと言うことだと思う。
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師匠大坪総一郎師は、この天地金乃神様は人間氏子が必要とするものを必要に応じて寄せて下さる、集めて下さると教えて下さった。そして御自身、米一粒、醤油一滴、布一寸買われない修行をして居られた。今思うに、これは師匠が神様が願われる心を育てることに専心して居られたからこそ身の回りの一切は神様が整えて下さったのだと思う。何もせずに神様が整えて下さることは無い。
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