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お道の信心は土の心が根本です。師匠大坪総一郎師は土の信心で8合目まで登り、後の2合は天の心で登ると教えて下さいます。土の心は受けて受けて受け貫く心。天の心は無条件に与えて与えてやまぬ美わしの心と、それは親が嫁入り娘にあれもこれも持たせようとするような心ではないでしょうか。その心を人様にも使えるようになれと言うことですね。
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この世には心育てに来たのである。天地日月の心を育てに来たのである。それは人の助かりを願う心であり、自らの心の助かりを求めるものであり、その精進が貫かれることである。そのために信心は学校であり、この世は道場とも言えよう。してみれば成行きは個別指導の心の道場と言うことになろうか。
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信心をしない人も有難いと言う。信心をする人も有難いと言う。師匠大坪総一郎師は、師匠の有難さの余波で人が助かっていると仰っておられた。余波で人が助かる程しの有難さとはどう言う有難さだろうか。自己満足的有難さを超えて天地金乃神様の大恩を感じての有難さが育って来なければならないと思う。
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有難くなる稽古が信心だとして、では真の信心の稽古とはとなります。有難くなるだけでは片手落ちです。例えば教会にお参りし、高校受験のお願いを天地金乃神様へお取次ぎを願う。そして無事に合格した。その時、日頃の勉強の実力で合格出来た有難い、となって神様への感謝の心が伴わない有難さになることがあります。神様への感謝の心が伴のうた有難さであって初めて真の信心の稽古と言えましょう。
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何を為しておりましても感謝の心が頂ける信心をさせて頂きたい。有難いと思う心と感謝の心とは微妙に違います。感謝の心の根底には有難いと思う心が有りますが、有難いと言うだけで止まっている人も居られます。有難いが更に感謝の心へと育つおかげを頂かねばなりません。その感謝の心が天地にも通うのだと思います。
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今朝は心中祈念の時に剣道のお面や胴の防具を身に着けている情景を頂いた。即ち我が身を守る防具を身に着けると言うことだろう。ではその防具とは何か、感謝の心だと思う。不平不足や不満は一層我が身を苦しめ、感謝の心は我が身を守る。師匠大坪総一郎師は信心の稽古とは有難くなる稽古とも教えて下さる。
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人は神様に助けて貰いたいと願う。天地金乃神様の願いの第一は人が助かることなのだから助けて貰っても良いはずなのに神様は思い通りには動いて下さらない。それは助かりの内容に食い違いがあるからである。人はわがままが叶うことを助かりと思うが、神様は人の心が育つことによる真の助かりを授けようとしておられる。
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信心が育つとか進展すると言うけれども、例えば年参りが月参りとなり、更に週参り、日参り、毎朝の日参と熱心になったとしても、神様に自分のわがままな願いを聞いて頂く為のものであったのでは信心が育ったとは言えない。師匠大坪総一郎師の信心が私願成就から神願成就の信心へと脱皮されたのを神習わなければならない。
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何事をするにも動機と言うものが有る。何の為に信心をするのか、或いはしているのか。または何の為に信心を始めたのか。その動機は自身や身内の病気治しや災難除け、商売繁盛、人間関係、恋愛問題であったり祈願成就であったりするのだろうが、その動機が信心の進展に応じて変化して行かなければならない。
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信心が育つとはその内容が変わって来ます。人智人力では到底及び得ない事柄を天地金乃神様の奇跡的な御働きをもって成る事を祈る信心、そこから脱皮し、自らの心の有りようを見詰め天地日月の心をマスターしようとする信心、更に神様のお役に立ちたい、人を助けるお役に立ちたいと言う心が育つ信心へと成長すること。それは成行きを神の働きとして大切にすることによって成される。
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