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ノーテーマ、雑談という形で話し始めましたが、結局はワンテーマに集約していきました。
【目次】
○今回は「何も考えない雑談の回」
・ジャッキーさんの日記と「奇蹟の四日間」
・先週の木曜から日曜までの夜学バーは確変のような面白さ(ここについて詳しくは第73回)
○「やべーやつ」を四つの方向性に分類する図
・3月24日の日記、「メンヘラ・モラハラ」「内向・外向」による四象限を想定
・基本的には「まちくたさん」が思いついたことです(責任逃れ)
・人間を二つに分けるというよりは、「そういう人っているよね」というくらいの緩やかさ
・メンヘラとモラハラが同じ数直線に並ぶわけではないが、便宜上「どちらの要素が強いか」を考えてみると面白い
・メンヘラというより「自分は根本的に正しくない」と思っている傾向のことで、モラハラというより「自分は根本的に正しいと思っている」と思っている傾向のこと 語呂がいいからついわかりやすいワードを使ってしまう
・「内向型自己否定」とか「外向型自己肯定」みたいな表現のほうが本当はふさわしい
○ジャッキーさんのこと
・ジャッキーさんは「内向型自己肯定」という自己評価、生まれながらの傾向は「内向型自己否定」だったが、だんだん少しずつ「肯定」を育てていったという印象
・過去を振り返って取り戻すように「自分には(根本的には)価値があったのだ」と思い直すことができた
・ぷにょさん「それは人間の成長として健全」
○『WHOLE BRAIN』との符合
・ぷにょさんが最近読んだ本『WHOLE BRAIN』、人間の頭には四つのキャラクターがあるという
・右脳と左脳に二人ずつ人格が住んでいる、感じる脳と考える脳
・左脳の感じる脳→トラウマや悲しいことの蓄積によって世界を見ている
・左脳の考える脳→段取りや効率を考える仕切り屋、批判や分析も得意
・右脳の感じる脳→生まれたばかりの子、楽しいことしかやりたくない
・右脳の考える脳→大きな宇宙を意識し、大局を見渡して結論を下せる
・A左感→泣く赤ちゃん、B右感→笑う赤ちゃん
・C左考→学級委員長、D右考→神父さん(?)
・↑でいうと、Aはメンヘラ(Cはモラハラってことかね)
・どれかが極端に成長しすぎると、偏った人間になる
○ふたたび、ジャッキーさんのこと
・ジャッキーさんの場合、Aが極端に強かったところから、他のBCDが伸びていってバランスがとれていったのではないか
・泣いてばっかりいた少年時代のジャッキーさん 家では暴れられない(兄に潰される)ので、学校で暴れていた 脅かされて、恐ろしくて、抵抗をしていた 弱いから武器を使うしかない 動物性の強い野蛮な状態だった
・「そこで学習ですよ」小2までに手塚治虫の漫画を徹底的に読み込むことによって知性を身につけていった
○この図式により客観視を可能にして、自覚することが大事
・内向メンヘラで居続ける必要はない
・自分に対しても他人に対しても、向き合い方を考えやすくなる
・小さいころ、あまり笑わなかったというジャッキーさん
・漫画を読んでいる時だけ、親に気持ち悪がられるくらい大爆笑していた
・少なくとも、サッカーとかで大爆笑(?)する子供ではなかった
・他人との関わりの中で笑うということがなかった
・兄弟の間でも楽しいことはたくさんあったが、泣かされることも多く、どこかで常に怯えていた
・漫画の中でだけ笑うコトができたんだ……
・小沢健二さんを好きになったのも、まだ泣いていた頃だったかもしれない
・彼がテレビの中で「楽しそうに歌っていた」「笑っていた」ことが、道しるべになった可能性がある
・お笑いが好きだったのもそう 笑いたかったし、笑うということを知りたかったのではないか
・人を笑わせるのも、自分が笑えないから人を笑わせて、一緒に笑いたかったのかもしれない(自己分析!)
・そのように「笑う自分」を開発していった
・左脳が勝ち過ぎちゃうと窮屈な人になる?
・ジャッキーさんは左脳型だと思われがちだけど、実は右脳のほうが発達しているのかもしれない
・夜学バーの「複数の人に同時に話しかける」というのは、「ひと筋の論理」ではできない
・脳にちゃんと4人いる状態、それぞれの人たちがうまく連携できているかどうか
・チーム脳(チーム医療的な)
・右脳と左脳は本当に違うことを考えているらしい(リベットの話)
・あんまり自分を「こういう人間だ」と決めつけず、「4人いる」ということをもっと重く見てもいい
・自己紹介や就職活動のように「自分とはこういう人間」と規定しなければならないのは、「人格が一つである」という不自然さのうえにある
・「好きな曲なに?」と問われたとき、4人とも別の曲を思い浮かべている可能性がある、なんなら4人とも迷っているかもしれない
○便利な、気が楽になる考え方
・この人が(あるいは自分が)どこが強く出ちゃってるか、という視点を持てるのが良い
・まちくたさんの、人間へのクールな視線(科学者的な気質?)
・末は博士か大臣か……
・まちくたさんの自認は「外向モラハラ」で、友達に「メンヘラ」型が多い その関係の中で思いついたことだと思われる 自分が「外モラ」なので、無意識に加害者になってしまう、という危機感が彼女にはある、ほっとくと人を傷つけてしまう、だから考える(優しいやつダナー)
・天下取ろうとしない人の知恵 「このままでは強者になってしまう!」という危機感。「よっしゃーオレは強者!」という人もいますからね……
・いろんな世代のいろんなパターンの人をよく観察してきたからわかること
・前ばかり見て、うしろを振り返らないと……(詳しくは『モモ』回へ)
・この収録時点では、まちくた氏はまだ高校生だった こっそり褒めておきます そして卒業、入学おめでとう!
○次回は
・分類といえば岡田淳さんの『扉のむこうの物語』なので、いつか語りたい……けど、とりあえずこそあど4巻『ユメミザクラの木の下で』をやるぞ~。
色々ありまして(便利な言葉)……具体的にはジャッキーさんに心身と時間の余裕がなかったゆえ、ものすごく間が空いてしまいました。申し訳ありません。今回もおもしろいのでお許しください!
……収録が3月なのでもし違和感あったらごめんなさい~。
【目次】
○弱者が強者に転じる循環について
・時代が流れ、ルールが変わることで弱者が強者になる
・柔軟な「86年の高校生」が強者に転じた?
・りりちゃんも関係ある?
・そのような循環は歴史上くり返されてきた
・ユダヤ人、芸能界……
・その芸能界もついにひっくり返される時が? ジャニーズ帝国の崩壊、松本人志の活動休止……
・権威はいつか失墜する
・この「下剋上の歴史」をいつまでくり返すのか?
○ゆる弱者ラジオ
・これ聴いてるのは「強者になろうという気はない人たち」?
・氷砂糖のふたりも、あまり強者になろうとは思っていない
・弱者でも強者でもない、中者? ただの者?
・何者でもないけど「自分」であり続ける感じ?
・ぷにょさんは「見つかりたくない」
・注目されるとちょっとのミスもつつかれる
・ジャッキーさんは「バズりたい」が、「売れたくもない」
・叩いたらどれだけ埃が出てくるか!
・「埃の重りで夜学バー潰れますよ」「キャンセルされますよ」
・人間には、人様には見せられない、陰の部分がある
・こっそりやれば「面白いね」で済んでたことも……もちろん「地上波」では流せないけど、特別な、楽しいこと
・「どこに出しても恥ずかしくないもの」しか許されないのは、おもんない
○こっそりと、対等に
・だからYouTubeとかではなく「10人も入れないような小さなお店」で言論の自由を謳歌しているのだ
・知能が高いっていうことは、意地が悪いってことでもある? カラスの例
・強者になればなるほど「こっそり」を失っていく
・巨大化すると当たり判定も大きくなる
・松本人志さんの件も、「弱者男性」だったら「しょうがないわね」で許されたのだろうか?
・「対等な関係が結べないということは、すごいリスクですよね」
・対等じゃないってことは、ルールが変われば逆転しうるということ
・力を持つと自動的に「対等」ではなくなる
・爆笑問題の太田光さんや杉村太蔵さんは、「いかに権威的にならないか」を徹底している
○ナンチャンの何がすごいか――引き算の芸
・ウッチャンナンチャンも「いかに権力を握らないか、握っているように見えないか」に腐心していると思う
・太田さんの「恐妻家」キャラや、光代さんの存在がバランスを取っているのではないか
・(むしろいずれ光代さんが大炎上する可能性のほうが想像しやすい)
・「ちょっとバカにされておく」という戦法
・みんなナンチャンの凄さにまったくピンときていない そこがすごい
・「剣の達人は剣を持たない」を体現している
・90年代前半はナンチャンがものすごく前に出ていたが、だんだん洗練されて「面白いことをしないし言わなくても、なんだか良い」と無意識に感じさせるようにしているのではないだろうか
・ドラマ『不適切にもほどがある!』における八嶋智人さんのようなもの
・いてもいなくてもいいように思えるが、実はいないと成立しない
・存在感がない人間は替えが効かない
・タモリさんもそういう存在だったのかも
・「タモリって面白くないよね」と思われていた90年代
・2000年代以降から「実はタモリってすごいよね」になっていったと思う(クイック・ジャパンのタモリ特集が2002年)
・「気配を消す」ことが一番の芸
・引き算の、日本的な芸能(ナンチャンが狂言や落語などをやっていることも関係するかも)
・「本当のこと」という透明な感じのものを見つめていると、だんだん「引く」ほうに興味がいくようになるのでは?
○夜学バーにおける「引き算の美学」
・なぜ夜学バーが「強者になりたがらない人たちにとってかけがえのない場所(自称)」でありつづけられるのか? まずは店主が「べらべらぐいぐい喋らない」ということがある お客さんが「何かしなきゃ」という気持ちになりにくいようになっている
・「待つ」とか「黙る」という技術
・「今このタイミングで黙れば、全員が同時に黙るな」とわかる瞬間がある
・そこでいったんシーンとなると、ずっと黙って様子を見ていた人がきゅうに喋り始めたりする
・『こそあどの森』のスキッパー
・本宮ひろ志『やぶれかぶれ』における田中角栄の攻略エピソード「水を飲む瞬間に質問すべし」
・「飲みものを飲んでいる間は、しゃべらないですみます」
・「最小限の動きで最大の効果を出す」ということをタモリ、ナンチャンなど静かな名MCはやっていて、それを夜学バーでも援用している
・明石家さんまが炎上しないのは「うっすらバカにされているから」でもある
・「そこで要らないものってプライドなのかもね」
○「舐められること」の効用
・プライドは大事だが、それを引っ込ませる技術も重要
・知ったかぶりではなく、知らなかぶり
・「知らないと思われても別にいいや」と思えること
・低く見積もられてもムキにならず華麗にスルーして、優先すべきことを優先すること
・ムキになることで低く見られるほうが損である
・それは女性がずっとやってきたこと 男にはできないやつが多い
・なめてかかると怖いぞよ
・能あるたかやは爪を隠す
・舐められてるときはそのまま舐められていたほうが「しめしめ」となる
・安倍晋三が長期政権の秘訣を聞かれて、「なめられていること」と答えたらしい(浅羽通明先生がよく引用する)
・太田光さん、杉村太蔵さん、ナンチャンも同じではないか
・バカにされても支持率が(岸田さんほど)下がらなかった安倍晋三のすさまじさ
・岸田さんも、支持率の低さが武器になっているところはあると思う
・「あたしゃそんな難しいことはわかんないんですけどね!」という林屋こん平の定番挨拶
・芸の世界では当たり前のテクニックだったのかもしれない
・積み重ねと繰り返し
・慢心、環境の違い
○まとめ 氷砂糖流
・頂点も要らないし転落もいらない
・考えてがんばって工夫するけど、ルールのあるゲームで勝とうとは思わない
・この話題を振り返ると、「どう生きるべきか」だったね! 弱者でも強者でもない、者(しゃ)は
・ジャッキーさん「今後は、自分のすることをスマートにしていきたい。研ぎ澄ませていきたい。徐々に……」
・「面白かったなあ~」
○次は雑談!
・どうでもいい話して、帰ろうか
・ここでしかできない話を……
次回更新は7/29(月)の予定です。
【目次】
○前回は「卒業と再会、そして時間とは何か」だった
・最近はそういうの(世代間ギャップ)が流行っている?
・宮藤官九郎・作『不適切にもほどがある!』
・クドカンにパクられた!(詳しくはここで語っておりませんが、ジャッキーさんが16歳の時に書いて上演したお芝居『少年三遷史』がものすごく画期的なタイムスリップものだった、というお話です。くわしくはまたいつか……
・今日のお茶は
○ドラマ『不適切にもほどがある』
・簡単なあらすじ
・阿部サダヲ演じる主人公は昭和61年時点で50歳くらい、すなわち戦前生まれ→38年後(令和6年)にタイムスリップ
・いろんな人が昭和と令和を行き来するお話
・昭和と令和のギャップがギャグであり物語のキーになっている
○ぷにょさんの考えたこと
・昭和のスケバン純子は未来に行って、希望を持つ
・スケバンをあっさりやめて青学を目指して勉強を始める
・対照的に、マッチ(近藤真彦)に憧れるムッチ先輩はスタイルを変えない(この時点では放送されていなかった最終回ではスタイルを変えていた!)
・ジャッキーさんの視点:時代の流行に流される女として描かれていると思っていたが、実は自分の意志で未来をつかみ取れる人間であるということがわかった
○前回の話につながる
・ムッチ先輩へのあこがれ=「同化」の願望から、純子は卒業していく その時に「もう知らない、さよなら」ではなく「かっこいいっす」と表現している
・令和に希望を持つ昭和の女子と、昭和を面白がる令和の男子
・容赦なく変わっていく環境に順応せざるを得ない
・純子は常に「わたしは間違っているんじゃないか」という視点を持っている?ので、変わっていくことに抵抗がない 昭和の女性の立場が弱かったことに関係がありそう
・いっぽう昭和の男性は「男たるもの」という確固たる価値観(自己肯定の方法)があり、自分が間違っているとは思いにくい
・環境がガラリと変わったときに、食物連鎖の頂上にいた生物が絶滅したりする
・弱者たる女は「察知してふるまいを変える」ということを自然にできるが、男は強者だからこそそれができない
・純子とムッチ先輩の対比はそれを描いているのではないか
・1986年は男女雇用機会均等法が施行
・じっさいムッチ先輩は逃げ切れる世代なのかもしれない(生きていればいま60歳前後?)
・ムッチ先輩は彦摩呂になってしまう
・「変わらない」を選んだ(柔軟性がない)ゆえ、彦摩呂になってしまうのではないか?(最終回では、柔軟性があった?ことがわかるので、彦摩呂を回避できたかもしれない)
・「空気読まなきゃ」と思っている(弱い立場の)人たちこそが新しい時代を創っていく
○強者と弱者の逆転、循環
・強者たちはいずれ弱者に転落する
・いじめられている昭和の「おじさん」たち
・弱者であったはずの純子のような少女が「青学」(強者側)を目指す、いっぽう強者であった男たちは「アップデート」を求められる
・「バカだから流行に乗っている」のか「時代の波に乗れる柔軟性がある」なのか
・ジャッキーさん「ドラマの話しに終始してしまいましたが、普遍的なことがいま出てきて、僕はとても知的に面白い、興奮していますわ」遠心的!
・革命は弱者が起こす
・しかし、落ちていく強者を「ざまあ」と見下しては、不幸がくり返されるだけ
・弱者、強者という考え方じゃないところに持っていかなきゃいけない(ジャッキーさんふうにいえば、数値化できるようなものの考え方はよくない)
○次回予告
・どこかへ飛んでいきましょう
【目次】
○「ピーター・パン」とジャッキーさんの関わり
・ジャッキーさんの歴史 小4で「陰キャ」から覚醒し、小5でピーター・パンを演じる
・「このままでは地位が低いままなので、明るい人間になろう」
・自認が9歳なのは、「覚醒前の状態」がベースだから
・「服」ができたのが17歳くらい
・覚醒後、1年で学芸会の主役、2年で小学校のスターに
・演じることによってピーターがインストールされてしまった(たぶん11歳になる誕生日の前後)←本編では10歳と言ってしまっております
・小説版の『ピーター・アンド・ウェンディ』が好き。おすすめは偕成社文庫の芹生一訳
・卒論もこの作品で書きました
○ピーター・パンという概念について
・ウェンディは大人になるが、ピーターは大人にならない
・おばあちゃんの代からずっと「いる」存在
・自分はそういうふうなのかな、と思うこともある みんなから「卒業」されていく存在かと思った時期もある
・でもジャッキーさんは成長する「人間」なので、そうではない
・「子供の時にだけあなたに訪れる」は好きじゃない
・『雪渡り』は好きなのだが
・「小さいころは神様がいて」も同じ?
・「大人になっても奇蹟は起こるよ」→じゃあいい歌だね
・「あの曲のこざかしいところは」「小さい時の気持ちを人質にとって」
・夜学バーに来たらもっとひどいことがたくさん聞ける(かも)
・「大人になったら忘れてしまうよね」は嫌いなのだ
・大人になっ「ても」というところに引っかかってしまう
・今、素敵な気持ちを持ってくださいって僕は思うんです!(誰に言ってんだろうね)
・傲慢で不親切なジャッキーさん
・年をとるピーターでいたい
・小沢健二さんも「僕は年をとるので」と言っていた(邪悪は年をとらない)
「本当に誕生するのはパパとママのほうで 少年と少女の存在はベイビーたちが続けていくよ」(小沢健二『涙は透明な血なのか?(サメが来ないうちに』)
・邪悪は若い女の人の肉体に宿る
・少年と少女という概念はベイビーたちが引き継いでいく
・「出番を終えた若い詩人たちがリハーサルを終えて出てくる」
・ピーター・パンという概念は続いていく
・年をとりながらも、その概念の片棒は担ぎたい
・年をとりたくない、とかアンチエイジングに命かけるということではなく、ともあれニコニコしていたい
・自分がピーター・パンでしかないならば、「再会」ができない
○『ピーター・パンとウェンディ』について
・ピーターが大人にならないから好き、というわけでは全くない
・ともかく面白い、とりわけ序盤の語り口がすさまじい
・ぷにょさんも言葉づかいや言い回しに感動した
・「こんな言葉浴びたことない」
・なんとなくショタコンになった気はするけど
・ピーターパンという存在に憧れたわけではない
・大人になりたくないと思ったこともたぶんない
・一度出会った友達と二度と会えないのはイヤだ
・ピーターは、概念としての子供たちと遊んでいるだけで、同じ子供と遊ぶことはない(あったとしても忘れている)
・ピーター・パンになるのは寂しい さよならだけの人生
・再会できる人間になりたい
・ウェンディと遊べないのは耐えられない
・ジャッキーさんの元同僚たちの話……
・新鮮さを求めているようで、同じものを享受しているだけ
○ピーター・パンにならないために
・「再会」を前提に人と付き合っていたい
・そのためにはピーター・パンになってはいけない
・ピーター型だと誤解されがちな人間 ジャッキーさんも、小沢健二さんも?
・「過ぎたことにしない」という姿勢
・うしろを振り返らないで、前ばかりを見ていると
・見える角度が広がっていく
・おばあさんにも見えるし、少女にも見えるような人
・すべてを引き連れて年をとっていく
・きれいにたたんでたんすにしまう
・同時に取り出せる
・ジャッキーさんの好きな老婆
・金沢の「純喫茶ローレンス」
・わたしは年老いた森の小りす
・「年老いた」と「小りす」は同時にありうる!
・都会だけど森の小りす、というのもとてもいい
・その極致は楳図かずお先生 存在自体が芸術であり神的なもの
・生きているだけで意味がある
・筆を折ってからのこと
○剣の達人は剣を持たない
・その道を究めると、それが要らなくなる
・もはや描く必要すらない
・丸腰なんだけど誰にでも勝てちゃう感じ
・夜学バーにて、あるお客さん「水しか飲めないけどいいですか」
・飲食店なのに飲食物を出さずに成立してしまう……!
・夜学バーの「自習」という制度(?)も、飲食店なのに飲食物を出さないで成立させてしまおうという目論見なのであります
・最終的には何も出さないお店にしたい(楳図かずお状態!)
・あくまで飲食というのは手段でしかない(目的化したものが普通の飲食店)
・店を究めると商品は要らなくなる
・店の本質は商品にはないのかもしれない……
・ネット通販やUber等があるのに
・商品で勝負するのはジャッキーさんには向いていないし、これからの時代はそっちではないのではないかと思う
・水だけを飲んで、まとまったお金を払っていってくださる方
・北海道の幌別にあった「悦」という喫茶店の凄さ ママは何もせずコーヒーも出ないのだが、店として成立していた
・ちなみに「純喫茶ヒッピー」さんのことです
・「あること」「いること」がすなわち価値となる
・それは儀式のようなもの
○「世代」について語ろうと思っていたが
・ともかく「時間」というものについて話したいのだ
・例の、ピカソが絵を描くのにかかった時間のこと
・過ごしてきた人生の時間が重なり合う
・何も飲み食いしなくても「夜学バーっぽさ」は損なわれない
・そこが伝わってるってことが嬉しい
・自由さとか幅をもたせる
○次回予告
・もうちっとだけ続くんじゃ
【目次】
○卒業という概念
・人間と人間の間にも「入学」と「卒業」がある
・憧れて、好きになって、近づこうとする(入学)。でもどこかのタイミングで離れてしまうことがある(卒業)
・卒業したら関係ない、という考え方がジャッキーさんはきらい
・「若い頃には必要だったけど」という切り離し方
・そんなこと当たり前でありますから
・入学されがちな人間
・先生だし、下の世代に目を向けがちな人間(J)
・憧れの存在と「一致(一体化)をめざす」のは自然だが、同じになれるわけがない
・自分は自分の人生をつくっていかなければならない
・いくら小沢健二さんに憧れていても
・新しいスターとして……!
・「空自認が星なんで」
・入学することは当たり前、卒業するのも当たり前
・「ジャッキー違ったわ」と姿を消すか、「こういうふうに違うんだ、じゃあこういう関係でいたほうがいいな」となるか
・憧れが解消されれば、上下がなくなる(不均衡がなくなり、対等になれる)
・ある意味「はやく卒業してほしい」
・ジャッキーさんだけに入学するわけではない(重要)
・過去とは違う付き合い方をすればいいだけ
・最初の気持ちが大きすぎると、それが冷めてしまったことに気まずさを覚えたりもする
・むしろ冷めてしまったことを喜ぶのがジャッキーさん、かもしれない
・いろんな意味の卒業生が来てくれる(夜学バーは職員室、というか国語科準備室、いや尾崎準備室?)
○古い友人たちの話
・比喩的には「卒業生」なのだが、そう書くと「上下関係」が香り立ちすぎてしまう。あくまで比喩でしかないということをご理解ください 何よりも先に友人、友達なのです
・Aくんの話 いろいろ書くべきことはあるのだが詳しくは本編で
・「1年前と比べたら赤ん坊と兵隊だ」
・男子3日会わざれば……会わないことが実は重要!
・目の前に大きすぎるものがあると、学ぶことは多いがそればかり見ているのは必ずしも良いことばかりではない
・逆に、「目の前にいるすごい人」が邪魔なこともある
・会わないことによってオリジナリティが伸びていく
○総集編のような4日間(再会の記録)
・木曜日にAくんが来て、金曜日にも……(ここから先は似たような話の繰り返しです
・高校時代の同級生(Bとしよう)の話
・エネルギーの大きいやつ同士が近づいてしまった問題
・18年くらい?会わなかった
・なぜ僕の近況を知っていたのか? ホームページはすごい
・お店もサイトも、再会のため
・生き方や考え方が違う人間がたまたま出会った、もちろん重なる部分もあった
・ちょっとずつ笑い話になっていく
・時間ってすごく必要 それ以上に「離れること」の重要性
・離れたからには、再会がなくてはならない 面白いから
・日記を書いているからこそ「変わってない」ことと「成長・成熟している」ことがわかる Podcastも今の「声」を伝えるためでもある
・SNS社会は「再会」がしやすい
・同じ日、高校時代の一個上の先輩(大親友)も来ていた(Cとしましょう)
・高校時代のジャッキーさん「ついに自分よりすごいやつが現れた!」(不遜)
・かっこよさ、スター性、言葉のきらめき
・自分とは正反対の道を歩んでいった彼
・友達の変化は歌手の「音楽性の変化」に近いのかもしれない
・もうしばらく「友達の話」にお付き合いください
・変わらない部分は変わらないのである
・そして金曜日のこと その高校時代の二大巨頭(B、C)がたまたま夜学バーに来て、肩を並べて飲んでいた(自分だけが面白い感動的光景)
・3人の目に見えない戦い(?)、みな衰えがない
・その能力(技術)はきっと仕事でも生きている
○話は逸れて、岡田淳さんのこと
・舞台『ふしぎな木の実の料理法』アフタートークでのお話
・岡田淳さんも演劇をやりたかったが、事情により教員になった
・ジャッキーさんも、もし親の借金とかいった事情があれば地元の公立中高の教員に落ち着いていたかもしれない その中で自分にできることを探っていたかもしれない
・教員、作家、演劇を結局はすべて全うした岡田淳さんのすさまじさ
○最後にもう一人
・日曜日にきた中学校教員時代の教え子(Dとする)
・一緒に東京から京都まで自転車で走るほどの仲
・高校くらいの時すでに「尾崎とは根本的に違う」とわかっていた
・そして静かに心は離れてゆくと
・夜学バー閉店中、新宿で奇蹟の再会を果たす
・お互い大人になってましてね
・ジャッキーさんはピーター・パンなのか説
○次回予告
・次は(ジャッキーさんが異様に詳しい)「ピーター・パン」という概念について
・ジャッキーさんは「再会」に命をかけている(コレクター)
・再会をストーリーに織り込んでいる
・エンデ作品のような無限の広がりと、その回収
・橋本治『蓮と刀』における幼児語という概念(詳しくはYouTubeに僕の講義があるので探してくださいませ)
・「幼児語って完結しながら続いていくんだもん」
・物語は、完結しながら続いていく 終わりながら続いていく
【目次】
○おわび
・#67から#68までの間に2週間あいてしまったこと
・作者急病により
・→確定申告を諦めた瞬間に治った
○今日のお茶は
・ゲイシャ(むかしでいうとブルマン?)
・中板橋「白鳥」のスワンシュー
・行きたいときに名店、名品はなし
・夜学バーとか、夜学バーのナポリタンもお早めに!
・ぷにょさんがどうしても食べたかったミルフィーユ
○映画『哀れなるものたち』と『ピグマリオン』
・ぷにょさんが語りたい『哀れなるものたち』という映画
・#66らへんでも話題に出た『女王陛下のお気に入り』のスタッフ
・『ピグマリオン』を『マイ・フェア・レディ』でサンドイッチした映画??
・胎児の脳を女の人に移植した(楳図かずお先生の『洗礼』を思い出しますね)
・逆コナン
・序盤、マッドサイエンティストに育てられた逆コナン女性(エマ・ストーン)がマッドサイエンティストを捨てて出ていく
・『ピグマリオン』型(ここであらすじをさらっと語っています)
・有名な『マイ・フェア・レディ』ではヒギンズ(教授)とイライザ(花売り娘)は結ばれるが、『哀れなるものたち』ではどうなるか?
・「途中で放牧するの」
・精神状態が10代くらい?になったとき、マッドサイエンティストのもとを出て行き広い世界へ→好き放題の大冒険
・『ピグマリオン』では最後に出ていくが、『哀れなるものたち』はわりと序盤で出ていく
・「女の人が自立して男のもとを出ていく」のあと、どうなるのか? その二人はもう二度と出会わないのか? どんな関係に落ち着くのか?
・【ネタバレ】逆コナンは、男と一緒に出ていく
・名うての女たらし(PB)
・世界を知っていくにつれ、その男への気持ちは薄れていく
・最後までネタバレしちゃいますか?
・「言っちゃうと、Podcastって」←わるぐち?
・「映画とかも観ないで知りたいんですよ」
・脳親はなぜ死んだか
・【ネタバレタイム】
・新しい家族の形!
・かなり悪趣味な終わり方
・みんなが何かを言いたくなるような映画
○ジャッキーさんの感想タイム
・男と女、年上と年下
・何人かの(年上の)男たちによって引っ張っていかれるのだが、どこかで別れが訪れる
・「卒業」という概念
・ギャップによって惹かれてゆく、需要と供給(需要と需要)
・たとえば、10代と30代で付き合うカップル
・年上に憧れる年頃のこと
・それは男同士にも当然ある(おそらく女同士にも)
・ジャッキーさんはどちらかというと……
・セーラームーンに憧れる→タキシード仮面に憧れる という流れ
・夏目漱石『こころ』にあった、「恋に上る順番なんです。異性と抱き合う順序として、まず同性の私の所へ動いて来たのです」というくだりを思い出す
○次回予告
・この4日間の夜学バー営業はすごかった!自分の人生の総集編かのような……(年度末だから?)
・自分が憧れた人や、憧れられていた(たぶん)人
・「卒業」と「再会」ということを考えていた
・『ピグマリオン』は出ていきっぱなしだが、『哀れなるものたち』は戻ってくる話
・人生は「再会してこそ」
次回#70からしばらく、世代、年齢、ジェネレーションギャップ、ひいては「時間」そのものについてのお話が続きます。(『モモ』から引き続いて時間の話なのです。)
今回はその導入として、ジャッキーさんの高校生の時の話から、人間の若さについて?など、さまざまな方向へ語り歩いてみました。
【目次】
○今日のお茶は
・菊のお茶
・今日のテーマにふさわしい?
○世代間ギャップ
・氷砂糖エクスプレスとは
・パーサー
・保母さん、看護婦さん、スチュワーデスさん
・このあと世代や年齢という話をしたいので、今回はその「第ゼロ回」
○高校時代の列車旅行
・16歳のジャッキーさん、青春18きっぷで名古屋から北海道へ
・ドラえもん関連のイベントをめぐる旅だった
・快速「海峡」がドラえもん列車に
・津軽海峡の中の「吉岡海底駅」にドラえもんの町が再現
・函館駅もドラえもん仕様になっていた
・帰りは七戸の「藤子・F・不二雄の世界展」へ
・札沼線ではドラえもん列車に巡りあえず
・同級生のすすめで「美瑛」へ
・なぜか二駅前の千代ヶ岡駅で降りてキックボードで向かった
・「飲む寒天とうがらし」の想い出(頂き僕)
・美瑛に着いた頃にはすっかり真っ暗になっていた
・ちなみに、8月13日から20日まで、一度も宿に泊まらず、すべて車中泊か野宿であった 泊まるという発想がなかったし、泊まれるようなネットカフェもなかった
○人生を変えた改札での一瞬
・とりあえず美瑛駅を出ようとすると、赤ら顔の男性に声をかけられた
・パワーワード「今夜はおじさんと一緒に寝ようよ」
・もう一人、京都大学のお兄さんもいた
・どうすべきか迷った長い長い一瞬
・「面白そう」を優先して賭け、うまくいった成功体験
・まず銭湯に連れて行かれる(今思うと……)
・旅を愛し旅に生きる「ミスター」
・バイクから自転車へ、自転車から徒歩へ
・ジャッキーさんの地元さえよく知っていた本物の旅人
・一周目はこのルートで、二周目は心のおもむくままに
○再会を求めた20年
・ミスターの消息を追い、美瑛にも二度行って聞き込みをした
・情報が少なすぎてインターネットも役に立たない
・ところが、2021年の「平成のジャッキーさん展」において展示した高校生の頃のメモ帳に、ミスターと京大の青年に書いていただいたメッセージを発見。ミスターの連絡先も明記されていた
・この火が消えるまえに連絡しないと!
・その場ですぐさま電話した
・御母堂を通じてなんとかミスターとメールすることに成功……!
○ついに青森で再会
・メールは10日間見ないし、電話番号の登録の仕方もわからないミスター(20数年前からケータイ持ってるのに……)
・八戸にいるときに電話したら「明日会おう」と急展開
・青森駅前で差し向かい、4~5時間の会食
・こちらからしたら巨大なインパクトだったが、ミスターのほうはほとんど覚えていない
・こちらの記憶と寸分違わぬ姿
・話題は「旅あるある」に終始
・コロナ到来以降は旅ができていないそうな
・お金かけなきゃかけないほど楽しい
・つらい思い出のほうが印象に残る
・衝撃的なミスターの年齢、当時32歳だった!?(50歳前後だと思っていた)
○大人の年齢について
・ジャッキーさんとぷにょさんも、おじさんとおばさんでしかない(しかしその自覚がない)
・55歳のミスター、70歳くらいに見えなくもない
・とっちゃんぼうやか、ぼうやぼうやか
・9歳自認だからといって友達面して9歳に近づくと……
・年齢ってのは意味わかんない
・中学の時の先生も、あれで30過ぎだったとは思えない
・子供には大人の年齢ってのはよくわからない
・「大人なんて子供ですよ」
・40歳からは初老
・何の責任感も持ちたくない
○「今の人は若い」はどのくらい本当なのか
・昭和40年代くらいのドラマを見ていると、(今の感覚だと)年齢より20くらいは老けて見える
・老けるのが遅くなっているのか、そうでもないのか
・技術の発達もある
・YOU(59)とかすごい
・安達祐実もすごい
・東京と田舎でもまた違う
・東京のお年寄りは腰が曲がっていない
・「気持ちの持ちよう」が大きいか
・僕たちは大人になった気持ちがないというだけ
・白髪について
・「白髪も居心地悪いだろうね」
・まちがいなく結婚、出産の年齢は遅くなっている
○「大人っぽい」ことの価値が下落
・むかしは「大人ぶりたい」があった
・「大人」であることの価値が下がった
・1980年までは「姉の時代」だった(詳しくは畑田国男『妹の力』)
・山口百恵(姉)→松田聖子(妹)の転換
・年表から見る、妹の時代
・かわいい、妹っぽい感じがウケてた
・男性アイドルにしても、男らしさからかわいらしさへ
・若さ、フレッシュさへの過剰な偏重
・サザエさんからちびまる子ちゃんへ
・「みんなの妹」は言うことを聞いてくれるし、叱ってもいい
・自分のコントロール下にあるもの
・「女が完璧に舐められる時代」でもある
・「若いほうがいいよね」の危険性
・みんなが若く見えるのはメイクが幼くなっているだけ説
・安達祐実のメイク変遷を例に
・あどけなさが強調されるメイク
○男と女の原則は
・ドラえもんはアップデートされていない
・アラレちゃんはアップデートされましたね(そしてすぐに終わりましたね)
・ドラえもんは「兄」だからそれで成立しているのかも
・鬼滅の刃も兄の話だった
・「兄と妹」という構造 男の人は優位に立ちたい
・原理原則が支配欲
・女もいつまでも言うことを聞いているばかりではない
・『ピグマリオン』では「育てる側」の男を捨てて出ていく
・アメリカの陰謀!(前回の続き)
・女の人の弱さの形が変わっていった
・「かわいい、かよわいわたしを守って」は必ずしも愛ではない、強くなった暁には手を噛んで出ていきます
○話を修正します
・16歳の時に出会った「ミスター」には会えました
・15歳の時に出会ったFさんとOさんも消息がつかめた(まだ会ってない、早めに会うつもり)
・自分の高校時代にけりをつけたい
・ジャッキーの恩返し
・物語は続いている(いい思い出化できない)
・エンデの『モモ』『はてしない物語』ふたたび
・読みたい続きを自分でつくってゆくのだ
・ぷにょさんは義理堅く、今付き合っている人のことでせいいっぱい
・ジャッキーさんはさして義理堅くなく、物語を追うことが楽しくなってしまう
・ミスターいわく、旅に魅入られるということは、パンドラの箱を開けたようなもの
・家庭とか大事にできない……
・ジャッキーさんは旅人か否か
・おなじみ?「ジャッキーさんはムーミンかスナフキンか」論争
・ぷにょさんは「行かないで」と言われたら行かないが、「行っておいで、待ってるよ」と言ってくれる人が好き
・宮沢賢治『雪渡り』はそういう話である
・上の3人のお兄ちゃんが「行っておいで」と送り出し、迎えに来てくれる
・これが「大人」の態度なのである!
・弟目線だからそれが好きなのかもしれない
○次回予告
・ジェネレーションの話をしますよ!
【目次】
○なぜかまず謝罪
・「反省してまーす」
○18章「前ばかり見て、うしろを振り返らないと……」
・ゆっくり歩くと速く進む、急いで歩くと進まない
・ま~た2016年冒頭のSMAPの話
・木村拓哉「前を見て、ただ前を見て」
・「振り返るな」は本当か?
・モモのように、後ろを見ながら前に進むこともできる
・なぜ過去を否定するのか
・後ろを振り返ると、モモのような考え方ができるようになってしまうので、前だけを向くように洗脳されている
・もっと上に! もっと稼げ!
・ジャッキーさんのどうでもいい話:自転車と向かい風
・後ろを振り返ってこそ、見えてくるものってあるよね
・ここでは述べる隙がなかったけどこの話のあいだJはずっと岡林信康さんの『絶望的前衛』という曲のことを思い浮かべておりました
○「もう古いの計画」とSDGs
・すでにあるものに目を向けられたら「消費」が落ち込んでしまう
・「最初にできたのはiPhone4だった」説(小沢健二さんの900番講義でも語られていた話)
・本当のレトロ(たとえば古い喫茶店)にお金を払っても大きなお金の流れは生まれないので「ニセ純喫茶」が量産される
・ようやく浮上してきた「サステナブル」
・「お金を儲けながら」SDGsを進めていかなければならない難しさ
・最近(2月後半)の異常気象について
・焼け石に水ではあるが
・山肌がソーラーパネルで埋め尽くされること
・お気に入りの風景がどこにでもある風景に変わってゆく
・木更津にスターバックスができますように
・「(世界中)どこに行ってもスターバックスがあるような」
○世の中はどう動いていくといいか
・さまざまなみんなの要望を少しずつくみ取っていくしかない
・観測できるようにするか、「存在するだろう」と想像する
・本来は全会一致がいいのだろうが……
・居心地の悪さの源泉――小沢健二さんふうにいえば「灰色」
・不同意性交等罪と「すべての詐欺には同意がある」
・灰色や灰色の男たちが「インチキで人をまるめこむ」ことに対して、人々はちゃんと合意している
・アメリカ大統領選挙の話、個別の小さな広告をピンポイントで
・「まるめこみ」をなくし、本当の心をあらわせないだろうか?
・まるめこまれないような視点を持たないと
・橋本治さんはずっと「みんなが少しずつかしこくなるしかない」と言っていた、とJは思う 『大不況には本を読む』もそう
・ナオキマンさんの陰謀チャンネル 日本テレビとCIA
・『アメリカ横断ウルトラクイズ』も日テレなり
・放送と本
○なんのために本を読むか
・本とか読んで、いろんな人の意見を採り入れていく
・人に騙されないために、防衛のために本を読む
・犯罪者の手記だって役に立つ
・ミステリも人の心理を知ることができる
・本を読んだら「だいたいすでに書かれている」解決方法も、解決しなかった場合の結果も
・人生の予習ができる!
・自分の生き方の指針もできてゆく 登場人物や作家がロールモデルになったりなど
・「本」の解像度の高さ 「本っていちいち書いてあるじゃん」
・本を読んでおかないと映画を読み取れないのでは?
○陰謀はありまぁす
・歴史とは陰謀の連続である
・陰謀は存在するのである
・陰謀論とは陰謀を隠蔽するために生まれた言葉なのだ
・「陰謀考えようぜ」ではなく、もっと自然に、少しずつできてゆく
・都市伝説も似たような装置、「木を隠すなら森の中」になる
・これらも丸め込みの一つ 「オカルト」「スピリチュアル」もそう
・小沢健二さんは、日本人というのは「木も歩くかもね~」とか自然に思うみたいなことを言っていた(『我ら、時』というライブ盤で聴けます)
・相手と自分とで見え方が違うのかもしれない
・映画『怪物』でも、それぞれの見ている世界の違いにより怪物が生まれてしまう
・芥川龍之介『藪の中』や森鷗外『高瀬舟』
・本とか読んでると、けんかすることに意味がないと思えるようになる いろんな考え方、立場、状況、環境、すなわち「事情」を想像できるようになると心が広くなる
・「想像力を超える現実はない」
・「事実は小説より奇なり」は、現実を舐め腐ってるから出てくる言葉byジャッキー
・「事実なめんなよ」
・どんなことがあっても、「このくらいのことは現実なんだから起きるよね」と思える
・「想像できることは起こりうる」
・想像できるようなことくらいは、受け止められるくらい現実は大きい
・「現実なめんなよ」
・現実とはすごいものなので、きっちり想像力を張り巡らしておいて、そのギャップを埋めておくとよい
・現実を小さくとどめさせようとするのも「灰色」のやり口
・そんなちっぽけな現実にはめこまないでいただきたい
・「ノアが方舟を作ったときも笑われたんだ」
○『モモ』に戻るぞ
・あとがきによると、エンデはこの話を汽車で乗り合わせた人から聞いたらしい
・「そういう設定」「設定? 現実なめんなよ」
・小沢さんも「僕の友達のうさぎくんが」とか言う
・想像できることは起こりうる、ということを言っているのかも
・これから先も、いろんなところで起こりうる
・『はてしない物語』の「それはまた別の物語」という壮大さ どこかでそれは続いている
・花を愛し、歌を歌い、返事じゃない言葉をしゃべりたい
・不要不急とされがちだが
・杉村太蔵「僕の講演会ほど不要不急なものはない」(これを自分で言って、あえて舐められるポジションにいようとするのは彼の戦略である)
・『モモ』はこの世界のことを書いているので、この世界の話をすることになる
○亀の甲羅に文字が……?
・ソレデハ……
氷砂糖のふたりを引き合わせた(!?)ミヒャエル・エンデの『モモ』を材料に、いろんなことを話します。
発表当時(2005年10月~)から「『モモ』っぽくない?」と言われまくっていた(はずの)小沢健二『うさぎ!』を引き合いに出していたら、いつの間にかわけのわからない話になってゆきました。
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【目次】
○ミヒャエル・エンデの『モモ』について語る
・つもりが、『家なき子』と『アニー』の話ばかりしてしまった
・改めて、かんたんなあらすじを
・話を聞くことが得意な「モモ」という少女
・おそろしい存在「灰色の男たち」、インチキで人をまるめこむ時間どろぼう
・「時間を節約しましょう」「老後に回しましょう」と迫ってくる 生活から「無駄」を削らせる
・「時は時なのです、お金ではありません」
・子供たちがまず、違和感をもつ
・モモが時間を取り戻しにゆく
○いよいよ小沢健二さんの『うさぎ!』も出てくる
・「灰色」という存在が出てくる
・大きなお金の塊を大きくする お金は人間だけが持ってくる
・「恩返し」のような無償の行動を灰色は嫌う
○『モモ』と『うさぎ!』との類似点と相違点
・「灰色の男たち」と「灰色」
・時間やお金に関する態度はとても近い
・偶然なわけはない、が、似て非なるもの
・『うさぎ!』にはモモのような救世主は登場しない
・いずれにしても大切なのは「みんな」である
・「物語の力」
・うさぎたちは基本的に「見ている」そして「話し合っている」
・傍観者、旅人の視点(小沢さんの視点?)
・このあたりの話が、「ぷにょさんが初めて聞いたジャッキーさんの噂」にかかわります
・小沢健二さんはブッダのようなもの……?
○【ここから大暴走】もし小沢さんが2500年前に生まれていたら
・いまごろ楽曲はすべてお経として定着し、重要な儀式では『天使たちのシーン』が歌われているはず
・いきなり「昨日と今日がくっついてゆく世界で」とか言われたら、世界はひっくり返るはず
・世界中の人が意味もわからず「カイガンヲ~」とか歌ってるはず
・ぽろっとだけ900番教室の話が……(どこかわかるかな?)
・もしそうだったら今ごろは誰もが花を愛し歌を歌い……
・しかし教義は変容するもの、そのうち上座部(小乗)小沢と大乗小沢のように分かれてゆく
・『LIFE』派と『犬』派とか
・念仏とかマントラみたいにもなってゆく「ラブリーラブリーウェーイだけ唱えれば救われる!」
・福音派、原理主義者もいる「イントロからぜんぶ大事だから!」
・ギターを超練習する修行僧
・録音したものだけを信じる過激派も生まれ、ゲリラ演奏会を催しては当局(?)に潰される
・みんなで歌ったりカバーすることが推奨される国もあれば、原盤至上主義もあり、伝統的な編成や演奏以外は許されない
・神、精霊、小沢健二の三位一体
・日本武道館は聖地となるが、そこを聖地と見なすミュージシャンはとても多いので、大変な争いが……
・ドリフターズ十字軍との聖地奪還戦争
・『うさぎ!』はおそらく教典となりうるが、偽書と主張する学者も登場(プラトンの書簡のように一部だけ偽書と見なされる場合も考えられる)
・「なぜクィルがトゥラルパンに変更されたのか」とかの解釈でめっちゃ揉める
・公会議によって正統と異端が決定される
・フリッパーズ・ギターのCDは燃えないゴミの日に捨てなければならないかもしれない!
・くだらない話をしちゃったな……
・ファンにはインテリ層が多いので、ありえない話でもない……
○手塚治虫もかつてはインテリだけのものだった、説
・呉智英先生の証言「みんな鉄人読んでましたよ、一部のインテリっぽい少年だけがアトムを読んでた。その人たちが大人になって権力を握ったから、没後に一層神格化されたのだ」
・小沢健二ファンにもメディア関係者が非常に多い、彼らが近い将来本当のトップに立ったら
・「ちょうどいいタイミングで亡くなっていただいて、三日後に生き返っていただいて……」
・『うさぎ!』も『ダディ』くらい売れる
・夜学バーの一時閉店と、小沢さんのNY移住
・尊敬する人物に対して本当にそれはちょっと
・「リニア乗りたい、名古屋行く」→センチュリーホールでライブ
○生き返ったら神様?
・余談:ONE PIECE(ひとつなぎの財宝)とは「死んだ人が生き返る(会える)ということ説
・『ダンジョンズ&ドラゴンズ』も同じ
・『森のなかの海賊船』も同じ!
・人間の考える「一番望むもの」
・物語の究極、ここにあり
・『ドラゴンボール』のすごさ(これは詳しく話すと長い)、独特の死生観
・死なないと世代交代が行われない
・生死とは呼吸のようなもの(byジャッキーさん)
・神話の世界では「死」の誕生が描かれがち?
・死ぬのはイヤだけど死なないのも困る
・「愛すべき生まれて育ってくサークル」
・「死んで箔をつける」というキリスト派と、「死にますね」というブッダ派
・すべて冗談ですよ、ジャッキーさんとかいう人の言っているのは
・「もっと光を」とか言わないかもね
・なんで小沢さんが死ぬことばかりを考えているのか
・確かに大事な人の死については考えてしまうものだ
○次回予告
・ひどい悪ノリを反省するふたり(主にJ)
氷砂糖のふたりを引き合わせた(!?)ミヒャエル・エンデの『モモ』を材料に、いろんなことを話します。
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【目次】
○ミヒャエル・エンデの『モモ』について語る
・ 本のかんたんな説明
○お茶の話
・「ちょいちょいお茶をくれる友達」の存在は人生の豊かさの証明?
・お茶をゆっくりと飲む時間が大切
○『モモ』とはどんな作品か
・「時間どろぼう」「時間貯蓄銀行」という概念
・ジャッキーさんとぷにょさんの出会いのきっかけ
・1973年に出版(オイルショックの年)
・心をなくしてしまった現代人への警鐘?
・反政府的な内容として発禁処分になった?
・勤労意欲とかを削ぐような内容
・「そんながむしゃらに働いて幸せですか?」
・1973年に日本では高度成長が止まる
・拡大、成長路線の見直し → スローライフ、ていねいな暮らしのほうへ その元祖が『モモ』?
○モモってどんな女の子?
・聞く力がある
・岸田文雄首相の話
・「あの人ですか、あのメガネの?」
・ちょっとサイコパスじゃないと決断が下せない?
・政治とは!(氷砂糖らしからぬ?話題)
・モモの話の聞き方は
・文庫版23~24ページあたりを参照
・引き出したり質問をしたりするわけではないのに、話しているほうは「きゅうに自分の意思がはっきりして」くる
・「おれはおれなんだ」「おれはおれなりにこの世の中で大切なものなんだ」と思える
・モモは浮浪児です
○『アニー』や『家なき子』との比較
・孤児院を抜け出して、ホームレスたちと歌って踊る……そこまではジャッキーさんは『アニー』が好きだった 「これからとんでもない冒険がはじまるぞ!」ところが……
・そのあとお金持ちに引き取られ、『マイ・フェア・レディ』のようなシンデレラ・ストーリーになっていく
・アメリカ的なサクセス・ストーリー 物質的な豊かさに向かって
・『アニー』の初演(ブロードウェー)は1977年
・安達祐実主演『家なき子』(1994)との類似性
・「同情するなら金をくれ」
・ケーキを食べております ケーキとは、『家なき子』で菅井きん演じる「ババア」の名台詞によると「見栄と体裁の砂糖のかたまり」
・『家なき子』のリュウと『アニー』のサンディ
・『家なき子』のいじめっ子「真弓」は『アニー』の主演だった
・1994年は暗い時代だった その暗さの象徴的なドラマ
・オイルショック時に現れた少女、モモと通じる?
・時代は物語を必要とする
・すずは「けなげな少女」か「犯罪者」か
・安達祐実さんの凄さ
・少女というのは時代や文化を象徴するもの
・最も理不尽な状況にいるから?どうにもならないのに影響だけは受ける存在
・少年は破天荒にぶち壊して進んでいける描き方がなされがち
・すずは破天荒で、自分の力で未来を切り開ける存在だったかもしれない(アニーが破天荒なのは序盤だけ!)
・なぜアニーだけが選ばれ、ほかの孤児たちは選ばれないのか
・これが現実や!
○バーナード・ショー『ピグマリオン』のこと
・オードリー・ヘップバーン主演『マイ・フェア・レディ』の原作
・『マイフェア』ではヒギンズとエライザは結ばれるが、原作(『ピグマリオン』)ではエライザはヒギンズを見限って出ていく
・『女王陛下のお気に入り』で描かれるのも、アン女王への愛というよりは野心だった
・日本人の「恩返し」好き 愛が報酬である
・『アニー』会場のおぞましさ
・多くの人から選ばれる、という幸福観
・教育や受験の仕組みもそうなっている(「学校が悪いです」)
・バンドのライブとか見てても思います
・ホストクラブもおなじ
・その気持ちにつけ込んでお金を儲けるのはたやすい
○一方、モモがやっていることは
・誰と比べるでもなく、「おれはおれなんだ」と思える幸福に気づかせる
・『モモ』文庫版23~24ページに書いてある重要なこと
・こういう態度を夜学バーというお店も持っていたい
・「導いてあげる」とか「聞き出す」のではなく、自然に向き合っているなかで良い考えが浮かんでくるような場所や、人物でありたい
○次回予告
・もうちょっと物語の中に踏み込んでいければ……
・小沢健二『うさぎ!』の話にもなっていくと思います
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