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・※バスケ部とは、「厳しい、長時間練習、顧問が絶対」な、「強い部活」の象徴的表現。学校生活のなかでも部活の人間関係で生活している
・コート外でも使われる「コートネーム」の謎 くた「こわい」
・強い部活は、生活のすべて(中心)が部活になりがち 推し活やホス狂いに似ている?
・生活すべてを部活に全振り、ただし勉強も日常生活も「部活」に含まれる 『推し、燃ゆ』において推し活にバイトが含まれていたのと同じ
・教団内で誰か亡くなると、それまで仲良かったとしても急に冷たくなる
・「教義に反することをした」「理由はどうあれそのから抜けた」ということが悪い?(このへんはよくわかりません)
・いずれにせよ死は逸脱、それを認めてしまうと自分たちのやっていることとの整合性がとれなくなる、ゆえに死者を貶めることで折り合いをつける
・たぶん、「強いコミュティ」に共通すること 抜けた人に対する特殊な感情
・同じ学校にいても、どこかで「元バスケ部」として意識されてしまう
・その集団の価値観を外部が糺すことは難しい、彼らの足もとを根底からぐらつかせることになる
・「お菓子食べればいいじゃん」と言われると、すべての価値観が崩れてしまう
・ここが宝塚、ジャニーズ、バスケ部、アーレフという並びになる理由
・内部の人からしたら「それが自分たちの人生そのものなんだけど……」
・性被害のことだけを考えてもうまくいかない、これからを含めた全人生の話なので
・ジャニーズや宝塚、カルト宗教のような世界は身近に実はたくさんある
・「世の中で太田光さんだけが正しいことを言っている」
・身近にあるバスケ部 おかしな職場はいくらでもある
・自分が当事者になったらどうするか、を考えておかなければならない
・「大麻をやらなかった人たちがかわいそう」もあるが、「大麻をやった人たちもかわいそう」なのである
・大学の強い部活は「四年間の生活の中心」そのもので、それで就職が決まったりさえする それがすべて潰えてしまう
・体育会系の部活における集団心理 ジャッキーさんがかつて取材した、ある大学教授の話
・集団の一種のトランス状態のなかで罪を犯してしまった場合
・大麻も含めて「アメフト部」だった可能性 すべて部活の一部だった?
・アメフト部から「大麻」のみを切り取れるのか ジャニーズや宝塚も同様
・大麻をやってたわけではなく「部活をやってた」という意識だった可能性が高い
・「なんかわかんないけどそういうもんだからやっちゃってた」とか、伝統だからやってた、という人たち
・ほかの決まりは暗黙に許されているのに、別の特定の決まりだけが禁止されたりする現状
・ウチという世界観に閉じていたものを、外部が覗き込んで「ソト」に取り出してしまうこと
・もちろん洗脳プログラムは「やっちゃいけないこと」(被洗脳経験者、ジャッキーさん談)
・だけど、すでに洗脳状態にある人はどう守られるべきなのだろう?
・中にいる人からしたら、やめた人のことがわからなくなる こないだまで自分と同じ価値観を持っていたのに……とバグってしまい、ともすれば「恐ろしい存在」に見えてしまう
・森且行さんが徹底的に消された理由 進路が芸能ですらなかったからかもしれない 「別の神様を見つけました」
・SMAP以降は解散が常態化 ジャニーズも辞めていいことになった
・個人で出てきたら個人はやめられない、しかしバンドはやめられる
・なぜジャニーズグループ(デビュー後)のメンバーは「減る一方」なのか?
・バンド的考えの人とグループアイドル的考えの人との衝突
・バンドとアイドルの違い バンドは自主的にやっているから自らの意志で流動的に変化がつけられる
・バンドはフィジカル的な交わり、仲良しキャッキャ供給が少ない
・自主的に集まって仲良くしているはずなのに仲良し消費されていないのは……「仕事っぽくなる」からか?という仮説
・バンドが仕事っぽくなるのは、楽器という役割があるから?(そう思うとTOKIOが会社をつくったのは面白い)
・ジャニーズ事務所というバンド内で、嵐という役割、V6という役割……
・楽器どうしの関係は少なくとも演奏中、あるていど定まっている 人間と人間との関係は見えづらくなっていく
・みんながマイクを持って踊る場合は、みんながフラットな関係だから、そこに浮かび上がる関係は見えやすくなる
・某父親「それ90年代に石野卓球が同じこと言ってたよ」
・深夜ラジオ的なノリ(ホモソノリ)と、それを愛でる雰囲気が嫌いだという感覚
・だけどナイナイと爆笑問題はずっと聴いているジャッキーさん 彼らはドライだからか?と分析はするものの、同じ穴の狢である自覚も多少あります
・「ソト」の存在を前提として、「ウチではこういうことを楽しんでるけどね」という閉じたノリ
・これはこのシリーズ1回目で言っていた「ブスの存在を前提としてかわいくありたい」と同じ
・比較の中で自分が優位にありたい、という、ジャッキーさんが長らく警鐘を鳴らしてきた「数直線的思考」
・「おれたちだけが知っている閉じた世界」ということそのものが価値になっている、比較したうえでの相対的な価値
・「それを知らないほかの人たち」を前提とした楽しみ
・コンテンツが面白いかどうかよりも、「それを楽しんでいるおれたちの結束」に重点が置かれる
・仲いいかどうかで芸人の価値が決まる、ということと似ている 「笑い」は関係なくなってしまう
・今回のテーマは「ウチ」と「ソト」だったのかもしれない
・無責任にアイドルを好きでいることができず、「向き合う」という気持ちがどこかに発生する
・閉じた世界の中では純度の高い、完成度の高い「系」が作れるが、それは外部の常識とはズレてしまう それをなくしていこうというのが現在の世の中であろうが、その中にいた人たちのその後はどうなるのだ?
・部活も、体力の有り余った若者たちの「受け皿」という側面がある
・アメフト部に入ったから犯罪しなくてすんでいる人たちだっているかもしれない(大麻くらいで済んだと言っていいものか)
・アメフト部にめっちゃ適応できる人は、もっとヤバい何かにもめっちゃ適応できるかもしれない
・高校無償化が失わせる「受け皿」 商業高校や工業高校などが定員割れし、みんなが普通科(私立)に進む 勉強の嫌いな人が手に職をつける機会がなくなってしまう
・ジャニーズだってヤンキー(や貧乏人)がいっぱい来てたのだ
・受け皿のはらむ問題はもちろんあるが、それを壊してもいいのか? 一部分だけを切り取ることができるのか?
・くたさんの目論見「推しにまつわる問題は、他人事ではない」ということ
・自分と自分じゃない人、ウチとソト、という問題がいろんなところに出てくる そこは誰もが意識していいところだと思います
・衝突を避けるにはそこのあたりをちゃんと考えておいたほうがいいのです
・自分がどこの立ち位置にいるのか 自分はどこの内側にいるのか、どこの外側にいるのか 自分が推している人は何の内側にいるのか……
・ところが、推しを推す人は「何も考えたくない」のが基本なのである!
・難しいことを考えたうえでも、素敵なアイドルに素直な気持ちを抱くことはできる
・そこには生身の人間がいる、という優しさを同時に持つことは必ずできる
・西田幾多郎の「絶対矛盾的自己同一」が出てこないふたり
・今は過渡期なので、いろんな問題が出てきて潰していく これから矛盾を受け入れていく時代が始まります