氷砂糖のおみやげ

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By 夜学バー(東京・湯島)ArtsBooks
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氷砂糖のおみやげ episodes

  • #025 夜学バーbratの閉店について① 6月中旬のリアルタイム実況

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    【目次】

    ○2016年1月18日のこと

    ・今は2023年6月16日です


    ○夜学バー閉店について

    ・なぜかSMAPとなぞらえる(不遜)

    ・ダチュラフェスティバルの着想元『69』に描かれる幸福と不幸

    ・閉店の顛末

    ・5月26日、6月2日、そして……

    ・交渉について

    ・意外と怒られず、面白がってもらえた

    ・「移転」と言っていますが、その後の協議(?)により「復活」と言うことにしました。


    ○だんだんと余談に

    ・大学の合格発表を自転車旅行しながら待った話

    ・実家にいたころのジャッキーさん

    ・親子関係について

    ・「黙ってかわいがら続けてきたわけさ」

    ・尊敬されとかわいがられを両立する

    ・猫はなめられない 犬はなめられる でも犬は尊敬される??


    ○次回予告

    ・ここ半月くらいの夜学バーについて

    40 min
  • #024 年齢と自認について② 平面と平等と釈迦→自分と世の中との関係を考えよう

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    【目次】

    ○今日のテーマは

    ・前回の伝説の引き、「平面と平等と釈迦」

    ・自認erの方々、物理法則や時間をくつがえす覚悟はあるのか?

    ・頭打ちやすいジャッキーさん


    ○世の中が平面に見えているジャッキーさん

    ・高校入試で、怒濤の丸暗記の結果5教科ともすべてほぼ満点だったが、数学の「立体」の問題だけは落としたジャッキーさん

    ・「学習と完成」ありがとう

    ・ぷにょさんはむしろ、立体(展開図とか)だけ得意だったそうな

    ・ジャッキーさんは平面人間! 三次元が信じられない!

    ・好きな洋画は『バブル・ボーイ』2番目はルビッチの『生きるべきか死ぬべきか』、どちらもスペクタクル! 立体! という感じではない

    ・「自分は平面人間なのではないか、誰かのTシャツに張りついているのではないか」「まあまあ平べったいもんね」「そうなの!」


    ○「平面」から「平等」へ

    ・すべてのものが等距離に見えている

    ・宮城県の「松島」に行ったとき、「自分の世界は平面なのだ!」と気づいた

    ・立体人間じゃないので景色それ自体には感動しない、だからこそ自転車で「行く」ことが好きなのかもしれない

    ・松島の無数の松で脳がバグった

    ・(今思うと、平面人間ゆえにふだん遠近感を理屈で理解しているから、それが通用しないというか、その処理が追いつかなくなるような松島の景色に衝撃を受けたのかもしれない)

    ・ジャッキーさんは世の中がつねに絵画のように見えていて、知識によって遠近を判断している、という疑惑

    ・直観で距離感がつかめないので、常に頭で考えないと頭を打ってしまう

    ・ジャッキーさんは注意力散漫なのではなく、「平面人間は立体人間の三倍くらいの注意力が必要」と言うことなのではないか?!


    ○夜学バーが「対等」を重んじる理由でもある

    ・ジャッキーさんは対等が「得意」で、わりとすべてをフラットに見ているほうであるが、それはこの平面人間であることが源流なのではないか

    ・悪くいえば「優先順位がわかってない」

    ・ぷにょさんのやべー考え方「前世の希望がハードモードだとしたら、ハードモードも当たりなのでは?」

    ・いろんなものを相対化してゆく癖

    ・ジャッキーさん「(社会的に)えらいからなんなの?」


    ○ここから釈迦の話

    ・ものの本で読んだことには「釈迦の悟りとは、すべてのものが同じ価値に思えるということ

    ・サイコパスと紙一重??

    ・サイコパスは価値判断(たとえば自分の利益について)をしている

    ・ぷにょさん「絶対成し遂げたいこととか何もない、何も残さなくていい」→菩薩(ぼさ)ってる

    ・自己肯定感が低いからでもある?

    ・橋本治『宗教なんかこわくない!』によると、「釈迦は世界最初の近代人」

    ・近代人はどんどん釈迦に近づいている?

    ・シャカレベ、とまでは言わないが、釈迦みくらいは多少あるのかも

    ・悟ったからではなく、「優先順位がつけられない」という欠陥によって、釈迦みがちょっと出ている

    ・釈迦も「特性持ちさん」だったかも

    ・ジャッキーさんもぷにょさんも、そんなに欲がない


    ○偉人自認が釈迦(????)

    ・ジャッキーさん「いじめられないために友達がほしい」

    ・ぷにょさん「学校に行かないやつはいじめられない」→一休さんレベル! イキュレベ!


    ○自分と世の中との関係を考えよう

    ・↑これに尽きます、ラスト5分ですごく良いことを言っているのでぜひ

    ・世の中が積み重ね方式でものを考えていることへの疑義

    ・そもそも年齢についての思い込みをたださねばならないのに、「28歳と名乗ろう」というふうになってしまうと、結局は社会の認識に合わせていくことにしかならない

    ・一休さん方式でいこう!

    ・時間って人それぞれだから


    ○次回以降は……

    ・ファーストコーナー告知

    ・「品」の話をそのうちします、今日話したこととも繋がりそうです

    ・「来週」と言っていますがもうちょっと後になります!

    39 min
  • #023 年齢と自認について① 「トランスエイジ」ってなんやねん?

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    【目次】

    〇今日のテーマは

    ・「自認」

    ・「ジャッキーさんが時代に追いつかれ始めてきた」


    〇トランスエイジのジャッキーさん

    ・「自称28歳」のジャッキーさん(ジャッキーさんとは別人)がバズっていた

    ・こちらのジャッキーさんは年齢自認が9歳なので似て非なる存在


    〇昔の言葉で出ています

    ・ちなみに今日はジャッキーさんの名古屋弁が強めに出ている回(ラジオ「爆笑問題の日曜サンデー」に浅井健一さんがゲスト出演していたせい)

    ・「いつもタダなのに聴いてくれてありがと」

    ・本当はもっといい子みたいなしゃべり方がしたいのに、名古屋のヤンキーのしゃべり方になっとるもんでかん


    〇パクられ自認

    ・AbemaTVの番組に、「39歳だが年齢自認が28歳のジャッキーさん」

    ・ジャッキーさん「パクられた!」(と妄想)

    ・海外にも先行事例はあった

    ・ジャッキーさん(9)はいつもバズりそこなっている


    ○「トランス」なのか?

    ・transの原義を考えると、ジャッキーさん(9)はtransしたつもりはない

    ・(まてよ、逆に本当は17歳なのに社会的には30歳を名乗らざるを得ないというとき、その人は「トランスした」と言えるのかもしれない)

    ・自分は「○歳の内面である」、というようなことは考えたことがない

    ・ジャッキーさんを9歳と認識することによって年下の友達が対等にやりやすくなる、という

    、倒錯による円滑さ

    ・9歳ゆえの利益を得たい、という要求はしていない

    ・9歳だが、生きてきた年数で嘘をつく気はない

    ・年齢に違和感があるのではない、むしろ違和感がない


    ○本質的なマイノリティの感覚を取り戻す覚悟

    ・令和5年5月8日の日記参照→http://ozakit.o.oo7.jp/diary/2305.html#2023/05/08

    ・「僕はふざけてますけどね」

    ・9歳を名乗ることにメリットはさしてない


    ○肉体年齢と精神年齢

    ・年齢のイメージとは、多くの人にとって肉体に関するものである

    ・ようやくまともな話になってきた

    ・件のジャッキーさん(39→28)は、肉体的なことと、社会的なことについて言っている

    ・年齢についての確固たるイメージが、二人ともとくにない

    ・9歳であることに対して困りごとがない

    ・履歴書に「Physical Age」という項目ができる未来はあるかも


    ○そもそも年齢というのは

    ・「生まれてから何年ですか」ということが年齢というものなのに、それに対して「違います」と言うには、相当な覚悟(時間という概念をねじ曲げるくらいの)が必要

    ・ぷにょさんの身長自認は160cm、体格自認はマッチョ(の時がある)。マッチョだった時代は体格自認が華奢な少女だった

    ・動かない事実を動かすには、本当にさまざまなものを敵に回すことになる

    ・しかし体感は体感である

    ・身も蓋もない、古い言葉でいえば「サバ読んでるだけ」

    ・鳥肌実42歳厄年

    ・得するためにやるのは「インチキ」

    ・ジャッキーさん(9)は自分の身体が小さいと思っているので、よく頭や身体をどこかにぶつけている(当たり判定がバグっている)


    ○次回!

    この流れで、「平面」と「平等」と「釈迦」の話をします!!

    37 min
  • #022 『ふしぎな木の実の料理法』(岡田淳、こそあどの森の物語1)④ ふたりの住みたい家/テーマは「時間」

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    『ふしぎな木の実の料理法』4回目です。(全4回)

     前半約30分は、こそあどの森の中で「住みたい家」について話しています。ぷにょさんがこの世界に魅了されたひみつの一つは、やはりここにあるようです。

     後半はジャッキーさんが、この巻のテーマ、というか、「スキッパーの内面で起きたこと」について、「時間」ということを軸に熱く語っています。ぜひここだけでも聴いていただきたいです。この作品においてとても大事なことでありつつ、「氷砂糖」というもの(このPodcastでもあり、実際の物体でもあり)に関しても非常に重要なところです。ぜひ、ぜひ!!



    【目次】

    〇オープニング

    ・今日で第1巻のお話は一区切り


    <こそあどの森 住んでみたい家はどれ?>〇ジャッキーさんはトワイエさんの家に住みたい

    ・ジャッキーさんはトワイエさんが好きすぎ?

    ・子供の時は「自分がトワイエさんと近い」なんて思ってなかった


    〇ジャッキーさんはスキッパーだった

    ・小さい頃はスキッパーくらいの引っ込み思案だった

    ・しゃべることも、笑顔を作るのも「フィジカルな問題」(前回参照)

    ・写真に写ることについても、「したことがない」とかわいく写ることができない

    ・スキッパーは「笑えないくらい恥ずかしがりや」


    〇戻って、トワイエさんの家の話

    ・岡田淳さんはトワイエさん

    ・ジャッキーさんも岡田淳さんにあこがれ、好きでいたから、だんだんトワイエさんに似てきたのかもしれない

    ・トワイエさんをとくべつに素敵だと思うようになったのは、つい最近のこと

    ・どの家も素敵だけど、住むとなったらトワイエさんの家

    ・トワイエさんのおうちの説明

    ・ジャッキーさんの家はどうしてもこうなってしまう、趣味と仕事がだいたいトワイエさんと一致している

    ・人を呼ぶ前提で作られていない、来客用の椅子ではなく木の箱とクッションにスキッパーは座った

    ・大学に入って一人暮らしした人の家は、みんなだいたいこんな感じになる?

    ・水を汲みにいかなきゃいけない不便さも、ジャッキーさんの性に合っている気がする

    ・夜学バーもほとんどトワイエさんの家、屋根裏みたいなもんです、階段でしか上ってこれないし

    ・コックピット感(凝縮している感じ)

    ・ドリトル先生の応接室にも近いかも

    ・暮らしやすさではウニマルに軍配が上がるが、ウニマルは王道、別格、殿堂入り、完璧すぎてずるい!


    〇ぷにょさんが好きなのは、ふたごの巻貝の家

    ・こそあどの森のサグラダ・ファミリア

    ・桟橋の先の孤島に巻貝の形の家、なんてすてき!

    ・螺旋階段の踊り場に部屋がある、灯台のイメージ

    ・喫茶店でいうと名古屋にある某

    ・おしゃれだから靴がいっぱいある

    ・家にあるものが何もかもかわいい

    ・紅茶を高いところから注いでいる、ふたごは実はハイソなのである

    ・「この人たちいい暮らししてるじゃん!」・ふたごはお菓子ばかり食べて生活しているらしいが、実はものすごい栄養のあるおかしを食べているのでは……

    ・ふたごはりくつっぽく、かしこく、想像力がある……そして何よりも上品であり美意識が高い

    ・幼稚園児みたいなことしか言わないように見えて、とことん理知的である

    ・この家も自分たちで設計したのでは、疑惑

    ・最上階のサンルームも最高!

    ・ガウディの「カサ・ミラ」(放送ではグエル邸と言ってしまっております…)も思わせる


    〇マサカとナルホドのすみか

    ・家にこんだけこだわったあとに、荷車を引いて野宿の旅をしているマサカとナルホドが登場するのが、にくい!

    ・岡田淳さんは生活を愛している人

    ・マサカとナルホドは旅をしながらも、客人が来ればもてなせるくらいのQOLで生きているのがすごい


    〇こそあどの森は「生活系」

    ・日常系と生活系

    ・生活系では、一日のスケジュールや衣食住などが意識されていて、時間というものを「トータル」でとらえている

    ・『犬の生活』という映画はあるが、「猫の生活」はない

    ・猫は日常、犬は生活

    ・「こそあど」はその中間ではあるが、どちらかといえば生活系寄りなのではないか

    ・住みたい、暮らしたいと思えるのは、ここに生活があるから。「行きたい」だけでは止まらない



    <後半!ここから第1巻の総括です!>


    〇生活と時間

    ・「日常」という時には「時間」はあまり意識されない

    ・「生活」には必ず「時間」がついてくる


    〇スキッパーの中に「時間」が生まれた

    ・日常を生きてきたスキッパーが、生活の中に入っていった

    ・ポアポアの実が届くことによって、スキッパーの中に「時間」という概念が生まれた、という話だと今回読み返して理解した

    ・そう思って読むと、あらゆる描写が気になってくる

    ・生まれて初めて「この三日間は」など、時間を区切って考えるようになったのではないか。そして「昨日より明日」という発想が生まれ、前回話した「明日のための練習」という考え方も生まれる

    ・最初のほうは「その日のこと」を考えているが、だんだん「明日はこうしよう」になってくる

    ・「昨日と今日は同じ毎日」という感覚から「昨日と違う今日」という感覚になる

    ・図鑑ではなく人間の出てくる本(海賊の物語など) を読むようになるのも、彼の中に「時間」が生まれたからでは

    ・ストーリーとヒストリー(歴史=時間)

    ・ポアポアも「待つ」(時間が経過する)ことによって食べられるようになる


    〇スキッパーの「発達」

    ・「七日間」という時間を区切った思い出

    ・スキッパーには時間が生まれ、過去が生まれ、思い出が生まれた 

    ・自分だけの「ひとりのひとつの時間」から、並行して進む「みんなの多種多様な時間」を考えるようになった

    ・このようにスキッパーの世界は広がってゆく

    ・物語の主人公としての成長というよりは、「人間としての発達」に近い気がする


    〇ジャッキーさんの実体験より

    ・中学の同級生から言われた「同じような毎日」というフレーズ

    ・幼少期のジャッキーさんは「お母さんひまー」と繰り返していたが、だんだん毎日が豊になっていった

    ・「解像度」が上がっていったのだろうか

    ・スキッパーくらいの年齢(10~11歳くらい?)はまさに、そういう発達の時期であるような気がする


    〇スキッパーの「発達」2

    ・スキッパーは「えらい」のではなく、子供としての発達をフツーにしているだけ、なのだが、それがいかに素晴らしくて神秘的であるか、というのが、この物語なのかもしれない!

    ・誰もが無意識に成長しているが、実はこのような流れが誰にでもあったのかもしれない

    ・「今度は僕がお茶を入れてあげるのに」

    ・お茶を入れまくるシーンだいすき

    ・「お茶を出す」は一つの大きなテーマ

    ・前回語ったように、ここでスキッパーが獲得したことをまだ持っていない人もいる


    〇ふたごとスキッパー

    ・スキッパーはふたごには自然と敬語を使わずにしゃべっている

    ・ふたごからのスキッパーへのまなざし、きっとうれしかったふたご


    〇時間を愛するジャッキーさん

    ・『はじまりの樹の神話』(第6巻)のお話を、お楽しみに


    〇ぷにょさんと自己肯定感

    ・逃げ腰

    ・責任を負いたくない

    ・権力を持ちたくない


    〇スミレさんの真意

    ・第1巻だけだといじわるなようにも見えるが……

    ・本当はスキッパーが来たことがとてもうれしかったんじゃないか

    ・うれしさをすぐに、はっきりとは出さないことが品の良さ

    ・ジャッキーさんが夜学バーに立つときの態度と似ているかもしれない 

    ・トマトさんの迎え入れ方もうれしいが、ジャッキーさんはトワイエさん、スミレさん、そしてふたごのような態度をしがち

    ・思っていることをはっきりと言葉にする必要はない

    ・スミレさんもかつてはスキッパー側だったのではないか

    ・ギーコさんやトワイエさんも


    〇次回予告(実際はけっこうあとになりそうですが)

    ・「品の良さ」のようなことについて語りたい

    ・欲望をあらわにしない姿勢

    ・「そうだスヌーピー大好きな奴が重タール漬けガイでもいい」(中村一義『永遠なるもの』)

    ・ないからこそ手を伸ばす、それを恐れずにやっていきたい!

    ・人に啓蒙しよう、というのではなくて、自分が学ぶために、そして語りたいだけ

    53 min
  • #021 『ふしぎな木の実の料理法』(岡田淳、こそあどの森の物語1)③ しあわせなオノマトペ/しゃべるのには練習がいる
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    『ふしぎな木の実の料理法』3回目です。(全4回)
     相変わらず「好きな箇所」を話し合っています。ぷにょさんは作中の幸福な言葉づかいについて、ジャッキーさんはスキッパーが「しゃべる練習」を一人でしていたことについて紹介しています。
     今回も話題は遠く、遠くへ。友達の話を聞くような気持ちで、たのしんでいただけたら幸いです。
    【目次】
    ○オープニング
    ・「好きな箇所3選」だけでしゃべりすぎてしまっている
    <ふたりの好きな箇所3選>
    ○ぷにょさんの3つめ ふんだんなオノマトペ
    ・スキッパーが、少しは知っている人たちとおおむね会ったあとに、まったく知らない人(マサカとナルホド)と出会うシーン
    ・ものを食べたりお茶をしたりする時のしあわせな気持ち
    ・岡田淳さんのエッセイ集『図工準備室の窓から』の「ドリトル先生の台所」(このお話は講演会でもある時期必ずされていた)
    ・『ドリトル先生航海記』の冒頭、ドリトル先生の家に少年が招き入れられるシーンが、若き日の岡田さんに「人は信じられる」「人生は生きるに値する」という気持ちを与えた
    ・挿絵がないのに、挿絵があったかのように錯覚することがある
    ・あたたかく受け入れてくれ、子どもである自分を対等に扱ってくれる大人の存在
    ・マサカとナルホドのような、一見粗野な人たちでさえ、食後にお茶を入れてくれる
    ・ネタがバレたくらいで面白さの損なわれる物語ではない
    ・大きい事件が起こるわけではないので、ディテールが際立つ
    ・ラストシーン、スキッパーがマサカとナルホドを思うのは、「彼らがそこにいないから」――いいものはみんなで分け合う
    ・スキッパーの優しさや、情
    ○ジャッキーさんの3つめ 話す練習をするスキッパー
    ・トワイエさんの家を出ていった場面
    ・おまけ → トワイエさんが手を振ってくれていたこと 松尾芭蕉『おくのほそ道』「人々は途中に立ち並びて、後ろ影の見ゆるまではと見送るなるべし」、ドラえもんの名曲『友達だから』「見えなくなるまで僕は見送る」
    ・「森の中に自分の足あとが増えてゆく」という文学的な表現(参考文献:華原朋美『I’m proud』
    ・話す練習をしてギーコさんとスミレさんの家に向かったスキッパーだが、なかなかうまくいかない
    ・「飲みものがあるのはありがたいことです。飲んでいる時はしゃべらなくてすみます」この気持ちがわかる人は……
    ・言葉のかわりに、ものと動作を使ったスキッパー
    ○「しゃべる練習」の想い出
    ・新宿ゴールデン街時代、お店にやってきた「ぶきみな」10代の青年に朝までお説教を……
    ・ぶきみさをなくし、相手との距離感を設定するために「敬語」に代表される言語の工夫がある
    ・名著『橋本治が大辞林を使う』に出てきたエピソードにならい、彼にアドバイスをしてみた
    ・「離乳食の話」(#14参照)はモノローグだったのが問題だったのではないか?
    ・橋本さんは、問題の中心となっていた青年に「敬語の口の動かし方の練習」をさせた。「しゃべるというのは口を動かす身体運動である」
    ・お説教をした相手はその次の時、しゃべる練習をしてからお店にきた その成果がちゃんと出ていた!
    ・しゃべるのには練習が必要、じつはフィジカルな行為である
    ・練習の成果がうまく出なかったスキッパーは「もうたくさんだ」と思ったが、つぎにふたごの家に行ったときにもめげずに「じつは」をやった えらい!
    ○ちょっと長めの次回予告
    ・スミレさんとギーコさんの家(ガラスびんの家)の窓。「ガラスごしには、明るいところから暗いところは見にくい」
    ・喫茶店の窓は、ふつう「中から外は見えやすいが、外から中が見えにくい」ようになっている(日中は外が明るく、店内はやや暗い)
    ・しかし、神保町ミロンガヌオーバの新店舗やこないだザ・ノンフィクションでやっていた国立のスナック水中はガラスはガラスでも全面張りで中も明るいため、外から中も見えやすい
    ・ガラスびんの家には、古い喫茶店のようなすてきさをジャッキーさんは感じる
    ・徳島で見つけた、閉ざされたバーの窓にそっと……
    ・次回は「こそあどの森の家」をテーマにしつつ、第1巻についての総括をいたします
    44 min
  • #020 『ふしぎな木の実の料理法』(岡田淳、こそあどの森の物語1)② 世界観の作りこみと「なかよし」/ふたごは論理的に踊る

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    『ふしぎな木の実の料理法』2回目です。(全4回)

    「こそあど」世界を支える設定の細かさやビジュアル面の魅力をぷにょさんが語り、ふたごのりくつっぽさや楽しさ、演劇的な魅力などについてジャッキーさんが語っています。裏テーマは「なかよし」でした。

    また、なんと収録途中にハプニングが……でもそのまま続行しています。お楽しみに。


    【目次】

    ○オープニング

    ・きのみ? このみ?

    ・友達について話しているような感覚で、本の話をしています

    ・いま飲んでいるお茶の話

    ・「いちいち自分を下げないでくださいよ」「わたし自己肯定感低め女なんですよ」

    ・小沢健二「すかさずお茶をいれろ」

    ・こそあどの森の人たちは、お茶をいれる達人

    ・「ためしてみる」という親身さと好奇心

    ・試行錯誤だっ!(楳図かずお『漂流教室』)


    <ふたりの好きな箇所3選>

    ○ぷにょさんの2つめ 図鑑のページ(フワフワダケ)

    ・図鑑の字をまねていた小学生時代のぷにょさん

    ・この本の見た目(ビジュアル)が好き

    ・作中のちょっとしたアイテムが作り込まれている

    ・講演会でおっしゃっていたことを思い出す

    ・岡田淳さんの作品では、完全なファンタジー世界のお話は実はめずらしい だからこそリアリティが追求されているのでは

    ・『びりっかすの神さま』では、学校が舞台だからむしろ背景を描かないほうが想像しやすくなる

    ・言葉だけでわからせるのではなく、イラストや地図を駆使するのが岡田淳流(だと思う)、子どもの本はビジュアルが大切

    ・ユキモグラという生き物のリアリティ

    ・「なかよしなんだ」というフレーズがジャッキーさんの「仲良しの発想」に影響を与えた可能性

    ・スキッパーとバーバさんがなかよしでよかった!

    ・なかよしというものの種類(質?)のちがい

    ・仲良しとはいったいなんなのか?という深い思索がさりげなく書き込まれている……「だから南の島から木の実を送ってきてくれたのです」

    ・たった1ページで伝わる「なかよし」ということの素敵さと不思議さ

    ・一緒に住んでいなくても、いろんな人となかよしになれるのかもしれない

    ・ジャッキーさんのYouTube講演「仲良しの発想」


    ○ジャッキーさんの2つめ ふたご初登場

    ・ふたごというキャラクターは、「日本児童文学史上最も魅力的なキャラクター」by J

    ・いちばん料理法を知らなそうな森の住人

    ・ぷにょさんとジャッキーさんによる、ふたご実演

    ・実は! ふたごって「やたら論理的」である ものすごくりくつっぽい そして想像力も豊か

    ・テキトーそうに見えて、洞察力、想像力に富んだ、かしこくていいやつら ただふざけてるだけ

    ・これが一言でいうと「楽しい」ということで、ふたごの最大の魅力


    《ここで、なんとお客様がやってきて臨時の公開収録へ!!》


    ・「すべてをわかりたい」という好奇心、いわゆる「理系男子」的な面倒くささすらある

    ・この場面を大好きなもうひとつの理由は、これがほとんど演劇のようだから!

    ・ジャッキーさんが小説を書くと、こういうふうになる

    ・『木の実』のラストシーンでは、誰のせりふかは書いてないのに、誰がしゃべっているかがすべてわかる ジャッキーさんのみるところかなり「演劇的な」場面

    ・一人では生まれないリズム(ふたごオンリーで演劇にできてしまう)

    ・りくつっぽさ担当がトワイエさんでもスキッパーでもなく、ふたごなのが面白い しかもこのりくつっぽさに、読者は気がつかない(すごい)

    ・日本が生み出した最高のクールジャパンの結晶

    ・お茶じゃないけど

    40 min
  • #019 『ふしぎな木の実の料理法』(岡田淳、こそあどの森の物語1)① バーバさんの気持ち/トワイエさんの家は夜学バー

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    まんをじして、岡田淳さんの「こそあどの森の物語」のお話。

    今回は第1巻『ふしぎな木の実の料理法』。

    読んだことのない方こそ、ぜひ。おみやげ話を聞くような気持ちで。

    今回は特別に長いですが、36分くらいからのジャッキーさんの熱弁が聴きどころと思います。


    ところで、いろいろあって先週はお休みしてしまいました。#019~#022は4日連続配信の予定でしたが、様子を見つつゆっくりお送りいたします。月曜尾にはなるべく更新できるようにしますので、なにとぞお見守りください。



    【目次】

    〇旅行者の視点で

    ・Podcastにおいて「子どもの本」について語ることに需要はある?

    ・本の話をしているというよりは、どこかにある森の話をしていると思って聞いてください


    〇岡田淳「こそあどの森の物語」シリーズ(理論社)

    ・全12+1巻、1994年から続くシリーズ

    ・誰もが読むものではないが、クラスの何人かは読んでいる

    ・派手ではないし、はっきりとしたモチーフやテーマがあるわけではない。ゆえにわかりやすくはない

    ・その魅力を説明するのは難しいし、他人にすすめたくなることも(意外と)少ない


    〇『ふしぎな木の実の料理法』概要

    ・どこかにある森

    ・主な登場人物(スキッパー、ポットさん、トマトさん、スミレさん、ギーコさん、トワイエさん、ふたご、そのほかにドーモさん、バーバさん、マサカとナルホド……)

    ・わかりやすい属性のキャラではなく、独自の人格の人たち

    ・みんなにとって秘密の作品?

    ・ついにこの本の話ができることがうれしくて仕方ない

    ・岡田淳さんの読者と話していると、同じ小学校に通っていたような気持ちになる


    〇第1巻の大まかなあらすじ

    ・人とコミュニケーションするのが億劫なスキッパーという少年が、必要に迫られて人と会わなければならなくなる


    <ふたりの好きな箇所3選 >

    ○ぷにょさんの1つめ バーバさんからのお手紙「いつも→ときどき」

    ・トワイエさんもそこに注目している

    ・スキッパーの「単純な」成長物語ではない

    ・お手紙の下書き段階ではどうだったか

    ・なぜ引きこもりのスキッパーにこんな、人と会うことを煽るような手紙を送ったのか

    ・ナンデモ島でバーバさんが経験したかもしれないこと

    ・「この気持ちをスキッパーと分かち合いたい」とバーバさんは思ったんじゃないか

    ・スキッパーのバランス いつも同じことを考えていると、「三つ」を選ぶことができない

    ・だから「いつも」ではなかったのかもしれません


    ○ジャッキーさんの1つめ スキッパーがトワイエさんの家に行くシーン(P71~)

    ・「これは夜学バーだな」と思った

    ・トワイエさんは質問もせず、なにも言わなかった

    ・人に対する「対等」な向き合い方

    ・相手をよく観察して、軽はずみなことをしない(ジャッキーさんのいう「他流試合」……夏目漱石『こころ』より)、保留の態度

    ・スキッパーは言葉ではなく、ものや動作をつかった(夜学バーでもよくあること)

    ・ポアポアを焼いている時も、トワイエさんはなにも言わなかった

    ・黙っていることや、静かな時間が時に重要な意味を持つ

    ・トワイエさん「よかったら、またいつでも、きてください」→夜学バーの従業員、まちくたさんが中学3年生の時に初めてお店に来たときのエピソード

    ・トワイエさんにとっても、とてもすてきな時間だったのかもしれない

    1 hr 1 min
  • #017 カジュアルなデストーク② 最後に切るカード、死

    令和5年5月17日(水)15時配信/6週めの3本め ⁠Twitter⁠ #korizato/⁠東京・湯島の夜学バー


     よくものごとを考えてしまう人たちは、思春期からずっと死と隣り合わせ。それでも生きているのは、「死以外の選択肢を選び続けているから」だと思います。そして死以外の選択肢がすべて消えると、まんをじして(?)死がリアリティを帯びてくるのではないかと。

     ゆえに、「生きてればいいことあるよ」という未来の話は、あんまり意味がないのでしょう。手持ちの選択肢がどんどん減っていって、いよいよそれがゼロになったとき、「ああ、もう死ぬ《しかない》」となるので。おそらく今すぐ目の前に、死以外の選択肢が登場すればいったんはその最終カードを温存することができます。そのすきにまた、どんどん手持ちのカードが増えていったなら、生きていることを続けようと思う、というようなことだろうと個人的には想像します。

     では、いかにしてその選択肢を育んでいくのか? 手持ちのカードを失った状態から、またそれを得るためにはどうしたら? というようなことを、考えてゆきたいと思います。



    【目次】

    ○死ぬという多様性(選択肢としての死)

    ・「死」というカードは最後に出す

    ・死ぬ「しかない」という時に人は死を選ぶ

    ・結婚する「しかない」という状態になると人は……

    ・認知の固定という問題がここにも

    ・たくさんある選択肢のうちの一つである、という感覚


    ○出た!ぷにょさんの「いま聞いてなくて」

    ・ジャッキーさんの話をまったく聞いていなかったぷにょさん ※#018参照

    ・岡真史『ぼくは12歳』のことを考えていたらしい

    ・「死への好奇心(夢)」をどう考えるか

    ・「いろんなことを考えて生きていったらいいんじゃないかな~人間は」というジャッキーさんの雑すぎるまとめ


    ○安易に「死」のみへ閉じていかないために

    ・できるだけ小さいころに広い視野や可能性をたくわえておく――ジャッキーさんにとっては児童書やマンガが重要だった

    ・幼いころから「一つのパターン」ばかりが強化されてしまうと、他の道が見えなくなっていき、それが閉ざされた時に「死ぬしかない」となる


    ○「こそあどの森の物語」

    ・主要人物たちは全員、家族構成がちがう

    ・多様性の物語、でもある

    ・多様な人たちでもチームは組めるし、組んだチームはふたたびばらばらになってもよい

    ・人間(他人)をどのくらい求めているか、というところもそれぞれ異なる

    ・単純に「友達ができてよかった」では終わらないところが重要

    ・「一緒に暮らすことになりました」だったらガッカリしちゃう

    ・増えてるだけなんだよね

    ・一人の時間も大事だし、みんなとの時間も大事

    ・異質な人たちがなんかうっすらめちゃくちゃ仲良い

    ・まず自分というものが存在できなければ

    ・でも人は一人では生きられないので、何らかの関わりは持たなければ

    ・正解のない世界


    ○現実ではどうだろうか?

    ・こそあどの世界観が(小4の時くらいに)無意識に刻まれていた、というぷにょさん

    ・こそあどの森ではなく、もっと人数の多いリアルの世界だとどうなんだろう

    ・「ねばらなぬ」というこだわりとの距離感

    ・婚活しかやっていないと、婚活で出会う人としか出会えない

    ・確証のない「かもしれない運転」に開いてゆく勇気

    ・井上陽水さんの遠心的人生

    ・遠心ソング、Flipper's Guitar『GOING ZERO』「さぁもっと遠くまで行こう」「ゴールめざすなんてやめよう」

    ・ぷにょさんの人生観(このへんも#018で言っていた「投げやり」な部分なのだろうか)

    ・「そんな日もある」という救い

    ・生きてるだけで丸もうけ


    ○お店はすべてSN(世界観ノンフィクション)である

    ※浅羽通明先生は「SF」を「世界観フィクション」と読み解いている

    ・深刻ぶった切羽詰まった大人ばかりではなく、ウッカリして甘いお茶を飲む大人が世の中には必要だ

    ・喫茶店はそういう人生の宝庫?

    ・お店とは一つの世界観である

    ・石川遼くんのポスターや皇室カレンダーが貼ってあるすばらしいお店たち

    ・いろんな個人商店のとりどりな価値観

    ・みんなで甘いお茶を飲む『ふしぎな木の実の料理法』


    ○次回予告

    ・ジャッキーさん、ついに岡田淳さんの話を公にする!(意外とこれまでしていきていません)

    ・「こそあどの森の物語」第1巻『ふしぎな木の実の料理法』(岡田淳、理論社)についてお話しします


    この続きは5月22日(月)15時に配信します

    35 min
  • #016 カジュアルなデストーク① 「死の自己決定」はいくつから?

    令和5年5月16日(火)15時配信/6週めの2本め ⁠Twitter⁠ #korizato/⁠東京・湯島の夜学バー

     子供の頃の話をする前に、それを経た後のこと……思春期、中高年、老人といったトピックをある程度さらっておこう、というわけで今回は「死」にまつわるお話。

     個人的な話ですが高校生の時、自分のホームページ(現存)のチャットルームで「死について語ろう」と人を集めて座談会をしたことがあります。大いに盛り上がったものですが、やはり結論らしい結論は出ず。結論を求めない態度を育てるには、結論の生まれ得ない話をぐるぐるとし続けるのもありなのかもしれません。「答え」のあるようなことばかりを考えていても、求心的な性質が強化されるばかり……。さあ「遠心的に」いきましょう。



    【目次】

    ○「その前」の時代に戻るために

    ・思春期、中高年、そして死の話をしてから、「その前」の時代の話に進んでいきたい

    ・ジャッキーさんの著作『小学校には、バーくらいある』の帯にある言葉「ちいさいころにわかっていたら、それからずっとわかっていられる」

    ・「コアにあるのは子供の頃の正しいこと」(三重野瞳『Wonderful bravo!』作詞:藤林聖子)


    ○もっと気軽に死を語る

    ・須原一秀『自死という生き方』における「満足死」の概念

    ・性的同意年齢のように、判断能力基準で「希望死年齢」を設ける?

    ・「お酒は二十歳から」を守っていれば飛び降りられなかったのではないか?

    ・二十歳まで自殺しないでいれば、その後も自殺しないという可能性

    ・今死にたい、という強い意識は尊重したい(?)が、果たして本当に「その判断力」を信頼してもいいのか

    ・何歳なら「死の自己決定権」は認められるのか


    ○もしも気軽に死ねるなら

    ・「死ねること」により湧いてくる生きる希望、という逆説

    ・「死んでやる!」というメッセージ性(報復力)も薄まる

    ・「お前なんで死なないの?」という悪用もされるはず

    ・映画『PLAN 75』と藤子・F・不二雄『定年退食』『21エモン』(ゼロ次元)

    ・死んだらどうなるのか? 高校生のジャッキーさん著『あの世そのイチ』


    ○次回予告

    ・先週と今週の総まとめを……できるといいな


    この続きは5月17日(水)15時に配信します

    41 min
  • #018 #013~017についての言い訳、転じて「夜学バーの活用法」

    令和5年5月15日(月)15時配信/6週めの1本め ⁠Twitter⁠ #korizato/⁠東京・湯島の夜学バー⁠


     配信の順番が前後していて「?」と思われた方もいらっしゃるかもしれませんが、16,17回の前にちょっと言い訳しておきたいことがありましたので特別回として挿入されております。「お聞き苦しい点が」ということなのですが、こういうのを後から冷静に振り返って話せるのはこのPodcastの面白いところだとも思います。「認知の歪みについて話している本人の認知が歪んでいた」という面白さ、おもしろ話としてみなさまと共有できたらと思います……。

     話題は言い訳から始まりますが、いつの間にか「夜学バーというお店の活用法(どんな姿勢のお店であるか)」だったり、「死生観」の話にもなってゆきます。#013~017を聴いていなくても楽しめると思います、肩の力を抜いて、どうぞ。







    【目次】

    ○なぜ第15回の次が第18回なのか!??!?

    ・神妙な弁明

    ・謝罪と言い訳の回です

    ・認知の歪んだ(固定された)状態で認知の歪みについて語っていた



    ○夜学バーの活用法

    ・ジャッキーさんは常に中立でいる(必ずしも味方はしてくれない)←バズらない秘訣

    ・どちらかが正しいと断罪する危険性を熟知している

    ・表面的に寄り添ってしまったら固定された認知が強化されてしまう



    ○相手の立場に立ってみること

    ・共通の話題が強く持てなくたっていいじゃない

    ・ブレイディみかこ『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』からの引用(ぷにょ)

    ・別学教育は楽園だが、は無知であることを温存する……?

    ・エンパシーとは「相手の靴を履くこと」、誰かの靴を履くためには、自分の靴を脱がなければならない

    ・夜学バーは常にその点を気にかけ、「常に裸足でいようとしている」のかも

    ・「くつ」の発音について

    ・シンパシーは「感情」、エンパシーは「能力(知的作業)」

    ・「感情」が弱い人間は「知的作業」を鍛えるしかない



    ○夜学バーは裸足でくるお店?

    ・裸足であることは恥ずかしい

    ・みんな何らかの属性という靴を履いている

    ・みんなが裸足で来るお店、茶室のようなお店が夜学バー

    ・喫茶店茶の湯論「喫茶店というのは道なんですよ」

    ・「みんなが同じ靴を履いている」お店と、「お客さんの靴を履いてあげる」お店と、「裸足でいる」お店と



    ○このあと配信される16、17回の言い訳

    ・ぷにょさんのしゃべり方が投げやりに

    ・ぷにょさんがまったくジャッキーさんの話を聞いていない箇所が……

    ・ジャッキーさんのお母さんがハリー・ポッターを読んでいなかった謎

    ・『ソフィーの世界』で認識が広がったぷにょさん

    ・ヨースタイン・ゴルデル『カードミステリー 失われた魔法の島』からの引用(ぷにょ)

    ・生きてるだけで丸もうけ。私たちはもうすでに「結果」である。あとは自由!

    ・橋本治さんは「人生には当たりはずれがございます」と言った(河出文庫『青空人生相談所』)

    ・「考え方(捉え方)」のインストールが大事

    ・さまざまな可能性を想定できるということが多様性という発想の良いところ

    ・器用になって、生きやすくなるかも?



    ○次回予告

    ・ひとまず16~17回の、死生観にまつわるお話をどうぞ

    ・そのあとは楽しい楽しい、「こそあどの森」回です!(お願いです聴いてください~)




    この続きは5月16日(火)15時に配信します

    50 min

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