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令和5年5月10日(水)15時配信/5週めの3本め Twitter #korizato/東京・湯島の夜学バー
「中2病」という言葉があるように、ある年代になると罹患しがちなある種の病、というのが存在するような気がします。14歳から41歳までの期間に取り憑いてきがちな悪魔(本編では小沢健二さんの文章をヒントに「田島カンナ」という存在を想定しています)もいるし、その後の空白に忍び込んでくる悪魔もいると思います。そういうモノたちにつけ込まれないためには、どうしたらいいのか……?
このPodcastでは児童書のシリーズ「こそあどの森の物語」をたびたび取り上げますが、子供の世界にそのヒントがあるんじゃないか?というのをジャッキーさんとぷにょさんは共通して思っています。橋本治さんの「原っぱ」論も振り返りつつ、「14歳から41歳」という世界に入る以前のことを考えてゆくことにしましょう。
【目次】
○マクラ「この人なら大丈夫」という甘え
・伝説の離乳食回(#014)をふりかえって
・「この人なら許してくれるだろう」という甘え――なめられてんちゃうの
・お店にきたお客さんの相談から「この人に限って、傷ついたり不快にはならないと思っていた」→ジャッキーさんもこういうふうに思われがち?
・だろう運転……これぞまさに認知の歪み、認知の固定、すなわち「望み」……
・「立派な人だから独りよがりな気持ちをぶつけても大丈夫」という判断
○闇を憎んで人を憎まず
・悪い人ではないし能力もあるのに、そういう(邪悪な?)行動に駆り立てられてしまうのはなぜ?
・ある年齢層に達したらバグるということ――中2病とか大4病とか
・「病魔」が取り憑いてくる
・41歳くらいで新しい悪魔が近づいてくる……?
○小沢健二さんの文章「邪悪、ヴォルデモート、あるいは田島カンナ」
・若くてかわいい女性の外見をした邪悪なる悪魔たち
・「可愛い人たち どうしてでしょう 性格めちゃくちゃに悪いよね つけ上がらせてる 世の中のせい」(小沢健二『失敗がいっぱい』)
・カリフォルニアのディズニーランド、タワー・オブ・テラーの一番上で「サブカル女子の頂点」と思ったファンタジスタさくらださん(正確にはBoseさんと結婚する前の話かも)
・「邪悪は可愛い若い女の子の容姿を必要とするのです」
・邪悪が去ったあと、カンナ(に取り憑かれていた女性)はどうなるのか?
・20歳のとき、ゴールデン街で出会ったカンナ(?)のこと
・自己利益常時最大化女
・でもそれは「ある邪悪」が彼女に取り憑いていたのであろう
・10代の頃は自分らも狂ってましたから
・それがいろんな年代に存在していたっておかしくはない
○邪悪その後に
・14-41という27年間の競争と比較の中で生まれる悪魔、田島カンナ
・少しでも良い男を、少しでも良い利益を得ようとがんばる
・それが去った後の空白に入り込む新たな闇が「ミッドライフクライシス」?
・早めに用心して上手に生きていこう
○「それよりも前」に戻りましょう
・備えとしての児童書「それ(14-41)が始まる前ってどんなだったんだっけ」
・橋本治『ぼくたちの近代史』における「原っぱの論理」も、小学校までの話だった
・「原っぱ」は、社会に取り込まれる前の子供たちが自然につくっていた高度な世の中
・10歳以下の子供が活躍する話『魔神英雄伝ワタル』『飛べ!イサミ』……
・小さい子が入ってきたら、ルールのほうを変えてしまえばいい
・柔軟で流動的な世の中へ
・『飛べ!イサミ』では男女が一緒に遊び、幼稚園児もともに活躍する
○次回予告
・次々週くらいに「こそあど」1巻を取りあげたい
・14-41は「第一部完」
・次週は「死生観」の話になるかも
・子供の話をする前に、思春期、中年、老人の話をしておきたい
この続きは5月15日(月)15時に配信します
令和5年5月9日(火)15時配信/5週めの2本め Twitter #korizato/東京・湯島の夜学バー
前半は非常に重要なこと、そのうちおそらく特集されるであろう「場」というものに関してのかなり本質的なことが語られております。下の目次の中に件の橋本治さんの文章を引用しましたので、よろしければ読んでみてくださいませ。
後半はひたすら離乳食の話。ここが長すぎて、なんと最長記録を更新してしまいました。
ジャッキーさんが離乳食の話を通じて言いたかったことを先にまとめておきます。簡単にいえばこの人は、「離乳食に興味がある人だけに人間関係が閉じていく」ということがさみしくてならないのです。それでどうにか「離乳食の話をしたい人」と「離乳食にはとくに関心がない人」の間に素敵な関係が結ばれる可能性について夢想しているわけです。しかし誰もがそのような関係を結び合えるまでにはこの世の常識は成熟(僕の視点からはこの言葉になります)していない、どうしたらいいんでしょう、というようなことを言いたいのだと思われます。
【目次】
○原っぱでダンス
・ゆずれない部分があるから、その他の部分が歪んでしまう
・ふたたび橋本治『ぼくたちの近代史』――固定されない、流動的な「原っぱの論理」
《引用》
だから、自分が譲歩するっていうことが何故可能かっていうと、自分が譲歩することによって自分と他人との距離を広げるっていうんじゃなくて、自分と他人との関係が一本線でしかなかったことを、もうちょっと譲歩すればこの道の幅が広がるから。ここが原っぱになりうる、ここで遊べるっていう。
俺、ワリと他人に対して譲歩するの平気っていうのは、原っぱを作っておかなければ一緒に仲良く出来ない、お互いが仲良くなる為の場所っていうのが絶対に必要で、そこに入っていかなかったから、そのかわり他人の変な中に踏み込んでいっちゃうっていう風になっちゃうから。(略)
(略)だから自分が譲歩するのはいいけれど、他人に譲歩されるのはいやなんだよね。他人に譲歩されるっていうのは、原っぱの人間じゃなくて社会の人間だから。社会の人間が譲歩するのは、必ず譲歩させる側に権力があるっていう意味があるから。俺、譲歩されると、「俺は権力で、だから相手は譲歩してる」っていうことになるから、いやなのね。遊ばしてくれない。「さあ、どうぞ、どうぞ」って、お辞儀されてしまったら、これは譲歩になってしまって、俺は権力者になる。いやだ、俺、譲歩するんだったらいくらでもいい。
《引用おわり 『ぼくたちの近代史』河出文庫版P192-193。関連する文章はP86-87にもあり、そこに「ダンス」という表現が登場する。Podcast内でジャッキーさんはこの2カ所を総合した説明をしている。この本は現在入手難で、今手に入るのは第三部のみを収めた河出新書『「原っぱ」という社会がほしい』 ところで、橋本さんは少なくとも本編では「原っぱという社会がほしい」ということは言っておりません。単行本では見出しになっておりますが、ご本人が考えたものかは不明。引用部を見れば明らかに「原っぱ」は「社会」に対置される概念として登場しています。》
・夜学バーは橋本さんのいう「原っぱ」にしたい
・みんながみんなを思いやるダンスパーティ
・理想は「仲良し」だけれども、がんばって仲良くしようということではなく、大事なのは仲良しという「発想」――詳しくはジャッキーさんのYouTube講演「仲良しの発想」を
○認知の歪みは認知の固定
・どこかが固定しているから、帳尻あわせでどこかが歪んでしまう
・「旦那の話=のろけ」という認知の固定があったのではないか?(前回紹介した2例目)
・キーワードで発動してしまう「認知」
・「自分に関心があることに引きつけて他人の話を理解してしまう」危険
・無理からぬグヮー
○ずっと離乳食のターン!
・「離乳食」が「推し」と化していたのでは?(前回紹介した3例目)
・Soup Stock Tokyoの離乳食提供にまつわる問題について
・「赤ちゃんは誰にとってもかわいいはずだ」も、ある種の認知の固定なのかも?
・人を傷つけない言論などない(by 浅羽通明)
・すべては予測できないが、できるだけ避けていこうというのが暗黙のルール
・結婚や子供というのは非常にセンシティブなテーマで、そこがどこかで「固定」してしまっていることが多い
○ここからずっと離乳食のターン!
・同じ属性(未婚同士、既婚子持ち同士)でしか遊ばない問題について
・ジャッキーさんが言っているのは「ダンスを踊りたい、踊れる側の考え」
・「しんどいことはしたくない」という人たちも多い
・41を超えたら変わるのか
・ステータス(属性)によって分断されないユニバーサル社会をのぞみます、そうでないとさみしいので
・「共通の話題」がそんなに必要か?
・ジャッキーさんは離乳食の話を延々されてもある程度楽しめてしまうのかもしれないが……
○ずっと離乳食のターン!
・ジャッキーさんの思考実験「考え方を変えます」――離乳食の話を延々し続けた人はむしろ偉いのかもしれない!?
・「離乳食の話ができる相手」じゃないのに誘うなんて凄い!(???)
・現代日本に足りてない能力や姿勢
・離乳食から木登りに行ったっていい
・ジャッキーさんの熱弁と、どうしても実例に戻ってゆくぷにょさん
・いったん実例に戻って
・ただ自分の言いたいことを言いたい人たち
・自分が優先されている状態に「固定」されると楽になる
○次回予告
・「魔境」の話をしなければ
・ある年齢や状況に取り憑く悪魔や闇のようなもの
・闇を憎んで人を憎まず
・氷砂糖に一応戻ってきた
この続きは5月10日(水)15時に配信します
令和5年5月8日(月)15時配信/5週めの1本め
Twitter:https://twitter.com/korizatogifts ハッシュタグは #korizato
東京・湯島の夜学バー:http://ozjacky.o.oo7.jp/brat/
14歳から41歳までの27年間は、人生のメインなどでなく「人を狂わせる魔境」なのではないか?と問題提起するぷにょさん。彼女の見聞きした経験をもとに、「どうすればその魔境的な時間を乗り越えていけるのか」を考えます。
前半17分くらいまでは単純なエピソードトーク。その後20分間で「14歳から41歳」という時間についてじっくりと語っています。もちろん語り尽くせず、また次回!
14歳から41歳――
子供じゃないけどおじさん・おばさんじゃない
「不惑」ってゆーのにもまだ早い
たとえていうなら
真っ青な青春時代から
すこしずつ
「老練」の紫に染まってゆく…
その途中の
ほんのちょっとの間の
群青な時代(とき)――
という、「群青時代」という概念を考えました。もちろん元ネタはやぶうち優先生の『水色時代』。「白→水色→青→群青→白」というふうな展開をあらかじめ想定しておくと、落ち着いて年を取っていけるような気も、しないではないです。
【目次】
○14-41問題
・14歳という年齢については第3回でも語っていた(楳図かずお『14歳』についてなど)
・今日飲んでいるお茶の話
・今回は安らげない話題?
・実はこの回は、40分以上録ったのがお蔵入りして2回目の収録!
○最近身近で起こった怖い話4選
・知らずに人を傷つけてしまっていたらしいこと
・「子どもについての話」に乗っかったつもりが、「男にかまってもらえない」話として受けとめられてしまったこと
・離乳食について興味がないのに離乳食の話をひたすらされ続けたこと
・女性用トイレの連続女性蔑視落書きの犯人が40歳女性だったこと
○14歳から41歳までの期間について
・巷の流行Word「認知の歪み」
・ミッドライフクライシス(中年の思春期)
・男女ともに40歳くらいで通る(われわれも他人事ではない)
・「活躍できる年齢」についての、ジャッキーさんとぷにょさんのイメージの違いを思い出す(#003参照)
・エヴァンゲリオンには14歳しか乗れない
・14歳以上だと物語は個人の問題にフォーカスされがち
・周囲との比較が著しくなり、いろんな苦悩が始まってくる
・41歳くらいに、その競争市場から撤退を迫られるようになる
・そこを諦めきれないと苦しいが、そこを抜ければ競争のないユートピアに……?
・14-41は「人生のメイン」ではなく、「人を狂わせる魔境」の27年間!!?
・値踏み、比較、競争の世界
・その期間が終わるころ、思うように「結果」が出ていないと焦ってしまう←これがクライシスの正体か?!
○《サブカル40歳うつ病説》の正体
・「若者が持っていない力」を身につけずに年老いてしまうのが問題の核心
・若きかっこよさだけでやっていく限界が40代でやってくる
・運営側に回れなかったホストはどうなる?問題
・全体を見る能力、人を指揮したり教育する能力を蓄えておくべし
・かつて女性は「クリスマスケーキ」だった、だんだん遅れてきてはいるものの
・せっせと働くアリさんとキリギリス(バンドマン)の話になってきちゃった
・キリギリスも鬱にくらいなるんじゃないすかね
・キリギリスが音楽を続けていくにはどうしたらよいのか
○次回予告
・みんなが鬱にならずに生きていけるすばらしい世界は存在しないのか?→こそあどの森ってのがヒントになるよね!
・でも認知の歪みシリーズ、もうちょっとだけ続くんじゃ(なかなか「こそあど」に踏み込んでいけない)
この続きは5月9日(火)15時に配信します
令和5年5月2日(火)15時配信/4週めの2本め
Twitter:https://twitter.com/korizatogifts ハッシュタグは #korizato
東京・湯島の夜学バー:http://ozjacky.o.oo7.jp/brat/
「男性は弱いんだよ!わかってよ!」という男性視点のメッセージよりも、「男性が弱いということをわかっておかないと、大変な目にあうかもよ!」という、男性でない側からのメッセージが主眼。番組内でジャッキーさんという自認男性と、ぷにょさんという自認女性との問題意識がほぼ重なっているのは、この両面に目を向けているおかげかもしれません。
今回はこれまでにも出てきた「遠心的」という考え方に加え、「かもしれない運転」「認知の固定」「宇宙の中で良いこと」といった重要キーワード(?)が登場。日々を苦しみなく、あるいは苦しみつつも進むために、これらを材料の一部として、今後もあれこれ考えていくしょぞんです。
「さあもっと遠くまでゆこう」
「ゴール目指すなんてやめよう」
(フリッパーズ・ギター『ゴーイング・ゼロ』より)
○引き続き、男性の弱さについて
・なぜ、男性の弱さが周知されるべきなのか
・ジャッキーさんの4月18日の日記(ある心中事件の話)
・17歳くらいの危機を乗り越えた立場から「あんな儚いものに寄りかかっていたなんて。男なんてシャボン玉なのに」
・渦中にいる人にとってはすべてが深刻である、という認知の問題
・男がシャボン玉であり、自分は「立てる」ということを知る機会がないと……
・でも「あなたにはできるかもしれないが私には無理だ」と考えてしまう
・最終的には「幸せになる必要ってある?」まで行ければ
・勝ち負けで考えると「負けたら意味がない」というふうになってしまう
・ついゼロかヒャクかで考えてしまう
・ジャッキーさんが「弱くいる」(正直でいる)ということがただそれだけで意味があるかもしれない
・それが許容される環境をつくることも重要
○(広義の)性的合意について
・「弱いこと」が許容されなかった高校時代の苦い思い出
・保守的で男尊女卑的な同級生
・私の嫌うアティチュードですよ
・「嫌がってないからいいじゃん」を平気で言う
・男様が撫でてやってんだよ
・末っ子と長男という違いは関係あるか?
○「弱さ」「素直さ」を封印してきた歴史
・「そういうふうに潰されていくんだよね」
・自己防衛のため自分を演出していた10歳からの10年間
・ヨロイをまといすぎて素直になれなくなっていた
・《何も本当のこと言ってないじゃない》(小沢健二『アルペジオ(きっと魔法のトンネルの先)』)
・素直プロデュースのほうが接しやすい
・ぷにょさんがジャッキーさんのことを誤解していたころ
○どうして認知は歪むのか
・誰かを「素敵な人」だと思いすぎると、「私が悪い」に陥りがち
・認知の歪みは柔軟性のエラー
・何かを固定させると、他のものを歪ませないといけなくなる
・それで「自分がダメなんだ」になってしまう
・「かもしれない運転」でいきましょう
○神の手の中にあるのなら~♪
・無限の可能性を想定するのは怖い?
・《無限の海は広く深く でもそれほどの怖さはない 宇宙の中で良いことを決意する時に》(小沢健二『流動体について』)
・常に疑いつづけるために、所属しない (故に宇宙)
・もっと大きな、外側のルールがある(宇宙)
・夜学バーの扉の向こうには広く豊かな無限の宇宙が……
・「かもしれない」を恐れるなかれ
○氷砂糖と遠心的と
・とりあえず氷砂糖をなめますか
・氷砂糖は全能ではないが
・恋愛は「氷砂糖以上覚醒剤未満」?
・遠心的であるとは、すぐに結論を出さない(依存に陥らない)ことでもある
○次回予告
・4月18日の日記に戻って
・死が選択肢としてリアリティを持ち始めているということ
・14歳から41歳までのきちがいじみた時間
この続きは5月8日(月)15時に配信します
令和5年5月1日(月)15時配信/4週めの1本め
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東京・湯島の夜学バー:http://ozjacky.o.oo7.jp/brat/
本当は弱いのに強がっていると、どこかに必ず「歪み」が生じる……。男性が自分の弱さを隠して生きることにも問題があるけれども、女性が男性について過度に「強い」と思い込んでしまうこともずいぶん危険。特に若いときは、「この人は完璧な男性! 私に(上から)愛を注いでくれる素晴らしい存在! この人に愛される自分でいないと!」なんて思ってしまいがちですが……。
ぷにょさんがこだわりを見せる通称《認知の歪みシリーズ》、今週は「男性の弱さについて」。一所懸命がんばって「泣き虫の弱虫」を獲得したジャッキーさんと、一所懸命がんばって(?)「完璧な人間なんているわけないし無条件で《上》から愛してくれる神様みたいな男もいない」と悟ったぷにょさんの、人生の感想戦のような時間。どうぞお付き合いくださいませ。
【目次】
○泣いてしまうことについて
・橋本治さんの講演『ぼくたちの近代史』音源 本 その一部が収録された本『「原っぱ」という社会がほしい』
・橋本さんのまねをして「仲良しの発想」というYouTube講演会をやったことがある
○男性の弱さについて
・弱さを隠さないタイプの人(修行を積んで隠さないでいられるようになった)
・弱さをつっつくと激怒する男の人もいる
・寂しくなることは誰にも止められない(参考文献:Amika『How Can I say』←2回目)
・弱さを隠すとゆがんでしまう
・筋トレの闇
・自己目的化しがちな求心的行為
○二者択一にとらわれなくていい
・矛盾をこわがらず、同時、両面、同居をゆるす
・勝ち負け(勝ちか負けかのどっちかしかない)はおかしい、同時にどっちもあるかもしれない
・AかBかの片方に閉じていくのは合理的ではない
・泣きたい時は泣けばいい(三重野瞳さんの曲名のつもりで言ったけど正しくは『泣きたいだけ泣けばいい』でした)
○依存と執着の思い出
・他人が完璧に見えてしまう若い時分
・幼い認知はゆがみがち
・思えば二十歳前後の若造が……
・男は弱くないと思ってしまう
・(この)男性に認められなければ存在価値がない??
・若い女の大いなる誤解
・神様みたいな人なんていない
・みんな自分のことで精一杯、でもお互いそういう者同士で支え合う関係もつくれる
・「強がる」とそれができない
・対等じゃないほうが安心する心理もある
○弱いという自覚はあるか
・「弱さゆえの強がり」に気づいていない人も多い
・最近の若い人は弱く生きることが上手?
・草野マサムネさんはその草分け?
・草野マサムネとゲッターロボ!
・草野さんも9歳くらいの人なの?
・「男は強くあらねば」はだんだん減ってきた
・男の人を「上」にしすぎていると、失恋は一層痛手になる
・ジャッキーさんを例に、「(男は)弱い」ということを周知していきたい(?)
○顔について
・ホスト営業ができない(やってみたい)
・「そういうタイプの見た目してんじゃん」←そうですか?
・自分が美しいことに気づいたのは……
・だんだん美しくなっていっただけだと思います(ニコニコ生きてるから)
・「自分の顔に責任を持つ」とは?
○次回予告
・引き続き「認知の歪み」シリーズ
・「14歳と41歳」について話す前準備を
この続きは5月2日(火)15時に配信します
令和5年4月27日(木)15時配信/3週めの4本め
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東京・湯島の夜学バー:http://ozjacky.o.oo7.jp/brat/
「六周年」の当日に思わぬ閑散さを見せた夜学バー。いったいどうすればよかったのか? その反省会も佳境です。
店主のジャッキーさんが命をかけて守り抜く「夜学バーの理念」、それがむしろさみしさの源でもあったり。なかなかどうして人生というものはうまくいかないもの。
長々話した結論として、つまるところこの店主は「人に会いたい」としか思っていないのです。複雑なことは趣味でやってるだけ。ただの幼稚な人間です。そのあたりのことが伝わればと思います。ぷにょさんがうまく引き出してくれています。
ところどころジャッキーさんがちょっとすねてる感じがあるのは、本当に悲しんでいるからだと思います。何卒お許しを。
【目次】
○前回のおさらい
・「常連という概念を否定する」「遠心的な態度を重視する」ことと「周年に人が集まらなかったことをさみしがる」こととは矛盾しない
・繊細さとは自分勝手なもの
・ぷにょさんは、「(ジャッキーさんが日記に)書くこと」に矛盾を感じた
・正直さ、素直さをようやく獲得できてきた
○大人は(?)わかってくれない
・ジャッキーさんのこの「面倒くささ」は坂元裕二脚本ドラマ『大豆田とわ子と三人の元夫』というドラマの中村慎森(岡田将生)に似ている(ぷにょさん曰く)
・ジャッキーさんがマジ泣きしたある日の打ち合わせ
・「本当の心は本当の心へと届く」は小沢健二さんの『アルペジオ(きっと魔法のトンネルの先)』より
・小2の時の「シュラバ★ラ★バンバ事件」
・誤解され続けた人生
・いよいよ反省会っぽくなってゆきます
・9歳児でありつづけ、傷つきつづけているジャッキーさん
・ただ僕等は絶望の望を信じる(中村一義『魂の本』)
・複雑なことをやったり言ったり書いたりしても、単純な処理で終わらされてしまうこと……これもジャッキーさんの一生に暗い影を落としている
・「伝えていこう、Podcastで」←今の希望
・中学のときのエピソード「うさぎの置きもの事件」「遠足にスコップ事件」
・Jはいかにして面倒くさい生徒となりしか
・ときおりは、わかってもらえる
○「常連」と「周年」は関係あるのか?
・「そういう認知の歪みがみなさん、おありなんです」←ジャッキーさんすねてるのでお許しください
・社会の常識や自身の思い込みによって、勝手に「周年」という言葉を定義しているのではないか
・みんな省エネしておりますから仕方ない、「欲をいえば」なんです
・この話はピカソの逸話として伝わっているがソースは特になく、都市伝説的なものらしいです
・ワンエピソードの突発的な「さみしい」ではなく、数十年ぶんのさみしさがそこに詰まっているのです
・「遠慮のかたまり」による不幸
・「おくゆかしい」は便利な逃げ口上!
○根本的な話
・「わからない」ことについて考えるのはしんどい、ゆえにもう考えないようにする
・みなさん忙しいんです
・大仰に祝ってほしいわけではない、「祝う」という言葉にも思い込みが潜んでいるのではないか(ドン)
・ジャッキーさんという人は「友達に会いたい」としか思っていない、この「友達」という言葉はものすごく広義で、一度お店に来てくれて良い時間が過ごせた人も十分に僕にとっては友達なのである、「一度会ったら友達で」なんて歌もありましたが、思い返せば小さいころって一回遊んだらもうすごい親しい気分になるみたいなこと、けっこうなかったでしょうか?
・かりに初対面でも「ホームページたのしく読んでます」とか「わたしも岡田淳さんが好きで」とか言ってもらえたら本当に幸せで、すぐ「友達!」って思っちゃうかもしんない
・つまるところ「友達に会いたい」ということでしかないのに、それをおそらく想像してもらえていないというのは、ジャッキーさんが9歳であるということが認知されていないばかりか、「9歳とはいかなる存在か」ということも認知されていない結果なのでありましょう
・おじいちゃんと孫みたいなもんでいいのです(どっちかというとここではジャッキーさんがおじいちゃんなのかな、9歳だけど)
・誤解なんです
・自分でいうのもなんですが
・ジャッキーさんというおかしな人間に接するとき、「前例」がないからどうしたらいいかわからない
・孤高とはそういうもの……
・ジャッキーさんの「備えない」姿勢。さみしさを解消しようとしないから、たださみしいだけ←このあたりでちょっと言いかけてやめていることを補足しておきます。さみしさを何かで埋めて見えなくするのではなくて、さみしさをそのままに(stay free my misery)しておく。さみしくなることは自然なことだから、無理に予防したり治療したりしなくてもよい。すべて受けとめる。そしてその中で、できるだけさみしくならないような生き方を探してゆく。つまりたぶん、小手先でさみしさを潰してゆくのではなくて、根本的にさみしくなくなるほうをゆったりと目指す。そのためには今あるさみしさにまっすぐ向き合ったほうがいいような気がしている、みたいなことが言いたかったのだと思います。
・「どこにも属していない人」という安心感(中立性)
・中立な場所なんて思ったより存在しない。「その一点で夜学バーはかけがえがない」byぷにょ
・古本屋界隈とも飲み屋界隈ともいまいち仲良くできない不器用なコウモリ
・守ろうとしないと守れないような場所なのです、一応……
○「居場所」というテーマに戻って
・夜学バーは誰にとっての居場所にもなれていない、だから周年と言っても人は来ない!(結論!!)
・やっぱり岡田淳さんの『雨やどりはすべり台の下で』にすべて書いてあります、僕は雨森さんなのだ……
○次回予告
・放送では触れられませんでしたが、今週全体にほんのり漂っている「男性の弱さ」ということについて来週はお話しします
この続きは5月1日(月)15時に配信します
令和5年4月26日(水)15時配信/3週めの3本め
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みなさま「常連」という言葉についてどんなイメージをお持ちでしょうか。特に何も思わない、当たり前にある言葉でしょ?という方もいれば、若干ネガティブなイメージを持つ人もあると思います。今回は夜学バーという小さなお店の考える「常連」という概念についてお話ししています。
そして、「常連」についてかなり特殊な考え方をする夜学バーというお店にも「周年」は訪れます。周年といえば「常連が集う」というイメージですが、夜学バーの基本スタンスは「常連などない」なのです。そのせいなのか? この春の「六周年」営業はずいぶんな閑古鳥だった模様……。なぜそうなったのか、それは良いことだったのか、どう考えるべきなのか……。なかなかこんな話は余所では聞けないと思いますので、ニヤニヤしながらぜひどうぞ。
今回は個人的にとても気に入っている回というか、夜学バー店主「ジャッキーさん」のタテマエとホンネ、その両立に悩み苦しむサマがものすごく素直にあらわれていると思います。まさに彼の「人となり」がわかる、といいましょうか。ぜひ聴いていただき、少しでも身近に感じていただけたらと思います。
【目次】
○前回のおさらい
・サードプレイスでは「絶対にない」夜学バー
・居心地は優先されない
・「居心地がいい」は正義なのか?
○ところで
・いま飲んでいるお茶の話
・ASMR(お菓子の音)
・おたよりを読まれた方にはノベルティとしてウダタクオ『Final Ambient』をさしあげます(外ビニールに我々のサイン入り)、おたよりについて詳しくは第7回をご参照ください
○「常連」という概念について
・常連という概念は存在しない、常連などない(などない構文)
・詳しくは夜学バーHP「読みもの」内の「『常連』という概念について」を
・お花見もバーベキューもしません!
・人間を二つに分けることをしたくない
・お花見(花見沢俊彦)をやめた話
・花見に来た人=常連 というレッテルが貼られる(カテゴライズされる)のは嫌だ
・「古参である」という事実と、「あの人は古参だと常に意識していること」はまったく違う話
・常連か否かなどという「さかいめ」は存在しない
・そういうお店ってけっこうあるんですよ(ここからしばらく悪口の一歩手前、詳しくは本編で!)
・いろんなお店の話
・出ました、「ケンジとユミ」の話
・「常連と一見(いちげん)」という世界観からおさらばしたい
・一期一会ですから
・同じ人間でも、お店に入ってくる時の気持ちは毎回ちがう
・「大歓迎」はいっさいしない
・「紹介する」ということもない
○まんをじして、「周年」反省会
・4月で六周年だった、が……
・周年当日のジャッキーさんの日記が……
・悲しくて話せないジャッキーさんに代わり、ぷにょさんによる日記の朗読(随時本人によるコメント付き)
・「繊細とは自分勝手なものだから」という名言
・祝うとか祝われるとか、「そういうの」が苦手な人、みたいなことに関しては岡田淳さんの『雨やどりはすべり台の下で』という絶世の名作にすべて書いてございます、ぜひ(自分って本当に雨森さんだし、雨森さんみたいにあつかってほしいと思っているんだろうな……)
・編集しながら泣いています
・努力が実ればそうたやすくもう迷わない(涙)
・寂しくなることは誰にも止められない(Amika『How can I say』)←このようにこっそりと歌詞など引用して、特に説明はしない、ということをジャッキーさんという人はよくしています
・このあたりはともかく、直接音源を聴いていただきたく存じます……
・「日付が好き」 なジャッキーさん
・ホームページの「周年」について、10年に一度だけオフ会をするという話、補足するとたしか20周年オフ会をしますというのは数年前からずっとトップページに書いてあったはず、詳しい告知をしたのは数週間前とか?だけど。つまり日付は数年前から決まっていた……というか7月11日で固定なので。しかもちなみに土曜日でした!
・「ピーナッツ食って待ってたの」の元ネタは『ドラえもん』2巻「ロボ子が愛してる」絶対に読んでください
・心の叫び「言い訳が上手だよ!」←正直ですよね、この人は本当に
・編集しながら泣いてます
・「みんな言い訳がほしいんだよ」
・一票の重さの無自覚
・考え過ぎちゃうみなさま、と僕(J)
・どのような場合でも人が来てくれたほうが嬉しい(唯一絶対の真理)
○次回予告
・何一つ矛盾していない! という話を次回、します
この続きは4月27日(木)15時に配信します
令和5年4月25日(火)15時配信/3週めの2本め
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小さなお店をやっておりますと、「ここはみなさんの居場所になっているんですね」なんてことをよく言われます。もちろん良い意味でおっしゃっていただいているわけですから、嬉しいは嬉しいのですが、「居場所って何やねん!?」とも同時に思います。今回からは、そんなお話。
「居場所」「居心地」「居る」ということについて、札幌の「漂流教室」や愚「夜学バー」を例に考えています。基本的にジャッキーさんという人は「居」という文字そのものに訝しみを持っていますが、漂流教室のように徹底的にそれについて考えている人たちには強いリスペクトを抱いています。
サードプレイスという言葉が流行って久しいですが、定義と照らし合わせると夜学バーは絶対にサードプレイスではない、というところが個人的に面白いところです。
【目次】
○さらに振り返り、少しだけ
・自分の話し声を聴いてみた感想
・求心、遠心はなんにでも使える
○ようやく、居場所について
・居場所という言葉の「求心的っぽさ」
・「訪問と居場所 漂流教室」(札幌)のこと
・「漂着教室」という居場所
・お金がかかることを「計算に入れてしまう」と、行きたいか行きたくないか(居たいか居たくないか)という気持ちに影響を与えてしまう
・「ただ居るだけ」、ぷにょさんにとっては図書館だった
○夜学バーは「居場所」なのか?論争
・「居心地」は提供しません
・(漂着教室の場合)大切なのは「居心地」ではなく「居る」ことそのもの
☆アイキャッチ☆
・夜学バーと漂着教室の似ているところ
・自由であるからこそ、めちゃくちゃいろいろ考えなきゃいけない
・ぷにょさんの「かくかく」は「各々」という意味と思われ、現代では誤用とされるが日本国語大辞典を紐解くと千年~数百年前は「かっかく」とも読んでいたっぽい
・人類の意識が高まっていった未来の感じ?
・「コミュニティ」や「仲間」との距離感、「宴会」という言葉のあえてのチョイス
○絶対に「サードプレイス」ではなくて
・ウーウーとサイレンの音が入っておりますが、夜学バーで録音している臨場感をお楽しみいただければ幸いです
・誰かが勝手に「居場所」と形容することが多く、「居場所です」と主張する人は案外少ない
・夜学バーは絶対にサードプレイスではない
・居心地とかどうでもいいです 良かったり悪かったりすればいい 緊張感が大事 親しき仲にも礼儀あり
・驚くほど「サードプレイス」の定義に当てはまらない夜学バー せいぜい8個中1~2個くらい ほとんど正反対かもしれない
・安らぐだけではなくて
・ぷにょさんは夜学バーに「頭のストレッチ」に来ているそうな ありがたいですね
○バーという存在の良さ
・ガラス張りでない重たい扉、その先に何があるかわからないバクチ感を愉しんでいただきたい 入店時の緊張感
・最初から結果がわかっていないと嫌だという現代人
・あてが外れても「それはそれで」という遠心的態度
・予想していた通りのことしか怒らないのはつまらない
○次回予告
・周年反省会……ぷにょさんがどうしてもしゃべりたかったこと
この続きは4月26日(水)15時に配信します
令和5年4月24日(月)15時配信/3週めの1本め
Twitter:https://twitter.com/korizatogifts ハッシュタグは #korizato
東京・湯島の夜学バー:http://ozjacky.o.oo7.jp/brat/
今回は「居場所について」ということで始めたつもりですが、1週め、2週めの振り返りと、みなさまのおたより紹介に終始してしまいました。しかしその中でもいくらか重要な話題が飛び出ているので、気楽に聴いていただければ幸いです。
放送の補足や訂正などは目次の中に書いています。今回は「三角フラスコ」とチューニングについてと、コンビニのFAXはセブンイレブンが非通知、ローソンとファミマが番号通知ありらしい(だからローソンやファミマから送ってね!)ということを付記しております。
【目次】
○初回の収録後にしたこと
・サムネイル画像について 「こそあどの森」オマージュ
・音楽について ウダタクオ『tractor』『高知が聴こえる』ほか 許諾済み
・高知の風物詩と化していた?ジャッキーさん
○みなさまからの反響
・何かを言ってもらえないことには続けていけるわけがない
・おたよりの届けかた
・肉声で人となりを伝える
○おたより紹介
・夜学バーにいるような感じがする
・「仲間」とかっていうと偏屈センサーが発動する
・余談 コーヒー教育の場
※「三角フラスコ」(新潟県新発田市)の話を始めたきっかけが回収されてないので解説、こちらのホシノさんも自分の信頼するコーヒー店に定期的に行って、「味のチューニング」を行うそうです
・「常連」も偏屈センサーに引っかかる
・某ラジオにおける「静岡県 ほっちゃんと宇宙旅行さん」の話
・ハイロウズ『十四歳』「リアル よりもリアリティ」
・すでに個人的ベストポッドキャスト(!)
・シュガーネームとシュガーヒール
・「教えてない子」
・新規リスナー獲得のためにどうしたらいいのか
○居場所の話をできていません
・少しそれにまつわる話はできた 常連、仲間という言葉とか、三角フラスコの方式とか
・取扱注意の言葉について 考えすぎちゃってる、こじらせてすぎている言葉を大募集
・E-mailとFAX番号を読み上げております
・FAXは非通知だと消しちゃいます、セブンイレブンからだと非通知、ローソンとファミマは番号通知ありになるそうです お手数おかけします
この続きは4月25日(火)15時に配信します
令和5年4月19日(水)15時配信/2週めの3本め
Twitter:https://twitter.com/korizatogifts ハッシュタグは #korizato
東京・湯島の夜学バー:http://ozjacky.o.oo7.jp/brat/
氷砂糖のふたりが話し合っていることは、小沢健二さんの提唱(?)する「遠心的」という考え方や、森博嗣さんのいう「分散思考」に通ずる、はず。時代はだんだん「遠心」と「散」のほうに動いてゆく……その中で僕らはどうやって体温を保っていったらいいのか?といったことを話しているつもりです。
ところで、下記「もくじ」はほぼ自分用というか、何を話したのかを思い出すための索引なのですが、あまりに長すぎて作るのが大変だから次週からできるだけ短くがんばります。
【目次】
○「遠心的」という専門用語
・中心から離れていく
・ぷにょさんも小学生のころから小沢健二さんの音楽を聴いていた
○「人となり」を伝えたい
・ぷにょさんがはじめ、ジャッキーさんのことをどう思っていたか
・「見透かされ(て)そう」はよく言われます
・意外と単純なことしか考えてない、同じことを手を変え品を変え言っているだけ
・ぷにょさんにとって夜学バーは最初「修行」という感覚だった
・そういうお客さんは多い? ひらめきや啓示をお披露目してみたり、チューニングをしに来たり
・そのうちに、ジャッキーさんが「ふつうにただ人と仲良くしたい人」なんだとわかった。「優しいんですよね」←うれしい
・Podcastの目的の一つは、ジャッキーさんの文章などからにじみ出る(らしい)「こわい」「へんくつ」「かたぶつ」「つよそう」といったイメージを払拭したいから。50くらいの貫禄たっぷりのおじさんと思われることも多い。なんで?
・ぷにょさんからの第一印象「ひょろっとした、中性的な素敵な方。ある種の層にすごく支持されそうな、マッチ棒のような体型の……」「ルパン三世とかさ、NANAとかさ、ああいう感じじゃん、画風が」「手足の長い、頭の小さい、細身のね、髪もサラサラだし」←褒めすぎ、でもうれしい
・しゃべって人となりをもっと伝えたい
・最近まんをじしてインターネットに姿をさらし始めたジャッキーさん「これがんばってるんですよ、実は」
・大人気ハッシュタグ「#かわいいぼく」も冷ややかな目で見ていたぷにょさん
・自己分析「半分くらいの人は冷ややかに見てるんじゃないですかね、もっとかな」
・それがだんだん「完全にネタなんだな」とわかっていった
・わかりにくいボケしかできない
・物欲しげな感じも、ボクかわいいでしょ?みたいな感じも実際はない
・「絶対にいいねしないけど、めっちゃ見てる」という層
・積み重ねていく ことによって、みんな慣れていく
・こうして話が逸れていくのも、「遠心的」ということ?
○遠心的の代表は「散歩」
・ジャッキーさんのWeb 日記の変遷、「ひごろのおこない」から「少年Aの散歩」へ
・傷ついた時は散歩する。中3のある夜の思い出
・歩きながら小沢健二さんのアルバム『LIFE』を何も見ないで全曲歌いきれた時、「あ、オザケンのことすごく好きなんだ」と思った
・ぷにょさんは『球体の奏でる音楽』から聴き始めた
○小沢健二と岡田淳/遠心的なムード
・『球体』(たとえば『大人になれば』)の世界が、「こそあどの森」に通ずる?
・「優しいというかなんか軽やかなさあ、パステルカラーの世界っていうか、お砂糖っていうか……」「氷砂糖に戻ってきたぞ!」
・ウッカリして、が許される世界
・厳しく、緊張感が漂っていた環境からの逃避
・求心的なものに耐えられないわたしたち、遠心的なムードを好む
・求心的って「勝つ!」みたいな
・求心的なことばかり言う家族
・訴え、主張、要らないとは言いませんが、疲れ果てたところはありますね
○「係(かかり)」という発想
・世の中には求心係と遠心係がいて、夜学バーは「遠心温泉」のようなもの
・ジャッキーさんは遠心係なので、お金が儲かったり社会的な地位が高まったりしない
・小沢健二さんは「遠心人間」の中で一番売れている?
・(速記者による調査結果:「遠心的」という言葉の元ネタは「ロッキンオンジャパン」1994年4月号でした、夜学バーホームページ内の読みもの「遠心的な場をめざして」に記載あり。《『カメラ・トーク』『ドクター・ヘッド』『犬キャラ』と歌詞を書いてきて一向に治らない性癖というか、なんつーの? 遠心的っつーの? 絶対に求心的ではなくって……。》)
・(マカロニえんぴつ『遠心』は2019年発表でした)
・(折坂悠太『夜学』は2018年発表なので、夜学バーのほうが早い!)
○時代は「遠心」を求めている?
・求心の先にユートピアはなかった
・「これまで通りの進み方では、そんなに楽しくないかもね」とみんなうっすら思っているのでは
・分散的な考え方が大事になってくる。森博嗣『集中力はいらない』で説明される「分散思考」という素敵な態度は、「遠心的」によく似ている
・「集中してんだけど分散してる(遠心的)」という状態=ゾーン?
・自分が全体と等しくなる、みたいな話(雑)
・散歩も「散」、目的がない
○大人じゃないような、子どもじゃないような
・遠心的な場、ウッカリして甘いお茶を飲むような休憩所
・本当は「大人などない(大人とか子どもといった概念は無視してよい)」という話がしたかった
・遠心的とは結局、決めつけないこと。曖昧な状態にいつづける、属さないこと
・属す才能はない
・大人になったおぼえもないし、子どもであったおぼえもべつにない
・単純に、大小とか能力の問題。現象として懸念されることへの対策として
・物語から取り出して現実へ
・改めて、Podcastを始めたきっかけの話
・友達みたいに思ってもらいたい
○次週は
・「居場所」という言葉についての話をする、つもり
・良くも悪くも転がる言葉、時に「何が居場所やねん」と思うことも!?
この続きは4月24日(月)15時に配信します
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