令和5年4月19日(水)15時配信/2週めの3本め
Twitter:https://twitter.com/korizatogifts ハッシュタグは #korizato
東京・湯島の夜学バー:http://ozjacky.o.oo7.jp/brat/
氷砂糖のふたりが話し合っていることは、小沢健二さんの提唱(?)する「遠心的」という考え方や、森博嗣さんのいう「分散思考」に通ずる、はず。時代はだんだん「遠心」と「散」のほうに動いてゆく……その中で僕らはどうやって体温を保っていったらいいのか?といったことを話しているつもりです。
ところで、下記「もくじ」はほぼ自分用というか、何を話したのかを思い出すための索引なのですが、あまりに長すぎて作るのが大変だから次週からできるだけ短くがんばります。
・ぷにょさんも小学生のころから小沢健二さんの音楽を聴いていた
・ぷにょさんがはじめ、ジャッキーさんのことをどう思っていたか
・意外と単純なことしか考えてない、同じことを手を変え品を変え言っているだけ
・ぷにょさんにとって夜学バーは最初「修行」という感覚だった
・そういうお客さんは多い? ひらめきや啓示をお披露目してみたり、チューニングをしに来たり
・そのうちに、ジャッキーさんが「ふつうにただ人と仲良くしたい人」なんだとわかった。「優しいんですよね」←うれしい
・Podcastの目的の一つは、ジャッキーさんの文章などからにじみ出る(らしい)「こわい」「へんくつ」「かたぶつ」「つよそう」といったイメージを払拭したいから。50くらいの貫禄たっぷりのおじさんと思われることも多い。なんで?
・ぷにょさんからの第一印象「ひょろっとした、中性的な素敵な方。ある種の層にすごく支持されそうな、マッチ棒のような体型の……」「ルパン三世とかさ、NANAとかさ、ああいう感じじゃん、画風が」「手足の長い、頭の小さい、細身のね、髪もサラサラだし」←褒めすぎ、でもうれしい
・最近まんをじしてインターネットに姿をさらし始めたジャッキーさん「これがんばってるんですよ、実は」
・大人気ハッシュタグ「#かわいいぼく」も冷ややかな目で見ていたぷにょさん
・自己分析「半分くらいの人は冷ややかに見てるんじゃないですかね、もっとかな」
・それがだんだん「完全にネタなんだな」とわかっていった
・物欲しげな感じも、ボクかわいいでしょ?みたいな感じも実際はない
・「絶対にいいねしないけど、めっちゃ見てる」という層
・こうして話が逸れていくのも、「遠心的」ということ?
・ジャッキーさんのWeb 日記の変遷、「ひごろのおこない」から「少年Aの散歩」へ
・歩きながら小沢健二さんのアルバム『LIFE』を何も見ないで全曲歌いきれた時、「あ、オザケンのことすごく好きなんだ」と思った
・『球体』(たとえば『大人になれば』)の世界が、「こそあどの森」に通ずる?
・「優しいというかなんか軽やかなさあ、パステルカラーの世界っていうか、お砂糖っていうか……」「氷砂糖に戻ってきたぞ!」
・求心的なものに耐えられないわたしたち、遠心的なムードを好む
・訴え、主張、要らないとは言いませんが、疲れ果てたところはありますね
・世の中には求心係と遠心係がいて、夜学バーは「遠心温泉」のようなもの
・ジャッキーさんは遠心係なので、お金が儲かったり社会的な地位が高まったりしない
・小沢健二さんは「遠心人間」の中で一番売れている?
・(速記者による調査結果:「遠心的」という言葉の元ネタは「ロッキンオンジャパン」1994年4月号でした、夜学バーホームページ内の読みもの「遠心的な場をめざして」に記載あり。《『カメラ・トーク』『ドクター・ヘッド』『犬キャラ』と歌詞を書いてきて一向に治らない性癖というか、なんつーの? 遠心的っつーの? 絶対に求心的ではなくって……。》)
・(マカロニえんぴつ『遠心』は2019年発表でした)
・(折坂悠太『夜学』は2018年発表なので、夜学バーのほうが早い!)
・「これまで通りの進み方では、そんなに楽しくないかもね」とみんなうっすら思っているのでは
・分散的な考え方が大事になってくる。森博嗣『集中力はいらない』で説明される「分散思考」という素敵な態度は、「遠心的」によく似ている
・「集中してんだけど分散してる(遠心的)」という状態=ゾーン?
・遠心的な場、ウッカリして甘いお茶を飲むような休憩所
・本当は「大人などない(大人とか子どもといった概念は無視してよい)」という話がしたかった
・遠心的とは結局、決めつけないこと。曖昧な状態にいつづける、属さないこと
・大人になったおぼえもないし、子どもであったおぼえもべつにない
・単純に、大小とか能力の問題。現象として懸念されることへの対策として
・良くも悪くも転がる言葉、時に「何が居場所やねん」と思うことも!?