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イノベーションの始まりは、誰か1人の中に、新たなパッションの灯火が灯ることから始まると、私はいつも言ってますが、もしかしたら、そこではないのかもしれません
イノベーションにおいて、最初の大きな壁は、自分のアイディアを誰か他の人にお話をする時に訪れます
新規ビジネスのアイデアを最初に上司に相談してはならない、とは、誰が言ったかしりませんが、よく言ったものだと思います
なので誰に相談するのか、ここがとても重要なポイントになると思います
哲学者のカール・ヤスパースは、"真理は2人から始まります"といわれ、そして愛の闘争と表現されています
つまり、いくら1人で新たな考えを思いついたと思っても、それが自分よがりであれば、なんの意味も持たない
信頼関係を持てた人にお話をして、そして、どんどん練り上がっていく、それこそが真理だと言っているように思います
これは、私がいつもお話ししている、イノベーターリップルモデルから見ても、最初、個人の"パッション"から始まって
その次の"仲間"とのステップに登れないものは、その先の"大義"にたどり着けないので、イノベーションとして育っていかない、ということにも、とても符合していると思います
真理も新しいアイデアも、勇気を持って、信頼のおける人に、まずは話してみる
実はイノベーション創発の最初の壁はそこにある、そこから全ては始まる、そんな風に思いました
一言でいうと
真理は2人から始まるノベーション
そんな話をしています^ ^
本投稿は、
NHK Eテレ東京 100分de名著 ヤスパース“哲学入門” (2)他者との交わり 2月9日(月) https://www.web.nhk/tv/an/meicho/pl/series-tep-XZGWLG117Y/ep/7P3X3862KNの回を視聴し、そこから私自身が得た気づき・解釈をもとに構成
「大切なことは目に見えないんだよ」
とは、サン=テグジュペリの『星の王子さま』の有名なセリフですが、今日の話は、実は「見えてるのに、見えてないんだよ」という話です
人は「見えているもの」を、もう分かっていると思い込みやすいけども、実際には、見えているがゆえに問い直されず、深く探究されてこなかった領域があると思います
そういった分野こそ、真の課題が眠っていて、イノベーションが起きる分野といってもいいかもしれない
私はこれを「分かってるつもりノベーション」と呼んでみました
たとえば可視光は、人の目に見えるからこそ、「分かっている前提」で扱われ、十分に活用されきってこなかった領域があったそうです。
ところがミルクというベンチャーの中谷CEOが、可視光を改めて測定・解析してみると、そこにはまだ多くの未発見の信号が隠れていて、通常のカメラは3原色でとらえるものを、ハイパースペクトラムカメラを使うと141原色を捉えられることを発見
そのカメラを使うと、がん細胞の発見、食品鮮度、真贋判定、不良品検査など、様々な用途に活用できることがわかったとのことです
イノベーションを止める最大の壁は、未知ではない。
「もう分かっている」という思い込みそのものなのかもしれません
分かっている“つもり”を疑えるか。
そこからしか、新しい価値は立ち上がらない。
分かってるつもりノベーション
そんな話をしています
本投稿の着想は、
参考:ブレイクスルー 「食品鮮度やニセモノを判定!?特殊カメラと色彩AI」(2026/2/7放送・テレビ東京)で紹介されていた技術的背景から得た気づきを手がかりにしています。https://www.tv-tokyo.co.jp/breakthrough/
頂点に立つとどんな景色が見えるのかな?
そんなことをふと考える時があります。タワマンの50階に住居を構えて毎日いい景色にブランデーグラスで乾杯しているような気分なのかしら?(あくまで自分の勝手なイメージですが)
頂点に立ってから考えろよ、と言われそうですが、ミラノ・コルティナ2026冬季オリンピックでも、みんな頂点を目指して死に物狂いで頑張ってて、今日も日本人の金メダルにめちゃくちゃ感動してしまいました
そんな時に、人間国宝の歌舞伎役者 片岡仁左衛門さんが、"お芝居ってのは気をつけないと、手に入ってしまう。慣れっこになるのが一番怖い。"と言われてた言葉にハッとさせられました。
そこから以下のようなことを考えさせられました
1、実は頂点に立ってる人はいないのでは?
2、コンフォートゾーンを抜け続ける人たち
3、頂点に立つことがゴールではない
1、実は頂点に立ってる人はいないのでは?
実は頂点に立ってる人というのはいなくて、常に頂点を目指し続ける人たちのことなのかもしれないなあと、目から鱗が落ちる思いでした
逆に言えば、頂点に立ってると思った瞬間に、すでにそれは、手からするりと抜け出してしまう瞬間でもあるということなのかもしれないなと
イノベーションプロジェクトも同じような側面があるなぁとも思います。実は当初イノベーティブと言われていた活動やソリューションが、あっという間に陳腐化してしまったり、コモディティ化してしまうものをたくさん見てきました
それは、悪いということではなくて、進化思考における、変異から、適応へ、移行したということかと思います
でも、常に頂点にいると言われている人や、常にイノベーティブなプロジェクトと言われているものは、常に、変異側にい続けている、そういう存在なのかももしれないなあと思いました
2、コンフォートゾーンを抜け続ける人たち
それはすなわち、毎日、昨日までできていたことを踏まえて、あるいは捨てて、昨日までできなかったことに挑戦しているアクティビティがあるということなのかもしれないと思います
つまりそれは、コンフォートゾーンを抜け続けるアクティビティを常日頃から、自らに課して、そして実践している人、またはそんなプロジェクトなのだと思います
それは人から見たら、頂点におられて、あつもいい景色をご覧でしょう?と思われているかもしませんが、そんな景色を楽しむよりは、更なるできていないことをできるようにする挑戦をし続けている、ある意味そんな運命に突入している人たちなのかもしれないなあと思いました
3、頂点に立つことがゴールではない
私はそんな立場に立ったことがないのでその気持ちは分かりませんが、でもそういう方々を見るにつけ、なんて生き生きと、しかも、苦しまれてやられてる風では、全くなく、むしろそれを生き甲斐とされている、そんな風に見える方が多いような気がします
それは、タワマンの50階からの景色が素晴らしいからではなくて、挑戦し続けることができていることに、喜びを得られているのではないかと感じてしまいます
自分自身のパッションの源に沿ったことを見つけられ、そしてそれに100%の力で挑戦し続けることができている
そんな人たちが、周りから見たら頂点に立っている人に見えるかもしれないけれども、その人からしたら、頂点に立つことなんてなんの意味もないと、もしかしたら思ってるのかもしれないなあと思いました
つまり、永遠に、手に入れない、そんな心持ちこそが、生きている実感を得られる、そんな秘訣なのかもしれない、そんなことを思いました
一言で言えば
片岡さんの言葉を借りて
手に入れないノベーション
そんな話をしています^ ^
参考: プロフェッショナル 仕事の流儀 心で魅せる、芸を貫く〜歌舞伎役者 片岡仁左衛門〜 2026年1月13日 https://www.web.nhk/tv/an/professional/pl/series-tep-8X88ZVMGV5/ep/5L4Y8K2Z6R
※番組内での発言を、趣旨を損なわない範囲で引用しています
ついにミラノ・コルティナ2026冬季オリンピックが開会されて、開会式の芸術性の素晴らしさに感動とともに、テーマである''アルモニア=響き合い"について、深く考えさせられました。
響き合いこそ、まさにイノベーションの源泉かもしれないなあと思い、以下の観点はまさにリップルモデルと響き合うなあと思いました
1、人→自分のバッション創発のアルモニア
2、人と人→仲間としてのアルモニア
3、地球と人→アルモニアな大義
1、人→自分のバッション創発のアルモニア
今回の開会式の聖火のシンボルになってる造形が、実はレオナルドダヴィンチを意識して作られたと紹介されていた、めちゃくちゃ素敵な聖火台でした
ダヴィンチといえば、科学者であり芸術家であり医者でありと、さまざまな分野の、ある意味1人アルモニア状態な方で、私は幼い頃に絵本が大好きで、将来なりたい人は?という質問には、ダヴィンチになりたい、とよく言っていたと母から聞きました
そのせいか、今でも大好きなのですが、あれほどイノベーティブだったのは、1人の中に、さまざまな異質なものを合わせていったらこそ、異質な掛け合わせが起こって、さまざまなパッションが生まれてきたのではないかと思います
ダヴィンチにはなれないにしても、いろんなことに興味を持って、普段読まない本や、舞台やスポーツ、仕事もする中で、そこに掛け合わせが起きて新たなパッションに火がつく、そんなことを思いました
2、人と人→仲間としてのアルモニア
人と人のアルモニアが本当に大切なのは、紛争などが大きな課題になると思いますが、オリンピックの期間だけはやめようなどの呼びかけをするなど、オリンピックというきっかけは本当に素晴らしいと思います
2016年のハーバード大学スピーチで、スティーブンスピルバーグがスピルバーグが語った趣旨として"恐怖を興味に"変える場としては、本当に理想的な気がします
もちろん競技では精一杯戦った上で、ノーサイドとしては、対話をする機会をたくさん設けて、知りあうことで、響き合うアルモニアとしての仲間であるところが見つけられると素敵だなあと思います
また企業と企業という意味では、オープンイノベーションが、アルモニアを作る上では、もしかすると競合かもしれない企業との間に、何を響き合わせるのか、ということを考える上では、とても重要になると思います
この場合、多少不協和音があっても、最終的な目指すべき大義が響きあうことで、ひとつにアルモニアできる、そんなこともありました
3、地球と人→アルモニアな大義
とても大きなアルモニアとしては、地峡と人のアルモニアという課題もあるかと思いました。オリンピック中継でヤマザキさんが、冬季オリンピックこそ、地球と人が響き合わないとできないものだ、とのお話をしていましたが
まさにみんながその価値を、みんなの喜びときて体感できる大義として、本当に素敵な機会になるなあと思いました
雪や氷にしても山にしても、地球からの大切な贈り物と、人が響きあうことを誰もが感じることで、地球と人とのあり方をどうすべきなのかを考えることができる、そんな我々の大義としてどんな社会や世界をつくるのか?ということに結びつく、そんな気づきを頂けるかもしれないなと思いました
ということで、今回のオリンピックのテーマ、アルモニアは、人の中に溢れるパッション、人と人による仲間、人と地球という大義、全てに響き合って、新たな気づきを頂ける
そんなイノベーターリップルモデルとも響きあう、素敵な機会になると、まずす楽しみになりました
そんな話をしています^ ^
参考:NHK ミラノ・コルティナ2026冬季オリンピック開会式 2026/2/7 https://www.nhk.jp/g/olympics/
これまでにない新しい価値を創るためのイノベーション起こすには、シューペーターの新結合のように、既存の異質なものが掛け合わさることによって、巻き起こると思います
オープンイノベーションにおいては、未知の業種業態と出会うUFO型、未知の技術の種を取り込むR&D型、足りないところを補うミッシングピース型、一気にチャネルを獲得するマーケットチャネル型など、様々ありますが
すぐにビジネスに繋がるのは、ミッシングピース型なので、同業種における新たな展開ソリューションを求める動きがどうしても、成果が見えやすいためやりやすいですが
これまでにない新しい価値を作り出して、新たな柱を創ることのような、これまでのスコープを大きく逸脱するような、圧倒的なスケールを将来に生み出すイノベーションは、異質やものを結合するような、本来の意味のイノベーション活動をいかに推進する動きができるかにかかってるかと思います
京都先端科学大学の名和高司さんは
"イノベーションの源泉である異結合を創発させるためには、「スケールアップ」ではなく、「スコープアウト」、つまり異質性を生み出し続けることができるかどうかがカギとなります。"と言われています
これらを今の時点から組み込んでいくやり方について私は思いました
1、異業種オープンイノベーション推進
2、異業種の取り込みと組織間掛け合わせWG
3、パッション創発の人本旅支援
1、異業種オープンイノベーション推進
業種ごとに効率的なオープンイノベーションや、既存事業におけるミッシングピースを探すようなオープンイノベーションも、短期的には必要ですが、全く別業種、さらには世界における新興国なども含めた企業をあえて集めるやり方は、すぐには結果は出なくとも中長期では新たなイノベーションの種を創発する可能性を高めると思います
現在私が推進しているSEEも、全くバラバラの業種業態の中でも突出して新たな価値を作り出そうとしている起業家をあえて集めて、オーディエンス全員とマッチングする仕掛けを入れています
その中では思いもよらなかったマッチングや、起業家と大企業双方における、新たな方向性へのビジネスの可能性も、生まれてきてると思います
イベントを創るだけではなく、社内のアクテビティとしてそんな出会いの場を常に創発していくなども必要となってるのではと思います
2、異業種の取り込みと組織間掛け合わせWG
会社の規模が大きくなってくると、コングロマリット化して、M&Aなどを駆使して、さまざまな業態への取り組みが行われていくことにもなると思います
そのような場合でも、権限以上を各々の業態グループにわけていくのは良いかと思いますが、それが状態化すると、蛸壺化になるのはよくあるあるな話かと思います
しかし実は、その蛸壺化している部門で育ってるものを、改めて掛け合わせをすることによって、その企業の強みを活かしながら、他の企業では真似のできない異業種間結合イノベーションが起きることもあると思います
もちろん、単純に掛け合わせをするということではなく、あくまでもお客様の課題起点で何が本当に必要なのか?から掘り下げるわけですが、実際に私が支援している企業においても、改めてさまざまな部門を巻き込んだイノベーションWGを推進することによって、イノベーション案件が立ち上がるということも起きています
イノベーション創発のアクティビティとして、さまざまな部門が混ざり合いながら仕掛けていく仕組み化も必要なのかもしれないと思いました
3、パッション創発のマインドセットと人本旅支援
ただイノベーション案件が難しいのは、失敗の連続で企業における評価体制のタイムスパンにあわないため、諦めてしまういうこともある気がしてます
単なる仕組みだけでそれを乗り越えるのは、なかなか難しいかなと思います。そこには、最終的には、推進しようとする、人のパッションにかかってくると思います
私が支援している企業においても、とにかく自分の立ち上げたプロジェクトを社会実装するために、毎年いろんなところから予算をゲットしてきて、小さな成果を出しながら生きながらえて、そして何年も泥水を啜りながら耐え忍んだプロジェクトが、大きく花を咲かせる、という場面にもよく遭遇してました
そんなプロジェクトは、間違いなく、推進者の人生をかけたパッションがそこには、あって、それに絆された仲間と共に大義を共に実現しようという、リップモデルが必ずあると思います。それは、ベンチャーでも大企業でも同じだなあと思います
なので、パッションが大事だからもっと燃やしていけ!といっても燃えないわけで、そんなパッションに出会うことを支援、応援する仕組みづくりが大切かと思います。
それには、いわゆる、人本旅のような、様々な人に出会い、昔の人々と本で会話し、異世界の人たちに旅で触れる、そんなことを、会社の仕組みとして支援するということも、パッション創発支援としては、あるのではないかとおも思います
そんな中で、イノベーターのマインドセットも教えながら、リップルモデルのようなイノベーション創発の仕組みも学んでいくことで、パッションを育てていける、そんなことがあってもいいかなあと思いました
ということでひとことでいえば
会社のこれまでのスコープから外れる、新たな価値を創発するイノベーという意味で
なわさんの言葉を借りて
スコープアウト・ノベーション
そんなことを思いました
参考:本: BOW BOOKS 036 カイシャがなくなる日 組織と働き方の進化論 2025年9月30日 発行 著 者 名和高司 発行所 株式会社BOW&PARTNERS
国立科学博物館の篠田謙一館長の言葉から、自らの経験を振り返って、学校の教育と社会とのあり方について考えてみました
篠田館長曰く
"教育っていう受験システムの外側のところで、科学を楽しむっていう場を作っていく"
ここから私は以下のように考えてみました
1、受験というフロー経験
2、学びと社会の接続
3、社会のフロー者との出会いの場
1、受験というフロー経験
自分自身二浪をして何とか大学に入った身としては、受験なんて本当に辛いことしかない、そんな経験でしたが、一つそこに実は意味があるのかもしれないなあと思いました
それは、チクセントミハイさんの言われるフロー体験で、侵食も忘れて没入する体験のことですが、それには、挑戦軸と技術軸の両方が高まる事が条件とされています
実は受験の意味は、もちろん幅広く教養を身につけることもありますが、受験というとてつもない挑戦軸に対して、勉強という技術軸を徹底的に伸ばしていく先に、合格というゴールがあるという意味では
ある意味人生最大のフロー体験を、そこですることになり、その体験がその後の人生においても、何かを乗り越える事ができる、そんな意味もあるのかもしれないなあと思いました
それはある意味、小さい頃の光る泥団子を作った経験や、部活に全てを捧げた経験と同じように
2、学びと社会の接続
それはそういう意味があったとして、自分を考えた時に、受験の内容が、今の社会人生活にどれだけ接続していたかというのは、私の場合は、唯一接続してるのは、音楽活動くらいかなと思ってます
篠田館長がおっしゃるように、社会の方から学びとの接続の場を博物館などを通じて作ることもありますし、また自分自身からも学びと社会との接続を探していける、そんなアクティビティもあってもいいのかもしれないなと思いました
3、社会のフロー者との出会いの場
その一つとして思ったのは、社会の中でさまざまな分野でフロー状態になってる人との出会いが、特に生でできる、そんな体験を自分で探索できるようになるととても素敵だなあと思いました
私は、さかなクンが大好きなのですが、その理由は、さかなに関して、あくなき探究心が溢れ出すぎていて、別に自分は、魚に対して興味はないのに、さかなクンのお話はずっと聴いてられるからです
それは、きっとさかなクンは、さかなが好きすぎて探求しまくっているために、さかなフローに入りまくっているからなんじゃないかと思います
実は世の中にはそんな人たちは、表立っては見えなくてもたくさんいるんじゃないかと思います。そんな人との出会いが、学びと社会の接続をとてもつよめてくれるんじゃないかと思いました
そしてそういう人たちは、ある意味、イーロンマスクじゃないけど、イノベーター的人材で、何らかの付加価値をな世の中に創り出していて、さらには、生きがいに溢れている人なんじゃないかと思います
私が行っているSEE(Startup Emergence Ecosystem)も、起業家の皆さんは、そんな人ばっかりで、私がオープンイノベーションのとりこになってしまったのも、自分自身のパッションから仲間と共に大義という新しい付加価値を作り上げるリップルモデルな人たちが眩しかったというのもあります
その場に、学びの人たちがたくさんくることで、少しでもその接続の一助になればとも思いました
そして学びの個人としては、人本旅じゃないですが、いろんな人と出会い、ひろん中この人である本を読み、違う風土慣習の人たちと出逢いにいく、それが、きっとこれまでの学びに、フロー者の皆様の熱いパッションを振りかけてくれるものになるのではないかと
ということで一言で言えば
社会のフロー者との出会いノベーション
フロー者は、あくまでもフロー状態にいる人の意味ですので
そんなはなしをしています^ ^
参考: NHKアカデミア 篠田謙一(後編)目指すのは“科学を文化に”2月4日(水)午後10:30 https://www.web.nhk/tv/pl/series-tep-XW1RWRY45R/ep/X7L5N6N37W
久米宏さんの話から、やりたい事が見つからない場合の人生の選択方法に、イノベーションと同じ構造を感じました
久米宏さんは、自身の著書で、成績不振で就職先が見えない中、冷やかし半分でいわば「ちょっとやってみるか」と受けたアナウンサー試験が結果的に人生の転機になったと語っています。
冷やかしのつもりだった、というのは無責任という意味ではなく、期待せずに一歩踏み出した、という意味だと思います。
久米さんの語りを手がかりに、私自身が考えたこととして以下のことを思いました
1、何をしたら良いかわからない
2、目の前にある事を行動する事
3、そこにフローとセレンディピティ
1、何をしたら良いかわからない
「なんかイノベーションやれと、なんでもやっていい」から、みたいに突然の異動や上司からの指示で、どうしたらいいんだろう、と途方に暮れる。そんなお悩みをたくさん聞いてきました
実際、イノベーションを起こすためには、何かに大きな違和感を感じたり、誰かの大きな痛みを知ったり、そんなところから自らのパッションに火がついて
そして自分1人だけではできないことまで仲間と共にやることで、自分ひとりよがりではない大義を実現することに、つながるという道が、リップルモデルとしてあると思います
しかし、その最初のパッションが何にも向かっていない時に、なんかやれ、と言われても難しくて困ってしまう、という事がたくさん起きると思います
これは、久米さんのように、自分の進路を決める時にも、自分は果たして何にをやりたいのか、わからないというのは、とても同じ課題感かとおもいました
2、目の前にある事を小さく行動する事
そんな時に重要なことは、まず目の前にあることに小さく行動してみる、ということかと思います。それがたとえ自分自身がやりたいことじゃなくても、とにかく考えてるだけではなく無理に大きな行動でなくても、小さく動いてみるだけでも十分だと思います。
それがなんか違うという事がわかったら、またすぐにピボットをして違うことをやってみる、そんなイノベーションにおけるFastfailな繰り返しが、実は自分自身のやりたいことに少しずつつながっていく、そんな気がしました
久米さんがアナウンサーを冷やかしで受けて、そこから、人生の幕が大きく開いたように、イノベーションにおいても、まずは外に出てお客様に会いにいくなど、小さく行動をする事がとても大切と思いました
3、そこにフローとセレンディピティ
それが大事な理由は、チクセントミハイが言うところのフロー状態(没入状態)に向かうためには、自分がやったことのない挑戦軸とそしてノウハウを蓄えるスキル軸、両方を高めると、フローが訪れる可能性が高まることもあるし
さらには、行動するからこそ、セレンディピティが起きる可能性が高まると言うこともあって、出口さんの言われる人本旅のような、新たな出会いを見つけるアクティビティが結局は自分を助ける、そんなことを思いました
大谷翔平さんのように、幼少期からやりたい事がある人もいれば、久米さんのように冷やかしで行ったところが一生の仕事になる人もいる
それは、イノベーションと同様に、行動するからこそ、生まれてくる、そんな事なのかと思いました
ということで、一言で言えば
ちょっとやってみるかノベーション
人生もイノベーションもそんな精神が必要だと思いました^ ^
参考:本 久米宏です。 ニュースステーションはザ・ベストテンだった 発行日 2023年10月25日 著者 久米宏 発行所 朝日新聞出版
俵万智さんの「チョコレート革命」の短歌を改めて詠ませて頂き、俵さんの思いを聞いて、感動すると同時に、そこにイノベーションの構造そのものが埋め込まれていることに気づきました。
私は以下のように思いました
1、甘いけど苦い
2、革命だけど可愛い
3、アウフヘーベン
1、甘いけど苦い
俵万智さんが、チョコレートが甘さと苦さを併せ持つ存在である、と言われてる通り、チョコレートって、考えてみればとても矛盾を含んだ味わいだなあと思いました
相反する価値観、または、トレードオフを掛け合わせていくというのは、実はイノベーションの世界では常套手段で、一見かけ離れているからこそ、新しい価値を提案できると思います
それが、恋とのさらなる掛け言葉になってるところは、まるで異業種への価値の展開をしているように思えます
トレードオフの掛け合わせと、異業種への価値転換、この二点はまさにイノベーションそのものだと思います
2、革命だけど可愛い
また同じような構造がもう一つ含まれていて、それを、俵万智さんは、チョコレートという身近な存在に「革命」という強い言葉を掛け合わせることで、
日常の言葉遣いに対する違和感を表現した、と言われている通り
非常に強い言葉である革命という言葉に、そこにさらにチョコレートという、ある意味可愛いらしい全く異質の言葉を掛け合わせてるところは、まるで異種格闘技のような、イノベーションの形もここに合わせている気がしました
全く異質のものを掛け合わせるというのは、シュンペーターが言われたように、新たなアイディアは既存の組み合わせであり、離れてれば離れてるほどこれまでにないアイディアになる可能性もあるという、こちらも非常にイノベーション要素がたくさん入っていると思いました
3、アウフヘーベン
もう一つの観点として、ヘーゲルの弁証法におけるアウフヘーベンの要素も含まれているなあとも思いました。
互いに対立する価値観を各々を否定せずに、そして、新たな第三の価値を創発していると追う意味においては、「チョコレート革命」という言葉そのものが、新たなイメージやコンセプトを想起させるという意味で、アウフヘーベンだなあと思いました
ということで、短歌との世界に、イノベーション要素である
・トレードオフの掛け合わせ
・異業種への価値転換
・異質の掛け合わせ
・アウフヘーベン
これらを駆使されたという意味においても、短歌のイノベーションそのものであるといえるのではないか思いました
という思いを込めて
一言で言えば
チョコレート革命・ノベーション
そんなことを思いました^ ^
参考: NHK Eテレ東京 グレーテルのかまど 俵万智のチョコレート革命 2026/2/2 https://www.web.nhk/tv/an/kamado/pl/series-tep-VNWVWYKX3Q/ep/V2YJR4M945
心理学者であり教育学博士の京都大学名誉教授の河合 隼雄さんの、最後の講義に、感動とともに、新たなコンサルテーションの可能性を教えて頂きました
曰く
"コンステレーションというのは、星座ですね。あの空にある星座なんですが、それを意味します"
"コンステーションということは、ユング派の人がよく使う言葉で、私がユング研究所にいて、学んだことの非常に大事なことの一つだと思います"
"その中で、特に注目したいのは、 ユングは、共時性と我々略してましたが、シンクロニシティという言葉をいいます。このシンクロニシティとは、ユングが言ってますように、何か同時的に不思議なことがパッと起こると、そしてそれは因果的に説明できないと。どうしても因果的に説明できない。"
"私は思うんですが、あの人間がですね。あの自分のことを考えたり、他人のことを考えたりするときに、あの因果的に考えすぎるというあの間違いを起こしたんじゃないかというふうに思います。"
"コンステレーションというのは、私がそう読んだのだというふうにこれ言えるところが面白いところだと思います。コンステレーションの読みという中に、その人の個性が入ってくるというところが、これが私は非常に意味を持っているんじゃないかと。だから私はこう読んだとこう言うべきだと思うんです。"
ここから私は思いました
1、因果論の限界
2、新たな関係性の発見で因果を超える
3、自らの個性が大事
1、因果論の限界
衝撃的なお話を頂き、心から感動したのですが、人は物事に原因があって結果が生まれると言う、因果論に縛られ過ぎているのではないか、というお話でした。
イノベーションプロジェクトにおいても、お客様への提案にしても、まずは、お客様のペインを把握して、さらに表には出てきていない真の課題をふかぼることで、そこに解決策をあてることで、価値が生まれる
ということを基本であるし、原理原則と考えてきた私には、天地をひっくり返すほどの、コペルニクス的転回とも言える話だなあと思いました
しかし確かに、課題の深掘りをしても、どうしても真の課題がわからない、たどり着けないということも、一方ではありましたので、それへの処方箋としてコンステレーションがあるのかという驚きの発見をさせていただきました
2、新たな関係性の発見で因果を超える
コンステレーションの鍵を握るのは、因果関係ではなく、単なる関係性であるところに、一筋の光を感じました
それは因果関係も含んでも良くて、もっと幅広に、関係性のある主体や出来事などをとにかく抽出して、その関係性が今どうなっているのか、さらには、新たな関係性に組み替えることをさまざまにやってみることで、新たな関係性を創発していく、そんな営みかと思いました
ユングが知らずに曼荼羅の絵を描いてしまっていたように、そこに解釈を加えずに関係性を見えるかしていくことがまずは第一歩かと思いました
それを鳥瞰することで、新たな関係性を創発する、かなりイノベーティブなやり方なのかと思いました
これは解決策に直接的に進む因果論とは違って、自然に湧き上がってくることを待つやり方なので、期限が決められてたりすると、あまり効果はないかもしれない
でもそこから浮かび上がってくる、何らかの新たなつながりが、これまでにない仕組みや、気持ちを誘発してくるそんなソリューションなのかなあと思いました
3、自らの個性が大事
そしてその新たな関係性を読みたく鍵となるのは、実は自分自身にあるということが、またとても興味深い話として心に残りました
つまり、コンステレーションは、自分自身のパッションの源に照らし合わせて、個人個人での読み解き方がとても大事になってくる
それは、心理療法などでは、相談者自身の気づきを促すということにも通じるし、コンサルテーションでは、お客様自身に気づいてもらう、ということにつながるのかもしれないなあと思いました
ということで、心理学的にはユング、組織論的にはベンヤミンが、唱えているコンステレーションは、因果的解決の限界を越える、新たな関係性を見つけるイノベーション手法として、とても重要な方法だと思いました
一言で言えば
コンステレーション・ノベーション
心に留めておきたいお話でした^ ^
参考: おとなのEテレタイムマシン <現代ジャーナル>河合隼雄の最終講義~こころを探る~(1992年放送)2026/1/31(土)PM10:00~PM10:49地デジ021 NHKEテレ東京 https://www.web.nhk/tv/pl/series-tep-NL2MGZPNVN/ep/GX2V5K8XJN
松尾スズキさんのミュージカル「クワイエットルームへようこそ」に、めちゃくちゃ感動して、そして考えさせられました
プログラムより精神科医の松本俊彦さんのコメントです
"クワイエットルームとは何でしょうか?
教科書的にいえば、「精神科閉鎖病棟にある保護室を指す、原作者独自の造語」です。響きは美しいですが、現実の保護室は殺伐としています。分厚い施錠扉で外界の音は遮断され、窓もなく昼夜の区別もつきません。そして監視の死角をなくすために、便器はむき出しのまま部屋の隅に設置されていることもあります。"
"ここで冒頭の質問に戻ります→本作品におけるクワイエットルームとは、何なのでしょうか?
私ならばこう答えます。古い自分の墓場にして新しい自分誕生の地ーすなわち、「死と再生の場」である、と。"
ここから私は思いました
1、誰でもクワイエットルーム
2、ローディの感情教育
3、エンタメの再生パワー
1、誰でもクワイエットルーム
本作品は、小説から始まり、映画、そして、このミュージカルへと大きく変貌を遂げて、そしてとてつもなく笑えて泣けて楽しめるエンタメの極地として、めちゃくちゃ感動させて頂きました
メンタルヘルスに関しては、サラリーマン時代に研修を受けることになり、簡単な資格を授与されましたが、その時によく言われたのが、風邪をひいたようなものなので、気軽にクリニックに行くことを、徹底して教わりました
本作においても、普通の生活をしていた方が、ある日突然、いわゆるクワイエットルームにいくことになるように、実はとても身近で誰もが風邪をひいたようになるものなんだということを、改めて突きつけられた気がしました
2、ローディの感情教育
前にもお話ししましたが、ローディの感情教育とは、私の理解では、例えば紛争地域での経験などさまざまな辛い立場の当事者にいる人は、実は体験談などを気軽に話すことができる人は少ないので
その周りにいる人たちが、その当事者の話を、聞いてあげて、小説などにして、今では、映画やエンタメにして、代わりに発信してあげることが、実はすごく大切なことだという話だったと思います
本作もその一面があるなあと思いつつ、それを深刻な形ではなく、内容は深刻でも、そこに技術としてのコメディと、そして今回特に際立ったのは、宮川彬良さんによる音楽の力で、誰の心の中にも溶け込んでくるお話として、提供されていたなあと
そういう発信こそが、実は誰にも真実を伝える、非常に良い手段だなあと思いました
3、エンタメの再生パワー
そして、さらに、エンタメによる歌とコメディの力は、そこにいる登場人物たちの、大変な状況を素直に理解させてくれるとともに、そこから圧倒的なパワーを与えてくれる、そんなことを感じました
それは、観ている観客の一人一人に圧倒的な再生パワーとして刻み込まれていったような気がしました
単なる復活劇だけではなく、出口が見えない状態においても、みんなで歌って踊れば、生きるパワーがみなぎってくる、そのままでいい肯定感を圧倒的に与えてくれるような
大変な中に懸命にやるがために思わず笑っちゃう、進むためにいろんなものを泣きながら捨てていく愛、それでも前につき進む、茨の道を行くイノベーターの心情にも似た、勇気を与えてくれるそんな気持ちにさせていただきました
ということで、一言で言うと
クワイエットルーム・ノベーション
そんな話をしています^ ^
参考: COCOON PRODUCTION 2026 クワイエットルームにようこそ The Musicall 作・演出 松尾スズキ 音楽 宮川彬良 振付スズキ拓朗 企画・製作 Bunkamuta
参考:プログラム 死と再生の場としてのクワイエットルーム 精神科医 松本俊彦 https://www.bunkamura.co.jp/cocoon/lineup/quietroom2026/
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