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恐竜学者の小林快次さんに、失敗への考え方に勇気をいただきました
曰く
”私はこういう見つからなことかったことも成果だと思っています
というのは、例えば今日恐竜が見つからなかったら。明日見つかる可能性が高くなっていく。明日見つからなかったら、明後日さらに可能性が高くなっていく。
だから見つからなかったことによってどんどん次の日次の一歩で見つかる可能性がどんどん確率が上がるっていうの分かりますかね。
そうすると見つからなかった、ここにはないという確認することってすごく重要だし次のモチベーションやる気につながっていくんですね。次の一歩を簡単に踏み出すことができる。
むしろ見つからなかったことがこうワクワクにつながっていくっていうやり方をしています。”
ここから私は思いました
1、失敗は役に立つ
2、Fast Fail
3、失敗はいろどりの一つ
1、失敗は役に立つ 自分のためならず
小林さんは数々の大発見を恐竜の世界でなされてきた方ですが、このようなポリシーで動かれていたのかと感動しました
このお話を聞いて思い出したのが、ノーベル化学賞を取られた、青色LEDの天野浩さんが言われていた、自分の失敗も人のためになる、というお話です
恐竜の新しい発見をされるのは、誰も言っていないところに行かれると、小林さんはおっしゃられていましたが
たとえそこに何もなかったとしても、そこに何もないと言うことが、次の発見を探索する人には必ず役に立つことになる
そう考えることは、自分自身が失敗する恐怖から、勇気の一足を踏み出させてくれる、そんなお話になるなあと思いました
2、Fast Fail
また、これは同時に、失敗を恐れて踏み出さないことへの戒めにもなると思いました
とかくイノベーションプロジェクトでも、市場調査をやりまくっているうちに、誰かがそれをやってしまって後悔すると言うこともよくあります
特に未開の地への挑戦については、本当にそれで成果が出るんだろうなあ、などと脅されたり心の声が聞こえたときに、慎重になり過ぎてしまう、と言うことが自分も何回もありました
実は、それがたとえ失敗だったとしても、躊躇している時間と合わせたら、よっぽど効率的に次の道を見つけることができる
それをモチベーションにどんどん進んでいくと言うやり方が、新しいイノベーションを生む大きなやり方の一つになると思いました
3、失敗はいろどりの一つ
見つからないことが、ワクワクにつながる、と言うのは、まさに哲学者の三木清さんが言われるところの
人生のゴールは成功ではなく、幸せになることであり、失敗も成功も彩の一つに過ぎない、と言う言葉を思い出しました
例えば、100発100中で当たりまくるくじは、実は面白みがなくて、なかなか当たらないからこそ、当たったことが嬉しくなる
そう言う意味でも、たくさん失敗するからこそ、ワクワクが尚更高まってくるというのは、とてもよくわかりますし
むしろうまく行かなかったことの方が、人生を振り返ったときによく思い出されたり、飲み会のネタになったり
もちろん、エフェクチュエーション的には、許容範囲の失敗というところに収めておくことも大事ですが、失敗こそ彩になると考えることはとても素敵なことだと思います
だからこそ、誰も行かない未開の地へ、誰もが知らないイノベーションへ、向かうモチベーションにもなると、そんな風に思いました
ということで
一言で言えば
失敗はワクワクにつながるノベーション
そんな話をしています^ ^
参考:NHKアカデミア「小林快次(恐竜学者)」2025/12/9(火) NHKEテレ東京
https://www.web.nhk/tv/pl/series-tep-XW1RWRY45R/ep/EJ9V8L4YV7
"構造主義というのは、ひとことで言ってしまえば、次のような考え方のことです。
私たちはつねにある時代、ある地域、ある社会集団に属しており、その条件が私たちのものの見方、感じ方、考え方を基本的なところで決定している。
だから、私たちは自分が思っているほど、自由に、あるいは主体的にものを見ているわけではない。
むしろ私たちは、ほとんどの場合、自分の属する社会集団が受け容れたものだけを選択的に「見せられ」「感じさせられ」「考えさせられている」。
そして自分の属する社会集団が無意識的に排除してしまったものは、そもそも私たちの視界に入ることがなく、それゆえ、私たちの感受性に触れることも、私たちの思索の主題となることもない。
私たちは自分では判断や行動の「自律的な主体」であると信じているけれども、実は、その自由や自律性はかなり限定的なものである、という事実を徹底的に掘り下げたことが構造主義という方法の功績なのです。"
ここから私はInnovater Ripple Modelを改めて思いました
1、Passion
自分の「自由」や「やりたい」を疑うところから始まる
2、Buddy
同じ構造にいる仲間ではなく、違う構造を生きてきた人と組む
3、Cause
社会が無意識に見ないことにしてきたものを、見えるようにする
1、Passion
イノベーションを起こすためには、内発的動機が必要で、そのために自らのパッションに従った行動がとても大切と思いますが
その自らのパッションが果たして本当に自分自身のパッションからきているのか?ということを疑ってみる。ということがとても大切だなあと思いました
もしかしたら、それは、構造的に自分自身の環境にいたからだけでそう思うのであって、もっと広い環境で考えると、自身のパッションは果たしてそれでいいのか?
その問いを常に問い続けることがとても大切だと思いました
2、Buddy
今いる仲間たちは、確かに気心も知れているし、とても良いチームワークが生まれると思っているかも知れませんが
実は違う構造にいる仲間を引き入れた方が良いこともあるのではないか、という問いを発することもとても重要と思いました
例えていうなら、悪魔の代弁者のような存在を置くことで、自分たちの構造から全く抜きん出た方面からの意見を言ってくれる、仲間を、引き入れるかどうかも、とても大切な検討事項になると思いました
3、Cause
世間や社会から見たときに、とても気持ちの良い大義が好まれると思いますが、その大義自体、我々のコミュニティだからこそ気持ちの良い大義で
まったく違う環境下にいる人たちの大義は全然違うところにある、ということもわかっておく必要があると思いました
各々の正義のために紛争が起きる構造も、信じていた正義がある日突然、ひっくり返ることがあるのも、この構造的な世界に生きているという認識を持つまでいることが
もしかすると、目を覚ましてくれることにつながるかも知れない、そんなことを思いました
自身のパッションでさえ、疑いの目を持っていくということは、何を信じていいのかわからなくやることになりそうですが
これがまさに、問い続けることの大切さを教えてくれてるのかも知れない
そんな風に思いました
一言で言うと
私たちは自由にものを見ているわけではないノベーション
そんな話をしています
参考:本: 文春ウェブ文庫版 ◇寝ながら学べる構造主義 二〇〇四年四月二十日 第一版 著者 内田樹 発行所 株式会社文藝春秋
内田樹さんより、「人間とは何か?」への根本的な問いに、とても考えさせられました
曰く
"レヴィ=ストロースの構造人類学上の知見は、私たちを「人間とは何か」という根本的な問いへと差し向けます。"
"人間が他者と共生してゆくためには、時代と場所を問わず、あらゆる集団に妥当するルールがあります。''
"それは「人間社会は同じ状態にあり続けることができない」と「私たちが欲するものは、まず他者に与えなければならない」という二つのルールです。"
"人間は生まれたときから「人間である」のではなく、ある社会的規範を受け容れることで「人間になる」というレヴィ=ストロースの考え方は、たしかにフーコーに通じる「脱人間主義」の徴候を示しています。"
ここから私は思いました
1、進化思考
2、価値を作り提供する
3、価値が手に入る
1、進化思考
太刀川さんの進化思考を思い出しました。生物の38億年続いている中で、適応と変異を繰り返している、というお話です。
それはすなわち、適応という、とどまり続けようとする作用に対して、変異という、変わり続けようという作用の両輪があるからこそ、続いていることができる、ということかと思いました
経営で言えば、チャールズ・オライリーさん他による、両利きの経営についても、同じことが言えると思います
ある意味、人間であるために、変わり続けるアクティビティとして、イノベーションは必須ということも言えるのかもしれないなあと思いました
2、価値を作り提供する
まず他者に与えなければならない、とは、Give & Takeや、贈与の考え方などで、よく語られることかと思いますが
人間であるために、それは必須の考え方なのだと言われると、人間であるための根本的な欲求からそれは来ている原理原則なのかもしれないなあと思います
それは、なんらかの力を持って、誰かから搾取する構造は、人間であるためには、いずれは人間の活動から衰退しくということになるということかと思います
そのためには、自らがまずは、何らかの価値をつくり、誰かに提供できるようにならなければならない
、それが人間でいることにつながる、そういうことかと思いました
3、価値が手に入る
情けは人の為ならず、とはよく言ったものですが、その先に実は自分に何らかの価値が手に入る、ということが、人間としての普遍的な構造になっている、ということを改めて教えて頂きました
ここから考えると、Innovater Ripple Modelについても、まずは、自らのパッションの源から始まり、仲間と共に、みんなに役に立つ大義を作っていく構造なので、当てはまるかと思います
贈与の考えではないですが、たとえそれが価値が作り出せなかったとしても、そのように行動したということ自体が、自分の中に、何か温かいものがフィードバックされてくる、そんな価値が少なくとも手に入るのではないかなあとも思いました
人は、変わり続けるために、自らが価値を作り出すために、仲間と共に、大義として誰かに何らかの価値を提供しようとする
それが構造的な人間の在り方なのかもしれないなと、そんなことを思いました
一言で言えば
まず他者に与えなければならないノベーション
そんな話をしています^ ^
参考:本: 文春ウェブ文庫版 ◇寝ながら学べる構造主義 二〇〇四年四月二十日 第一版 著者 内田 樹 発行所 株式会社文藝春秋
動画で観たい方はこちら
https://youtu.be/3YCfFsubzys
Voundyさんが、様々な分野へ挑戦するパッションの源を教えて頂きました
曰く
"新しいものってやっぱ雑だったり、汚いとかなんか下手くそとか、そういうところからなんか新しいって俺は出ると思ってるんで。
全部別に自分の下手くそでダメなことでもいいから出してった方がいい。"
ここから私は思いました
1、Fast Fail
2、未完成が武器になる
3、観察者がいて初めて存在する
1、Fast Fail
イノベーション的にいうと、うまく行くかどうかわからないところから、前に進んでいく。そして、適宜、軌道修正をかけていくことで、実は早くゴールに辿り着く。それをFastFailと言われますが
Vaundyさんは、自らのパッションの源から出たことを、うまくいくいかないに関わらず、とにかく出していく、世に問うていく、ということをされているのだなあと感じました
菅田将暉さんのプロモビデオを最初の映像として、作られたそうですが、その時も、やったことなかったけど、やってみて、それをきっかけにざまざまなアーティストのMVを手がけるようになったとのこと
それは、パッションの源に乗っかってるなら、まずはやってみる、挑戦してみるということの大切さを教えて頂きました
2、未完成が武器になる
自分自身がやったことないことをやると、自分自身としても完璧にできないことがわかってるので、いわゆる雑や汚いということになる可能性が、なかなかに気になると思います
でも実はそこに価値が出てくる可能性があると、考えるのもとてもイノベーティブな考え方だなあと思いました
それは越境することで、全く違うものが混ざり合う可能性もあることだし、未完成であることこそが、これまでにない表現につながるという可能性も、確かにあるなあと思いました
ダビンチのモナリザや、利休の茶道の余白なんかもある意味、未完成であるからこそ、そこに想像が働いて楽しむことができる、そんなこともあるなあと思いました
3、観察者がいて初めて存在する
量子力学ではないですが、アートや音楽、エンタメもそこに見る人がいるからこそ、あるいは、観る人の解釈があって初めて存在するということが言えると思います
マルセルデュシャン曰く
「創造的行為はアーティストだけによって行われるものではない。鑑賞者がその作品を解読し解釈することで外部世界へと結びつけ、創造行為に自らの貢献を加えるのである。」
そういう意味で、自分だけでモノづくりをしていても結局はどこにも辿り着かないので、まずは人前に出してみて、そこからの観察者の解釈のフィードバックを受けながら、前に進んでいく
それがアートや表現の世界なのかもしれないと思いました
なので、下手くそでもいいから、とにかく出していくんだ、というVAUNDYさんには、覚悟と勇気を頂きました
でもそこにこそ、新しいイノベーションの種が生まれるのだということかと思いました
一言で言えば
新しいものは下手くそから生まれるノベーション
そんな話をしています^ ^
参考:MBS 情熱大陸 Vol.1382 • 1383 2025年12月14日(日)・15日(月)放送分 マルチアーティスト Vaundy カッコイイと思って生きたことはない 躍動する25歳、モノづくりへの渇望一https://www.mbs.jp/jounetsu/2025/12_15.shtml
Vaundyさんの歌の魅力の秘密と人生哲学に触れた気がして感動しました
曰く
"「世界の秘密」っていう曲があるんですけど、その時あれが本当に今でも全てだなと思ってて
みんな悲しいことベースで生きてて、その中に笑いがあって、そのリズムが崩れて楽しく見える。
崩れた部分が気持ちいいんです。それが人生だって思ってるんで。
悲しいことベースで、僕にとってもの作りとか、発散すること、発散することが笑いだったりすることもあるんで
笑いでビートを崩していくのが、人生で僕はもう崩し続けたいって思ってるから
てか逆にそうしないと悲しいリズムが前に出てきちゃう。"
ここから私は思いました
1、悲しいことベース
2、崩しによる笑い
3、崩しの伝播
1、悲しいことベース
自分にとってVaundyさんの歌がとても共感する本質がわかった気がしました。「世界の秘密」を改めて聴かせて頂いて、そういうことを歌っていたのかと、さらに感動しました
自分が音楽をやっていた理由も、その時だけは自分自身に戻れるような、エスケイプ的な、癒しを与えてくれるようなそんな存在だったことを思い出します
社会的な動物な人間はどうしても孤立を恐れてしまうし、それでも最後は1人で逝かなければいけないことを考えると、どうしても悲しいことベースがどこかにあるというのは、私としてはとても腑に落ちます
そこにライブを観に行く、舞台を観に行く、映画を観に行く、お笑いを観にいく、物語を読むなどのエンタメがあって、普段の流れを崩してくれる
そこにエンタメの意味もあるのかもしれないなあと思いました
2、崩しによる笑い
崩しによる笑いは、太刀川さんの進化思考に繋げて考えると、普段は「適応」を一生懸命に生きているけれども、そればかりだと閉塞感が生まれてきて、
そこに、変異としての笑いによる崩しが入ることで、これまでと違う「進化」を、感じることができるということもあるかもしれないなあと思いました
そしてその「変異」は、これまでから何かを変えられるのかもしれないという、希望を届けてくれてるのかもしれないなあと思いました
3、崩しの伝播
Vaundyさんが、ライブで、「これまで叫んだことのない人が叫ぶとか」そんな崩しを仕掛けてくれることで、これまで崩しを経験したことのない人たちが、崩しの経験を経ることで
悲しみベースが当たり前だった日々の暮らしに、崩しという笑いを仕掛けることで、崩していいんだや、崩したら楽しいという希望が生まれてきて
さらには、自分自身を崩していくことの楽しさや面白さが伝わっていくと、きっとそれは、既存の枠組みを壊した新しいことを生み出していくような人たちを創り出すことにもつながり
それは、もしかしたら、Vaundyさんのようなイノベーターを、音楽に限らず、生み出すきっかけになっているのかもしれないなあ、とそんなことを思いました
一言で言えば
崩れた部分が気持ちいいノベーション
そんな話をしています^ ^
参考: TBS 日曜日の初耳学【Vaundy ✕林修◆情熱大陸と合体SP!】2025/12/14(日)https://www.mbs.jp/mimi/
山口周さんより、リベラルアーツの真の力を教えていただきました
曰く
"リベラルアーツを、社会人として身につけるべき教養、といった薄っぺらいニュアンスで捉えている人がいますが、これはとてももったいない。
リベラルアーツのリベラルとは自由という意味です。アートとは技術のことです。つまり「リベラルアーツ」というのは、「自由の技術」ということです。
では、ここでいう「自由」とは何なのか? 元々の語源は新約聖書のヨハネ福音書の第8章31節にあるイエスの言葉、「真理はあなたを自由にする」から来ています。「真理」とは読んで字の通りで「真の理(=ことわり)」のことです。
時間を経ても、場所が変わっても変わらない、普遍的で永続的な理(=ことわり)が「真理」であり、それを知ることによって人々は、その時その場所だけで支配的な物事を見る枠組みから自由になれる、といっているわけです。"
ここから私は思いました
1、自由になる技術
パッションに忠実
2、真の理を探索する技術
問い続ける
3、バイアスや力に負けない技術
行動力
1、自由になる技術 パッションに忠実
私は大学時代に2年間教養学部というところで学ばせていただきましたが、リベラルアーツ
には、そんな深い意味が込められていたのかと、今更ながらに感動しました
例えば封建時代などであれば、そもそも個という考え方自体がなくて、与えられた役割の中で与えられたことを全うすることが、幸せであるという考え方に何の違和感もなく、ある意味幸せだったのかもしれないなあと思います
しかし、そこにリベラルアーツの考えが行き渡り始めることで、民主化の波から、安心安全な居場所はなきものになり、その代わり自分自身で、選択できるという、自由を得るようになって、逆に自分自身が何をしたら良いのか、わからなくなってしまう、ということも起きたのかなあと思います
そこで、その自由を素晴らしいものにするために、さらにリベラルアーツにより、各々の個におけるパッションの源を育てるということ、その探索の仕方、掴まえ方、育て方みたいなことまで、教えてくれるのかもしれないと思いました
そして最終的に、自由になるためには、自らのパッションにいかに忠実に生きれるか、ということに辿り着くような気がしました
2、真の理を探索する技術 問い続けること
普遍的で永続的に変わらないであろう真理、それが様々な軋轢で当たり前の如く歪まされていくのがこの世の性なのだとすると
さらにそれを打ち壊す、問いをし続けるこということも、リベラルアーツが提供する真理への到達方法なのかなとも思いました
そのためには、古典を味わい尽くすことと共に、全てのことに問いを忘れず、問い続け、ネガティヴケイパビリティを発揮しながら、解釈し続けるということなのかなと思いました
そこから自由への道のりが見えてくるのかもしれないなと思いました
3、バイアスや力に負けない技術 行動力
世の中に同じ考えやアイディアを持っている人はたくさんいるけれども、それを実行に移す人は、
一握りに過ぎない、とよくいうように
実は最終的に行動できるか、行動しているどうか、自らの行動変容を起こしているかが、最終アウトプットとして求められるので、踏み出す一歩を起こすためにも、リベラルアーツが力を貸してくれると思いました
そのためには、世の中のバイアスや、同調圧力や、上からの容赦のない圧力などへ屈しない力や技術が必要になると思います
例えば、哲学としての、失敗は人生の彩りの一つ、という三木清さんのお話だったり、ネルソンマンデラさんの、人生最高の栄光は転んでも何度も立ち上がることにあるなどの政治学、マインドセットを構築してくれるリベラルアーツが助けてくれるなあと思います
そしてこの、1、自由になる技術 パッションに忠実
2、真の理を探索する技術 問い続ける 3、バイアスや力に負けない 行動は、そのままイノベーション活動ともとても符合するどのと思いました
ということで
リベラルアーツは、自由を作れる技術とともに、自由を実現するためのイノベーションのスキル、マインドサットにも力を発揮するものと思いました
一言度言えば
支配的な物事を見る枠組みから自由になれるノベーション
そんな話をしています^ ^
参考:本: 独学の技法 2017年11月15日 著者—山口 周 発行所—ダイヤモンド社
今の音楽シーンを席巻するVaundyさんの言葉に震えました
曰く
"僕は仕事っていうのが好きなことをするってことなので
仕事をするっていうのは、自分が代償なく頑張れることだと思います。寝なくても楽しくてできちゃうこととか。
普段やってた自分が気にも止めてないことが仕事になったりするから、ちゃんとフォーカスしてれば、それに夢中になってできることが僕は仕事だと思うんで。
で嫌いにならないか心配っていう人もいるんですけど、それやってると大体嫌いになることは本当に好きなことじゃないんで
なんかそれを探す旅に使うのが仕事だと思います"
ここから私は思いました
1、大好きパッション
2、フロー状態
3、パッションの源を探し実現するのが仕事
1、大好きパッション
Vaundyさんのライブは大好きで、何度も伺ってますが、曲作りもジャケット作りも映像創りも、ほとんど手がけられているというマルチな才能に衝撃を頂きました
そして、やはり大好きパッションに真摯にに向き合って努力をされているアーティストの中のアーティストなんだなあと感動しました
パッションの源は、大好きパッションの他に、利他パッション、個性派パッション、脱出・成長パッションがありますが、そのどれが今この時点で熱いのかは、人それぞれによって違っていいんだと思います
幼少期は自分のことを肯定できなかった中、モノを作ることが自分の力になっていったとのお話は、自分も音楽を作ることが自分を救うことだった時もあったので、とても共感しました
それはある意味、脱出パッションから大好きパッションへの早くだったのかもしれないなと、今になって思います
2、フロー状態
寝なくても楽しくてやっちゃうことは、大好きパッションであるとともに、チクセントミハイさんの言われるところの、フロー状態になってるということかもなと思いました
脳と手が直結していなとクリエイティブなことができないというようなことを言われていたので、直結のための相当な努力と(本人がそう思っているかはわかりませんが)挑戦がかけ合わさってるのではと思いました
それはまさにチクセントミハイさんの言われる、フロー状態、つまり、寝ることも忘れるほどの没入体験は、スキル軸と挑戦軸の重なりが頂点に達した時に訪れるということなのかもしれないなと思いました
3、パッションの源を探し実現するのが仕事
Vaundyさんは、大好きパッションというパッションの源に真摯に向き合うことが仕事に直結しているところが、本当に素晴らしいと思いますし、だからこそ、こんなにも素晴らしい力を与えてくれるパワーが作品からみなぎってるのだろうなあと思います
仕事をそのパッションの源を探す旅と捉えてるということがとても面白いなと思いました。
趣味を仕事にしたら辛くなるよ、とは、いろんな方面で聞く言葉でもありますが、それが辛くなるんだったら、本当のパッションの源に触れていなかったということなんだよと、ガツンと言われた気がしました
そう考えて恐れずに、パッションの源を仕事というフィルターを通しながら、探索して、時にはピボットして、そして、本当のパッションの源に近づいていく、というやり方はあるなあと、勉強になりました
ということで一言で言うと
パッションの源を探す旅が仕事ノベーション(1699回)
そんな話をしています^ ^
参考: TBS 日曜日の初耳学【Vaundy ✕林修◆情熱大陸と合体SP!】2025/12/14(日)https://www.mbs.jp/mimi/
早稲田大学ビジネススクール教授の入山章枝さんの言葉に勉強になったとともに、とても考えさせられました
曰く
"繰り返しになるが、客観的で万人に理解される公正・公平は、この世に存在しない。
冒頭で述べたように、歴史上の賢人や哲学者が数千年かけて、まだ議論しているような問いなのだ。
経済学では、アローの不可能性定理が数学的に証明すらしてしまっている。
だからこそ重要なのは万人に受け入れられることではなく、「自分たちはこう信じる」という、強い主観・思想・哲学なのである"
ここから私は思いました
1、経営者のパッション
2、仲間への透明性
3、仕組みへの挑戦
1、経営者のパッション
ミッション、バリュー、ビジョンなどを創るお手伝いをしたこともありますが、その中で感じるのは、経営者の皆様の哲学があるかどうかが、とても大切なことだなあと思います
それは、オーナー社長か否かに関わらず、独善という意味でもなく、トップの哲学、私の言葉で言えば、パッションがどこにあるのか?と言うことが、最終的に魂が吹き込まれるかどうかにかかってると思います
入江さんが言われる「自分たちはこう信じる」というのは、まさに、そのリーダーに、どんな哲学、そしてパッションが乗っかってるのか、と言うことを^ ^んな見てるし、そして伝わるものだなあと思いました
2、仲間への透明性
公正公平に答えはないとしても、その仕組みの透明性があることは、最低限必要な気がしました
人事情報や、人事の仕組み情報は、とかくアンタッチャブルな印象があって、人事部はセキュリティで口が硬いし、上司もあまり教えてくれないしで、悶々とする、みたいなこともあるんじゃないかと思いました
あるあるですが、なんであの人が偉くなっているのか?みたいな話は、至る所で聞く話なので、この透明性を確保するってことが、本当に難しいのかもしれないなあとも思いました
でも、それが透明になっていれば、納得はしないかもしれないけれども、なるほどねくらいは思えるかなとも思いました
3、仕組みへの挑戦
この論説の中にあったサイボウズの、社内価値と市場価値を組み合わせた人事評価というのが、衝撃を受けました
それで感じるのは、公正公平を実現しようと挑戦している姿が、見えることなのかなと思いました
それは1の経営者のパッションがなせる技であり、かつその取り組みを透明性を持ってみんなで取り組んでいこうという姿勢であり、他にはないあくなき挑戦を、うちの社員向けにし続けるという、強いメッセージになるなあと、感動してしまいました
と言えことで一言で言えば
公正公平ノベーション
そんな話をしています^ ^
参考: 世界標準の経営理論 入山章栄 10回|組織公正理論 「不公平感」のメカニズムを知れば、従業員の意欲を高められる ダイヤモンドバーバードビジネス1月号
映画 爆弾に衝撃とめちゃくちゃ考えさせられるテーマを頂きました
ホームページより
"切り裂く轟音と悲鳴、東京をまるごと恐怖に陥れる連続爆破事件。すべての始まりは、酔って逮捕されたごく平凡な中年男・スズキタゴサクの一言だった
「霊感で事件を予知できます。
これから3回、次は1時間後に爆発します」
爆弾はどこに仕掛けられているのか?
目的は何なのか?
スズキは一体、何者か?
次第に牙をむき始める謎だらけの怪物に、視庁捜査一課の類家は真正面から勝負を挑むスズキの言葉を聞き漏らしてはいけない、スズキの仕草を見逃してはいけない
すべてがヒントで、すべてが挑発密室の取調室で繰り広げられる謎解きゲームと、東京中を駆け巡る爆弾探し「でも爆発したって別によくないですか?」ーその告日に日本中が炎上する"
ここから私は、イノベーターリップルモデルで語ると良いかと思いました
1、パッション
社会への違和感
2、大義
検証可能な大義
3、仲間
制裁と報酬という仕組み
1、パッション
社会への違和感というのは、イノベーターにとってとても大切な観点で、それをいかに集めることができるかが、実はイノベーションの種になるものと思います
しかし、実は、そこに第三の軸があって、善なる方向か、悪なる方向か、ということがとても大切だと思います
確か稲森さんも言われていたことかと思いますが、もともとのこの方向性によってその人がイノベーターになるのか?または、悪の道に落ちていくのか?それが決まるというのは、誰にも起きる恐ろしいことだなあと思いました
情熱のポートフォリオで考えると、一番しっくりくるのは、脱出パッションかもしれないなと。こんな自分から抜け出したい、そのために善なる方向では自分自身の成長に向くのですが、悪なる方向では社会が悪いという、真逆の発想になるところが、恐ろしいことだなあと思いました
2、大義
大義については、検証可能な大義が必要かなあと思いました。紛争などで予期起きている、各々の正義や各々の大義に基づいて、それを信じ切っているために、紛争がなくならないということもあるかと思います
その時に、相手方の大義はどこにあるのか?それはどんなものなのかを、改めて知ることから始めて、そして、自分たちの大気と何が違うのか
実はもっと抽象化すれば、同じ大義に持っていけるのではないか?そんなことが大切な気がしています。
進撃の巨人における、塀の中と塀の外、レミゼにおける、警官とジャンパルジャン、あらゆる名作の中にはこのテーマが散りばめられていて、答えは我々の心にしかないのかもしれないなあと思ってます
3、仲間
実は、パッションの暴走や悪への道を防ぐ鍵として実はとても大事なのが、仲間の存在だと思っています。
プリミティブにさ、信頼関係の中で進言をするということもありますが、仕組み化するという意味では、制裁と報酬というルールや規範を設けるというのがまずは王道なんだろうなと思います
でもそのルールがあっても、逸脱してしまう人たちがいるのも事実なので、仲間の存在だけでは止めきれないかもしれないなあとも思っています
そう考えると、自らのチェック機構として、パッションの方向性は大丈夫か、大義は常に検証しているか、そして仕組み化はできているか、ということが、完璧ではないにしても、やるべきことなのかなあと思いました
いずれにしても、映画爆弾は私のこころに大きな爆弾を落としてくれた、そんなふうに感じました
そんな話をしています^ ^
参考:映画 爆弾 原作 呉勝浩 監督 永井聡 主演 佐藤二朗、山田裕貴ほか 配給 ワーナーブラザーズ 制作 フジテレビ ワーナーブラザーズ映画 講談社https://wwws.warnerbros.co.jp/bakudan-movie/
動画で見たい方はこちら
https://youtu.be/Ln-RB26jCxU
恐竜学者の小林快次(よしつぐ)さんの、生きる道を選択する方法に、震えました
曰く
"えっとですね。大事なことはあまり人の話を聞かないことですね。
あのいろんなアドバイスと称してですね。いろんなこと言ってくるんですけど、そういうまあさっき言った常識と言われる
まあ例えば恐竜研究なんかやっても、まず就職できるのかとか、ご飯飯が食えるかとかあるんですけど
そんなのは好きなことやっていると自然とついてくるんですよね。とにかく自分の足で前進することが大事です。
で、それが高い山であろうが低い山とのは比べる必要は全くないんですよね。ただ自分の足で登りついた場所っていうのは必ず景色美しいので、それが低いから高いからって比べた時点で僕はちょっと良くないんじゃないかなと思ってます。"
ここから私は思いました
1、内発的動機と外発的動機
2、まずは踏み出しているか
3、自分の足でたどり着いた景色は必ず美しい
1、内発的動機と外発的動機
傾聴ということが大切という話は最近もよく言われていますが、全てがその一辺倒では難しくなると改めて思わせて頂きました
特に自分自身の進むべき道を選択するなどにおいては、さまざまな方々のご意見を頂いても良いかと思いますが、最終的には自分の心の声を聞けるかどうかがとても大切になると思いました
デシ&ライアンの自己決定論にあるように、外発的動機に基づいたものは、より短期的で続かない可能性があるため、人の声を聴くということは、よりそちら側に傾く可能性があるかもなあとも思いました
一方、内発的動機から発したものは、より継続的で折れにくい特徴があるので、自分の心の声を聴くということが大切で、それは、いつも私が言っている、パッションの源をより意識する、ということにつながるなあと思いました
2、まずは踏み出しているか
さらに大切なのは、思うだけでは、なんの意味がないということです。小林さんが、自分の足で登りつき景色を見るためには、登り始めなけれられば、ならないのですが、そこがとても難しいということがあると思います
エフェクチュエーション的に言うと、損失許容可能範囲な一歩を踏み出すということがあってもいいかもしれません
作業興奮の話からすると、1分でもいいからやってみる、ということをすると、気がついたら30分くらいやってるような、そんな仕掛けを利用する手もあるかもです
いずれにしても、パッションの源を感じたら、忘れないうちに、少しだけでも始めてみる、これがとても大切な気がしました
3、自分の足でたどり着いた景色は必ず美しい
この言葉は、その最初の一歩を踏み出す時に、とても勇気をくれる言葉だなあと思いました
その一歩で得られたものが、大きい小さい、または、成功失敗に関わらず、自分で歩み始めた一歩から見える景色は、絶対に美しいという原理原則がそこにある、ということかと思いました
自分で始めて作った料理が、どんな料理よりも美味しいのと同じく、自分で作った曲が史上最高だと思えるように、その景色は必ず美しいのだということを、知っていれば、一歩を踏みだ勇気をたくさんもらえる、んな気がしました
ということで、一言で言えば
自分の足で登り着いた景色は必ず美しいノベーション
大切だなあと思いました
そんな話をしています^ ^
参考:NHKアカデミア「小林快次(恐竜学者)」
2025/12/9(火)NHKEテレ東京https://www.web.nhk/tv/pl/series-tep-XW1RWRY45R/ep/EJ9V8L4YV7
動画で見たい方はこちら
https://youtu.be/bFIrt4ECS7E
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