渡部龍朗の宮沢賢治朗読集

渡部龍朗の宮沢賢治朗読集

By 渡部製作所ArtsBooks
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渡部龍朗の宮沢賢治朗読集 episodes

  • 猫の事務所

    📖『猫の事務所』朗読 – 小さな社会に映し出される、静かなまなざしとやさしい問いかけ🐾📎

    静かに語られる物語の世界へようこそ。
    今回お届けするのは、宮沢賢治の『猫の事務所』。

    軽便鉄道の停車場のそばにひっそりと建つ、猫の第六事務所。
    そこでは、猫たちが自分たちの歴史や地理を調べ、記録する仕事に真面目に取り組んでいます。
    この事務所で働く書記は、いつも決まって四匹だけ。黒い繻子の制服に身を包み、選ばれた者として誇りを持って働いています。

    一番書記の白猫、二番の虎猫、三番の三毛猫、そして四番書記の“かま猫”。
    かま猫とは、生まれつきの種ではなく、かまどの中に入って眠る癖から体中が煤だらけになってしまった猫のこと。
    その見た目のせいで、ふだんは嫌われがちな存在ですが、事務所の黒猫の事務長のもとでは、その能力を認められ、選ばれた四匹のうちの一匹として働いています。

    かま猫はとても真面目で、誠実に仕事をこなします。
    訪問者の質問にも、厚い帳面から素早く情報を引き出し、丁寧に答えるその姿に、時に周囲も感心するほど。
    けれども、その仕事ぶりとは裏腹に、どこか彼を受け入れない空気が、事務所の中には静かに漂っています。

    「夏猫は全然旅行に適せず」——何気ない資料の一節が読まれたとき、
    ふとした沈黙とともに、皆の視線が一斉にかま猫に向けられる。
    言葉にはされないけれど、確かに感じられる隔たり。
    その無言の圧力は、仕事の正確さや努力だけでは拭いきれない、人と人とのあいだに生まれる“壁”のようなものです。

    物語が進むにつれ、かま猫がどのような扱いを受け、何を思いながら日々を過ごしているのかが、
    言葉の端々や場面の静けさの中から、にじみ出るように描かれていきます。

    宮沢賢治は、この小さな猫の事務所を通して、
    社会の中にある目に見えない排除や偏見、
    そして、その中で懸命に自分の場所を守ろうとする姿を、やさしく、けれど鋭く描き出します。

    かわいらしい猫たちが織りなす、ユーモラスで愛らしい表面の奥に、
    私たち自身の暮らす社会と重なる光と影が、確かに存在しています。

    この静かで繊細な物語を、朗読でゆっくりと味わってみませんか?
    きっとあなたの心の中にも、小さな声がそっと響くはずです。


    #猫 #動物が主人公 #怒り #いじめ

    28 min
  • 月夜のけだもの

    📖『月夜のけだもの』朗読 – 月光とけむりに包まれた、やさしく幻想的な一夜🌕🐾

    静かに語られる物語の世界へようこそ。
    今回お届けするのは、宮沢賢治の『月夜のけだもの』。

    十日の月が西の煉瓦塀に沈むまで、あと一時間。
    青白い月の光が檻を照らすなか、獣たちはそれぞれの眠りについています。
    夜通しうろついていた狐も、今は奇妙な顔で眠り、あたりは静けさに包まれています。

    そんななか、語り手は獅子の檻の前のベンチに腰を下ろします。
    すると、月の光とけむりが溶け合うようにあたりの空気が変わり、
    獅子は黒いフロックコートに身を包み、やさしく威厳ある姿で立ち上がります。
    奥方からステッキを受け取った彼は、夜の見回りに出かけていきます。

    やがて出会う白熊とのやりとりは、どこかとぼけた味わいがあり、
    白熊が探しているという“象”の話を通して、けだものたちの世界に広がる
    知恵や信仰、憧れやすれ違いといったものが、ほのかに浮かび上がってきます。

    獅子は偉そうでありながら、どこか親しみ深く、話し相手を頭ごなしに否定することはありません。
    そのやりとりはまるで、誰かの夢の中で交わされた対話のように、静かであたたかく響きます。

    宮沢賢治の筆が描く、静寂と月光に満ちた幻想の一夜。
    やわらかな風刺と優しさに包まれたこの物語を、朗読でじっくり味わってみませんか?


    #動物が主人公 #月 #狐

    24 min
  • 学者アラムハラドの見た着物

    📖『学者アラムハラドの見た着物』朗読 – 知と真理を求める旅📜

    静かに語られる物語の世界へようこそ。
    今回お届けするのは、宮沢賢治の『学者アラムハラドの見た着物』。

    学者アラムハラドは、ただ知識を集めるだけの学者ではありませんでした。
    彼が追い求めていたのは、まことの道、真理そのもの。
    人が道を求めることは、鳥が飛ばずにいられないのと同じ——
    彼はそう語り、教え子たちにその大切さを説きます。

    人生という険しい道を進む上で、決して忘れてはならない二つのこと。
    それは、人が本能的に求める「善」と「道」。
    彼は教え子たちに語りかけながら、まるで自身の信念を確かめるように、その言葉を紡いでいきます。

    しかし、この物語には結末がありません。
    宮沢賢治の未完の作品であるため、物語の後半は原稿が存在しません。
    それでも、その言葉のひとつひとつには、彼が伝えたかった大切な思いが込められているのです。

    知と真理を求める旅の途中にあるこの物語を、朗読を通してじっくり味わってみませんか?

    📌 ※本作は未完の作品のため、物語の後半は原稿が現存せず、朗読も途中までとなっています。


    #衝動 #心象スケッチ

    28 min
  • よく利く薬とえらい薬

    📖『よく利く薬とえらい薬』朗読 – 宮沢賢治が描く、森に響く不思議な言葉🌿🐦

    静かに語られる物語の世界へようこそ。
    今回お届けするのは、宮沢賢治の『よく利く薬とえらい薬』。

    ある森の中、風がそよぎ、木々の間を鳥たちの声が飛び交います。
    けれどもし、その声がただのさえずりではなく、はっきりと意味を持った言葉として聞こえたなら——?
    森に生きる鳥たちは、何を語り、どんな思いを抱えているのでしょうか。

    ここに登場するのは、つぐみ、かけす、ふくろう、よしきりたち。
    つぐみは何かを楽しげにさえずり、かけすは鋭い声で森の出来事を語るかもしれません。
    ふくろうは夜の静寂の中で、誰にも聞こえないようにひっそりと話すのでしょうか?
    よしきりの声は、風に乗って遠くまで届いているかもしれません。

    この物語の世界では、彼らの言葉がくっきりと響き渡り、森の中に隠されたもうひとつの世界が広がります。
    彼らの会話に耳を澄ませることで、森はこれまでとは違う表情を見せ、
    木々のざわめきや風の流れまでが、まるで言葉を持っているかのように感じられるでしょう。

    宮沢賢治ならではの、生き生きとした自然の描写と、ユーモアに満ちた語り口。
    まるで自分も森の中に佇み、鳥たちの言葉にじっと耳を傾けているような感覚に包まれる、不思議な物語です。

    森に響く声にそっと耳を澄ませながら、この世界を朗読を通してじっくり味わってみませんか?


    #人と動物 #毒

    17 min
  • ラジュウムの雁

    📖『ラジュウムの雁』朗読 – 宮沢賢治が描く、幻想的で不思議な物語🌌

    静かに語られる物語の世界へようこそ。
    今回お届けするのは、宮沢賢治の『ラジュウムの雁』。

    夜の静寂の中に、どこか不思議な気配が漂う——。
    語り手が目にしたのは、まるで夢の中の出来事のような光景。
    現実と幻想の狭間でふと浮かび上がるラジュウムの雁。
    その言葉の奥には、一体どんな意味が隠されているのでしょうか?

    宮沢賢治ならではの詩的な筆致が、静かに広がる夜の世界を描き出し、
    読み進めるうちに、いつの間にか物語の余韻に包まれていくような感覚が生まれます。

    神秘的でどこか儚いこの物語を、朗読を通してじっくり味わってみませんか?


    #心象スケッチ #毒 #夢

    5 min
  • 毒もみのすきな署長さん

    📖『毒もみのすきな署長さん』朗読 – プハラの国で起こった奇妙な事件の真相🏞️🐟

    静かに語られる物語の世界へようこそ。今回お届けするのは、宮沢賢治の『毒もみのすきな署長さん』。

    カラコン山の氷河から流れ出る四つの冷たい谷川が、白い泡をはいてプハラの国へと注ぎ込み、町で一つの大きな静かな川となります。普段は水も透き通り、淵には雲や樹の影も映る美しい川ですが、ひとたび洪水になると恐ろしく咆える水で河原を埋め尽くします。水が引いた後には、蘆やがまの生える細長い沼のような場所が点在し、そこにはどじょうやなまず、鯉や鮒がたくさん暮らしていました。

    このプハラの国には大切な掟がありました。「火薬を使って鳥をとってはなりません、毒もみをして魚をとってはなりません」。毒もみとは、山椒の皮と木灰を混ぜた毒を水に流し、魚たちを白い腹を上にして浮かび上がらせる恐ろしい漁法のこと。この国の言葉では、水の中で毒によって死ぬことを「エップカップ」と呼んでいました。この毒もみを取り締まることは、警察の最も大事な仕事だったのです。

    ある夏、この町の警察に新しい署長がやってきました。どこか河獺に似たその人は、赤ひげがぴんと跳ね、歯はみんな銀の入歯で、立派な金モールのついた長い赤いマントを着ていました。署長は毎日丁寧に町を見回り、驢馬の荷物が重すぎないかと心配したり、泣いている赤ん坊の母親に疱瘡の呪いについて教えたりする、親切で真面目な人物でした。

    しかし、その頃から妙なことが起こり始めます。河原の水たまりから魚が釣れなくなり、時々死んで腐った魚が浮いているのが見つかります。町中の山椒の木が夜の間に皮を剥かれる事件も頻発しました。署長も巡査も首をかしげるばかりでしたが、やがて子供たちの間に奇妙な噂が広がり始めます。床屋のリチキは暇にまかせて毒もみの収支計算までしてみせ、子供たちは巡査を見ると「毒もみ巡査、なまずはよこせ」と叫んで逃げ回るようになりました。

    ついに町長が家来を六人連れて警察を訪れ、署長と向き合うことになります。応接室で黄金色の眼を遠くに向けた署長に、町長は毒もみの噂について尋ねることになるのです。

    イーハトーブのどこかにあるというプハラの国を舞台に、現実と幻想が絶妙に入り混じった独特の世界が展開されていきます。町の人々の素朴な正義感と好奇心、権威への疑いと信頼、そして法と秩序をめぐる複雑な問題が、床屋のリチキの収支計算や子供たちの無邪気な推理と共に、鮮やかに描き出されています。

    法と欲望、正義と執着が複雑に絡み合う奇妙な世界。ユーモアと皮肉、そして人間性の深い洞察に満ちたこの興味深い物語を、朗読でじっくりとお楽しみください。


    #衝動 #毒

    15 min
  • 龍と詩人

    📖『龍と詩人』朗読 – 洞穴に封じられた龍と若き詩人の魂の邂逅🐉📜

    深い洞穴の中で潮の満ち干きとともに身をうねらせる龍のチャーナタ。朝日が水底の岩の凹凸を浮かび上がらせ、赤や白の海の生き物たちを美しく照らし出します。幾千由旬の海を自由に漕ぎ、清らかな空を翔ける力を持ちながら、龍は呪いによってこの洞穴から出ることができません。「聖龍王よ、わたしの罪を許し、わたくしの呪をお解きください」──龍が嘆く声が洞穴に響く中、外から若々しい人の声が聞こえてきます。

    瓔珞で身を飾り、黄金の太刀を佩いた立派な青年スールダッタ。彼は前日の詩賦の競いの会で歌い、みんなから大変褒められました。最も偉大な詩人アルタからも称賛を受け、アルタは自らの座を譲り、草蔓の冠をスールダッタに被せ、賞賛の偈を歌った後、遠く東の雪山の麓へと去っていったのです。花の雨に埋もれ、人々の賞賛に酔いしれながら家路についたスールダッタでしたが、夜更けに不思議な囁き声を耳にします。「若者のスールダッタは、洞に封ぜられているチャーナタ老龍の歌を盗み聞いて、それを競いの会で歌い、古い詩人のアルタを東の国に去らせた」──この言葉に足が震え、一夜を草原で悶え苦しんだスールダッタは、ついに龍のもとを訪れることを決意します。

    岬の上で毎日座り、歌い、考えては眠る日々の中で、雲暗い風の日の昼間のまどろみに聞いたような気がするあの美しい歌。それが洞穴の龍の歌だったのではないかという疑念に苛まれたスールダッタは、灰をかぶって街の広場で謝罪することも覚悟していました。しかし龍チャーナタが語った言葉は、スールダッタの予想を遥かに超えるものでした。

    果たして龍チャーナタは、この若き詩人の訴えにどのような答えを返すのでしょうか。千年の昔、風と雲を得たときに自らの力を試すために人々に不幸をもたらしたため、龍王によって十万年この洞穴に封じられているという龍の口から語られる言葉とは。そして罪悪感に苛まれるスールダッタの運命は——。

    朝の光が洞穴を照らし、青い水面が揺らめく中で交わされる、時を超えた魂の対話。詩とは何か、創造とは何か、そして人と自然、過去と現在が織りなす不思議な邂逅の物語が、静寂な海辺で静かに展開されていきます。

    美しい韻律と深い哲学的思索に彩られた、宮沢賢治独特の幻想世界。時を超えた魂の対話と、芸術創造の神秘を描いたこの珠玉の物語を、朗読の響きとともに心ゆくまでお楽しみください。

    📌 ※本作には部分的に不明な文字があり、その部分は朗読にも含まれておりません。


    #心象スケッチ #芸術

    13 min
  • 花椰菜

    📖『花椰菜』朗読 – 宮沢賢治が描く、美しくも不思議な世界🥦

    静かに語られる物語の世界へようこそ。
    今回お届けするのは、宮沢賢治の『花椰菜』。

    何かの使命を帯びた「私」が向かう先に待ち受けるのは、現実とも幻想ともつかない、不思議な光景——。
    宮沢賢治ならではの鮮やかな描写と、どこか哲学的な余韻が漂うこの物語。
    読後には、目の前の日常が少し違って見えるかもしれません。

    ゆったりとした朗読で、物語の世界をじっくり味わってみてください。


    #心象スケッチ #夢

    12 min
  • フランドン農学校の豚

    📖『フランドン農学校の豚』朗読 – 知性と運命が交錯する、魂の物語🐷📚

    静寂に包まれた朗読の世界へようこそ。今回お届けするのは、宮沢賢治が描いた深遠なる寓話『フランドン農学校の豚』。

    フランドン農学校の畜舎で飼われている一匹のヨークシャイヤ種の豚。この豚は、金石以外のあらゆるものを摂取して脂肪や蛋白質に変える自らの能力を、ある日化学を学ぶ学生の言葉によって新たな視点で捉えることになります。「豚のからだはまあたとえば生きた一つの触媒だ。白金と同じことなのだ」——この一言が、豚の世界観を一変させました。

    自分の価値を白金一匁三十円で計算し、体重二十貫で実に六十万円という途方もない価値を持つ第一流の紳士だと確信した豚。その幸福感は、まさに天上への感謝として表現されるほどでした。しかし、ある日餌の中に混じっていた一本の歯磨楊子——この小さな異物が、豚の心に深い不安の影を落とします。体中の毛が風に吹かれた草のようにザラッザラッと鳴り、説明のつかない恐怖に襲われるのです。

    やがて豚の前に現れるのは、「家畜撲殺同意調印法」という国の布告と、それに基づく死亡承諾書への署名要求でした。校長との対話で、豚は自らの知性と言葉を駆使して抵抗を試みますが、現実の力の前では無力でした。人間たちの視線は次第に冷酷さを増し、豚を見つめる目は「北極の空のような」厳しさを帯びていきます。

    この物語では、知性を持ちながらも社会のシステムの中で翻弄される存在の姿が描かれ、価値の意味、生命の尊厳、そして近代社会の矛盾が浮かび上がってきます。豚が自らの価値を白金に例えて喜ぶ場面と、最終的に商品として扱われる運命との対比は、現代社会への痛烈な問いかけでもあります。

    宮沢賢治特有の科学的知識と詩的感性が融合したこの作品では、動物の心理描写が驚くほど繊細に描かれています。豚の思考過程、感情の変化、そして人間の言葉を理解し操る知性——これらすべてが、読む者の心に深い印象を刻みます。畜産学の専門用語や化学の知識が自然に織り込まれ、学術的な背景を持つフランドン農学校という舞台設定が、物語にリアリティと普遍性を与えています。

    作品の語り口には、賢治独特のユーモアと皮肉が込められており、深刻なテーマを扱いながらも読者を引き込む魅力があります。特に豚の心の声として描かれる内的独白は、時に滑稽で、時に哀切で、そして常に人間的です。「カント博士と同様に全く不可知なのである」といった哲学的な表現も随所に見られ、作品の奥深さを感じさせます。

    また、この作品には宮沢賢治の社会への眼差しが色濃く反映されています。教育制度、権力構造、そして生命を商品として扱う近代社会への批判的視点が、豚という視点を通して巧妙に描かれています。豚の体験は、私たちが当たり前と考えている社会システムの本質を浮き彫りにしていきます。

    知性と運命、尊厳と現実が交錯するこの物語。宮沢賢治が紡いだ深い洞察と豊かな想像力に満ちた世界を、朗読でじっくりとご堪能ください。

    📌 ※本作は冒頭部分の原稿が現存しておらず、朗読にも含まれておりません。


    #動物が主人公 #傲慢 #人と動物 #いじめ

    49 min
  • 虔十公園林

    📖『虔十公園林』朗読 – 純真な心を持つ、ひとりの青年の物語🌲💚

    静寂の中に響く、優しい物語の調べ。今回お届けするのは、宮沢賢治の『虔十公園林』。

    虔十は縄の帯をしめて、いつもにこにこと笑いながら杜の中や畑の間をゆっくり歩く青年でした。雨に濡れた青い藪を見てはよろこんで目をパチパチさせ、青空を駆ける鷹を見つけては手をたたいて跳ね上がります。しかし、子供たちが虔十をばかにして笑うので、虔十はだんだん笑わないふりをするようになりました。風に光るぶなの葉を見てうれしくてたまらないのを、大きく口を開けて「はあはあ」と息だけついてごまかしながら、いつまでもその木を見上げて立っているのでした。

    そんな虔十が、ある雪の残る季節に突然家族の前に現れて言いました。「お母、おらさ杉苗七百本、買って呉ろ。」家の後ろの野原に杉を植えたいというのです。兄は「あそこは杉植えても成長らない処だ」と反対しますが、父親は「虔十は今まで何一つ頼んだことがなかった」と言って、杉苗を買ってやることにしました。

    虔十は大喜びで、兄に教えられながら実にまっすぐに、実に間隔正しく穴を掘り、一本ずつ苗を植えていきます。しかし近所の平二をはじめ、村の人々は「あんな処に杉など育つものでもない」「やっぱり馬鹿は馬鹿だ」と陰口を叩きました。確かに杉は思うように伸びず、七年目も八年目も丈は九尺ほどでした。

    それでも虔十は杉の枝打ちをして、小さな林を整えました。すると思いがけないことが起こります。学校帰りの子供たちが五十人も集まって、杉の列の間を行進し始めたのです。青い服を着たような杉の木も列を組んで歩いているように見え、子供たちは顔を真っ赤にして「東京街道」「ロシヤ街道」「西洋街道」と名前をつけて遊び回りました。虔十も口を大きく開けて「はあはあ」笑いながら、その様子を見守っていました。

    それからは毎日毎日、子供たちが林に集まるようになりました。雨の日には虔十がただ一人、体中ずぶ濡れになって林の外に立っているのでした。簑を着て通りかかる人が「虔十さん、今日も林の立番だなす」と笑って声をかけます。虔十は口を大きく開けて「はあはあ」息をつき、体から雨の中に湯気を立てながら、いつまでもいつまでもそこに立っているのでした。

    やがて時は流れ、小さな村にも変化が訪れます。虔十の植えた杉の林は、いつまでもそこに静かに立ち続けています。

    この物語は、一見愚かに見える行いが持つ真の価値を静かに問いかけます。虔十の純粋な心と自然への愛が、時を超えて多くの人々に恵みをもたらす様子が、温かく美しい筆致で描かれています。知恵とは何か、本当の幸いとは何かを、虔十の生き方を通して静かに描いた作品です。

    子供たちの無邪気な笑い声、杉の葉を渡る風の音、そして虔十の優しい「はあはあ」という笑い声が聞こえてくるような、生命力に満ちた物語を朗読でお楽しみください。純真な魂の歩みが、静かに語られていきます。


    #衝動 #伝記 #方言 #いじめ

    23 min

About 渡部龍朗の宮沢賢治朗読集

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Audibleで数々の文学作品を朗読してきたナレーター 渡部龍朗(わたなべたつお) が、宮沢賢治作品の朗読全集の完成を目指し、一編ずつ心を込めてお届けするポッドキャスト。