9月に開催予定の産業医生涯研修会に向けた、2つのテーマの最終打ち合わせとして、前半は第104回で取り上げた「産業医実務に生かす裁判例の読み方・考え方」の検討、後半は両立支援カードについて検討しました。
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近況報告
高尾:北海道の苫小牧市を訪問。市長公約の項目にメソッドに基づく復職プログラムの導入が盛り込まれていました。前園:福岡を訪れた知人と、行きつけのもつ鍋店へ行きました。反省したはずなのに・・・https://fukushoku-meijin.com/podcast/sp-2025-02/森:深部体温を推定するセンサーを購入し、暑熱順化トレーニングを開始しました。議論した内容
研修テーマ①「裁判例の読み方・考え方」をどう組み立てるか
第104回|産業保健に生かす裁判例の読み方・考え方タイトルは「産業医実務に生かせる裁判例」ではなく「裁判例の読み方・考え方」。論点ごとに裁判例を並べる構成とは意味合いが大きく異なり、ミスリーディングになりかねない。論点別の裁判例紹介は労働判例誌や労働新聞で足りるとして、判決文そのものの構造を扱う方向で合意。原告・被告それぞれの主張欄を読むことで、会社が認識していた実態が見えてくるという読み方を紹介する。教材候補として、直近で話題になった任天堂の事件を提示。産業保健職も邪険に扱われることがある立場から、我が事として読める題材になるという評価。ニュートラルに読める点も適している。もう1つの候補は、NTT東日本の事件(復職過程での作業により体調を崩した事案)。「どうせ負けるのだから王道を行け」というメッセージの題材として適する。争点が多く、抜粋して実際に読んでみる形式が想定される。綜企画設計事件も候補。所定時間の業務ができなければ時間外の業務も成り立たないはずが、やらせていない以上できないとは言い切れないという判断など、感覚とのズレがある。「どうせ負ける」から何を引き出すか
産業医に丸投げする対応は負け筋になる。産業医は選択肢を提示するだけであり、法人が何もしていないという評価につながる。常識論・救済的発想で対応すると後から断罪され、産業医が安請け合いをしても訴訟では負けにくいという、ねじれた構造がある。結論として「これさえすればよい」という短絡的な答えは示さない。事案が違えば結論も変わり、事前に推定できない部分は残る。到達した整理は、負けるかどうかを含め、考えても仕方がないことは考慮に入れないということ。従来の裁判例の使われ方は、考えても仕方がないことを考慮に入れ、やるべきことをやらない理由にしてきた。前向きにやるべきことをやるしかない。関連する問題意識として、労働者や家族から負の感情をぶつけられたときに言うべきことを言えない人事担当者の存在。従来型(医療の話だから自分は話せない)が取り払われてもなお動かない場合、相手に怒られるのが嫌で先送りしているだけの可能性がある。そうした担当者は繰り返し医療の話に戻そうとするため要注意。転勤内示に怒鳴り込んできた従業員にも同様に何も言えていないのではないか。研修テーマ②両立支援カードへの疑問
2026年自由集会「高尾メソッドと両立支援」根本的な疑問として、休む話であるはずなのに、なぜ医師が配慮条件を決めるのかという点。本人が負担の大きい作業にチェックを付け、それについて医師が意見を述べるという作りへの疑問。文章として書かれた内容を様式に落とし込む際に不整合が生じるという構造的な問題。もとの文章が玉石混淆であるため、形にすると論理一貫性を保てなくなる。正社員であれば通常勤務の範囲はすべて担うのが前提。それを列挙して医師に評価させれば、空調の効いた診察室にいる医師には想像が及ばず「大変な負荷」と評価されかねない。建設業で暑熱環境を免除せよという意見が出れば対応できない。本人が負担の大きい作業に丸を付ければ、主治医はそれを免除した方がよいとチェックする以外にない構造。医師に「この業務はやらなくてよいと言ってほしい」と求めているだけの様式になっている。主治医よりは産業医の方がまだ妥当な判断ができそうだが、産業医のレベルには幅があり、対応できない産業医に聞くのは主治医に任せるのと変わらないという整理。就業上の措置との決定的な違い
医師の記載欄は、健診事後措置を中心とした就業上の措置に関する意見書を参照した作りになっている。就業上の措置・配慮は、リスクとして一定期間メディカルコントロールが可能で、解除できるからこそ医師に聞く意味がある。一方、両立支援は解除できない事柄を扱っている。したがってリスクの問題ではなく、キャパシティとしての契約見直しか、トレランスとしての「賃金を2倍にしてくれるならやる」という話しか残らない。本来のあり方は、本人がまず「何でもやる・どこでも働く・いつでも働く」という契約内容を理解したうえで、身体的・精神的状況がそれを許さないのはどの部分かを示すこと。会社と労働者は、10割を前提にやってみて8割だと分かればそれに見合う労働条件に見直すという話し合いを行う。医師に問うべきは「それをやってはいけないほど危険な状態か」という点のみ。一時的な制限をかけることで医学的にコントロールでき、ワークリストリクションに意味がある項目があれば、産業医・主治医から追加提示してもらうのは歓迎。それを受けて労使で制限内容と待遇を協議する。完全労務提供版と不完全労務提供版
完全労務提供申出版は、賃金・待遇を変えずにできることを一緒に考えてほしいという申し出。不完全労務提供申出版は、賃金・待遇が下がってもよいという前提で、10割から下げていき止まったところに合わせるもの。重要なのは、10割から下げていく方向であって、最初からできないかもしれないので低い水準で試すという発想ではないこと。軽減勤務と同じ考え方。7割の労務提供に対して7割の賃金が支払われるわけではない。値付けは会社が一方的に決めるものであり、労働者の選択肢は10割を10割でやるか、会社が決めた値付けを受け入れるかの二択。労務提供の質ないし量に対して待遇が比例的に決まるものではない。キャパシティにはカレントアビリティ(現時点で測定される能力)とマキシマムアビリティ(全力を出せばできる水準)の別がある。アスリートと異なり、一般の労働者はマキシマムより手前しか発揮できないため、測定すること自体が労働者に不利にしかならない。実態としては、周囲がカバーしている状態に医師のお墨付きを与えようとしているに過ぎない場合がある。立位作業の例では、主治医が時間の見通しを持たないまま「長時間の立位を避ける」と記載し、会社が本人に尋ねて1時間程度と決まる。0から積み上げて限界で止める議論ではなく、10割から下げてどこまでできるかを見る議論であるべき。前者には賃金の話が一切登場しないという構造的な問題がある。両立支援の出発点と厚生労働省資料への疑問
両立支援コーディネーターのマニュアルは「仕事を辞めずに治療を続けられるよう支援する」という立て付けで、離職を出発点としている。本来避けるべきは、治療機会が確保できないことによる離職であったはず。ところが主治医向け支援マニュアルでは離職しか示されず、離職を避けるためなら治療機会の確保以外の何をしてもよいかのような構成になっている。さらに休業の防止まで前提としており、これは無理筋。無理に働かせるくらいなら一度仕切り直した方がよい。しんどければ休んでよいと言えば足りる。企業・医療機関連携マニュアルには、労働契約の下で一定の労務提供が求められるという記述がある一方、直後から安全配慮義務の話に移る。「就業上の措置により周囲に負担がかかる場合がある」という記述は、周囲に過度な負担がかかると本人が働きにくくなるという方向に展開し、必要な範囲の情報に限定して上司・同僚に理解を求めるという結論になっている。結局のところ、半分しか働けない労働者にも満額の賃金を支払い、同僚の負担も増やすなという要求になっている。利用可能な社内制度として挙げられる年次有給休暇や在宅勤務は、本来病気のために使う制度ではない。病気を抱えた状態での在宅勤務でパフォーマンスが出るはずもない。離職防止から逆算する発想は、労使の対立とトラブルを前提とした議論になりやすい。弁護士に相談すると論点整理の結果として実質的に「相手の言いなりになれ」という助言に帰着しがち。「下書き」と「予診カード」
見直しの方針は、両立支援カードの各項目が治療機会の確保に資するものか、病状に伴う就労能力低下への配慮なのかを棚卸しし、後者を削除すること。ただし記載させると予見可能性を高めてしまう。そこで、提出用の本紙とは別に「下書き」を用意する。本人と主治医がそれぞれ下書きに好きなように記入し、その内容をリスク・キャパシティ・トレランスの3分類に当てはめる。キャパシティに該当すれば契約破棄の申し出、トレランスに該当すれば賃金増額の要求であると整理され、リスクに該当する部分だけを本紙に転記して提出する。記載内容によっては、労働者本人からの原契約の見直し・破棄の意向表示と受け取る旨をあらかじめ明示しておく。完全労務提供版はリスクのみで構成し、不完全労務提供版では10割から下げてどこで止まるかを会社と確認する旨と、値付けは会社が行うこと、8割の労務提供が8割の待遇にはならないことを注記する。実務上の懸念として、主治医とのやり取りが月1回程度に限られる形で支援内容を決めるのは難しいという指摘。療養・就労両立支援指導料は初月8,500円、2月目以降5,000円にとどまり、診断書1枚の文書料と比較しても、継続的な対話を前提とした運用が成り立つか。6ヶ月という期間設定は当初長すぎると感じていたが、負荷を下げていく水準を見極める期間と捉えれば、あってもよいかもしれない。編集後記
労働者と使用者は、労働契約が満たされる範囲では協調的に行動できるのでしょうが、両立支援が必要な場面というのはそもそも、労務提供が不完全となる懸念がある、すなわち、労働契約が満たされない場面であり、こうなると、利害が対立してしまうなか、いきなり、労働者本人と主治医で考えた「希望」を、そのまま使用者にぶつけるのは相当でなく、まさに、両立支援「コーディネーター」が、本人(と主治医)に「いやいや、いくらなんでも、この要求は止めておいたほうがいいですよ」という交通整理をするのがよいわけで、実際に、現状のコーディネーターの方のなかにもこのような役割をやむなくはたしている方もおられるのではないでしょうか。
それを、「下書き」と「壁打ち」で、「相当」な内容にするのは、不要な負担を社会にかけない(両立支援の意見書も相当、不要な負担を主治医にかけるわけですし)というのも、重要な「制度設計上」のポイントになるのではないかと思いました。
配信中身でも少し触れましたが、両立支援の色んな資料を見ていると、「病気によって離職する」ことを防止することを主眼にしているようにみえます。
ところが、離職や退職などの「雇用終了」を念頭においた話を、平時である雇用継続中の場面にもってきたときに、色々と、制度が本来想定していない場面や使い方が生じます。
この構図は、「雇用終了」を念頭においた法的リスクの話を、平時にいきなりもってくることの違和感と似ていますね。
暑熱順化は、暑熱環境に慣れるというだけでなく、血漿量増加に伴うVO2maxの向上が見込まれます。さらに長期間取り組んでいくと、血漿量が増加して血が薄くなっていることを、腎臓が感知し、赤血球産生を促すホルモン「エリスロポエチン(EPO)」を分泌して、ヘモグロビン量の増加が期待できるようです。高地トレーニングと同じような効果が見込まれることから、貧者の高地トレーニングと言われたりしています(高地に行って合宿するのは、コストがかなりかかるものなので)。