
Sign up to save your podcasts
Or


「二重衣恋占」通称「花咲綱五郎」は、宝暦8年1759年、幕府の弾圧を受け「朝日」の名前を使えなくなった若狭掾が、鶴賀若狭掾と改名した際の披露演目です。中根屋綱五郎という商家の主人が、傾城花咲に入れあげて財産を失い、陰陽師となり彷徨い歩くうちに、手相占いをしに入った家が、吉原を退いた花咲が囲われている家で再会を果たしたものの、最後は心中してしまうというお話しです。
参考文献:国立国会図書館デジタルコレクション/個人資料
「二重衣恋占」通称「花咲綱五郎」は、宝暦8年1759年、幕府の弾圧を受け「朝日」の名前を使えなくなった若狭掾が、鶴賀若狭掾と改名した際の披露演目です。中根屋綱五郎という商家の主人が、傾城花咲に入れあげて財産を失い、陰陽師となり彷徨い歩くうちに、手相占いをしに入った家が、吉原を退いた花咲が囲われている家で再会を果たしたものの、最後は心中してしまうというお話しです。
参考文献:国立国会図書館デジタルコレクション/個人資料
「一の谷嫩軍記」通称「一の谷」は、宝暦元年(1751年)12月に上演された、並木宗輔作の「一谷嫩軍記」須磨の浦組打の段を新内に写したものです。都から落ちのびて一の谷の戦いに敗れた平敦盛は、須磨の浦から船で逃げようとしますが、その海岸で、熊谷次郎直実に打たれてしまいます。敦盛を組み敷いた熊谷が、敦盛と我が子、小次郎を重ね合わせ、首をはねるのを躊躇する場面がとても印象的です。元のお話しは「平家物語」巻第九 一の谷・敦盛最後です。
参考文献:国立国会図書館デジタルコレクション/個人資料
「一の谷嫩軍記」通称「一の谷」は、宝暦元年(1751年)12月に上演された、並木宗輔作の「一谷嫩軍記」須磨の浦組打の段を新内に写したものです。都から落ちのびて一の谷の戦いに敗れた平敦盛は、須磨の浦から船で逃げようとしますが、その海岸で、熊谷次郎直実に打たれてしまいます。敦盛を組み敷いた熊谷が、敦盛と我が子、小次郎を重ね合わせ、首をはねるのを躊躇する場面がとても印象的です。元のお話しは「平家物語」巻第九 一の谷・敦盛最後です。
参考文献:国立国会図書館デジタルコレクション/個人資料
「帰咲名残命毛」、通称「尾上伊太八」は、延享3年(1746年)12月に起こった、津軽・岩松藩の江戸詰祐筆役、原田伊太夫と遊女尾上との心中未遂事件を元に作られたものです。新内では心中が発見された後、意外な展開が待っています。「蘭蝶」「明烏」にならぶ新内の代表的な作品のひとつです。(内容の一部には、今日からみれば、不適切な表現が 含まれる場合がありますが、その歴史的な価値を踏まえ、書かれている表現のまま朗読しています)
参考文献:国立国会図書館デジタルコレクション/個人資料
「帰咲名残命毛」、通称「尾上伊太八」は、延享3年(1746年)12月に起こった、津軽・岩松藩の江戸詰祐筆役、原田伊太夫と遊女尾上との心中未遂事件を元に作られたものです。新内では心中が発見された後、意外な展開が待っています。「蘭蝶」「明烏」にならぶ新内の代表的な作品のひとつです。(内容の一部には、今日からみれば、不適切な表現が 含まれる場合がありますが、その歴史的な価値を踏まえ、書かれている表現のまま朗読しています)
参考文献:国立国会図書館デジタルコレクション/個人資料
「千日寺名残鐘」、通称「三勝半七」は、元禄8年(1695年)12月に大阪千日寺において起きた心中事件が元になったお話しで、上方歌舞伎、岩井半四郎座で上演されたのち、紀海音により義太夫として改作されたものを新内に移したものです。その後、「艶容女舞衣」として改めて義太夫として語られ、現在、歌舞伎や人形浄瑠璃の演目として上演されています。(内容の一部には、今日からみれば、不適切な表現が 含まれる場合がありますが、その歴史的な価値を踏まえ、書かれている表現のまま朗読しています)
参考文献:国立国会図書館デジタルコレクション/個人資料
江戸浄瑠璃「新内」を読む
このチャンネルは、江戸浄瑠璃「新内節」を朗読でご紹介するチャンネルです。江戸幕府第五代将軍・徳川綱吉の時代、近松門左衛門と竹本義太夫が現れ、浄瑠璃は、中国から伝来した三味線を伴奏楽器として大流行しました。ここでご紹介する「新内節」は、歌舞伎や人形劇の伴奏としてではなく、当時の社交界である吉原などのお座敷を中心に語られた浄瑠璃です。披露される場がお座敷等になりますので、当時の遊郭の情景や、そこで生きる遊女の生活が映し出された内容も多く、大変興味深いものとなっています。嫋々と人の心情を唄う「新内節」ですが、このチャンネルでは節はつけずに朗読でご紹介しています。
ぜひ、一度、お聞きください。
「千日寺名残鐘」、通称「三勝半七」は、元禄8年(1695年)12月に大阪千日寺において起きた心中事件が元になったお話しで、上方歌舞伎、岩井半四郎座で上演されたのち、紀海音により義太夫として改作されたものを新内に移したものです。その後、「艶容女舞衣」として改めて義太夫として語られ、現在、歌舞伎や人形浄瑠璃の演目として上演されています。(内容の一部には、今日からみれば、不適切な表現が 含まれる場合がありますが、その歴史的な価値を踏まえ、書かれている表現のまま朗読しています)
参考文献:国立国会図書館デジタルコレクション/個人資料
「茜染野中隠井」は、原田由良助作、並木宗輔添作の人形浄瑠璃を新内節に移したものです。梅の由兵衛という男が主人のために紛失した宝刀を手に入れるために必要な百両を得るために、女房の弟の長吉を殺してしまうという内容で、「長吉殺し」とも呼ばれています。(内容の一部には、今日からみれば、不適切な表現が 含まれる場合がありますが、その歴史的な価値を踏まえ、書かれている表現のまま朗読しています)
参考文献:国立国会図書館デジタルコレクション/個人資料
From the publisher's feed