キリストの平和教会

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  • 2019年6月30日「神が造る平和に生きる」マタイの福音書第5章9節 岩本遠億牧師

    「神が造る平和に生きる」マタイの福音書第5章9節 岩本遠億牧師


    「平和を造る者は幸いです。その人たちは神の子と呼ばれるからです。」


    平和を造る者=天地の創造者である神の別名


    「主権と恐れは神のもの。神はその高い所で平和をつくられる。」ヨブ記25:2

    「主は御民に、主にある敬虔な人たちに平和を告げられます。」詩篇85:8

    「主よ。あなたは私たちのために平和を備えてくださいます。」イザヤ書26:12


    「私は光を造り出し、闇を創造し、平和をつくり、わざわいを創造する。わたしは主、これらすべてを行う者。」イザヤ書45:7

    「わたしが来たのは地上に平和をもたらすためだ、と思ってはいけません。わたしは、平和ではなく剣をもたらすために来ました。」マタイ10:34


    キリストは平和を造るのか?

    分裂をもたらすのか?


    キリストが平和を造る方法・・・個人ベース→草の根の働き

    「キリストこそ私たちの平和です。」エペソ2:14


    ・平和と争いが混交する状態が長く続く

    ・キリスト者がキリストの平和に生きることの意味を知ることの重要性


    平和を造る⇔平和を壊す

    悪魔の囁き→「私は正しい」→平和を壊す

    「私は正しい」との主張=高慢の根→否定される人が生み出される=愛の否定

    「私は正しい」との主張の対立→相互否定=争い


    キリストは自らの正しさを主張しなかった。→十字架刑→神と人との平和の実現


    「そこで大祭司が立ち上がり、イエスに言った。『何も答えないのか。この人たちがおまえに不利な証言をしているのは、どういうことか。』しかし、イエスは黙っておられた。」マタイ26:62-63

    「ピラトはイエスに言った。『あんなにも、あなたに不利な証言をしているのが聞こえないのか。』それでもイエスは、どのような訴えに対しても一言もお答えにならなかった。それには総督も非常に驚いた。」マタイ27:12-14


    ルカの福音書 23章13~15節

    ピラトは、祭司長たちと議員たち、そして民衆を呼び集め、こう言った。「おまえたちはこの人を、民衆を惑わす者として私のところに連れて来た。私がおまえたちの前で取り調べたところ、おまえたちが訴えているような罪は何も見つからなかった。ヘロデも同様だった。私たちにこの人を送り返して来たのだから。見なさい。この人は死に値することを何もしていない。


    「自分の敵を愛し、自分を迫害する者のために祈れ。」マタイ5:44

    →自分の正しさを超える愛と祈り


     「『どくろ』と呼ばれている場所に来ると、そこで彼らはイエスを十字架につけた。また犯罪人たちを、一人は右に、もう一人は左に十字架につけた。そのとき、イエスはこう言われた。『父よ、彼らをお赦しください。彼らは、自分が何をしているのかが分かっていないのです。』彼らはイエスの衣を分けるために、くじを引いた。」ルカの福音書 23章33〜34節


    ローマ人への手紙5:1 「こうして、私たちは(キリストの)信仰によって義と認められたので、私たちの主イエス・キリストによって神と平和を持っています=神との間に平和があります。

    ローマ人への手紙8:1−4「こういうわけで、今や、キリスト・イエスにある者が罪に定められることは決してありません。なぜなら、キリスト・イエスにあるいのちの御霊の律法が、罪と死の律法からあなたを解放したからです。肉によって弱くなったため、律法にできなくなったことを、神はしてくださいました。神はご自分の御子を、罪深い肉と同じような形で、罪のきよめのために遣わし、肉において罪を処罰されたのです。それは、肉に従わず御霊に従って歩む私たちのうちに、律法の要求が満たされるためなのです。」

    ローマ人への手紙8「11 イエスを死者の中からよみがえらせた方の御霊が、あなたがたのうちに住んでおられるなら、キリストを死者の中からよみがえらせた方は、あなたがたのうちに住んでおられるご自分の御霊によって、あなたがたの死ぬべきからだも生かしてくださいます。

    14 神の御霊に導かれる人はみな、神の子どもです。15 あなたがたは、人を再び恐怖に陥れる、奴隷の霊を受けたのではなく、子とする御霊を受けたのです。この御霊によって、私たちは「アバ、父」と叫びます。」

    エペソ人への手紙 2章14~19節「実に、キリストこそ私たちの平和です。キリストは私たち二つのものを一つにし、ご自分の肉において、隔ての壁である敵意を打ち壊し、様々な規定から成る戒めの律法を廃棄されました。こうしてキリストは、この二つをご自分において新しい一人の人に造り上げて平和を実現し、二つのものを一つのからだとして、十字架によって神と和解させ、敵意を十字架によって滅ぼされました。

    また、キリストは来て、遠くにいたあなたがたに平和を、また近くにいた人々にも平和を、福音として伝えられました。このキリストを通して、私たち二つのものが、一つの御霊によって御父に近づくことができるのです。こういうわけで、あなたがたは、もはや他国人でも寄留者でもなく、聖徒たちと同じ国の民であり、神の家族なのです。」


    十字架のキリストに出会う

    →私たち自身が自分の正しさを超える愛に生きる者とされる

    キリストの十字架の血を注がれる

    →神様との間に完全な平和が与えられる


    「自分に関することについては、できる限り、全ての人と平和を保ちなさい。」ローマ12:18

    コロサイ人への手紙 3章12~17節「ですから、あなたがたは神に選ばれた者、聖なる者、愛されている者として、深い慈愛の心、親切、謙遜、柔和、寛容を着なさい。互いに忍耐し合い、だれかがほかの人に不満を抱いたとしても、互いに赦し合いなさい。主があなたがたを赦してくださったように、あなたがたもそうしなさい。そして、これらすべての上に、愛を着けなさい。愛は結びの帯として完全です。

    キリストの平和が、あなたがたの心を支配するようにしなさい。そのために、あなたがたも召されて一つのからだとなったのです。また、感謝の心を持つ人になりなさい。キリストのことばが、あなたがたのうちに豊かに住むようにしなさい。知恵を尽くして互いに教え、忠告し合い、詩と賛美と霊の歌により、感謝をもって心から神に向かって歌いなさい。ことばであれ行いであれ、何かをするときには、主イエスによって父なる神に感謝し、すべてを主イエスの名において行いなさい。」


    平和を造る人は幸いです。その人たちは神の子と呼ばれるからです。


    平和を造る働き

    ・キリストの平和に生きる =自分の正しさを超える愛に生かされる

    ・キリストの平和(神との和解)を告げ知らせる





    35 min
  • 2019年6月23日「神は直接の関係を与える」マタイの福音書第5章8節 岩本遠億牧師

    「心の清い者は幸いです。その人たちは神を見るからです。」マタイの福音書第5章8節

    誤解:自分の清い生活

        →清くなる
        →神を見ることが許される聖者になる

    清い:(ギ)カサロス (へ)タホール

    清い動物⇔汚れた動物
    清い体⇔生理的な汚れ
    祭儀上の清さ⇔祭儀上の汚れ 例:死に触れる
    純粋な(純金)
    道徳的清さ(旧約聖書ではあまり多くない)
    清める方法=湧き水(河川の水)、火、血、雌牛の灰を加えた水

    神が定めた方法によらずには清くならない

    当時のパリサイ人たち:

    神経質なほどに律法上の清さを問題にしていた

    キリスト:

    体の清さ、祭儀上の清さは問題にしない。
    心の清さを問題にした。

    マルコの福音書1:40

    さて、ツァラアトに冒された人がイエスのもとにきてひざまずいて懇願した。「お心一つで私を清くすることがおできになります。」
    イエスは深く憐れみ、手を伸ばして彼にさわり(→イエスの体は汚れる)、「わたしの心だ。きよくなれ」と言われた。するとツァラアトが消えて、その人はきよくなった。

    イエスによる律法学者、パリサイ人への糾弾

    マタイの福音書

    23:25わざわいだ。偽善の律法学者、パリサイ人。おまえたちは、杯や皿の外側はきよめるが、その中は強奪と放縦で満ちている。 23:26目の見えないパリサイ人。まず、杯の内側をきよめよ。そうすれば、外側もきよくなる。
    23:27わざわいだ。偽善の律法学者、パリサイ人たち。おまえたちは白く塗った墓のようなものだ。外側は美しく見えても、内側は、死人の骨や、あらゆる汚れでいっぱいだ。 23:28同じように、おまえたちも、外側は人に正しく見えても、内側は偽善と不法でいっぱいだ。

    神の方法によらなければ、清められない。

    神が清いと宣言されれば、清い⇔私たちの思い

    キリストが私たちの心を清める方法:両者は一つの実体

    ・キリストの言葉(=神の火)
    ・キリストの十字架の血

    私たちを清めるキリストの言葉

    ・「あなたがたは、わたしがあなたがたに話したことばによって、すでに清いのです。」 ヨハネの福音書15:2
    ・「二人は話し合った。『道々お話しくださる間、私たちに聖書を解き明かしてくださる間、私たちの心は内に燃えていたではないか。』」ルカの福音書24:32
    ・「炎のような舌が分かれて現れ、一人一人の上にとどまった。すると、皆が聖霊に満たされ、御霊が語らせるままに、他国のいろいろな言葉で話し始めた。」使徒の働き2:3−4

    私たちを清めるキリストの十字架の血

    ・「9:11しかしキリストは、すでに成就したすばらしい事がらの大祭司として来られ、手で造った物でない、言い替えれば、この造られた物とは違った、さらに偉大な、さらに完全な幕屋を通り、 9:12また、やぎと子牛との血によってではなく、ご自分の血によって、ただ一度だけ聖所にはいり、永遠の贖いを成し遂げられました。
     9:13雄やぎや雄牛の血、若い雌牛の灰を汚れた人々に振りかけると、それがきよめの働きをして肉体をきよいものにするとすれば、 9:14まして、キリストが傷のないご自身を、とこしえの御霊によって神におささげになったその血は、どんなにか私たちの良心をきよめて死んだ行ないから離れさせ、生ける神に仕える者とすることでしょう。」ヘブル人への手紙9:11-14

    ・「10:19こういうわけで、兄弟たち。私たちは、イエスの血によって、大胆にまことの聖所にはいることができます。 10:20イエスはご自分の肉体という垂れ幕を通して、私たちのために、この新しい生ける道を開いてくださいました。

     10:21また私たちには、神の家を治める、この偉大な祭司がおられるのですから。 10:22心に血を振りかけられて、邪悪な良心をきよめられ、からだをきよい水で洗われ、全き信仰をもって、真心から神に近づこうではありませんか。 」ヘブル人への手紙10:19-22

    神を見る=神との直接の関係を与えられる

    旧約聖書で多用される表現:「神の顔」「主の顔」

    ・『主があなたを祝福し、あなたを守られますように。主が御顔をあなたに照らし、あなたを恵まれますように。主が御顔をあなたに向け、あなたに平安を与えられますように。』民数記6:24-26

    ×清められて、神の顔を見ることができるような境地に達する

    ◯神様がみ顔を私たち一人ひとりに向けてくださる。私たちも神様のみ顔を仰ぐ

    「13:12今、私たちは鏡にぼんやり映るものを見ていますが、その時には顔と顔とを合わせて見ることになります。今、私は一部分しか知りませんが、その時には、私が完全に知られているのと同じように、私も完全に知ることになります。」コリント人への手紙第一13:12

    35 min
  • 2019年6月9日「神に出会うところ」マタイの福音書第5章7節 岩本遠億牧師
    神に出会うところ
    マタイの福音書第5章7節
    岩本遠億牧師
    2019年6月9日

    「憐れみ深い者は幸いです。その人たちは憐れみを受けるからです。」マタイの福音書第5章7節

    憐れみ

    ギリシャ語 エレオス
    困窮している人に対する親切や愛
    具体的行動をもって、必要を満たす行為

    エレオス=ヘブライ語 ラハミーム+へセッド

      ラハミーム

      「胎」を表わす言葉からの派生語
      →胎の子に対する母親の思い
      →はらわたの愛=体の一部として愛する

    「女が自分の乳飲み子を忘れようか。自分の胎の子を憐れまないだろうか。たとい、女たちが忘れても、このわたしは忘れない」(イザヤ49: 15)

    「父がその子供を憐れむように、主は、ご自分を恐れるものを憐れまれる」(詩篇103:13)

    へセッド

      不変の愛
      =契約に基づく愛
      =神がご自分を指して誓われた決して変更されることがない愛

    「わたしは決してあなたを離れず、捨てない」申命記31:6

    マザー・テレサの祈り

    「最愛の主よ。病んでいる人は、あなたの大切な人。今日も、いつも、病人ひとりひとりのうちに、あなたを見ることができますように。看病しながら、あなたに仕えることができますように。

    イライラと短気な人、気難しい人、理屈に合わないことを言う人、人の目には好ましく思えないこうした人の中にもおられるあなたを見分けて、こう言えますように。『わが患者イエス、あなたに仕えることはとても嬉しい。』

    主よ、このように見る信仰を与えてください。そうしたら、仕事は少しも単調ではなくなるでしょう。貧しく苦しんでいる人々の気まぐれを、温かくユーモアのうちに受け止め、その人々の願い事を満たすことに絶え間ない喜びを見出す者となるでしょう。

    愛する病人さん、あなたがキリストを現しているとなれば、あなたは、二重に親愛な方となります。あなたをお世話することが許されるのは、わたしにとって特別な恩恵です。・・・

    神であるお方よ、あなたはイエス。わたしのお世話する患者のなかにおられます。どうかわたしに対しても、ひとりひとりの患者イエスが忍耐深いイエスとなって、わたしの数々の落ち度は大目に忍び、あなたの大切な一人一人の病人のうちにおられるあなたを愛し、あなたに仕えようとしているこの志だけを見取ってくださるようにしてください。主よ、今もいつも、わたしの信仰を強め、深めてください。わたしの努力と仕事を祝してください。」(『マザー・テレサのことば』半田基子訳、女子パウロ会より)

    マタイの福音書 25章31~40節

    “人の子は、その栄光を帯びてすべての御使いたちを伴って来るとき、その栄光の座に着きます。そして、すべての国の人々が御前に集められます。人の子は、羊飼いが羊をやぎからより分けるように彼らをより分け、羊を自分の右に、やぎを左に置きます。

    それから王は右にいる者たちに言います。『さあ、わたしの父に祝福された人たち。世界の基が据えられたときから、あなたがたのために備えられていた御国を受け継ぎなさい。あなたがたはわたしが空腹であったときに食べ物を与え、渇いていたときに飲ませ、旅人であったときに宿を貸し、わたしが裸のときに服を着せ、病気をしたときに見舞い、牢にいたときに訪ねてくれたからです。』

    すると、その正しい人たちは答えます。『主よ。いつ私たちはあなたが空腹なのを見て食べさせ、渇いているのを見て飲ませて差し上げたでしょうか。いつ、旅人であるのを見て宿を貸し、裸なのを見て着せて差し上げたでしょうか。いつ私たちは、あなたが病気をしたり牢におられたりするのを見て、お訪ねしたでしょうか。』

    すると、王は彼らに答えます。『まことに、あなたがたに言います。あなたがたが、これらのわたしの兄弟たち、それも最も小さい者たちの一人にしたことは、わたしにしたのです。』”

    聖書 新改訳2017©2017新日本聖書刊行会

    マルコの福音書 9章41節

    “まことに、あなたがたに言います。あなたがたがキリストに属する者だということで、あなたがたに一杯の水を飲ませてくれる人は、決して報いを失うことがありません。”
    聖書 新改訳2017©2017新日本聖書刊行会

    31 min
  • 2019年6月2日 「救いは与えられる」マタイの福音書第5章6節 岩本遠億牧師

    「涙も虹となる」 作詞・作曲 岩本遠億

    主イエスの 愛の御手に

    全てを 委ね 歩こう
    自分を 見ずに イエスの十字架 見あげよう
    共に笑い 共に泣く主
    共に生きて 見捨てず
    涙も 虹となる
    イエスの光 受けて

    ************

    マタイの福音書第5章6節

    「義に飢え渇く者は幸いです。その人たちは満ち足りるからです。」

    義とは何か?

    ギリシャ語 dikaiosune
    1.公正、正義
    2.人と人との関係の正しさ

    神が人に与える義=神との関係の正しさ

            =父と子の正しい関係

    ヘブライ語 tsedeq、tsedaqah

    神の約束の民に対する処遇=救済、チャリティ
    神の義=神の救い

    義に飢え渇く

    1.卑しめられ、苦しめられている者の神様への叫び
    2.神様からの断絶の苦しみ、虚しさからの叫び

    彼らは満たされる=お腹一杯になる

    義で満たされる

    =神様からの救いでお腹一杯になる
    =神様との正しい関係でお腹一杯になる

    神様しか満たすことができない義

    ×自分の義

    神よ。私の救いの神よ。血の罪から私を救い出してください。そうすれば、私の舌はあなたの義を高らかに歌うでしょう。(詩篇51:14)

    忠臣ウリヤの妻バテシェバを奪い、ウリヤを殺害したダビデ王

    預言者ナタンによる叱責

    単なる正義の実現、行使なら、ダビデは断罪、死刑

    罪の滅びからの救いの嘆願

    →神の義の発動=神による赦しと救い=神の義

    神の義 vs 自分の義

    自分の義の追求  宮澤賢治 『銀河鉄道の夜』

    貧しく、父親がいない家に育つジョバンニ。

    病気の母の看病をしながらアルバイト。
    弱い立場の彼は、学校で友だちにいじめられる。
    親友のカンパネルラも彼を助けることができない。
    ある日、彼は不思議な経験。銀河を駆け抜ける銀河鉄道に。前の席には親友のカンパネルラ。

    二人は北十字星(白鳥座)から南十字星を越えてさそり座に向かう列車に乗り降りする人々との会話をとおして、人生の意味と死の意味について考えていく。北十字星と南十字星はキリスト教的な死と救いの考え方を表す。

    タイタニック号の沈没で命を落としたクリスチャンたちは、南十字星で列車を降り、イエス様をとおして天国に行く。しかし、ジョバンニとカンパネルラの二人だけは列車を降りず、さらに、さそり座にまで向かって行こうとする。

    蠍座のアンタレスに憧れるカンパネルラ

    「自分も赤い火で焼かれても人を助けられる人間になりたい」

    仏教徒でありながらキリスト教も学んだ賢治が、キリスト教と自分の考えを鋭く対比させている。賢治は「自分が友のために死ぬことが救いではないのか」と主張。

    カンパネルラはさそり座の手前で姿を消し、ジョバンニは一人取り残され、そこで銀河鉄道の旅は終わる。ジョバンニは目を覚ます。町では大変なことが起こっていた。カンパネルラが友だちを助けるために死んでしまった。

    ジョバンニを助けることができず、内心苦しんでいたカンパネルラが、溺れる子供を助けるために、死んだ。十字架を求めず、人を助けることができる人間になれることが彼にとっての救い。

    そしてそのようにして彼は自分で自分の救いを手に入れたというのが賢治の主張=自己犠牲による救い

    ×自己義認のための自己犠牲

    ダビデは、人のために死ねば、姦淫と殺人の罪から救われたのか?人のために死んでも、自分の罪は残る。

    十字架に架けられたイエス・キリスト

    ×自己義認のための自己犠牲
    ◯罪のないキリストが全人類の罪の贖いのために命を捨てた
    =究極の神の義

    「しかし、今や、律法とは関わりなく、律法と預言者たちの書によって証しされて、神の義が示されました。」ローマ3:21

    「神は、罪を知らない方を私たちのために罪とされました。それは、私たちがこの方にあって神の義となるためです。」第二コリント5:21

    詩篇17:15

    「しかし、私は、義のうちに御顔を見、目覚める時、御姿に満ち足りるでしょう。」

    第二コリント3:17-18

    「主は御霊です。そして、主の御霊がおられるところには自由があります。私たちはみな、覆いを取りのけられた顔に、鏡のように主の栄光を映しつつ、栄光から栄光へと、主と同じかたちに姿を変えられていきます。これは、まさに、御霊なる主の働きによるのです。」

    32 min
  • 2019年5月19日「神と共に悲しむ」マタイの福音書第5章4節 岩本遠億牧師

    「神と共に悲しむ」 マタイの福音書第5章4節 岩本遠億牧師


    「悲しむ者は幸いです。その人たちは慰められる(未来)からです。」マタイの福音書5:4


    マカリオイ:何と幸いなことか!

    ホイ ペントーンテス:悼む者たち

               最も深い悲しみにある者たち


    慰める パラカレオー  :傍に呼ぶ

    聖霊=慰め主=パラクレートス


    何と幸いなことか!死んだ者と共に、半身がもぎ取られた悲しみの中にある者たち!その人たちを神が呼び寄せてくださるから。聖霊がやって来てくださるから。


    ペンテオー(ギリシャ語)=アバル(ヘブライ語)

    愛する者、愛する母国を失い、悲しみ慟哭する


    エズラ記10:6

    「エズラは、神の宮の前を去って、エルヤシブの子ヨハナンの部屋に行った。そこに行って、パンも食べず、水も飲まずにいた。捕囚から帰って来た人々の不信の罪を嘆き悲しんだ(アバル)のである。」


    紀元前458年、ペルシア王アルタシャスタの治世第7年目、エズラは王の許可を得てバビロンからエルサレムに帰る(「エズラ記」7:1、7:6、7:8、7:11-13)。およそ5000人の人々が帰還


    しかし、イスラエルの民や祭司やレビ人たちが異国の妻をめとっている事が発覚。

    エズラは、イスラエルの民が継続的に偶像崇拝の中にあること、滅んでしまうことを嘆き悲しむ。

    そして、エズラは異国の妻たちを追い出すよう民に命じたが、すぐには解決せず3ヶ月の期間を要した(「エズラ記」10:1-19)。

    そもそも、イスラエル滅亡の原因=異国の宗教(淫行と子殺しを強要する悪魔崇拝)の崇拝

    バビロン捕囚から帰還後、イスラエル民族の純粋性回復が絶対条件


    ペンテオー(ギリシャ語)=アバル(ヘブライ語)

    愛する者、愛する母国を失い、悲しみ慟哭する


    ネヘミヤ記1章4節

    「このことばを聞いた時、私は座り込んで泣き、数日の間嘆き悲しみ(アバル)、断食して天の神の前に祈った。」


    「私は今、あなたのしもべイスラエルの子らのために、昼も夜も御前に祈り、私たちがあなたに対して犯した、イスラエルの子らの罪を告白しています。まことに、私も私の父の家も罪を犯しました。私たちは、あなたに対して非常に悪いことをして、あなたのしもべモーセにお命じになった命令も掟も定めも守りませんでした。」1:7-8


    この祈りによって歴史が動いた。

    ペルシャ王から暗い顔の理由を尋ねられる

    →「エルサレムの城壁が崩されたまま、同胞が苦しんでいる。城壁を再建に行きたい。」

    →ユダヤ総督に任命

    →困難な中、城壁再建

    →第二神殿時代の幕開け


    失われた者たち、罪の中にある者たちと一つの運命の中にある

    →深い悲しみ、慟哭


    そこに聖霊がやって来られる。私たちを引き寄せてくださる。

    聖霊の慰めを受け、主イエスの働きに与る者とされる


    「天におられる私たちの父よ。」

    「私たちの日毎の糧を、今日与えて下さい。」

    「私たちの罪を赦して下さい。私たちも私たちに罪を犯すものを赦しました。」

    「私たちを試みに会わせず、悪より救い出して下さい。」


    インマヌエル!  神が私たちと共におられる。

            ×神が私と共におられる。


    「彼の不正な利得の咎のために、わたしは怒った。わたしは顔を隠して彼を打ち、そして怒った。しかし彼はなお背いて、自分の思う道を行った。

     彼の道を見たが、それでもわたしは彼を癒やす。わたしは彼を導いて、彼とその嘆き悲しむ者たちに、慰めを報いる。

     わたしは唇の実を創造する者。平安あれ。遠くの者にも近くの者にも平安あれ。わたしは彼を癒やす。──主は言われる──」 イザヤ書 57章17~19節

    28 min
  • 2019年5月12日「心の欠けを知る時」 マタイの福音書第5章1節〜3節 岩本遠億牧師
    心の欠けを知る時
    マタイの福音書第5章1節〜3節
    岩本遠億牧師
    2019年5月12日

    “その群衆を見て、イエスは山に登られた。そして腰を下ろされると、みもとに弟子たちが来た。

    そこでイエスは口を開き、彼らに教え始められた。
    「心の貧しい者は幸いです。天の御国はその人たちのものだからです。」”
    マタイの福音書 5章1~3節
    聖書 新改訳2017©2017新日本聖書刊行会

    “キリストは、肉体をもって生きている間、自分を死から救い出すことができる方に向かって、大きな叫び声と涙をもって祈りと願いをささげ、その敬虔のゆえに聞き入れられました。

    キリストは御子であられるのに、お受けになった様々な苦しみによって従順を学び、完全な者とされ、ご自分に従うすべての人にとって永遠の救いの源となり、メルキゼデクの例に倣い、神によって大祭司と呼ばれました。”
    ヘブル人への手紙 5章7~10節
    聖書 新改訳2017©2017新日本聖書刊行会

    “自分は正しいと確信していて、ほかの人々を見下している人たちに、イエスはこのようなたとえを話された。

    「二人の人が祈るために宮に上って行った。一人はパリサイ人で、もう一人は取税人であった。
    パリサイ人は立って、心の中でこんな祈りをした。『神よ。私がほかの人たちのように、奪い取る者、不正な者、姦淫する者でないこと、あるいは、この取税人のようでないことを感謝します。
    私は週に二度断食し、自分が得ているすべてのものから、十分の一を献げております。』
    一方、取税人は遠く離れて立ち、目を天に向けようともせず、自分の胸をたたいて言った。『神様、罪人の私をあわれんでください。』
    あなたがたに言いますが、義と認められて家に帰ったのは、あのパリサイ人ではなく、この人です。だれでも自分を高くする者は低くされ、自分を低くする者は高くされるのです。」”
    ルカの福音書 18章9~14節
    聖書 新改訳2017©2017新日本聖書刊行会

    “それからイエスは、レビの家で食卓に着かれた。取税人たちや罪人たちも大勢、イエスや弟子たちとともに食卓に着いていた。大勢の人々がいて、イエスに従っていたのである。

    パリサイ派の律法学者たちは、イエスが罪人や取税人たちと一緒に食事をしているのを見て、弟子たちに言った。「なぜ、あの人は取税人や罪人たちと一緒に食事をするのですか。」
    これを聞いて、イエスは彼らにこう言われた。「医者を必要とするのは、丈夫な人ではなく病人です。わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためです。」”
    マルコの福音書 2章15~17節
    聖書 新改訳2017©2017新日本聖書刊行会

    “「見よ。わたしが支えるわたしのしもべ、わたしの心が喜ぶ、わたしの選んだ者。わたしは彼の上にわたしの霊を授け、彼は国々にさばきを行う。

    彼は叫ばず、言い争わず、通りでその声を聞かせない。
    傷んだ葦を折ることもなく、くすぶる灯芯を消すこともなく、真実をもってさばきを執り行う。
    衰えず、くじけることなく、ついには地にさばきを確立する。島々もそのおしえを待ち望む。」”
    イザヤ書 42章1~4節
    聖書 新改訳2017©2017新日本聖書刊行会

    40 min
  • 2019年5月5日「本当の自分を知る」マタイの福音書第4章18節〜25節 岩本遠億牧師

    2019年5月5日「本当の自分を知る」マタイの福音書第4章18節〜25節 岩本遠億牧師


    イエスはガリラヤ湖のほとりを歩いておられたとき、二人の兄弟、ペテロと呼ばれるシモンとその兄弟アンデレが、湖で網を打っているのをご覧になった。彼らは漁師であった。

    イエスは彼らに言われた。「わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしてあげよう。」
    彼らはすぐに網を捨ててイエスに従った。
    イエスはそこから進んで行き、別の二人の兄弟、ゼベダイの子ヤコブとその兄弟ヨハネが、父ゼベダイと一緒に舟の中で網を繕っているのを見ると、二人をお呼びになった。
    彼らはすぐに舟と父親を残してイエスに従った。
    イエスはガリラヤ全域を巡って会堂で教え、御国の福音を宣べ伝え、民の中のあらゆる病、あらゆるわずらいを癒やされた。
    イエスの評判はシリア全域に広まった。それで人々は様々な病や痛みに苦しむ人、悪霊につかれた人、てんかんの人、中風の人など病人たちをみな、みもとに連れて来た。イエスは彼らを癒やされた。
    こうして大勢の群衆が、ガリラヤ、デカポリス、エルサレム、ユダヤ、およびヨルダンの川向こうから来て、イエスに従った。”
    マタイの福音書 4章18~25節
    聖書 新改訳2017©2017新日本聖書刊行会

    “そこに一人の律法学者が来て言った。「先生。あなたがどこに行かれても、私はついて行きます。」

    イエスは彼に言われた。「狐には穴があり、空の鳥には巣があるが、人の子には枕するところもありません。」
    また、別の一人の弟子がイエスに言った。「主よ。まず行って父を葬ることをお許しください。」
    ところが、イエスは彼に言われた。「わたしに従って来なさい。死人たちに、彼ら自身の死人たちを葬らせなさい。」”
    マタイの福音書 8章19~22節
    聖書 新改訳2017©2017新日本聖書刊行会

    “シモン・ペテロがイエスに言った。「主よ、どこにおいでになるのですか。」イエスは答えられた。「わたしが行くところに、あなたは今ついて来ることができません。しかし後にはついて来ます。」

    ペテロはイエスに言った。「主よ、なぜ今ついて行けないのですか。あなたのためなら、いのちも捨てます。」
    イエスは答えられた。「わたしのためにいのちも捨てるのですか。まことに、まことに、あなたに言います。鶏が鳴くまでに、あなたは三度わたしを知らないと言います。」”
    ヨハネの福音書 13章36~38節
    聖書 新改訳2017©2017新日本聖書刊行会

    “イエスはペテロに言われた。「わたしが来るときまで彼が生きるように、わたしが望んだとしても、あなたに何の関わりがありますか。あなたは、わたしに従いなさい。」”

    ヨハネの福音書 21章22節

    “兄弟たち、自分たちの召しのことを考えてみなさい。人間的に見れば知者は多くはなく、力ある者も多くはなく、身分の高い者も多くはありません。

    しかし神は、知恵ある者を恥じ入らせるために、この世の愚かな者を選び、強い者を恥じ入らせるために、この世の弱い者を選ばれました。
    有るものを無いものとするために、この世の取るに足りない者や見下されている者、すなわち無に等しい者を神は選ばれたのです。
    肉なる者がだれも神の御前で誇ることがないようにするためです。
    しかし、あなたがたは神によってキリスト・イエスのうちにあります。キリストは、私たちにとって神からの知恵、すなわち、義と聖と贖いになられました。
    「誇る者は主を誇れ」と書いてあるとおりになるためです。”
    コリント人への手紙 第一 1章26~31節
    聖書 新改訳2017©2017新日本聖書刊行会

    “わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。だから、わたしは人をあなたの代わりにし、国民をあなたのいのちの代わりにする。”

    イザヤ書 43章4節
    聖書 新改訳2017©2017新日本聖書刊行会

    36 min
  • 2019年4月28日 「神の国はここに始まる」マタイの福音書第4章12節〜17節 岩本遠億牧師
    神の国はここに始まる マタイの福音書第4章12節〜17節 岩本遠億牧師 2019年4月28日

    “イエスはヨハネが捕らえられたと聞いて、ガリラヤに退かれた。

    そしてナザレを離れ、ゼブルンとナフタリの地方にある、湖のほとりの町カペナウムに来て住まわれた。
    これは、預言者イザヤを通して語られたことが成就するためであった。
    「ゼブルンの地とナフタリの地、海沿いの道、ヨルダンの川向こう、異邦人のガリラヤ。
    闇の中に住んでいた民は大きな光を見る。死の陰の地に住んでいた者たちの上に光が昇る。」
    この時からイエスは宣教を開始し、「悔い改めなさい。天の御国が近づいたから」と言われた。”
    マタイの福音書 4章12~17節
    聖書 新改訳2017©2017新日本聖書刊行会

    “実は、以前このヘロデは、自分の兄弟ピリポの妻ヘロディアのことでヨハネを捕らえて縛り、牢に入れていた。

    ヨハネが彼に、「あなたが彼女を自分のものにすることは律法にかなっていない」と言い続けたからであった。
    ヘロデはヨハネを殺したいと思ったが、民衆を恐れた。彼らがヨハネを預言者と認めていたからであった。”
    マタイの福音書 14章3~5節
    聖書 新改訳2017©2017新日本聖書刊行会

    “イスラエルの王ペカの時代に、アッシリアの王ティグラト・ピレセルが来て、イヨン、アベル・ベテ・マアカ、ヤノアハ、ケデシュ、ハツォル、ギルアデ、ガリラヤ、ナフタリの全土を占領し、その住民をアッシリアへ捕らえ移した。”

    列王記 第二 15章29節
    聖書 新改訳2017©2017新日本聖書刊行会

    36 min
  • 2019年4月21日「世界を導く王の王」ヨハネの福音書第21章1節〜14節 岩本遠億牧師
    世界を導く王の王 ヨハネの福音書第21章1節〜14節 岩本遠億牧師 2019年4月21日

    “その後、イエスはティベリア湖畔で、再び弟子たちにご自分を現された。現された次第はこうであった。

    シモン・ペテロ、デドモと呼ばれるトマス、ガリラヤのカナ出身のナタナエル、ゼベダイの子たち、そして、ほかに二人の弟子が同じところにいた。
    シモン・ペテロが彼らに「私は漁に行く」と言った。すると、彼らは「私たちも一緒に行く」と言った。彼らは出て行って、小舟に乗り込んだが、その夜は何も捕れなかった。
    夜が明け始めていたころ、イエスは岸辺に立たれた。けれども弟子たちには、イエスであることが分からなかった。
    イエスは彼らに言われた。「子どもたちよ、食べる魚がありませんね。」彼らは答えた。「ありません。」
    イエスは彼らに言われた。「舟の右側に網を打ちなさい。そうすれば捕れます。」そこで、彼らは網を打った。すると、おびただしい数の魚のために、もはや彼らには網を引き上げることができなかった。
    それで、イエスが愛されたあの弟子が、ペテロに「主だ」と言った。シモン・ペテロは「主だ」と聞くと、裸に近かったので上着をまとい、湖に飛び込んだ。
    一方、ほかの弟子たちは、魚の入った網を引いて小舟で戻って行った。陸地から遠くなく、二百ペキスほどの距離だったからである。
    こうして彼らが陸地に上がると、そこには炭火がおこされていて、その上には魚があり、またパンがあるのが見えた。
    イエスは彼らに「今捕った魚を何匹か持って来なさい」と言われた。
    シモン・ペテロは舟に乗って、網を陸地に引き上げた。網は百五十三匹の大きな魚でいっぱいであった。それほど多かったのに、網は破れていなかった。
    イエスは彼らに言われた。「さあ、朝の食事をしなさい。」弟子たちは、主であることを知っていたので、だれも「あなたはどなたですか」とあえて尋ねはしなかった。
    イエスは来てパンを取り、彼らにお与えになった。また、魚も同じようにされた。
    イエスが死人の中からよみがえって、弟子たちにご自分を現されたのは、これですでに三度目である。”
    ヨハネの福音書 21章1~14節
    聖書 新改訳2017©2017新日本聖書刊行会

    マルコの福音書15:39

    「イエスの正面に立っていた百人隊長は、イエスがこのように息を引き取られたのを見て、『この方は、まことに神の子であった』と言った。」

    27 min
  • 2019年4月14日「人は悪魔に勝った」マタイの福音書第4章1節〜11節 岩本遠億牧師

    「人は悪魔に勝った」マタイの福音書第4章1節〜11節

    岩本遠億牧師


    それからイエスは、悪魔の試みを受けるために、御霊に導かれて荒野に上って行かれた。

    そして四十日四十夜、断食をし、その後で空腹を覚えられた。

    すると、試みる者が近づいて来て言った。「あなたが神の子なら、これらの石がパンになるように命じなさい。」

    イエスは答えられた。「『人はパンだけで生きるのではなく、神の口から出る一つ一つのことばで生きる』と書いてある。」

    すると悪魔はイエスを聖なる都に連れて行き、神殿の屋根の端に立たせて、

    こう言った。「あなたが神の子なら、下に身を投げなさい。『神はあなたのために御使いたちに命じられる。彼らはその両手にあなたをのせ、あなたの足が石に打ち当たらないようにする』と書いてあるから。」

    イエスは言われた。「『あなたの神である主を試みてはならない』とも書いてある。」

    悪魔はまた、イエスを非常に高い山に連れて行き、この世のすべての王国とその栄華を見せて、

    こう言った。「もしひれ伏して私を拝むなら、これをすべてあなたにあげよう。」

    そこでイエスは言われた。「下がれ、サタン。『あなたの神である主を礼拝しなさい。主にのみ仕えなさい』と書いてある。」

    すると悪魔はイエスを離れた。そして、見よ、御使いたちが近づいて来てイエスに仕えた。”


    申命記8:2 

    あなたの神、主が、この四十年の間、荒野であなたを歩ませられた全行程を覚えていなければならない。それは、あなたを苦しめて、あなたを試み、あなたがその命令を守るかどうか、あなたの心のうちにあるものを知るためであった。 8:3 それで主は、あなたを苦しめ、飢えさせて、あなたも知らず、あなたの先祖たちも知らなかったマナを食べさせられた。

    それは、人はパンだけで生きるのではない、人は主の口から出るすべてのもので生きる、ということを、あなたにわからせるためであった。 8:4 この四十年の間、あなたの着物はすり切れず、あなたの足は、はれなかった。 8:5 あなたは、人がその子を訓練するように、あなたの神、主があなたを訓練されることを、知らなければならない。 8:6 あなたの神、主の命令を守って、その道に歩み、主を恐れなさい。


    ヨハネ5:19 

    そこで、イエスは彼らに答えて言われた。「まことに、まことに、あなたがたに告げます。子は、父がしておられることを見て行なう以外には、自分からは何事も行なうことができません。父がなさることは何でも、子も同様に行なうのです。」


    「あなたが神の子なら、下に身を投げてみなさい。『神は御使いたちに命じて、その手にあなたをささえさせ、あなたの足が石に打ち当たることのないようにされる。』と書いてありますから。」


    エルサレム神殿の頂に立つ者

    =自らをメシア、イスラエルの救い主、イスラエルの王として世に現す者(偽キリスト)を意味する。

    (マタイ24:15、ダニエル9:27)


    申命記6:16 

    あなたがたがマサで試みたように、あなたがたの神、主を試みてはならない。


    「悪い、姦淫の時代はしるしを求めます。だが預言者ヨナのしるしのほかには、しるしは与えられません。」マタイ12:39


    預言者ヨナのしるし(三日三晩ヨナが大魚の腹の中にいた)

    =キリストが十字架に架けられて死に、三日目に甦ることだけがあなた方に与えられる印だ


    「引き下がれ。サタン。『あなたの神である主を拝み、主にだけ仕えよ』と書いてある。」申命記6:13


    イエスのメシア(キリスト)としての悪魔との戦い

    =人として戦う

     ・神の子の力を行使しない=神様に100%依存

     ・神の子として自らを現さない

     ・この世の権力を求めない


    イエスの十字架の戦い

    =ただ一人で、神様の助けなしに、悪魔と戦う

    =悪魔のすべての攻撃を身に受ける

      肉体への地獄の苦しみ、辱め、


    しかし、父なる神様への信頼、ご自分を釘付けする者たちへの愛は、全く揺らぐことなく、燃え上がった。

          ↓

    悪魔の敗北が決した

    人の代表が悪魔に勝利した


    ヘブル5:7 

    キリストは、人としてこの世におられたとき、自分を死から救うことのできる方に向かって、大きな叫び声と涙とをもって祈りと願いをささげ、そしてその敬虔のゆえに聞き入れられました。 5:8 キリストは御子であられるのに、お受けになった多くの苦しみによって従順を学び、 5:9 完全な者とされ、彼に従うすべての人々に対して、とこしえの救いを与える者となり、 5:10 神によって、メルキゼデクの位に等しい大祭司ととなえられたのです。

    33 min

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