
Sign up to save your podcasts
Or


6歳の息子と『トイ・ストーリー5』を観てきました。
古いおもちゃと、新しいデバイス。
スマホも、AIも、新しい道具には便利さと同時に、少し怖さがある。
でも、新しいものにはまり込むことと、「昔のほうがよかった」と全部を拒絶すること。そのどちらでもない付き合い方もあるのかもしれません。
『トイ・ストーリー5』をきっかけに、新しい道具との付き合い方について話しました。
このテーマについては、noteにも書いています。
note:
『トイ・ストーリー5』と、新しい道具への不安
https://note.com/shunkato/n/ne7ea9bd2beb0?sub_rt=share_sb
加藤リンク:https://lit.link/shunkato
「くらしてん」サイト:https://kurashiten.com/
今回は、新しく使い始めたカメラ「OM SYSTEM TG-7」について話しました。
もともとは建築現場での記録用として買ったカメラ。防水で、耐衝撃で、小さくて軽い。気軽に持ち歩けるようになったことで、遠のいていた写真を撮る習慣が少しずつ戻ってきました。
子どもにカメラを渡してみると、「こんなふうに世界を見ていたんだ」という発見もありました。
そして気づいたのは、戻ってきたのは写真を撮ることだけではなく、「見ること」だったということ。
人、もの、光、風。
それらが重なる、まだ言葉になっていない風景。
道具によって、世界の見え方が少し変わった。そんな話です。
note|名前がつく前の風景|OM SYSTEM TG-7
https://note.com/shunkato/n/neb1d9db94c11?sub_rt=share_sb
今回は、KOKUYOの「ingLIFE」という椅子をきっかけに、座ることと身体を整えることについて話しました。
下半身で身体を支えると、上半身の余計な力が抜けて、背筋がすっと伸びる。
身体はリラックスしているのに、どこかに芯がある。
その感覚は、少しだけ坐禅にも似ています。
椅子は、ただ身体を休ませるための道具ではないのかもしれません。
どう座るかによって、身体の状態が変わり、頭の中の静けさも変わる。
毎日長く座る椅子を選ぶことは、暮らしの中にひとつ静かな場所をつくることに近い。
仕事をするための椅子であり、考えるための椅子であり、自分をニュートラルに戻すための椅子。
そんな、日々の道具についての話です。
note|禅を感じるチェア|KOKUYO ingLIFE
https://note.com/shunkato/n/nfcd49095db88?sub_rt=share_sb
加藤リンク:
https://lit.link/shunkato
「くらしてん」サイト:
https://kurashiten.com/
雨の日は、なぜか終始眠たい。
それは、自分の意志が弱いからなのか。
それとも、身体が天気や湿度、光の少なさに反応しているだけなのか。
今回は、雨の日の眠気をきっかけに、身体の反応と、人工的な環境、スケジュールについて話しました。
カレンダーの一マスはいつも同じ大きさをしているけれど、身体は毎日同じようには動かない。
暮らしを整えることは、毎日を同じように管理することではなく、その日の身体の声を聞きながら、環境との距離を調整していくことなのかもしれません。
note|雨の日の時間
https://note.com/shunkato/n/n3234dc415194?sub_rt=share_pw
加藤リンク:https://lit.link/shunkato
「くらしてん」 サイト:https://kurashiten.com/
今回は、細木数子を描いた『地獄に堕ちるわよ』を観て考えたことについて話しました。
強欲に見える人の奥には、どんな時代の記憶があるのか。
お金を「生き延びるための力」として見る人と、「知るための手段」として見る人の違いは、どこから生まれるのか。
作品をきっかけに、自分の家庭や両親の背景、教育にお金を使う感覚について考えています。
人は、ただ欲望しているのではない。
その欲望にも、育ちがある。
そんな話です。
note
欲の底にあるもの|「地獄に堕ちるわよ」と、生存の記憶:
https://note.com/shunkato/n/nb6459f33d077?sub_rt=share_sb
加藤リンク:https://lit.link/shunkato
「くらしてん」 サイト:https://kurashiten.com/
『マリッジ・ストーリー』を観ながら、
「夫婦とは何か」について考えた。
人は誰かと暮らし始めると、
少しずつ輪郭が滲んでいく。
自分でやらなくなること。
相手が自然と補うこと。
そして逆に、
自分が担うようになること。
この映画は、
結婚や離婚の物語であると同時に、
そんな「夫婦の輪郭」について描いた作品だったように思う。
↓noteはこちら
https://note.com/shunkato/n/n265661368798
加藤リンク:https://lit.link/shunkato
「くらしてん」 サイト:https://kurashiten.com/
今回は、
「想像すること、それによる痛み」
というテーマについて話しました。
注射への恐怖から、
仏教の「第二の矢」という考え方に出会い、
自分が日々、
“起きていない未来”によって苦しんでいたことに気づいていった話。
想像力は、
苦しみを増幅させる一方で、
創造にもつながっている。
だから、
問題なのは、
想像力そのものではなく、
その力に飲み込まれてしまうことなのかもしれません。
考えることは、
能力ではある。
けれど、
義務ではない。
そんなことについて、
話してみました。
加藤リンク:https://lit.link/shunkato
「くらしてん」 サイト:https://kurashiten.com/
日本には、「空気」という言葉がある。
それは、
私たちを包む目に見えない空気であり、
同時に、その場に流れる“雰囲気”のことでもある。
海外で過ごした時間を通して、
改めて感じた、日本という社会の繊細さ。
相手を察し、
場を乱さないように、
少しずつ自分を調整して生きていく感覚。
その優しさと、
静かな息苦しさについて、
暮らしの視点から話してみました。
「くらしてん」 サイト:https://kurashiten.com/
note:https://note.com/kurashiten_/
X:https://x.com/kurashiten
加藤リンク:https://lit.link/shunkato
街の奥まった場所にあるバーのような、閉じられた空間。
そこには、濃密な空気と一体感がある。
けれど同時に、その場にいる人の感情によって、空間の質が大きく左右される不安定さもある。
一方で、誰でも入れる開かれた空間は、自由であるはずなのに、どこか居場所が見つからない。
閉じることと、開くこと。
そのどちらでもない、“あいだ”の空間とはなにか。
日常の体感から、
人と空間のちょうどいい距離について考えます。
「くらしてん」 サイト:https://kurashiten.com/
note:https://note.com/kurashiten_/
X:https://x.com/kurashiten
加藤リンク:https://lit.link/shunkato
最近、「考えない」時間が増えてきた。
雲のかたちや、空の色に、
言葉になる前の感覚で触れていると、
時間がゆっくり流れているように感じる。
子どもの頃と、大人になってから。
時間の感じ方は、なぜ変わるのか。
記憶の密度と、パターン化。
そして、「ただ触れている時間」。
自分の感覚と、少し調べてみたことを行き来しながら、
時間の流れ方について考えてみました。
「くらしてん」 サイト:https://kurashiten.com/
note:https://note.com/kurashiten_/
X:https://x.com/kurashiten
加藤リンク:https://lit.link/shunkato
From the publisher's feed