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今回は、エドワード・ゴーリーの暮らしを手がかりに、
「整い」と「密度」について考えてみました。
本やオブジェに囲まれた、どこか雑然とした部屋。けれどそこには、不思議と一貫した世界観がありました。
一方で、クリエイティブな人の中には、できるだけ物を減らし、静かな環境で思考する人もいます
削っていく創造と、つながっていく創造。整えることは、本当に「少なくすること」なのでしょうか
暮らしと創造の関係を、ひとつの部屋から見ていきます。
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最近、自分の中で、
ひとつの変化がありました。
何かを見たり、聞いたりしたとき、
気づくと、すぐに考え始めてしまう。
それが当たり前だと思っていたのですが、
少し観察してみると、
そこにはわずかな“間”があることに気づきました。
ただ見ている時間。
ただ聞いている時間。
そして、そのあとに始まる思考。
仏教の「唯識」という考え方をヒントにしながら、
自分の内側を観察していくと、
見ることと、考えることのあいだには
ほんの少しの距離があるように感じます。
現代は、常に情報が流れ続け、
気づけば、ずっと考え続けているような状態になりがちです
だからこそ、
ときどき立ち止まって、
ただ見る、ただ聞く、という時間を持つこと。
そんな暮らしの感覚について話してみました。
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平安時代に書かれた『方丈記』は、
無常を語る古典として知られています。
けれど読み返してみると、そこに描かれているのは思想というより、災害の続く都市で、どう暮らすかという記録でした。
大火、地震、飢饉。街が壊れ、人の暮らしが揺らぐなかで、
作者の 鴨長明 は一辺三メートルほどの小さな庵に住みます。
しかもその庵は、解体して移すこともできる仮設の建物でした。
人は土地に根を張って生きているようで、
実はほんの少しのあいだ、そこに滞在しているだけなのかもしれません。
方丈記を手がかりに、世界と距離をとる暮らしについて考えてみます。
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一年ほど前から、週に一度テニスをしている。
それ以来、なんとなく機嫌よく過ごせる日が増えた。
でも、予定が合わず運動できなかった週は、理由もないのに、どこか落ち着かない。
それは心の問題なのか。それとも、身体の問題なのか。
フランスの哲学者アランの『幸福論』を手がかりに、幸福は「気分」ではなく、身体から始まるのではないかという話。
考えて整えようとする前に、まず身体を動かすこと。
整えることと運動の、静かな共通点について考えます。
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「反抗の書」、「ヒッピーのバイブル」、
そんなイメージを持って読みはじめた『森の生活』は、
思っていた以上に、静かな本でした。
声高に何かを主張するわけでもなく、
世界を変えようと煽るわけでもない。
ただ、暮らしの記録が、淡々と続いていく。
なぜ、こんなにも静かなのか。
それは、ソローが思想からではなく、
距離をとる暮らしから書いているからなのかもしれません。
森に入ることで、世界と物理的な距離をとったソロー。
一方で、街にいながら、
情報や刺激との距離を調整する暮らし方もある。
この回では、
『森の生活』の静けさを手がかりに、
「今の時代の森とは何か」
そんなことを、ゆっくり考えてみます。
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小学生のころ、よく遊んでいたゲーム。
中学生になって、いつの間にか離れていたゲーム。
最近、子どもと一緒に
ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド を遊ぶなかで、
ある身体の反応に気づきました。
高いところから落ちそうになると、
ふっと、寒気がする。
実際にはソファに座っているだけなのに、
身体のほうが、先に反応してしまう。
この回では、その「寒気」を手がかりに、ゲームと身体、そして現代の暮らしのなかで失われがちな「遊び」の役割について考えてみます。
ゲームは現実の代わりにはならないけれど、現実に向かうための小さな助走には、なるのかもしれません。
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こんにちは、くらしのことです。
今回は「聴覚」をテーマに、
音が、私たちと世界との距離をどのようにつくっているのかについて話します。
学生時代にラジオを聴いて気づいた、
音だけの世界の深さや、人の声がもつ強さ。
そして、ノイズキャンセリングやオープンイヤーイヤホンといった
身近なテクノロジーが、
暮らしの中でどのように“境界”を整えてくれるのか。
空間は変わらなくても、
聴覚のあり方が変わることで、
世界との距離感は静かに変わっていきます。
今日はそんな、
音と暮らしの関係についての回です。
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今回の「くらしのこと」では、
ミツバチの話から、庭と街、そして生態系について考えてみます。
ルーフバルコニーにやってくるミツバチや虫たち。
実家の庭が、時間とともに変わっていったこと。
きれいに整えられた庭から、
雑多で、生きものが入り込める庭へ。
ナチュラリスティック・ガーデンという考え方を手がかりに、
個人の小さな庭が、
どのように生きものの居場所になり、
街の中で点としてつながっていくのかを、
静かに見つめます。
環境問題というよりも、暮らしの延長としての話として。
小さな庭がつなぐ、生態系。
そんな視点を、共有できたらうれしいです。
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インテリアではよく「色味をそろえると落ち着く」と言われます。
でも、それは本当に“好み”や“デザイン”だけの話なのでしょうか。
今回は、自然環境における色の感じ方や、
人の身体が「安全」や「緊張」をどう判断しているのか、
そんな生理的な反応を手がかりに、
色と暮らしの関係をゆっくりと考えてみます。
色を整えることは、
空間を整えることでもあり、
自分の身体を静かに取り戻すことなのかもしれません。
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子ども時代に感じていた世界は、
大人になったいまも、暮らしの中に静かに残っています。
光の入り方、匂い、空間の広さ、
なぜか落ち着く場所、理由のない不安。
それらの多くは、
子どもの頃に身体で覚えた世界と、どこかでつながっている。
今回のエピソードでは、
子ども時代の身体感覚が、
大人の暮らしや「整える」という行為に
どんなふうに残っているのかを考えます。
暮らしを整えることは、
気持ちをコントロールすることではなく、
いまの身体が、世界を読み取りやすくなる環境をつくること。
シリーズ最終回として、
そんな視点を静かにまとめます。
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