ここんトコ、“エコーチェンバー(自分の意見が大反響があると錯覚する様…元の語源は音響)”とか、“フィルターバブル(直訳すっと濾過装置から発する泡沫…転じて、ネット検索時にAIが利用者のアルゴリズムを解析して、都合のいい言葉やデータだけ集める様)”って言葉を耳にするが、元々現場の実態、窮状を訴える声を潰し、都合のいい言葉に置き換えて民衆の混乱と分断を起こしてんのは、当のマスメディア自身である事に気付いてない時点で終わってる訳で、先の衆院選や兵庫県知事選挙の結果は、まさにそれに気付いた県民が、親指を下に向けた訳です、在阪メディア…特に維新推しに対して“うちはウチ、よそはヨソ”と。
兎角、人間は愚かでどーしよーもない存在です…特に“自分自身”に関わる話は、自分に対してプラスになる話しか聞きたくないし、見たくもないのです。しかし、その感覚、立場や状況が変わると一変するし、普通にダブスタになりやすい訳で、何で共産主義が嫌われるかと言えば、机上の勉学やデータ予測はできても、現場の現状や条件といった実践や経験、他方面との関係性といった“活きた情報”をガン無視して行政を執った為、民衆の不平不満を買った訳です。資本主義が叩かれるのも、富裕層が分相応の“富の分配”をやってないという、貧困層からの憤懣が殆どです。
しかし、こういうのは立場が変わった時に、初めてわかるモノなのです…資産以上の分配は限度があるし、価値の単一化は評価基準が曖昧な上に、別の不公平が生じるし…だから時々、自分自身が“人の道”を逸れていないかを確かめる上で、他者の意見を聞き、反対意見が出ても認めないとダメなのです…我侭一つで世界は地獄と化すと。