“恨(ハン)の民族”とも揶揄される、隣国半島人の感情の中には、他の文化圏にで見られない“剥奪感”なるモノがあるのだが、どうも原因が“子育ての失敗”にしか感じないんですよねぇ…そもそも、誰が何を奪った訳で、その“空虚な恨み”に苛まれ続けてるのか?単純に考えると、無意識下でのネグレクトや児童虐待、女性に対する地位の軽視等、要因が多過ぎて大渋滞を起こしかねないが、根本的な共通項は“未来の放棄”なんですよね。それが何世代も続けば、恨む理由はどーでもいい訳ですよ、自分の優位性が実証されれば。
コレは何も、隣国半島人だけでなく、ポリコレやLGBTQを声高に叫んでる連中も一緒で、当事者として悩んでる人の本音なんてどーでもよくて、ただ、こういう運動をやってる自分が世間で注目浴びて、“正義”として評価される事が望みであって、中身を深く考えて発言してる人は、ごく少数派です…しかも真っ当な意見を言う人程、騒ぎに乗じて暴れる似非活動者と混同されたくないから世間に出て来ないだけで、いい迷惑でしかないんですよ。
話を戻すと、同調圧力と他力本願からの“未来への失望”を、先祖代々、後生大事に継承した結果、子供の時に嘱望されたのに、その“未来”が目の前に用意されてないから“剥奪された”と嘆き、次世代にも同じ恨みを植え付ける事になるのです…次世代の為に犠牲を払うべき立場の者が、若年層の未来を貪ってどーすんだ?