のろいつくりつくりラジオ

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のろいつくりつくりラジオ episodes

  • #80 頭がいい人考(2/3)- 井の中の蛙は“空”を知っていたのか

    本編で話していることの、ほぼ文字起こしです。



    「自分の機嫌は自分でとる」

    よく聞く言葉だが、ここ数年でより耳にするようになった気がしますね。
    現代は変化が激しい、も耳タコですが、一人の人間が考えなければいけないことが増えていると感じる。
    都度置かれる状況について、社会の尺度ではなく、自分自身で自分なりの答えを見つけなくてはならない。ある程度は腹落ちするロジックを自分で編み出す必要がある。そんな社会になってきている。
    「環境は変えられない。自分が変わる方が楽」
    これもよく耳にする言葉。定数である環境よりも、変数となり得る自分を変えるという件には賛成だが、そこでいう「自分」がポイントになる。私は、「自分」とは、信念や根本の価値観といった核のようなものと、それを取り囲むように核からにじみ出たブヨブヨしたものが形成する領域の2層構造になっているとイメージしている。平面では目玉焼き、立体ではたこ焼きを想像したらいいよ。

    そうした時に、核まで変える必要はない、というか、核は持っているべきだと思う。その外にあるブヨブヨした部分で環境からくる外圧を受け止めれば良い。ブヨブヨと言っても可塑性は可変。自分で決めて良い。どれだけ凹ませるかは、その時々の体調、心持ち、経済的余裕、時間的余裕など様々なコンディションで決めていく。ここが前段の「自分で自分が腹落ちするロジックを組む」と述べた点につながる。
    ブヨブヨが厚いと環境の変化を相当程度吸収でき、この厚みを出すのに必要になるのが「人文」だと思っている。

    多くの人がこの知見を身につけることで、理性と本能がより良い形でミックスされていく社会になるのでは。程よく枠組みを与えた大きな熱量を生み出せるのではないか。そう信じている。

    31 min
  • #79 頭がいい人考(1/3)-「君らは頭がいいから」と溝を作って反省した

    ブレストで微カマシしたイワタニ/夜更かしのインタビューでの回答を後悔するカイト/テーマ発表(池谷)/カイトがレイヴで友達に発した呪いを謝りたい/頭がいい人は試行回数が多い?/”正直”を発揮するときでは/俺は友達になりたかった

    【謝意】前回「次回からアプデするぞ。アプデ初回は男性特権について話すぞ」と高らかに宣言しましたが、出演者の都合が合わず、「頭がいいとは」にテーマを変更しています。お許しください。

    全3回、「頭の良さ」について僕らなりに納得のいく暫定的な答えを出すことができました。今日から3週間、少々長い旅ですがお付き合いください。単行本派の方は3週間後にまとめ聞きしてください。


    35 min
  • #78 のろつく、テコ入れ会議(後編)落ち着いた二人

    「FOMO」という言葉があるそうです。

    「Fear Of Missing Out」の略で「フォーモ」と読み、「取り残されることへの恐れ」みたいな意味であるらしい。

    (そのカウンターで「JOMO( Joy Of Missing Out)」もある。こっちは「取り残されることの喜び」だそうで)

    常に最新の情報を追っていないと不安、常に友達と繋がっていないと不安、みたいな強迫観念的な状態を指すらしい。


    「コンコルド効果」という言葉もある。

    これまで多くのコストをかけてきたため、現在明らかに採算がとれていなくても続けてしまう、みたいな意味。だと思っている。

    (大人になった今見ても、コンコルドのくちばしが曲がってるのしっくりこないよね)

    自分はいろんなこと(趣味とか、何かしらのコンテンツとか)への執着が薄い人間だと認識しているが、毎週基本欠かさずに聴いているラジオ、ポッドキャストは2ケタあるし、日記だって7年くらい書いてるし、8年くらいやってるスマホゲームもある。


    この辺のことには、上記のような感覚があるからかもなあと思ったりしている。


    もちろん面白いとは感じているのだけど、何かの拍子に(相手都合が望ましい)サ終したり、番組が改編期を乗り越えられなかったりしたら、残念という気持ちはかなり薄いのではと思っている。

    なんなら「解放された」とすら思ってしまうかもしれない。


    ぜんぜん関係ないけれど、時間がない時の本の読み方を、ある人から「つまんなそうですね」って言われたこともある。


    自分はそういう人間なのかもしれない。

    38 min
  • #77 のろつく、テコ入れ会議(前編)すれ違う二人

    のろいつくりつくりラジオも古希を迎え、シンプルな雑談を延々とお届けすることに少々のマンネリを感じ始めた、秋の盛り。「ちょっとやり方変えようぜ」というところから、話は始まります(30分あたりから。……そういうところだぞ、おい!!)。

    終始不穏にすれ違い続けつつも、婉曲的に通じ合おうというする二人のリアルな雑談をお楽しみください。……楽しめるかな。

    心の関西人はさ、「いやそれ、前も聞いたわ!」とか「そんなん、当たり前ちゃうん!」とか、「ほんで、お前はどないすルゥゥゥゥン(巻き舌)!」とか、言っちゃえるんだけど、お口の東北人はモゴモゴ、やたらと枕詞を付けちゃって、そう思ってるのにもかかわらず、「……かも、ですね」とか言っちゃんですよ。お口の恋人。心の関西人が前に出てきてくれたら、話は早いのかもしれない、やたら音のなる、気持ちのいいキャッチボールができるのかもしれない。でもなあ、向いてないんだなぁ。

    キャッチボールをする目的は人によって違うけど、とりあえず気持ちのいい音を出してあげることは相手にも自分にも良いので、意識しようと思う、今回でした。(かいと)


    冒頭の歌:岡林信康「私たちの望むものは」

    1 hr
  • #76 読書と感想文、時々外苑前

    また一人でしゃべってる。


    どうでもいいけど好きなものシリーズ。


    透明なモノが好きだ。クリアカラーが好きだ。

    メガネもクリアだし、時計だってクリアだ。


    思えば物心ついたころから好きだった。

    児童会(ってどの地域も言うのだろうか)で行った水族館のお土産売り場で、

    クリアのビニール巾着みたいなものをやたら欲しがっている自分を記憶している。

    小学生の時とか、トイレとかに置く透明のプラスチックの石みたいなものを友達が持っていて、めちゃくちゃ羨ましく思ったのも憶えている。

    高校の時に必死でマイベストを作っていたMDも、クリアとか、半透明とか、片面スモークで片面ベタ塗りのとか好んで買ってたなと。


    クリアでも比較的小さいモノが好きで、Nothing Ear (1) とかふつうにぶっ刺さるのだけど、

    ガジェットはまあ置いておいて。どっちにしろ好きだし。


    香水とかも、ガラスの小瓶だから好きみたいなところは大いにあると思う。

    もちろん香りで買うけど、マットな入れ物だとちょっとさみしいかもな。


    トイレ石のこととか思うと、ただ懐かしいから思い出補正で、とかではない気がするよね。

    なんか根源的なところで好きな感じ。


    あたしゃ透明感が好きだよ。

    キレイだからね。


    でも、「若手女性タレントを褒める時、とりあえず透明感ていっとけ」みたいなのはイヤだよ。

    つまらないからね。

    34 min
  • #75 【かいと一人がたり】残していくこと=生きてる感の秋
    まず、公開が遅くなったことでお待たせして皆様、すみません。金曜日中から圏外の山奥に篭るにあたって、予約投稿しておくことを失念しておりました。今、人里に降りてスマホから投稿しております。——11/2(木)20:30-21:30 立川のイエローハット→高円寺の自宅までの一人車中トーク。音楽の秋、無になる/最近ずっと誰かといる/誰かと居続けると残らない?/生きてることは残してくこと/〇〇の秋ランキングの怖さ/惰性のおしゃべり  よき秋を、お過ごしくださいね(かいと)
    59 min
  • #74 好奇心は人を◯すのか-それはそうと猫として9回生きられるのはよい-

    この文章、公開当日に書いています。

    そして今、体温が37.8℃あります。

    あたま、のど、からだが痛いです。


    身体が痛いもんで、すわインフルかと思ったのだけれど、

    流行り病系のなにかしらではなく、「ただの風邪」とのこと。


    このタイミングで「ただの風邪」をひくのアホっぽくて笑ってしまった。

    「やっちまった」感がだいぶ薄れて、体調はかなりイマイチだけど気分的にだいぶ楽になった。


    やっぱり気の持ちようですね。

    いろいろ諦めてゴロゴロする。



    ちなみに、どこかの回で、上の「すわインフルか」の「すわ」が、

    「いけしゃあしゃあ」の「いけ」と同じでは?と言った気がするけれど、



    「いけ」は、人や物事について激しくディする(卑下の強調)目的で用いられる接頭語ということだけど、「すわ」は感嘆詞らしい。なーんだ。



    今回の話は特定の属性の人を過剰にディスる内容になってしまった。反省。


    なんか最近、もう少しちゃんと喋れないとマズいのでは、みたいな気持ちが強い。


    かなり独自性が薄いし、掘り下げも甘い気がする。


    うーん。

    54 min
  • #73 紙の、なが~い本が、いいんだよな~

    改めて伊東の話/紙の本っていいよね/本を読みながら付箋を貼る人、端を折る人/時間は体重に直結する/読書に対して自由になっていく/今読んでる本/男性特権の話


    読み物に関しwebと紙で違うところはたくさんあるけど、一つデカいのは「ファイナライズしてるかどうか」だと思う。そのものというより、ファイナライズするにあたって生じる責任、それを背負う覚悟、それに基づいた過程が洗練させるもの。ファイナライズ≒確定させる、のニュアンスで使っています。

    webの読み物は、公開してから記載の誤りが見つかっても後から直すことができるけど、紙の場合はそうはいかず、刷ってしまえばあとから直すことはできない。販売前であれば修正シールを貼ったりできるけど(それだって相当な手間)、既にお客さんの手に渡っている分は本当どうしようもない。そのまま歴史に残ることになる。つまり校了の重みが全然違う。校了が重い、軽い、そこに基づいて形成される過程や想いもきっと、変わってくるだろう。webの記事は、サイトがクローズしちゃえば消えるわけで、web編集者の自分にとって「歴史に残る」って感覚は相対的に低い。

    強度の高い読み物、重たさのある読み物がよい、としたとき、それは「訂正させない」ことで導くことができると、いえる。自分にの言葉を自分に訂正させない、改訂は認める。とするのは呪いとして、あまりに重いだろうか。(かいと)

    1 hr 8 min
  • #72 思いがけず伊東-ひとりで利他を考える秋-

    キーボードが好きです。


    もちろん楽器ではなくパソコンの。


    よほど酷いものではない限りどれもそこそこ好き。


    深いのも浅いのも、どっち派とかはない。

    外ではMacBook Air M1で、家ではREALFORCE。


    昔は深いのが苦手で、「一文字を打つのに動作として大げさ過ぎる」という気がしていた。

    薄い方が消費カロリーとアウトプットの釣り合いが取れてる気がしたりした。

    でも今はどっちでもいい。

    あんまり変わらない。


    しばらくメカニカル(茶かと思ったけど結局赤軸が好き)を使っていたけれど、ThinkPad トラックポイントキーボードⅡに行って、静電容量スイッチを一回は使ってみようと思ってREALFORCEにした。


    とはいえ、過去にHHKBを買ってみたことはある。

    季節が春の終わりくらいだったこともあって窓を開けていたのだけど、届いてすぐに試し打ちしてたら、お隣さんが「うるせえ」って言いながらあちらの窓を閉めたので、そのまま梱包して返品した。

    なので、正直打鍵感とかあまり覚えていない。


    モノとしてはHHKBが好きなのですが(ここらへん実に自分らしい)、矢印が独立している方がいいなということでREALFORCE。


    打鍵が好きなのであって、別に上手いとか早いとかそういうことはない。

    そこそこ遅い方だと思うし、ブラインドタッチは8割くらいしかできない。


    でも叩いているのが気持ちいい。

    Macの薄いのも気持ちいい。


    感触も好きだし、音も好き。

    ASMRというほどではないけれど、YouTubeでキーボードの音を聴くための動画を見たりするくらいには好き。


    すごく割合的には少ないけれど、キーボード叩けるからパソコンをよく使う仕事がしたいところもゼロではない。


    はじめてのキーボードってめちゃくちゃ気持ち悪いし、タイプミスもめちゃくちゃするのだけど、

    それに慣れていって気持ちよくなるのがけっこうおもしろい。気がしている。

    慣れはここから学んでいるまであるかもしれない。


    USキーボードでEnter(Return)を何度も空振ったけど、今ではきちんと真ん中を押せるようになっているのとか、まあまあ感動する。



    そんな、内容とは無関係な好きなものの話。



    24 min
  • #71 男女の友情ってナンダ? をまた考えるかわいらしい二人

    今年に入ってから、きちんとコンテンツを摂取できていない。

    これは色々なところでしている話だけれど、ここでしたかは忘れた。
    一時的にまとまった時間がとれなかったためと思っていたけれど、
    そろそろ実際に「気持ちの足腰」みたいなところが弱ってきている気もしており、
    少し危機感を覚えなくもない。
    とはいえ?
    どこからを「新しいもの」とするかは微妙なところで、既存の領域内で新しいものに手を出す、
    みたいなことはしている。
    しばらくきちんと読んでなかった比較的新しめのジャンプ作品を読んでみたり。
    YouTubeの新しいチャンネルを見てみたり。(新しいと言っても、ネット文化・オタク文化みたいなチャンネル)
    いずれにしても極限まで参集障壁は低い。
    ジャンプ作品は『呪術廻戦』と『暗号学園のいろは』の2作品。
    まず前者について。こちらは死ぬほどベタで、今更何をいうかって話だけれども。最近本誌の進行に追いついた。一気読みしたらとてもかなしい気持ちになったし、熱さもないまぜになって泣いてしまった。で、先生をまだちゃんとかっこいいと思えるし、憧れも抱ける。そこに「先生」としての立場も少し分かる歳になっているのもあって、よりイカす。ネタバレかは知らんけど、孤独も共感はできずとも理解はできるようになってるし。40過ぎても酔っ払いながら腕にバンダナ巻いて「飛影」ってやってる弊社の役員の気持ちもとてもよく分かる。懐かしさとかではなく、限りなく現役に近い感覚で「かっこいい」と感じる。いつまでも厨二病なんだ。本当に。
    後者は原作が西尾維新ということで、前者とは別の側面をくすぐってくる。
    ここまで言葉を使えたら本当に楽しいだろうね。こっちは作者への憧れ。そしてリアルな方。
    そして「こう見られたい」の極地かもしれないなあ。美文とかより、言葉遊びがしたいんだな自分は。
    前者と後者はたぶん同じ球体を触ってくるんだけど、触る位置が違うんだと思う。
    で、後者に近いところに上のYouTubeチャンネルがいるんだけど、安心するというか、本当に「この笑いを面白がれて気持ちいい」って感じる類のもの。正直あまり万人が良いと思うものではない方向性だと思うので具体的なチャンネル名は伏せるけど。元々ここにいたんだよな自分は。
    思えば遠くまで来たもんだけど、やっぱり好きなものは好き、を再認識している。
    ここ数年楽しんでいたものは相当後天的なものだったのだなあ。
    それでもやっぱり人文的なものもちゃんと好きだし、それをもとの自分のフィールドと混ぜ合わせられた時の気持ちよさは大きい。
    時間には限りがあるので、全部を見るのはそれはそれは不可能なことだけれど、
    自分が「好きそうだな」と思ったものは見てみたらいい。
    一度通った道でも、ちゃんとまた面白いから。
    小説の読み直しだって、絶対できないと思っていたけど、
    やってみると存外楽しいものだと感じている。
    そんな感じで、書くことで定着させようのコーナーでした。

    42 min

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