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「最近感動したことはありますか?」
難しい質問だ、と感じてしまうのは回答のその後を考えてしまうからでしょう。
ただの質問をすること、ただの回答をすることって、わざとじゃないとできないですよね~。(かいと)
たった一度の会話(作・かいと)
ー駅の音ー
a 俺、一回やってみたいことがあるんだよね
a こないだこうやって、駅のホームで電車を待ってる時に思いついたんだ
- (聴き手は都度都度ちゃんと相槌を打つ。優しいから)
a 東京の電車って、例えば総武線とかって、遅くても7~8分に一回は来るじゃんか
a 元々は田舎に住んでたから、時刻表見てから家を出る癖がついてたんだけど、東京に出てからは、行けばとりあえず電車が来るからさ、もう時刻表なんか見なくなっちゃった
a まあそれは関係ない、というか、なくはないんだけど
a でね、こないだ、ホームに上がる階段のちょうどあと3段くらいってタイミングで乗りたい電車のドアが閉まっちゃって、「あ~、次の電車待たなきゃな」って。言っても6分後なんだけど、それくらいがちょうどさ、「なげえな」って思っちゃうよね。これはもう自分が東京の人になっちゃったんだなぁって思うことなんだけど
b 「なっちゃった」、なんですね
a うん、あ、確かにそうだね。まあ、でね。「携帯で漫画でも読むかあ」って思ったんだけどイマイチそういう気分じゃなくて、Twitter開いてもインスタ開いてもなんかパッとしなくて。LINEなんか誰からも来てないしさ。でも天気っていうか気分っていうか、なんかジワっと気持ちのいい日だったから、ぼーっとでもするかあって。何もしないでいることにしたんだよ
b 分かるかも。ちなみに音楽は何か聴いてたんですか?
a ありがとう。聴いてなかった……かな。あ、でもそうだ、柴田聡子の「遊んで暮らして」を口ずさんでた
ー柴田聡子「遊んで暮らして」が流れるー
b あ、柴田聡子、私も好きですよ。「後悔」ですよね。
a-b バッティングセンターでスウィング見て以来、実は抱きしめたくなってた!
a そうそう(笑)。「実は」っていうのがいいよね
b うん、すごくわかります。あ、私たまに柴田聡子に似てるって言われますよ。
a うん、最初から思ってた……実は。
b 「実は」!
a うん。だからかな……。
b だから?
a いや、うん。でね、話し戻しちゃうんだけど、ごめんね、じゃないや、ありがとうね
b どうぞどうぞ
a 電車待ってぼーっとしてる時に、隣の隣の列にすごく素敵な人がいてさ。服装といい、あんまり顔は見えなかったけど、多分、顔も。なんでか分からないけど、「え!?」ってすごくびっくりしちゃった。知らない人なのにだよ。それくらい素敵な人でさ。
a それですごく、話しかけたいなって思っちゃって。でも向こうからしたら怖いじゃん。急に生活の中に他人が入ってくるのってさ。あとシンプルに、「ナンパ」っていうものを蔑視してたのかも。自分がそんなことするなんて、自分が許せないって。
a でも話しかけないと絶対後悔するって思って。絶対残るやつだって。さっきも言ったけど街中で急にそんな風に感じたことなんてないからさ、これはまさに、「一世一代だ」って思って、「行こう」って。
a 「相手が怖いかも」これはもうどうしようもないと思ったんだけど、でもやっぱり、ナンパはしたくない。というより、ナンパと思われたくない。だから、考えた。
a 連絡先や名前を聞いたり、会う約束をしなければ、ナンパじゃない。電車待ちの6分間だけ、話そう、あとは「さようなら、またどこかでお会いできるのを楽しみにしてます」って言って別れれば、これはナンパじゃないって。「自分は次の電車に乗るので」って。
b へん
b うん。でも、そう考えちゃったんだよね。あとさ、後から気づいたんだけど、それはもう一つ、とても素敵なことを生むんだよ。
a それくらい素敵だなって思った人と、電車待ちの時間だけ喋ってお別れして、会話も素敵なものだったとするじゃない? そしたら当然、また会いたいなって思うよね。でも、連絡先は交換してないし、名前も分からないから、会いようがない。
b どこかでたまたま、また会うしかない。
a そう。だから、探すことになる。「この街のどこかに、あの素敵な人はいないかな」って。どこにいても、そう思うようになる。そうすると、いつもの街も、なんだかとてもキラキラしたものに感じられる、かもしれない。
b 『星の王子様』みたいなお話し。
a そう! そうなんだよ!
b それで、その女性とは……?
a ……うん、行けなかった。結局迷っているうちに電車が来てしまって、俺は彼女が電車に乗るのを見届けて、次の電車に乗った。
b そうなんですね……。それは今も……?
a 残ってる。だから、次同じようなことがあったら、絶対に声をかけようって、決めた。
b 私は、いいと思いますよ。ちょっと気持ち悪いなって思うけど、心を旅してる感じがして、嫌いじゃないです。なんなら、自分も真似っ子してみようかなって、ちょっと思ってます。……いや、しないかな……。
ー音楽やむ、駅の音にもどるー
a ありがとう。自分の話ばっかりしちゃったから、次はあなたの話もたくさん聞けたらいいな。
b ですね。私も聞いてほしい話、たくさんあります。ちょっと……気持ち悪い話も。
a 気になるな~……。でも、うん、
b 時間ですね。
a そうだね。
b では……。
a-b さようなら、またどこかでお会いできるのを楽しみにしてます
ー電車のドアが閉まる音、発車する音ー
ー柴田聡子「後悔」が流れるー
ーもしくは俺の歌が始まるー
声の出演
話しかける男a:ポスト成田凌
話しかけられる女b:ポスト古川琴音
作者の言葉
BGM代わりにラジオをつけていると、たまにラジオドラマが始まることがありますよね。意図して、でなくふいに流れ込んでくるラジオドラマが好きで、聴いてしまう。今回、まだ存在しないラジオドラマの脚本を書いてみました。本編の内容とは、一切関係ありません。
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三木 那由他『会話を哲学する コミュニケーションとマニピュレーション』(光文社新書)
https://www.amazon.co.jp/%E4%BC%9A%E8%A9%B1%E3%82%92%E5%93%B2%E5%AD%A6%E3%81%99%E3%82%8B-%E3%82%B3%E3%83%9F%E3%83%A5%E3%83%8B%E3%82%B1%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3%E3%81%A8%E3%83%9E%E3%83%8B%E3%83%94%E3%83%A5%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3-%E5%85%89%E6%96%87%E7%A4%BE%E6%96%B0%E6%9B%B8-%E4%B8%89%E6%9C%A8-%E9%82%A3%E7%94%B1%E4%BB%96/dp/4334046223
最近、結局大事なのは「根性」だったり「人の良さ」だったりする。と感じる。ようになった。
でも「やっと分かってくれたか」って言われると一歩引く。途中式が違う。特に前者。
そして一旦答えが出たからって、それを実行できるわけでもない。
後者なんてもうこの歳でどうにかできるものでもないし。努めたいとは思うけど。
どうしてもコントロールできない場面があるし。
最近そういうことが増えている気がする。
省みるばかりでまとまらない。分人同士が一部溶け合っているような。
「誤読を許さない」の一番の解決策は「二度と喋らない」ことだよ。
夜、スキ。昼、スキ。朝、キライ。
でも早朝はスキ。
暗い内に外出する、とか結構スキ。
7-9時とかかなりムリ。気持ちの置きどころがない。
あと4月がスキじゃない。気持ちの置きどころがない。
まだ世界がやわらかい感じがする。
やっぱり展開するのではなく、合わせていくタイプなのでしょうか。
西尾維新「戯言シリーズ」。
多分に漏れず、厨二心をこれでもかとくすぐられまくったわけだけれど、人生で最も豊かな読書体験として記録している時期に読んでいた作品だ。
高校3年生のぼくは、推薦で大学進学が年内に決まっていたこともあって、入学までの3ヶ月、バイト以外にすることがなかった。なのでというか、じゃあというわけでもないのだけれど、地域柄これも多分に漏れず、自動車免許をとってしまおうということで教習所に通いはじめた。
ご存知の方も多いと思うけれど、教習には実技と座学がある。実技、つまり実際に自動車を運転する方の教習は、キャンセル待ちというのがあって、教官と車に空きができればそれなりに自由なペースで進められる。一方で座学は時間割がある程度決まっている。なので、予約していた実技が午前中に終わってしまって、次に受講しなければならない座学は15:00スタート、みたいなことがまま発生する。その時間に実技をねじこむこともできなくはないのだが、あまり積極的に車に乗る気になれず、かといって一時帰宅も面倒だったので、待合室もしくは空き教室でひたすら本を読んでいた。2007年当時、初代iPhoneがようやく発表されたくらいのタイミングで、スマホで動画を観る、みたいな選択肢もなかったし。ギリギリiPodは持っていたので、それで音楽を聴きながらだったと思う。
もう勉強する必要もないし、将来に思いを馳せる若者でもなく、作品に対して「コンテンツ」という意識もなかった。何かしらの学びを得ないと、意味を考えないと、とかそんなスタンスは全くなく、ただ単純に続きが気になってしょうがない、西尾維新の言葉遊びが気持ちよくてしょうがない、という気持ちだけで本に向き合っていた。
振り返って、そんな時を過ごしていた自分に対していいなと思う。善し悪しではなく「いい」。あの頃の感覚に戻りたいとも戻りたくないとも思う。本来性とか、今の状態がネガティブとか、そういうことは言わなくていいかな。
そして全然関係ないけれど、その「戯言シリーズ」の1作目、『クビキリサイクル 青色サヴァンと戯言遣い』にて、特定の分野で「天才」とされる人たちが集合している中、「オールマイティな天才」が批難された際のセリフに「なんでもできるから“天才”なんだろ」というのがあって、はじめて目にした時からずっと、1年に2-3度前触れなく思い出している。
今を肯定しながら、過去に向き合っていきたいですね。未来は知らん。
2023年もよろしくお願いします。
耽ったって知れてるし 窶してけ人文知
としのせ!
ということで。
毎年飽きもせずよう言っとる、とは思いつつも今年は本当に早かったですね。
大人になると一日の大体が「知っていること」の繰り返しになって、ときめきが減るから心に残らない。
結果、何もしていないように感じて記憶が圧縮されてしまうので早く感じる。
実感としては「場面転換」が少ないと短く感じると思っており、例えば「朝にカフェで仕事して、午前中は取材、午後は出社して打ち合わせ、夜は飲み」みたいな日は長く感じられる。4場面あるから。1日家で仕事、だとかなり短く感じられる。体感として長かったとしても、振り返って短い。決して出社が良いとか言ってるわけではない。
「ときめき」の件はそうだろうなと思いつつ、ただ知識として頭の中に格納しただけだったけれど、こないだラジオで土井善晴先生が言っていた話が自分には通った。(以下、文字おこし。一部編集してます)
「“自分で気づく”ということ。日本料理だったら基本的に説明がない。見たらこれはきのこだとか、さつまいもだとか、ちゃんと見て分かるように加工度が極めて低い。説明しなくてもいい。これはああしてこうして、こういう味にしてます、というのは西洋料理で、そういう解説に値打ちがある文化だから。日本料理には解説がない。自分で発見する面白さってものがある。今時期だったら例えば八頭なんかが出たら、ああ、おいもが出たな、初物だな、と自分が気づくこと。これが“もののあはれ”というような、自分の心のなかに意識をもって、言祝ぐという。口に出したりすることが、心に楔を打っていく。楔を打つことがなかったら、時間というものはシューッと流れていくばっかりで、残らないんですよ」
やっぱり抽象化すると同じようなことであったとしても、受容体は人ぞれぞれ違うし、それがロジックなのかエモーションなのかも分かれると思うけれど、自分に通る言葉、届けたい人に届く“言葉”を考えていきたいと思いました。
皆さまの2023年が納得いくものになりますよう。
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