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FAQs about オーディオドラマ「五の線3」:How many episodes does オーディオドラマ「五の線3」 have?The podcast currently has 262 episodes available.
August 06, 2021121 第109話このブラウザでは再生できません。再生できない場合、ダウンロードは🎵こちらー瞬間催眠なんか誰がどう考えてもただのオカルト話だ。誰も取り合ってくれない。ーだが相馬周。あの男なら話を聞いてくれるはずだ。ーいや...。そもそもあの男はこの事を調べるために俺に接近してきた。ーそれをうっすらと感じていたから、俺はあの男のオファーに乗った。ーそう。縋る思いで。井戸村は石大病院に向かうタクシーにあった。窓からは流れゆく金沢の夜の街並みが見える。ーあのときの俺は目標を失っていたんだ。ー生きる糧を失っていただけなんだ。ーぽっかりと空いてしまった心の穴。それを埋めることができればそれで良かった。石大病院の病院部長のポストを斡旋した男の姿が、井戸村の頭から離れない。ー別に金が欲しかったんじゃない。ー寂しかったわけでもない。ーただ理由が欲しかった。ー生きる理由。働く理由が欲しかったんだ。タクシーを降り職員通用口から再び医学部に戻った彼は暗い廊下を進んだ。ー自分が生きている証拠として、金という数字がただ銀行口座に貯まる。ー貯まったところで何をするわけでもない。ー俺には資産を託す子供がいるわけでもないからな。自販機でコーヒーを買う音「井戸村さん。僕に話って何ですか。」背後から声をかけられた。「その声は相馬さんですね」「はい。」「瞬間催眠…。」「坊山さんから聞いたんですか。」「はい。」井戸村は振り返った。相馬が立っていた。ーなんだ...。まだ30前後の若者なのか。電話とメールでしかやり取りしたことがなかった井戸村は、相馬の意外な外見に正直なところ肩をすかされる思いがあった。「井戸村さんも思い当たる節があった?」「あ、はぁ...。自分は何を研究しているかは聞かされていませんでした。ただ天宮先生、小早川先生、曽我先生そして光定先生の研究環境を整えろとだけ言われてました。」「誰に?」「わかりません。」「わからない?」「自分は名前も知らないんです。顔もしっかりと覚えていない。わかるのは男と言う性別だけです。」「という事はあなたはその人間と会ったことはある。」「はい。」「素性の分からない人間の言うことを聞く。…なるほど脅迫でしたか。」「…それに近い部分もあります。」「あなたとその男とのそもそもの接点は。」「東一繋がりです。」「同窓生。」「彼はそう言って私に近づいてきました。」「素性を明かさない時点で、それも本当かどうかは分かりませんね。」「相馬さん。あなたこそ何者なんですか。」「ただの人材コンサルタントです。」「いや違う。あの男と同じ臭いがする。」相馬は黙った。「自分の過去と現在を全て分析して、断りようもない魅力的な未来を提示するこの手法。あの男と同じです。」「…井戸村さん。」暗がりに相馬の目が光ったように見えた。「貴重な情報ありがとうございます。」「はい?」「となれば貴方の身にも危険が及ぶ恐れがあります。」「なぜそれを…。」「井戸村さん。貴方は今日はこのまま自宅へ帰って下さい。明日からは普段通り過ごして下さい。貴方の身の安全はこちらで確保しましょう。」「身の安全を確保?ですか?」「はい。」「え?何者何ですか…。あなた。」「言い方は悪いですが井戸村さんは私にとって貴重な商品です。商品に傷がつくなんて事になったら、私も商売あがったりですよ。」「はぁ…。」「先生方の研究環境の整備を命じられていたんでしたよね。」「は、はい。」「その先生方が立て続けに亡くなってしまった今、指示が来るはず。」「はい。今はその指示待ちです。」「向こうからコンタクトがあったら、こちらから派遣する人間にそれを報告して下さい。」「派遣する人間?」「はい。」「誰ですか。それは。」「ご心配なく。多分ピンときます。」もう夜は遅い。お互い休みましょう。相馬はそう切り出した。「光定先生は?」「先生は今日はここに泊まるようです。」「瞬間催眠の研究ですか。」「ま、そんなところですか。」「なんでそんな平然としてるんですかあなたは。」「え?」「国を滅ぼす研究ですよ。光定先生がやっている研究は。」「瞬間催眠が国を滅ぼす?何で?」「あ、いえ...どう滅ぼすのか分かりませんが...少なくともそういう意図を持った研究だっていうのはさっき気付きました。」「貴方と接触していた男が匂わせていたんですか。」「はい。何かこそこそしてるとは思ってました。やたらと各方面に調整を求めてくるんです。今考えるとあれがひょっとしてと思い返されることもある。」「…。」「事実、人が死にすぎですよ…。しかも立て続けです。」「井戸村さん。」「…何です。」「片足突っ込んだらもう引き返せないんです。ことが終わるまでは何としても踏ん張って下さい。」「...。」「武器は持ってるだけなら怖くもなんともない。但し意図を持った瞬間それは脅威になる。」どことなく余裕のある振る舞いを常に見せる相馬だったが、この時の彼は明らかに顔つきが違っていた。「脅威...。」「我々は全力であなたを守る。だからあなたも全力で我々に協力してほしい。脅威からこの国を護るために。」この言葉を聞いた瞬間、井戸村は悟った。相馬が何者であるかを。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー「光定を泳がす?」「はい。」「その真意は。」「光定はコミュの相馬の協力者となりました。同じコミュの人間同士、連携して当初の計画通りテロ行為の準備を進めるということです。」「コミュの相馬?」「はい。」「相馬の奴、うまく光定を取り込んだな。」「はい。テロの予定日は5月3日。今週の金曜です。ギリギリまで光定を泳がせて周辺の連中を炙り出し、一斉検挙としたく存じます。」「わかった。でも無理は禁物やぞ。あまりギリギリまで引っ張ると撃ち漏らした奴が暴発する可能性がある。」「承知しています。よって最終的な判断については。岡田課長。あなたに判断を仰ぎます。」「わかった。それについては理事官にもマサさんから報告しておいてくれ。」「了解。」「マサですか。」電話を切った岡田に声をかけたのは三好だった。「はい。」「ギリギリまで引っ張るって、どこまで引っ張る気なんですか。」「予定日は5月1日。今週の金曜。」「時間は?」岡田は首を振る。「仮に5月1日になったと同時に決行という段取りなら、前日の午前には何らかの判断を求められる。」「明後日の午前に百目鬼理事官から指示が降りるとすれば、その手続きにかかる時間を加味して…。」「リミットは明日いっぱいですか。」腕時計に目を落とした岡田は呟いた。「27時間…。」「厳しいですね。」「まさかテロなんてもんをこの国で計画しとるとはね…。」「しかも金沢駅。」「こんなクソ田舎の駅でテロを起こす。そんなモンのために我が国に部隊を相当数隠密上陸させる。」「どう考えても、ただのテロじゃないですわな。」沈黙したふたりの前に一棟の古びたマンションがあった。彼らはお互いの見合って頷いた。「こちら岡田。今から対象と接触する。」「了解。」富樫の応答を受け、二人は眼前のマンションに吸い込まれていった。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー「ビショップは空閑。ナイトは朝戸。クイーンは光定…。」「はい。」「チェスじゃん。」「はい。」「そうだとすれば他にも同じような面子がいるってわけか。」「キング。ルーク。ポーンです。」「気になるのは大将のキングだね。」「はい。」「そこのところ徹底的に調べてくれるかい。」「それが手がかりらしきものがないんです。」「…。」「相馬はギリギリまで光定を泳がせて、尻尾を出すところを捕まえることを自分に提案しました。」「泳がせる…。」「リミットは27時間。27時間後締め切ります。岡田課長も承認済みです。」「わかった。それまではそちらに任せる。」「ありがとうございます。」「朝戸と光定の張り付きは問題ないんだな。」「はい。」「空閑は。」「塾は臨時休業。現在行方を追っています。」「空閑は朝戸と接触する可能性もある。おそらく金沢市内もしくは近郊にいるはずだ。寝ずに探せ。」「はい。ですが何分にも人員が不足気味でして。」「わかってる。それは金と気合でカバーしろ。他部署に協力を仰ぐわけにはいかない。」「もちろんです。」「あ、そうだ。」「何です?」「捜査員のサングラス着用、徹底してね。」「はい。」電話を切った百目鬼は携帯電話を床に叩きつけた。「クソが!」「どうする…。急にタイムリミットが設定されちまったぞ…。27時間。27時間だ…。落ち着け。落ち着け、俺…。」「だから私が東倉病院のヘマを埋め合わせる結果を出せばそれでいいんでしょう。そうすりゃ大蔵省もグチグチいってこない。」「おい…。」「大蔵省であろうが、防衛省であろうが、察庁内であろうが文句は言わせません。結果出します。」「いつまでに。」「3ヶ月。」「長い。」「じゃあどれだけが希望ですか。」「1ヶ月。」「無理です。」「やれ。それくらい早くないと説得力がない。」「じゃあやります。」30「1ヶ月どころじゃねぇよ。あと27時間だよ。」床に落ちた携帯を拾い上げた百目鬼はそれをポケットにしまった。「最悪を想定してやるだけやりました。あとは俺も現場を信じて27時間走り続けるだけですね。」ドアをノックする音「どうぞ。」「失礼します。ご依頼のものをお持ちしました。」手渡されたマチ付きの封筒を開き、彼はそれに目を落とした。書類の右端には機密とハンコが押してある。「官房長は何と?」「閲覧後速やかに処分されたいとだけ。」「わかった。ありがとう。」「それでは。」ドアを閉める音百目鬼が手にする書類。その表紙にはこう書かれていた。「平成27年 仁川征爾 保護経過観察報告書」ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー【公式サイト】http://yamitofuna.org【Twitter】https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVMご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。すべてのご意見に目を通させていただきます。場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。...more18minPlay
July 30, 2021120.2 第108話【後編】このブラウザでは再生できません。再生できない場合、ダウンロードは🎵こちら「だけど事実はオカルト研究だった。そう言う事ですね。」「結局あの時もあいつは俺にブラフをかけていたって訳だ。」「利用されましたね。」井戸村はため息をつく。「そう言うことを俺は言ってるんじゃ無いんだ坊山。」「はい?」「別に俺はいいんだよ。コロコロ手の内で転がされても。」「じゃあ…。」「許せんのだよ。その男が。あいつこう言っただろう。『もしもそれがそんなオカルト研究だとしたら、この国は滅ぶでしょうね。間違いなく』ってよ。」「はい。」「これって裏返したら国を滅ぼす研究をしてますよって宣言だろ。」「あ…。」「俺は許せんのだよ。国立大学って名の下で国を滅ぼす研究をしてる輩が。そして知らなかったとはいえその片棒を担いで、今まで人より良い生活をしてきた自分がよ。」井戸村の顔は紅潮している。酒によるものではない。怒りによるものか、それとも恥によるものか。とにかく彼のプライドがそうさせているのだろう。「坊山。」「はい。」「お前も楠冨も光定に近づきすぎた。距離をとるためにしばらく仕事は休め。」「え?楠冨もですか。」「そうだよ。気づけよ鈍いぞ。」坊山は井戸村の言葉の真意がわからない。「とにかく俺は俺なりのやり方で事態の収拾を図る。その間はお前ら2人に危険が及ぶ恐れがある。だから休むんだ。有給とか欠勤とか言ってられん。とにかく俺との接点を消せ。わかったな。」こう言った井戸村は坊山の分の会計を済ませて、店から出て行った。「接点消すって…。んならなんでこんなところに呼び出せんて…。」冷めてしまった餃子を口に入れ、もぐもぐとそれを噛む。店の隅に置かれたテレビでは歌舞伎の襲名披露のニュースが流れていた。「先代の想いを継いで、精進して参りますね…。」「想いを継ぐ…。」餃子を噛む口の動きが止まった。「まさか部長…。」その様子を遠巻きに観察する古田がそこにあった。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー【公式サイト】http://yamitofuna.org【Twitter】https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVMご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。すべてのご意見に目を通させていただきます。場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。...more6minPlay
July 30, 2021120.1 第108話【前編】このブラウザでは再生できません。再生できない場合、ダウンロードは🎵こちら「ちょっくら外で煙草吸ってきてもいいけ?」「どうぞごゆっくり。」古田は店から出た。「はいもしもし。」煙草を咥え火を付ける音「井戸村ってまだそこにいるの?」「おう。おる。」「もうしばらくしたら坊山って男が合流するみたいよ。」「坊山?」「ええ。そいつの部下。病院の人事課長。」「部下が何しに。」「わかんない。」「ふうむ…。」「井戸村。何でも随分ヤバいことに首突っ込んでたみたいよ。」「ヤバいこと?なんや?」「それもわかんないの。とにかく周りを巻き込みたくないからってウチの楠冨帰らせたみたい。」「…何や…ひょっとしてその坊山ってやつがヤバいんか。」「違う。坊山も楠冨と一緒よ。巻き込みたくないんだって。」「待て待て。巻き込みたくないげんに、楠冨は家に帰らせて、何で坊山は呼び出しなんや。」「わかんないわよ。私、井戸村じゃないんだし。」煙をゆっくりと吐き出した古田は空を見上げた。数時間前まで雲に覆われていた空だったが、月明かりによってその切れ間が見えるほどになっていた。「トシさん?」「あ…うん…。」「で、私はどうすればいいの?」「そうやな…楠冨については一旦これで離脱してもらうとしようか。せっかく井戸村が気を利かせてくれたんや。」「そうね。」「痕跡は消したい。楠冨を離脱させたらマスターも離脱してくれ。」「わかったわ。」「何度も言うが山県久美子のストーキングについては心配ない。だからマスターは通常業務で頼む。」「了解。」「トシさん。」「うん?」「忙しいと思うけど。ちゃんと休んでね。」「あ?」「あれからメモとってる?」「メモ?何のことや。」「何言ってんの。この間、トシさん石大病院にかかった時からメモとってないって言ってたでしょ。」「あれ?んなこと言っとったけ?」「え…。」電話口の森は心配そうな声を出した。「トシさんクガの件は何なのかわかったの?」「クガ?」「そう…クガ…。クガのこと追っかけてるって言ってた件よ。」古田は黙った。「大丈夫?トシさん。疲れていない?」「…マスター。今日は何曜日や。」「え?」「今日は何曜日や。」「…火曜日よ。4月28日。」「ってことは平日やな。」「…そうよ。」振り返ると中華料理店「談我」看板が見える。「何でワシこんなところで飯食っとるんや。」「え…。」森は絶句した。「また電話するわ。落ち着いたら店にも行くし。じゃあ。」「え?トシさん?ちょっと待って。」森の呼びかけを遮るように古田は電話を切った。「ふぅ〜。」店の外で煙草を吸う古田の前を通過し、忙しない様子で店の中に入っていく男があった。「奴さんと思し召しき人物登場。」ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー店に入ると奥のテーブル席にひとり、肩を落とすように佇む男の姿があった。「部長。」こう呼びかけると男は顔を上げた。いつも自分に高圧的に接している井戸村ではない。明らかに彼は憔悴していた。「…相馬さんは。」「光定先生と応接です。自分、井戸村部長からすぐに来るよう言われてましてって言ったら、どうぞって言ってくれました。事務局の施錠は警備室に引き継いできました。」「そうか。で光定先生は。」「よくわかりません。」「わからない?」「はい。相馬さんと応接にいたんですが、なんかわからんがですけど、ただ項垂れてうーうー言っとりました。」「?」「相馬さんはご心配なくって言って自分送り出してくれたんで、戸締りは警備室にお願いしてすぐここに向かったんです。」「そうか…。」「で、部長何なんですか。何をご存知なんですか。」こう言って坊山は井戸村のグラスにビールを注ごうとするが、それは手で蓋をされた。「酔った勢いで話すことじゃない。呑むのはお前も控えてくれ。」「は、はい。」坊山は熱い茶と餃子をオーダーした。「お前…あんな写真見てよくメシ食う気になるな…。」「まぁ写真ですから。現物でしたらちょっと無理ですけど。」「俺なんか想像しただけでも、まだ上がってくるぞ。」「確かにびっくりはしましたが、自分はそこまでじゃありません。もっと酷いもの見てますから。」「救急搬送の患者とか…。」「まぁ…。」「そうか…。」「ま、そんな話はどうでもいいでしょ。部長の心当たりって何なんですか。」「それよりも坊山。その催眠の実験とやらを光定先生がやってるって話、もう少し詳しく教えてくれないか。」「詳しくと言われてもこれについてはそれ以上のことはわかりません。自分が聞いたのは光定先生は『瞬間催眠』っていうものの実験を至るところでやってるってことです。で、それが気づくと自分でもとんでもないところまで発展していて、収拾がつかない状況になっているらしいってことです。」「瞬間催眠…。」「ええ。」「なるほど…噂通りだ。」「噂とは?」「あれは俺がまだ東一の職員だった頃の話だ。ただの都市伝説だと思っていた。」ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー東京第一大学医科学研究所事務部「え?第2小早川研究所?」「はい。」「いや。聞いたことがない。」「そうですか。」「何よそれ。どこにあんのよ。」「本学の中です。」「え?このキャンパスの中に?」「はい。僕ら職員も知らない秘密の研究室。存在は一部の人間しか知らないって話です。」「あの俺、一応管理課課長なんだが。」「何でも総長直轄の研究室でマル秘だとか。」「都市伝説だろ。」「わかりませんよ。」「で?」「機関の人間が出入りして、密かに研究してるって話です。」「何だよそれ。アニメの見過ぎだぞ。第一なんだよ機関の人間とか。」「小早川先生がやってる研究、井戸村課長はご存知ですか。」「知らね。」「催眠です。」「催眠?」「はい。天宮先生からの流れを受け継いで瞬間催眠の研究をされています。」「瞬間催眠?何だそのオカルト。ってか瞬間催眠とか機関とか総長直轄とか香ばしさオンパレードじゃん。」「その香ばしさを隠れ蓑にして第2小早川研究所は堂々と研究をしてるって話です。」「ないない。あり得ない。もしもそれが本当だとしたら、この医学研究所の管理を任されている俺が存在すら認識できていなかった責任を問われる。つまり俺の首が飛ぶ話だ。」「そう思って自分、課長にご注進申し上げたんです。」阿呆らしい。こんな下らない話に付き合っている暇はない。そう言って井戸村は話を切り上げようとした。「ですが今課長と話してて気がつきました。」「おいおい。まだ続ける?」「第2小早川研究所は本来あってはならない存在です。だから課長は今のまま何も知らないことを管理する。これが求められるのでは?」「なんだお前。小難しいこと言うなぁ。」「すいません。変な話をしてしまいました。忘れてください。」見るなと言われれば見たくなる。食べるなと言われれば食べたくなる。触るなと言われれば触りたくなる。それと同じように忘れてくれと言われれば、忘れられなくなる。ただの都市伝説であると一笑に伏していた井戸村だったが、第2小早川研究所の存在が頭から離れなかった。だが同時に部下の言葉が頭を過ぎる。「第2小早川研究所は存在してたらいけない存在です。だからむしろ課長は今のまま何も知らないことを管理する。これが求められるのでは?」初めからその話を聞かなかったことにすれば良い。そうすれば第2小早川研究所は存在しないのだ。あれから第2小早川研究所の名を口走る者は誰一人と居ない。彼は自分にあの話をして間もなく退職した。井戸村は黙して語らずを決め込んだ。月日は経ち、その都市伝説の存在を思い出すことも無くなったようなある日。男が井戸村を訪ねてきた。「賢明な判断をされました。あなたは。」唐突にこう切り出した彼の容姿に特徴のようなものはない。それ故に姿かたちを思い出せない。ただ東京第一大学の出身であることだけは井戸村の記憶に残っていた。「何をおっしゃっているのかさっぱり分かりませんが。」「それで良い。」彼は鞄の中からおもむろに一冊のパンフレットを取り出した。「お仕事の斡旋です。」「はい?」パンフレットを手にした井戸村はその表紙を声に出して読む。「石川大学医学部附属病院?」「こちらの病院部長というポストに空きが出ます。こちらに移られるのは如何でしょう?」「え、私が?」「はい。」「まさか…私は…。」「いいえご心配なく。お役御免ではありません。ヘッドハンティングです。」「ヘッドハンティング?」「はい。病院部長は石川大学病院の事務方トップの役職です。待遇は今より数段上です。悪い話では無いはずです。」井戸村はパンフレットを開いて読み込んだ。「井戸村敬(たかし)。1965年千葉県柏市生まれの50歳。10年前、妻涼子とは離婚。離婚の原因はお互いの子供に対する価値観の相違。妻、涼子は子供を求めるも貴方は不要であるとし、二人の間に深い溝が生まれた。やがて二人は別居。半年の別居期間を経て離婚。涼子は間もなく再婚し子供を授かり幸せな家庭を築く、かたや貴方は独り身。頼れるものは若くして購入した都内のマンションとコツコツ貯めた2,000万円の金融資産。その内訳は預貯金が大半。僅かながら投資信託も持っています。今後は投資の割合を増やし、向こう10年の間に1億程度の金融資産を作り上げる。そして60才でリタイア。余生を過ごす。これが目標。」「…なぜそれを。」「現在貴方は50歳で東京第一大学の課長。その年齢でその役職ならこれ以上の出世は望めません。慣例から見ればどれだけ長く見積もってもあと二三年で出向です。そうなれば年収ダウンは避けられず、夢の1億円の金融資産はほぼ不可能となります。ですが石川大学病院の病院部長の年収は最低でも1,200万円。手取りで見れば約900万円ですか。現在貴方の年収は700万円ですから手取りで500万程度。差額は400万です。一方では出向、一方では年収大幅アップ。どちらを取るのが賢明かはもちろんあなたならお分かりでしょう。」「話がウマすぎる。」「はい。おいしい話です。」「なぜそんなウマい話が俺のところに。」「言ったじゃないですか。あなたが賢明な方だからですよ。」「だから何なんですか。その賢明って。」「黙することを決めたんでしょう。」「は?」「第2小早川研究所ですよ。」「えっ…。」「管理課長という役職にあるあなたなら、その気になれば第2小早川研究所の存在を調べることはできた。事実あなたは気になったでしょう。第2の存在が。だがあなたはそれを堪えた。調査はしないという選択をした。その選択によって第2小早川研究所の存在は完全な都市伝説となった。」「まさか…。」「我慢強く、分を弁えた行動。期待に応えるものでした。」「…。」「何かの拍子であなたが第2を調べる可能性があった。だから先にこちらから手を打った。そういうことです。つまり。あなたは我々の手の内にあるということです。」瞬間、井戸村は気がついた。「ブラフだったと言うのか。」男は頷く。「と言うことは第2研究所は…。」「それは私にも分かりません。あるかも知れないし無いかも知れない。」「その物言い…。」「いいですか。あなたはもはや我々の手の内にある。つまりあなたには選択権は無いということです。そもそも断る気はないでしょう。こんな良い話。」「裏がある。」「ありません。あなたは石川大学病院の病院部長としての責務を果たすだけです。」「何ですかそれは。」「調整ですよ。」「具体的には。」「いま石大にいらっしゃる天宮先生。そしてここ東一で研究に勤しむ小早川先生。この二人の研究を全面的にバックアップする環境を石川大学で整備してください。」「研究…。それは瞬間催眠なんですか。」「なんですかその珍妙な研究は。」「あ…いえ…。」「研究の詳細は私も知りません。国の威信がかかる重要な研究だとだけ私は聞かされています。もしもそれがそんなオカルト研究だとしたら、この国は滅ぶでしょうね。間違いなく。」ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー...more19minPlay
July 23, 2021119.2 第107話【後編】このブラウザでは再生できません。再生できない場合、ダウンロードは🎵こちら個人が警察組織を打倒する。そんなものどう考えても無理だ。ただでさえ非正規雇用の身分で経済的に不安定。それが故に精神状態も不安定。そこに妹の仇を討つために警察組織を打倒するという壮大な野望を植え付けられた彼は、自身の現実と目標との果てしない距離に絶望し、社会に対する怨みを増幅させる。この状態が続けば朝戸の精神は消耗しきる。それが光定には見えていた。だから鍋島の複製を作り出すための実験を、朝戸に行った。もしも鍋島能力を朝戸が手に入れることができたとしたら、彼なりの復讐を成し遂げることができるだろう。なぜなら対象を意のままに操ることができるようになるのだから。警察のお偉方が処罰されるよう鍋島能力を使えばいい。自分が直接的な手を下すことなく、相手を絶望のそこに突き落とすことができる。足がつくことなど考えなくていい。そして警察からは然るべき謝罪と賠償を得ればいい。そうすれば心の安寧は取り戻せるはずだ。しかし結果は失敗だった。朝戸には鍋島のような力を与えることはできなかった。彼に残ったのは記憶障害と猛烈な頭痛だけ。東一の患者へのテストから、朝戸の末路は見えている。耐え難い頭痛、記憶障害から開放されるために自死するのみだ。結果的に光定は朝戸を死もたらす死神となったのだ。「ナイトを救う方法を探してたんじゃないのか。クイーン。」「…。」「ナイトが催眠の副反応に悶え苦しむ姿。それを作り出したのは自分だってお前言ってたよな。お前は悪くはないさ。ナイトが勝手に望んだんだ。お前はそれに応えただけだ。応えて催眠をかけた結果、ああなった。ナイトもそれは理解している。でもそれはあいつが本当に望んでいた結果じゃないよな。あいつは警察への復讐を遂げることを本当は望んでいたんだよな。」「…。」「だったらその復讐が果たせそうなチャンスを逃すな。いま目の前に、世の中をガラガラポンしようとしてる奴がいるんだ。チャンスだろう。」「…俺らみたいなちっぽけな存在が何をできるって言うんだ。できっこないことを夢想して悦に浸っていても、現状はちっとも変わりやしないよ。」「そういう諦めの良さが世の中を変えることに何の役にも立たないことくらい、賢いお前なら分かるよな。」この空閑のメッセージには光定は反論できなかった。「夢想でも何でもない。俺にはプランがある。そしてそれを実現するための資金もコネクションも。」「何だそれ。」「俺はあの日以来、この日のためだけに全ての時間を費やしてきた。悦に浸る名ばかりの活動家とは違うんだ。」「どうだか…。」「証明しようか。」ここでメッセージは止まった。今、光定は自分の車の中にいる。時刻は21時。病院の駐車場だ。暗闇の車内でラップトップを開き、コミュ専用のメッセンジャーアプリを使用して空閑とチャットをしていた。古いものから徐々に消えていく、チャットのタイムライン表示を眺め彼は大きくため息をついた。突然車の助手席のドアが開かれ、目出し帽を被った男が乗り込んできた。流れるように胸元から拳銃を取り出した彼は、その銃口を光定の口に差し込んだ。「こういうこともできる。」空閑からメッセージが届いていた。「あ…が…。」恐怖しか感じない。目からは涙が溢れ、口からは涎が滝のように流れ落ちる。「いつでもできるんだ。ただやんないだけ。」「あ…あ…。」「どう?夢想かな?」光定はパソコンを指差して空閑に返信したいと精一杯のジェスチャーで伝える。しかし男は光定の口から銃を抜かない。そのままの状態で返信しろと言う。「ごめん。僕が悪かった。」この文章を打つとしばらくして助手席の男の携帯が鳴った。それを受け目出し帽の男は光定の口に突っ込んでいた銃を引き抜き、音もなくその場から姿を消した。咳き込む音「何はともあれ、とりあえず大川尚道をこちらに取り込みたい。だからいい方法教えてくれないか。」「…わかった。」ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー「随分と思い悩んでいらっしゃるみたいですね。クイーン。」「…。」「だったら継続したほうが良いんじゃないんですか。このままナイトとビショップを観察し、実験の結果を見守るって具合に。」「…。」「反論をしないあたり、心はどうも決まってるみたいですね。」「…。」「一度この世界に足を踏み入れたら。ね、クイーン。わかってますよね。」「…。」「そう。止めると言うことは、ね。」光定は相馬の前で頭を抱え唸り声を発するしかなかった。「うー…うー……。」ノック音「坊山です。相馬さんいらっしゃいますか。」ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー【公式サイト】http://yamitofuna.org【Twitter】https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVMご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。すべてのご意見に目を通させていただきます。場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。...more9minPlay
July 23, 2021119.1 第107話【前編】このブラウザでは再生できません。再生できない場合、ダウンロードは🎵こちら「大体のことは掴めました。」「…。」「改めて聞きます。あなたは本当のところどうしたいんですか。」「…。」「このまま朝戸と空閑の様子を観察…もとい、ナイトとビショップを観察し、その実験結果を見て次なる研究へ繋げていく。という道もありますよ。」「…。」「やめるのは簡単です。ですが天宮先生も小早川先生も曽我先生も、みんな居なくなった。もうあなたしか居ないんです。この研究を担う人材は。」「…。」光定は沈黙を保った。3日後の5月1日金曜。金沢駅において何らかのテロ行為が予定されている。なにも昨日、今日決まった話ではない。この日に決定的なアクションを起こす。これは空閑によって以前から予定されていた。光定は催眠用の写真を用意したまでだ。彼はこのテロ自体には正直さほど興味はない。そしてその全体像も知らない。知っているのは朝戸がその実行をになっている。それぐらいだーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー1年前…キーボードの打鍵音「これ使って。」光定は一枚のJPGファイルを添付してメッセージを送った。すると少し間をおいて空閑から返信があった。「グロ画像。マジふざけんな。」光定が送ったのは両目の写真。突然このようなものを送りつけられる。この空閑の怒りは当たり前だ。「速攻消したわ。」「君が催促していたアレなんだけど。」「俺が催促?舐めたこと言ってるとクィーン、テメェん所にカチコミに行くぞ。」「目から取り込む催眠薬。とりあえずそれっぽいもの作ってみたんだけど。」「目から取り込む催眠薬?」「うん。」「え?あれが?」「うん。」「え?マジ?」「マジ。」「もう一回送るから、次はちゃんとそれ見て。」「いやだよ…あれまじキモいし。」「送るよ見て。」光定は先ほどの画像を再度送った。そしてすかさずそれに言葉を添えた。「実験したいんだ。ビショップ。君なら協力してくれるよね。」2分後、空閑から返信が入った。「もちろん。」画像を見るのも嫌がっていた空閑が、今回はそれに反応すら示さない。自分の依頼を全面的に受け入れるだけ。これを見て光定はプリントされた写真以外に、電子データでも鍋島能力の効果は一定程度得られるのではないかと推測した。「この画像データを利用して、大衆に対する実験をしてみたい。」「大衆?」「単刀直入に言うと、キングにお願いしたいんだ。」「キングに?何を?」「彼、映像制作できるって聞いたことある。」「それがなにか役に立つのか。」「動画投稿サイトってあるじゃない。あそこにでこの画像を流す事できないかな。」「流すって言ったって、この画像をドーンって出したところでグロ画像扱いでBANされるだけだろ。」「サブリミナル。」「サブリミナル?」「そう。」「…なるほど。確かにその手があった。」「サブリミナルならこの画像の存在を表に出すことなく実験できる。」「でも問題があるぞそれ。」「何?」「確かにキングは動画を作ることはできる。けどそれを大衆が見てくれる保証はない。」「あ…。」「キングの動画の腕のほどは知らないけど、仮にいいもの作ったとしても、それって見てもらわないことにはどうにもならない気がするんだ。」「確かに。」「俺がやってる塾もそうだ。どんなにいい授業してもそれが広まらないことには経営なんて成り立たない。」「いいアイデアだと思ったんだけどな…。」「いや…諦めるのはまだ早い。とりあえず俺、キングに相談してみる。」それから3日後。空閑から光定に連絡が入った。「大丈夫だ。キングが動いてくれる。」「でも見てもらわないと始まらないって話は?」「ちゃんねるフリーダムって知ってるか?」「知らない。」「ネット動画チャンネル。保守系の時事ネタばっかりやってる。」「へぇ。」「そこ一応登録者数50万持ってるんだ。ここならツテ頼って入り込んでできるかもって。」「キングはそこの動画作ってるの?」「いや、そこまでは俺は聞いていない。けどキングだからなんとかやってくれると思うよ。」「…そうだね。キングだからね。」「そうキングだから。」ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー気づけばちゃんねるフリーダムの動画に自分が提供する目の写真が挟み込まれていた。この動画とこの動画に写真が入っていると空閑から教えられ、それの確認を自分がした。マグカップのブラックコーヒーの中にほんの数滴のシロップを落とすようなサブリミナル映像。そこにそれが入っていると事前に教えられていても見落としてしまうような塩梅でそれは入っていた。完璧だった。よほどのことがない限り他人に気づかれることはない。但し薄く仕込まれているので、その動画による効果は期待できない。ちゃんねるフリーダムの登録者数は50万であるが、個々の動画の再生数は平均4、5万。ものによっては100万代の再生を叩き出しているものもある。今のところ光定が確認した3本の動画は平均的な再生回数のものであり、この動画についてはこれからの再生数の上昇は期待できない。今後新たに配信される動画に、継続的にサブリミナルを仕掛ける必要がある。ただでさえ入っているかどうかもわからない程度の薄さにしたサブリミナル。質をカバーするには量的対応が必要だ。このことをキングは理解していた。以降全てではないが、かなりの頻度でサブリミナル映像の配信をキングは成功させた。しかも継続的に。相手の意を汲んで確実な仕事する。これがキングと言われる所以だ。流石である。それから三ヶ月経ち、サブリミナルの効果が確認できる瞬間がやってきた。空閑が経営する学習塾「空閑教室」の塾生が3割増えたのだ。そう。当初実験では目の画像と併せて「本当の学びは空閑教室へ」とのメッセージを表示していたのだ。空閑教室では特に営業活動らしいことは行っていない。媒体に広告を出稿するようなこともほとんどない。そんな無名の学習塾が突如塾生3割増の結果を得られた。サブリミナルによるものとしか考えられない。このことで鍋島能力のサブリミナルは大衆に対して一定の結果を得られることが分かった。さらにこの時、思ってもなかった成果を得ることとなる。それが大川雄大の入塾だった。雄大の保護者である大川尚道は保守の名の知れた論客。この大川尚道をこちら側の陣営に取り込むことができれば、何かしらの世論形成に役に立つ。後々自分にとっては有益になるであろう。そう考えた空閑は光定に相談を持ちかける。「大川尚道をこちらに取り込みたい。」「こちらに取り込むって、どういうこと?」「時はきた。」「ごめん。ビショップが言ってることが全くわからない。」「君のサブリミナルは決定的だ。いよいよこれで事を起こせそうだ。」「事を起こす?」「ああ。俺はインチョウを開放させたい。ルークはこの世の中の不公平を是正したい。これを一度に成し遂げる行動の道筋が見えたんだ。」「へぇ…。」「革命だよ。」この空閑の言葉を聞いた瞬間、光定は一気に冷めた。「革命」この言葉を叫んで何の成果も出さずに去っていった、前世代の自己陶酔的な連中の行動の数々を光定は知っている。彼らは口々に反体制的なこと叫んでいた。それが今はどうだ。社会の枢要を占める年齢になった今、当時叫んでいたこととは真逆の行動をしているではないか。自らの利権を如何にして守るか。彼らが当時最も嫌っていた存在そのものに成り下がっているではないか。目の前でチャットをする空閑光秀。彼もまたその一員となるのか。自分はコミュという存在には一定の感謝をしている。なぜなら自分と朝戸を結びつけてくれた場所だから。しかしそれとこれとは別。あいにく自分は空閑とは違って、インチョウこと下間悠里には何の思い入れもない。ルークが何をどうしようと考えていようが、それは自分にとってはどうでもいい。彼は自分と朝戸の接点を作ってくれただけの存在。そもそも自分とルークとはほとんど接点がない。鍋島能力の研究。これさえできれば十分だ。革命ごっこに付き合う程、自分は時間も心の余裕も無い。「ごめん降りる。」気がつくと光定は空閑との接点を解消する言葉をタイプしていた。即座に空閑から返信が来た。「無理だよ。」「何で。」「ナイトはいいのか?」「ナイトは関係ないだろう。」「関係あるよ。」「どう関係あるっていうんだ。」「世の中をひっくり返すくらいの事でもしないと、ナイトの妹の仇は討てないよ。」「どうして。」「あいつの仇は警察組織そのものだ。ナイトは常々そう言ってる。つまりその組織を打倒することがナイトを救うことだろう。」...more16minPlay
May 28, 2021118.2 第106話【後編】このブラウザでは再生できません。再生できない場合、ダウンロードは🎵こちら二人は声を出して笑った。携帯バイブの音「うん?」椅子の背もたれにかけたスーツの上着から携帯を取り出した井戸村はその表示を見ると不愉快な表情になった。「部長?」「ちょっと席を外す。すぐに戻るから。」井戸村は店の外に出た。「なんだ。こんな時間に。」「病院部長。至急ご報告があります。」「なに…坊山まさかお前、東一のお客さんに無礼でも…。」「それどころじゃありません。」かぶせてくる坊山の物言いに、井戸村はただごとではないことを察した。「なにがあった。」「光定先生。ヤバいですよ。」「光定先生がヤバい?」「はい。」「先生がヤバいのは今に始まったことじゃない。」「確かに…ってかそういう時限の話じゃないんです。」「具体的には。」「写真送ります。とりあえずそれ見てください。」すぐに何枚かの画像が送られてきた。それを見た瞬間、猛烈な吐き気をもよおした井戸村は足元のドブに構わずそれを吐き出した。「おえっ!おええぇっ!」食堂と口の中に充満した吐瀉物の酸味を帯びた香りが、鼻腔を伝ってくる。アルコール、そして強めのニンニク臭が混じったそれは井戸村の意識を朦朧とさせた。「この写真が光定先生の机から出てきたんです。」「ま…まて…なんでこんなもんが…。」「わかりませんよ…とにかくこんなもんを持っとる事自体がおかしいんです。んで。」「んで…なんだ。」「たくさんあるんです。」「たくさん?」「どれから報告すればいいんかわからんがですが、なんか現実離れしたことばっかで…。」「何を言ってるんだ坊山。」「笑わんといてくださいよ。」「笑うなって…。」「笑わんといてくださいよ。」「わかったわかった。」「先生、なんか催眠の実験をそこらじゅうでやっとるみたいなんです。」「はぁ?」懐疑的な返事をした井戸村だった。が、それは直後一定の沈黙が流れたことで撤回された。坊山はおそるおそる声をかける。「どうしました部長。」「…風のうわさだ。」「うわさ?」「あぁ噂を耳にしたことがある。」「なんです?」「しかし…もしもそれが本当だとしたら…。俺はとんでもないことに力を貸していたことになるんじゃないか…。」内線電話の音「はい。」91「私だ。小早川先生が亡くなりました。」「え…。」「研究室で飛び降り自殺です。」「待て坊山。」井戸村は坊山に待てと合図をする。「え?」「小早川に天宮のすべてを引き継ぐ件は一旦なしです。」「ええ…。わかりました…。では一旦止めます。」「国の威信をかけた大事な研究してるんだ。いままで順調に成果を上げてて、最後の最後でチョンボ。それだけは避けたい。」「…。」「あなたもそうですよね。井戸村さん。」「…。」「追ってこちらから指示を出します。次はありませんよ。」電話を切った部長の額、首筋におびただしい汗の粒が見えた。「部長…いかがなされましたでしょうか。」「小早川先生が亡くなった。」井戸村はその場に座りこんだ。ただの酔っ払いと他人には映るだろう。だが周りの様子を気にするほど余裕はない。下半身に力が入らないのだ。井戸村の様子がおかしいことは電話越しでも坊山に伝わった。「部長?」「嘘だろう…。」「大丈夫ですか。しっかりしてください部長。」「坊山。いまお前どこだ。」「もちろん病院です。」「相馬さんは。」「光定先生と応接におるかと思います。」「そうか。」「どうします?」「その写真は見なかったことにしろ。すぐ相馬さんと合流するんだ。」「はぁ…。」「光定に怪しまれるとまずい。」「あの…部長。」「相馬さんの対応が終わったらお前すぐに談我まで来い。」「談我ですか?談我ってあれですか。」「あぁ南町の。」「わかりました。」「至急だぞ。わかったな。」「はい。」電話を切った坊山は一度回収した光定のスマホを、机の引き出しの中へ再び戻した。そしてあたりに誰も居ないことを確認して消灯。その場から逃げるように立ち去った。「あれ?部長?」外に様子を見に来た楠冨に地面に座りこんで放心状態の井戸村が飛び込んできた。彼女は駆け寄る。「部長?しっかりしてください。」顔を覗き込むも生気がない。軽く肩をたたいて呼びかけるも返事がない。とっさに彼女は井戸村の頸動脈に指を当てる。温かい。そして妙な拍動もない。「部長。どうされたんですか。」手を握って穏やかに声をかけると、それは軽く握り返された。「良かった。」「帰るんだ。」「はい?」「君はすぐ家に帰るんだ。これ以上俺と関わらないほうがいい。」「え?どういうことです?」「どうも俺、かなりヤバいことに足突っ込んでたみたいだ…。周りに迷惑をかけたくない。」そう言うと井戸村は財布の中から5千円札を取り出してそれを彼女の手に握らせた。「すぐにこれで帰るんだ。」「なんですか。急ですよ。」「いいからすぐに帰るんだ。」「嫌です。」「馬鹿野郎!」周囲もはばからず一喝する井戸村に楠冨は沈黙した。「巻き込みたくないんだ…わかってくれ…。」「巻き込む?」「お前ら巻き込みたくないんだよ。これは俺の方でけじめをつける。」「お前らって…部長なにいってるんですか。」「お前も坊山も巻き込みたくない。俺の不始末だからな。」「…。」「とにかくお前はここから消えろ。坊山は俺の方でうまくやる。」「坊山課長はいまどこなんですか。」「こっちに向かっている。」「私もご一緒します。」「駄目だ。頼むから俺の言うとおりにしてくれ。お前は一刻も早くこの場から消えてくれ。」「いいえ。」「頼むこの通りだ。」自分の勤務先の事務方のトップである男が目の前で土下座までしていた。「わかりました。」「坊山は任せろ。」「はい。」店内の音店に戻ってきた井戸村は力なく椅子に座った。一緒にいたはずの女性の姿はない。呼び出し音「もしもしワシや。何あったんか後で教えてくれんけ。」「あら何のこと?」「おたくのエスさんがマークしとる対象、様子がおかしい。」「わかったわ。後で報告するわね。」ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー【公式サイト】http://yamitofuna.org【Twitter】https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVMご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。すべてのご意見に目を通させていただきます。場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。...more11minPlay
May 28, 2021118.1 第106話【前編】このブラウザでは再生できません。再生できない場合、ダウンロードは🎵こちらWi-Fiスポットである一階ロビーにいるはずの相馬。その彼の姿が見えない。このまま応接に戻っても光定しかいないとなると、これまた自分が叱られる。一応、探すだけ探したというアリバイは作らねばなるまいと坊山は周辺を探った。といってもここには暗くなった2件の喫茶店。郵便局、受付、外来の一部など限られたものしかない。お客人の姿はどこにも見当たらなかった。バイブ音(短い)「うん?」坊山は足を止めた。妙な音が聞こえた気がする。ここは外来の廊下。その長い廊下先は暗闇が待ち構えている。ー勘弁してくれ…。夜の病院、そんなに得意じゃないんやって…。と心のなかでつぶやいた瞬間、その廊下の先に二人の幼女が手をつないでこちら見て立っている。なんてどこかで見た映画の1シーンが頭をよぎり、更に彼の恐怖心を増幅させた。バイブ音(短い)「はっ!」確かに聞こえた。短いバイブレーションの音だ。ーマジかいや…。これ、俺その音の出どころを調べる展開じゃないんけ…。またもバイブ音(短い)自分はいま外来の長い廊下にいる。バイブ音はどうやらこの外来診察室のなかのどこかから聞こえるようだ。坊山は音の聞こえたほうを見た。「心療内科…。なんや…光定先生、スマホ外来に置きっぱなしやってんな…。」バイブ音(短い)「あぁ…でもこの暗い病院に不気味に鳴るバイブ音…マジで気味悪い…。」短いバイブ音連続「おいおいおいおい…。で、この引戸開けたらバーンって無しやぞ…。」恐る恐るドアを開いた彼は暗闇の中、照明のスイッチを探す。長いバイブ音「ひぃっ!ってかなんでこのタイミングで!?」スイッチ音真っ暗な部屋の中が瞬く間に昼間のように明るくなった。「あーまだ鳴っとる…。」音の出どころは光定のデスクの中だ。引き出し開ける音バイブ止まるスマホに表示されていた着信表示を見た坊山の動きは止まった。「B i s h o p…ビショップ…。」「え?ナイトって何?」「…。」「…ナイトって何よ。」「朝戸のことだ…。」104「ナイト、ビショップってきたら…これチェスじゃん。ナイトがアサトって奴なら、このビショップってのもナントカって奴なんけ…。」スマホを手にした坊山はその画面を指でタップする。見たこともないアプリの通知が無数に来ているのがわかった。そこから先は進めない。それが顔認証であるためだ。「あ、俺ひとの携帯勝手に何やっとれんて…。」余計なことをするところだった。坊山は手にしたそれをポケットにしまって部屋を出ようとする。ガンッという音自分の腿を机に思いっきりぶつけてしまった。「あ…ああ…。」彼はうずくまった。「ってぇ…。なんねんて…なんで俺、こんな目ばっかに…。」ふと坊山は視線を感じた。今ほどの衝撃で光定の机の引き出しが僅かに開いていた。「なんだよ…。」固唾を飲んだ坊山は恐る恐るそこに手をかける。そしてそおっとそれを開いた。「なんだ…これ…。」坊山は身動きが取れないでいた。なぜなら誰のものかわからない眼球だけを写された写真が一枚、そこにあったかたらだ。ーーーーーーーーーーーーーーーーー「いらっしゃい。あ、古田さん?」「おう大将。わしのこと覚えとってくれたんけ?」「もちろんですよ。久しぶりですねぇ。」「いつ振りかいね。」「そうですねぇ...確か村上さんのアレがあってしばらくしていらっしゃった、あの時ぶりですか。」「って事は...。」「8年9年ってところですか。」「うわーそんなに。言われてみれば大将。随分頭に白いモン混じった感じするね。」「まぁ孫生まれましたから。」「孫!?」「えぇ。」「うへぇ…。そりゃ変わるわ。」「それに引き換え、古田さんは何も変わってないですね。なんかまだまだこう…オーラみたいなのが出てますよ。」「あらそう?」「え?どうしたんですか。その言い方。」「あ、いや。気にせんといて。」「熱いのでいいですか。」大将は9年ぶりのいつもの対応を見せた。「いや今日はいい。」「え?」「今日は酒なしや。酒なしで大将んところの餃子を腹いっぱい食べたい。塩焼きそばと餃子二人前で頼む。」「わかりました。」古田はおしぼりで顔を拭う。「だから一緒に来ないか東京。そんな財団の専務理事になったところで、俺ひとりだと生きる上で何の張り合いもない。」「えー困ります。」「それとも何?まさか気になる人とかいるの?君は。」「まぁ居ないことはないですけど。」「…おいおい。さっきは誰も声かけてくれないって嘆いていたじゃないの。」「ごめんなさい。」「うそだろ…。こっちは期待したんだぞ。」「わかってますよ。」「う…。」井戸村はビールを飲み干した。「ぷはーっ。」「部長みたいにスパッと自分の気持を表に出してくれたらいいんですが。」「なんだ…そいつ、はっきりしないのか。」「わざとはっきりしないのか、本当に奥手なのかわからないんです。」「年は。」「わたしよりちょっと上くらいです。」「ってことは…。」「40くらい?」「40にもなってそんな感じなの?」「はい。」「そりゃある種病気だな。」「そうかも。」「でもそいつが良い?」「はい。」「どういうところが。」「全部受け入れられる度量の大きさみたいな。」酒が入ったためか、それとも照れか、楠冨は頬を赤らめているようだった。「君みたいな魅力的な女性を虜にする男か…。どんな奴なんだろうな。」「部長ほど魅力も渋さもありません。ただのそこら編の野郎です。」「でも器が大きい…だろ。」「…。」「羨ましい限りだよ。まったく…。」井戸村はビールのおわかりを注文した。「はいお待ち。」古田の前に塩焼きそばと餃子が一度に出された。「おーこれこれ。これやって。」割り箸を割る音「いただきます。」「ふーっふーっ…はふっはふっ、おう、うん…。ごくん。これこれ。これやって。」餃子のタレを小皿に注ぐと、ついでに彼は焼きそばにもそれをさっとかけた。そして再びそばを口に運ぶ。「(´~`)モグモグ。」「んと古田さんってうまそうに食べるよね。」「うん?」「いやぁ俺が言うのも何だけど、古田さんが食うところ見てると、こっちまで腹減ってくるんですよ。」「んならワシ、ここの宣伝してやっか。ネット動画とかで。」「あぁそれいいですね。いい宣伝になるかも。」「3兆円。」「はい?」「3兆円やぞワシの出演料。」「いいですよ。3兆円ですね。3兆年払いで。」「ふっ…。」「何なんですか。この小学生みたいなやり取り。」「ちょっとやってみたかったんや。」ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー【公式サイト】http://yamitofuna.org【Twitter】https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVMご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。すべてのご意見に目を通させていただきます。場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。...more12minPlay
May 21, 2021117 第105話このブラウザでは再生できません。再生できない場合、ダウンロードは🎵こちらノックする音「失礼いたします。」ドア開く「あれ?」坊山が立ち止まったため、光定は彼の背中にぶつかった。「あの…坊山さん?」「あーそうやった…。」「はい?」「Wi-Fiスポットどこやって言っとったんでした。お客さん。」「Wi-Fi?」「ひょっとしたら一階のロビーに居るんかも。」「はぁ…。」「ちょっと呼んできます。先生はこちらでお待ち下さい。ついでにお茶も用意しますんで。」ただひたすらに呆れた顔を見せる光定には目もくれず、坊山はその場から姿を消した。「ダラなこと言っとんなや!それのどこが報道ねんて!結局洗脳して上書きしとるだけやろうが!」「…。」「自分の思うようにいかんくなったら他人の記憶を催眠で上書き。なんちゅうご都合主義なんや。ひとを変える前に自分変えれまこのボケ。」103「自分がなんとかしろよ。」「え?」「人ばっかり頼るんじゃないよ。自分がそのナイトを引っ張り出してやれよ。」104「言いたいこと言ってくれるよ…。」三波の言うことは最もだ。しかしそんなことぐらいわかっている。わかった上で理性的な行動が取れない自分があるのだ。「自分を変えるなんてかんたんなこと言うけどさ、そんなことできるんだったら僕みたいな医者なんてこの世に必要ないんだよ。」「…なんとかしたい。なんとか朝戸を止めたいんだ。けど、あいつとはもう関わりたくない自分がいる…。」光定は深くソファに座り、そのまま目を瞑った。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー「先生も先生やけど、あの東一の輩も輩やわ。ほんとに勝手なんやって。こっそり俺の後付けてきたかと思えば一緒に部屋の中盗み聞きして、共犯ですねって。」暗くなってしまった外来の廊下を歩いく坊山は饒舌だった。「ちょい自分、事務局と連絡とりますのでどこかWi-Fi使える所ありませんかって…。用を済ませたらすぐ応接室に戻りますんでって待っててくださいって言うけどさ、応接お通し完了の報告せんかったらせんかったで、東一のお客様に無礼があったとかで、俺が怒られるの。井戸村病院部長に。あんたは良くてもよく思わん人間がいるんやわ。んとあの人コマけぇんだよ。」ロビーに着いた坊山は肩を落とした。「なんで居らんがや…。どこ言ってんて…。」ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー「っくしゅん!」「あらどうしました病院部長。」「なんだろう。急にむず痒くなって。」「にんにくが刺激強すぎましたかね。」「確かにマシマシにしたけど…でもそんなもんでクシャミなんか出るか?」「あ、風邪気味なんですよ。ほら人間、体が欲するものを自然と摂取したくなるって言うじゃないですか。多分、最近の激務で身体が悲鳴あげてるんですよ。だから精のつくにんにくを食べたくなった。」「いや…そうじゃなくて…。」「私、部長の身体が心配ですぅ。」ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー「そう…片倉さんの下で…。」「はい。」「だったら光定のことの大体は知ってるんだ。」「はい。」「いまの会話、どこまで聞いた。」「ナイトって何よってあたりからは聞いています。」「あぁ…そこからか。」「テロってなんですか。」「今週の金曜にそのナイトがテロを起こすらしい。金沢駅で。」「え?」「え?だろ。」「はい。」「にわかには信じられない。でもそういったことの連続なんだよな。ここ数日。つい数時間前も空閑に変なことされてこの病院に来たんだし。」「空閑が三波さんを…。」「思い出しました。そう言えばその時光定先生、写真か何か見せながら話していました。」「そう。写真見せながら羽交い締めにしてたんです。で、最後にこうやり取りしたんです。」「この間、君空閑のところに資料届けてきてくれただろう。」「はい。」「あれは天宮から入手した写しだ。原本があいつの自宅かどこかにあるはず。」「わかりました。自分が探して来ましょう。」53「誰です?クガって。」「知りません。聞いたことありません。」71ーここで空閑か…。「数日前の俺なら、んなダラなこと言っとんなまで片付く話なんだけど、いまの俺にとっては別にって感じで普通に受け入れられるんだわ。」相馬も三波も自分らを取り巻く状況の異常性を理解している。だが事態はそれを超える形で事は進行している。異常な状態を更に異常な状態で覆い被せてくる。いっそこの波に乗っかってしまおう。随分と楽になるのではないか。そう思ったことは何度もある。だが二人は思いとどまっている。何がそうさせるのか。彼らは恐れているのだ。戻ってこれなくなることを。ギリギリの精神バランスを保つこと。これがいまの二人にとって最も苦痛であるのかもしれない。「空閑ってどういう人間なんですか。」「わかんね。ま、なんかそいつが不完全な鍋島能力を持ってるらしい。テロを防ぐと同時にその空閑のガラも抑えたほうが良さそうだ。」「ですね。ところで朝戸はどこに。」三波は首を振る。「そんなもん…三波さんひとりで何ができるっていうんですか。」「でもあいつマジで警察だけはやめてくれって言ってる。」「んじゃあ警察が動いたってわからんければいいんじゃないですか。」「うん?」「俺に任せてください。三波さんが警察にチクったって感じにはしません。だって俺が勝手に聞きに来たんですから。」「相馬…。」「三波さんはとにかくここでひとまず安静にしてください。その鍋島能力の影響で何かあると具合悪いですから。」「わかった。」で、と言って相馬はメモ用紙の切れ端を三波に手渡した。「自分の連絡先です。ご存知の情報は随時ここに。」「お、おおう。」「くれぐれも京子には内密にお願いします。」「そうか。京子もお前のこと。」「多分知らんとおもいます。」「多分?」「ええ多分。」「ふっ…。」「何かあれば構わず連絡ください。」じゃあといって相馬は部屋から出ていった。「ふぅ…。かつてのバイト君に気ぃ使われるようになっちまったか…。」「6年経って随分頼りがいのある感じになってたんだな…。」渡されたメモ用紙に目を落とし彼はそれを握りしめた。「頼んだぜ。相馬。」ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー「あぁお待たせしました。」待たせたことに申し訳無さもなにもない感じで相馬は光定と向かい合うように座った。「ちょっと事務局と連絡をとってまして。」「僕に何の用ですか。」「小早川先生がお亡くなりになられたのはご存知ですよね。」相馬はスマートフォンに目を落としながら光定に話しかける。「はい。」「例のアレですよ。」「例のアレ?」「とぼけないでください。アレです。アレの今後をどうするか、その指示をいただきに来たんです。」部屋に入ってきてから禄に目も合わせない。光定はこの男の態度にさすがに頭にきた。そもそも事務局とは連絡をとったのだろう。なのになぜ今、見せつけるように自分の前でスマホをいじっているのだ。「あー気にしないでくださいね。これでも自分ビビってるんです。先生になんか変なことされないかって。」相馬はちらりとだけ光定を見て、またスマホに目を落とした。「目が何かのキーなんでしょう。自分、具体的なこと知らないんで用心のためです。悪く思わないでくださいよ。」「…。」「で、アレどうするんですか。こちらはもう先生にしか指示を仰げないんです。」「一旦終了です。」「終了…?」「はい。」「成果は。」「十分でしょう。」「…。」「十分じゃないですか。鍋島能力はその目の写真だけでも一定の効果を持つ。その事は実証済みです。それだけでも十分じゃないですか。」「本当に十分ですか?」「整理します。あなたは瞬間催眠の実用化を研究していた。その研究の集大成が自分にその瞬間催眠を仕掛けた彼。名前は確か…。」「空閑です。」「そう空閑。彼は熨子山で死んだはずの鍋島とシンクロし、あなたにその瞬間催眠をかけた。ここ石川大学病院に戻ってじっとしてろと。熨子山に居たはずのあなたは気づくとここに居た。」「はい。」「この時点であなたは空閑の瞬間催眠は不完全だと悟った。なぜなら鍋島は催眠をかけられたことすら相手に気づかせなかったから。」103十分なわけがない。自分が目指すのは鍋島惇の複製だ。不完全なものはただの催眠でしかない。鍋島能力とは言わない。「あなたは本当にそれでいいんですか。」「いいわけ無いだろう!」突如として大声を出す光定を前に相馬はスマホから目を上げた。「俺の最愛の友人を実験台にまでにしたんだ!とっておきの実験台だ!東京のしょうもない患者連中とか、そこいらの何も考えていない市中の人間とはワケが違うんだよ!」「…。」「でも、もう無理なんだ…。ビショップまで実験台にした。でもそれも不完全だった。僕のお人形さんはまた壊れる…。お人形さんは壊れるんだ!」ービショップ?「空閑ってどういう人間なんですか。」「わかんね。ま、なんかそいつが不完全な鍋島能力を持ってるらしい。」105ここで相馬は木下とのやり取りを再び思い出した。「千種くんがその場からいなくなるのを見計らって、光定先生は電話をかけたんです。そこであの人はこう言ってました。」「ビショップ。僕だ。」「頼みがある。」「違う。それはもういい。」「曽我を消せ。」「悪いことは言わない。すぐにアイツを消すんだ。」「天宮が死んだ。話は後だ。あれのことが曽我から漏れるとまずい。こっちは天宮周辺の証拠隠滅の手を打った。」「早急に。」53 71「待て。空閑とビショップは同一人物なのか。」「?」「空閑はビショップなのか?」光定は口をつぐむ。相馬は再びスマホに目を落としながら続けた。「そうなんだな。」「…だったらなんですか。」「いや。」「あなた、空閑を知ってるんですか。」相馬はうなずく。「なぜ。」「コミュで。」「コミュで…。」「彼はコミュの運営側だった。」「そう…。あなたもコミュ。」「で、これからアレどうするんですか。」「え?」「せっかくの研究。ここで終わらせていいんですか。」「良いわけがない。でも…。」「でも?」「もう自分ではどうしようもない。」先程から送られてきていたテキストの配信が止まったのを見計らって、相馬はスマホを胸元にしまった。そして光定と面と向かって口を開いた。「自分が聴きますよ。あなたのすべてを。」ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー【公式サイト】http://yamitofuna.org【Twitter】https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVMご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。すべてのご意見に目を通させていただきます。場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。...more18minPlay
May 14, 2021116 第104話このブラウザでは再生できません。再生できない場合、ダウンロードは🎵こちら金沢郊外のとあるテナントビル。その中のひとつの扉には一枚の紙が貼られていた。「体調不良のためしばらくの間休講とさせていただきます。」この貼り紙をみた塾生たちは皆、それをスマホで撮りどこかに送っている。その場で親に電話で連絡を取るものもいるし、これ幸いと友達と遊びに行く連中もいる。その行動は人それぞれだ。事前に案内が出ていなかったのだろう。皆、驚きを隠せない様子だった。「千種の死を受けて急の休み。(゚ν゚)クセェな。」踵を返した古田は外に出た。ここ数日振りっぱなしだった雨がようやく上がったようだ。濡れた地面に街灯の明かりが反射して、キラキラと輝いて見える。こころなしか空気もいつもより澄んでいるようだ。しかし彼の心はそれとは対照的に晴れない。「っても、今のワシには空閑を追う術がない…。」携帯が鳴る。ちゃんねるフリーダムの加賀からだ。「すまんな…。いまは電話に出る気になれんわ。」着信音が切れる近くに止めてあった自分の車に乗り込んだ古田はため息をついた。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー「しばらく休暇をとれ?」「はい。」「なんですか突然。」「業務に支障が出てまして。」「なんで?」「古田さんお疲れでしょう。」「いいえ。疲れてなんかいません。」「いや疲れとる。」「なにが。」「あの、さっきも同じやり取りしてるんですけど。」「…へ?」「えぇ…。」「…。」「とにかく古田さんは休んでください。古田さんの代わりは冨樫をあてます。」「んな、マサさんやと…。」「心配はあるでしょうが、それ以上に自分は古田さんの身体が心配です。」「…そんなに、ですか。」「はい。」「はぁ…。」「まずはしっかり食べて、7時間以上の睡眠をとってください。ゆっくり風呂入って、ただダラダラしてください。」「その後は?」「ですからそういう先のこととかは考えんととにかく休むんです。」「ですが。」「命令です。」「…。」「いいですか。命令ですよ。」ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー目の前に中華料理屋が見えた。そのすぐ横にはコンビニもある。「岡田のだらまの言うとおりにしてやるか…。」このとき彼の口元は僅かながら緩んでいた。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー「はっ!」突然背後から自分の肩を叩かれた坊山は驚き振り返る。そこには相馬がいた。「あ!ああ!」「しーっ。」とっさに相馬は坊山を鎮め、彼と一緒に聞き耳を立てる。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー「え?ナイトって何?」「…。」「…ナイトって何よ。」「朝戸のことだ…。」「なに?それ。あだ名みたいなやつ?」「そう…。」「あ、そう。」「朝戸だけは僕のことをまっさらの目で見てくれたんだ…。」「…。」ナイトというあだ名を口走ってなぜ一瞬黙ったのだ。ひょっとしてこのナイトというあだ名が外に知られるのはまずいことなのか。三波の直感はそこにひっかかるものを感じた。「お願いだ。朝戸を助けてくれ。」「だから何遍も言ってるでしょう。助けるのは俺じゃない。」「頼むって。」堂々巡りの会話が続くこの状態に三波は思わずため息を付いてしまった。「はぁー…。」「お願いだ。」「自分がなんとかしろよ。」「え?」「人ばっかり頼るんじゃないよ。自分がそのナイトを引っ張り出してやれよ。」「いや、それは…。」「さっきから何なんだよ。自分で蒔いた種じゃねぇかよ。瞬間催眠の実験をそこらじゅうでやっておいて、気づいたらとんでもないことになってて怖くなって、収集つかんくなって助けてください。アホかよ。」「…。」「じゃあさ、どうすりゃそのナイトを助けたことになんの?テロを思いとどまらせればそれでめでたしめでたしなの?そりゃあそのテロによる被害者が出ないんだから、それはそれでいいことなんだけどさ。そのナイトってやつはそれで救われるわけ?」「ってかナイトって言うのやめてくれないか…。」「は?」「なんか第三者にその名前言われたくない。」「なんで。」「なんでも。」ーなんだこいつ…。やっぱりナイトってなんか意味ありげだな。「で、どうしたいのさあんたは。警察は駄目ってどうすりゃいいんだよ。そもそもなんで警察にそいつ恨みなんか持ってんだよ。」光定は口をつぐんだ。3日後の5月1日、金沢駅で何かしらのテロ事件が発生する。それはこの光定という男と旧知の仲である朝戸という男、別名ナイトの手で決行されるらしい。それを主導しているのが空閑という男。三波に妙な接触を図った男だ。空閑は光定によって鍋島能力すなわち瞬間催眠を自在に操れる力を手にしたかに見えた。が、それは不完全のものだということがわかった。三波はあらためて呆れた。突然自分と直接コンタクトを取って来たかと思えば、空想のような話を並べ立てる。なんだこの男。客観的に見れば彼の発言はただの異常者による戯言。中二病を拗らせた妄想の爆発でしかない。しかしこの男、事実をしっかり抑えている。午前中に東一で小早川と会っていたこと。空閑に妙な接触をされたこと。これらは自分しか知り得ない事実だ。この機密情報を知る術を彼は持っている。この事実だけは彼の発言に一定の説得力をもたせた。「なぁなんで朝戸は警察のこと恨んでるんだ。」「警察が揉み消した。」「え?」「警察がナイトを作り出した。」ーおや?またナイトが出てきたぞ。「どういうことよ、それ。」「朝戸の妹を殺したのは警察のお偉方の倅。そのことを警察はもみ消した。」「待て待てありえんでしょ。そんなの都市伝説のたぐいでしょ。」「違う。僕は証拠をみた。」「証拠?」「そしてその証拠は警察からリークされた。」「え?身内から?」ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー「かなり香ばしい展開やなぁ…。」ボソリと独り言をつぶやく坊山とは対象的に相馬の表情は険しいものだった。おじさん二人が病室の扉を背にして、地べたにペチャっと座り込んで聞き耳を立てる姿を不審に思わないものは居ない。看護師がときおり怪訝な顔を見せながら彼らの前を通過した。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー「見たんだ。朝戸の妹を轢き殺した車が警察幹部が借りる駐車場に止められている写真を。」「その写真が警察の内部からリーク?」「そう。その写真を持っても捜査中ってひとことで朝戸は追い返す。ここで朝戸の警察に対する恨みは決定的になった。」「で、ナイトになった。」「…。」「ナイトになるって具体的にどういうことなんですか。」「…。」「言いたくないんですか。」光定は黙ってしまった。「ふーっ…。」息をついて窓の際に経った三波は闇の部分が大きい金沢の夜景を見下ろした。無言の時間は3分ほど続いた。「俺ひとりに何ができるってんだ…。」こう三波が自分にしか聞こえないほどの声でつぶやいたときのことである。ドアがノックされた。「光定先生。人事の坊山です。先生にお客様でして。」二人は顔を見合わせた。光定のほうが三波に何やらうなずき口を開いた。「そういうことはスマホで連絡してって言ったでしょう。」「あの…先生、スマホ持ってらっしゃらないようでして…。」光定は白衣の胸のあたりを弄る。あるはずのスマホがない。どうやら失念したようだ。「東一のお客様ですので、私の方でお引取りいただくわけにもいきません。いかが致しましょうか。」「ちっ…。わかりました。すぐ行きます。」また来ますと言って光定は病室を後にした。外には坊山だけが待っていた。「東一のお客様は、応接室で待ってらっしゃいます。」ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー光定が居なくなった病室は静寂だった。その静けさが情報が渋滞する三波の頭の中をさらにかき乱した。「だからって俺に何ができるってんだ…。」ドアを開く音「三波さん。」自分の名前を呼ぶ声がしたのでそちらを見る。三波は言葉を失った。「相馬…?」「時間がないので手短に行きます。ご協力お願いします。」ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー【公式サイト】http://yamitofuna.org【Twitter】https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVMご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。すべてのご意見に目を通させていただきます。場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。...more15minPlay
May 07, 2021115 第103話このブラウザでは再生できません。再生できない場合、ダウンロードは🎵こちら「どうしたんですかヤスさん。」「三波の居場所がわかったぞ黒田。」「え!?どこですか。」「家だよ。」「家?」「自宅で引きこもってる。」「は?」「なぁあいつの住所ってどこだよ。俺行くから。」突然の電話と三波の情報、黒田は状況を飲み込めないでいた。彼の前に座る加賀はそのまま続けろと合図をする。「住所って言われても俺もあいつの家なんて知りません。調べて俺が行きます。」「いや俺が行く。」「何言ってんですか三波は俺の部下です。俺が行きます。ヤスさんは会社に戻ってください。」「なんでだよ。俺が引っ張ってきたネタだ。俺がやる。」「ヤスさんはヤスさんの仕事があるでしょう!」「…。」「ヤスさんは制作の頭なんだから。そこを仕切るのが本文じゃないですか!」「なんだよ!俺が突き止めたんだぞ!」「三波は家になんかいませんよ。」「は?」「あいつはいま大学病院です。」「だ…い…がく病院?」「はい。救急車で搬送されたみたいです。さっき石大病院から会社に連絡ありました。」安井は言葉を失った。「命に別状はない状態のようですが、しばらくは入院しないといけないようです。」「…なにがあった。」「わかりません。詳しい様子を聞いていませんので。」「お前はいま病院にいるのか。」「いや。病院からは来られても困るということで、会社で待機しています。一応、三波の親御さんにも連絡はしました。」「いつそれ知った。」「ついさっきです。ついさっき病院から会社に連絡がありました。」「そうか。」「ヤスさん。一旦会社に戻ってきてください。通常業務が残っています。」「だな…。」「ヤスさん?ヤスさん!?」電話は切られていた。「素直に会社に戻ってくるとは思えないね。」「はい。おそらく大川のところにカチコミに行くんじゃないでしょうか。」「どうする。」「大川についても警察に通報済みです。」「なるほど。それなら安井君が大川と接触しても取り押さえられておしまいだな。」「はい。」「で、サブリミナル加工されたコンテンツの配信停止の進捗は?」「完了しました。」「ご苦労さん。これでウチが世間様に迷惑をかけるようなことは一応なくなったってわけか。」「はい。」「じゃあ早速元のやつに差し替える作業を始めてくれないか。」「それなんですが…。」黒田は奥歯に物が詰まったような表情だ。「どうした。」「マスターデータが見当たらないんです。」「え?」「マスターに差し替えるって、ヤスさん大川に言ってたんでどこかにあるはずなんですが。」「制作のスタッフもわかんないの。」「はい。おそらく安井さんしかわからない形でがどこかにしまったんだと思います。」加賀は頭をかいた。「安井君が大川のところにカチコミに行ったら、そのまま署まで連行ってことになるぞ。」「そうなったら差し替え作業ができなくなります。」「安井君を連れ戻すんだ。」「ですがどうやって。」「君も大川のところに行くんだ。先回りして安井君をここまで引っ張ってこい。」「しかし自分は大川の居場所は…。」「じゃあ俺が話たがってるって安井君に言って連れてきて。」「それで戻ってきますかね。」「駄目かな。」「いくら社長でも…。」「まダメ元で言ってよ。俺、戻ってくると思うよ彼。」「なんでですか。」「だって安井君、僕らを守るために大川の悪さの片棒を担いだんだ。俺らは彼にとっては守る対象。ってことは俺らの本気のお願いには耳を傾けてくれるんじゃないのかな。」確かに加賀の言うことも一理ある。「やってみますか。」「うん。やってみようよ。」「わかりました。」黒田は部屋から出ていった。「さてと…。」机の上にある固定電話。そこから加賀は電話を掛ける。呼び出し音つづく「あれ?」呼び出し音「おかしいな…出ない…。」ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー「三波を診ているのは光定?」「はい。」「で。」「あ…すいません。自分、今日はもう帰ってるんで詳しいことはわかりません。」「そう…ですか。」「申し訳ない。今日はちょっとはずせない用がありまして。」「いや、こちらこそお取り込み中に電話して申し訳なかったです。またよろしくおねがいします。」「あ…。」「なんです?」「私の部下の坊山というものがまだ残っています。よかったらその男を使ってください。」「坊山さん…ですか?」「はい。坊山には私から話を通しておきます。」「あ、いやそれは結構です。」「え?いいんですか。」「ええ。あまり他の人を巻き込みたくないんでそれはやめてください。」「わかりました。」「またよろしくおねがいします。」「誰ですかぁ病院部長。」助手席に座っていた女性が井戸村が置いた携帯を覗き込んだ。「あ、あぁ…まぁいいじゃないか。」「光定先生のご報告。坊山課長をご指名。結構重要人物じゃありません?」「いい。君には関係ない。」「冷たいんですね。せっかくこうやって二人っきりになったのに。」「何いってんだ。光定先生に帰れって言われたくせに。」「あら一応、これでも先生に信頼されたんですよ。だから先生の服を直接ロッカーまで取りに行ったんですから。」「…そうだな。」「で、どちらに連れて行ってくれるんですか。」「あぁ、中華なんかどうかなぁって思って。」「中華?」「うまいんだそこの餃子。」「にんにくですか…。」「大丈夫。次の日まで残らないから。」「そんな精のつく物食べてどうするんですか病院部長。」井戸村の頬は少し赤くなった。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーータクシーのドアが閉まる音走り去るタクシー「またここか…。」相馬の眼前には石川大学病院がそびえ立っていた。夜間受付でしばらく待っているとカーディガン姿の男がこちらに歩いてきた。「相馬さんですか。」「はい。」「坊山です。」坊山は自分のネームプレートを相馬に向けてみせる。「話は井戸村病院部長から聞いています。どうぞ。」相馬は坊山に続いた。「光定先生はいま病棟です。救急搬送された患者とお話しています。」「えっと…光定先生は心療内科の先生です…。その先生が救急?」「あぁもともとは脳神経の方なんですよ。なのでそっちのほうの対応もできます。」「へぇ、知らなかった。」「知らなかった?え?そうなんですか。」「はい。」「あの…光定先生って東一やとどういう扱いなんですか?」「どういう扱いって?」「あ、その…。」「僕ら職員にはわからないこともたくさんあります。」「あぁ、確かにそんなもんですね。」「はいそんなもんです。」「ま、なんで今はちょっとこちらでお待ち下さい。」相馬は応接室に通された。「先生にお知らせしてきます。東一からのお客さんやって。」「よろしくおねがいします。」ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー病棟ナースステーション。「どうも。」「あ、課長。」「どう?先生。」「あぁ光定先生ですか。」「うん。」「三波さんの部屋に入ったきりですよ。かれこれ15分は経ってますかね。」「そうか…。」「どうしました。」「いやね、先生に急なお客さんでね。」「こんな時間に?」ナースステーションの時計は19時を回っている。「うん。」「改めてもらったらどうです。」「そうもいかんがやわ。なんせ東一の職員さんやし。」「あらら…。」「しゃあない。ちょっと様子みてくるか。お客さん待たすわけにもいかんし。」ナースステーションを後にした坊山は光定が入っている三波の病室の前に立った。「だら!」ノックをしようとした瞬間部屋の中から声が聞こえたため、彼はそのまま止まった。なぜならこの個室部屋。遮音性が高い部屋であるからだ。ーどんだけでかい声で話とれんて…。坊山は思わずそれに聞き耳を立ててしまった。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー「整理します。あなたは瞬間催眠の実用化を研究していた。その研究の集大成が自分にその瞬間催眠を仕掛けた彼。名前は確か…。」「空閑です。」「そう空閑。彼は熨子山で死んだはずの鍋島とシンクロし、あなたにその瞬間催眠をかけた。ここ石川大学病院に戻ってじっとしてろと。熨子山に居たはずのあなたは気づくとここに居た。」「はい。」「この時点であなたは空閑の瞬間催眠は不完全だと悟った。なぜなら鍋島は催眠をかけられたことすら相手に気づかせなかったから。」「そうです。」「この話、オカルトだと思わない人はいません。オカルトと判断された時点でこのことはエンタメ消化されます。」「あなたは我が身をもって瞬間催眠の存在を認めるのに、ですか。」「だからもどかしいんです。」光定はため息をつく。「警察です。やはりあなたが警察に自首するしか友人を止める方法はありません。」「警察は信用できません。」「なんで。」「朝戸は警察に恨みを持っています。それも尋常じゃないほどの恨みです。その恨みの対象である警察に僕が駆け込む。彼の精神は間違いなくぶっ壊れます。ぶっ壊れるとそれが引き金になって何をするかわかりません。」「それなら先にその朝戸を取り押さえるよう、僕の方から警察に…。」「駄目だ!!」びっくりするほどはっきりとした声を出した光定を三波は見つめるしかなかった。「警察は駄目だ。認めない。」「でもそれ以外に方法はありません。」「どうして。あなたは報道記者でしょう。真実を世の中に伝えるのが仕事なんでしょう。」「だから言ったじゃないですか。オカルトなんですよ。いま僕ら二人が話していることは世間一般にはただのオカルトなんです。」「じゃあ信じるように仕向ける催眠をかけましょう。」「は?」「僕が処方します。三波さん。あなたはその処方された映像を挟み込みだけでいい。大衆はそれで潜在的に真実だと刷り込まれる。」「だら!」沈黙が流れた。「だ…ら…?」「ダラなこと言っとんなや!それのどこが報道ねんて!結局洗脳して上書きしとるだけやろうが!」「…。」「自分の思うようにいかんくなったら他人の記憶を催眠で上書き。なんちゅうご都合主義なんや。ひとを変える前に自分変えれまこのボケ。」「ぼけ…。」「ここに戻ってくる前に調べさせてもらったわ。ヒカリ。あんたコミュの人間やろ。」「ヒカリ…。」「あんたそこで何勉強したんけ?聴く力ってもん身につけたんじゃないんけ?…あぁそうか。運営側か。運営側やし聴くと見せかけて洗脳する。そっちがわの考え方が染み付いてしまったなやな。お気の毒に。そりゃに潰れるわけや。コミュ。」「コミュをバカにするな!」光定は三波の胸ぐらを掴んだ。「おうおう威勢のいいことで。でもそのコミュで知り合った仲間である朝戸ひとりの暴走も止めることができんのは事実ですよ。」「言うな!」「そのお仲間も随分と中二病拗らせたもんですな。ひとりの個人がどんなテロできるっていうんですか。んでそれをすることで何が変わるっていうんですか。いいですか。就職氷河期って言うけど、俺だって立派な氷河期世代なんやしな!自分だけが悲劇のヒロインみたいな考えしとんなやって、せめてそいつに言ってやれま!」瞬間、光定の拳が三波の頬を捉えた。しかしそれは頬に触れるだけだった。彼はその場に崩れ落ちた。「言わないでくれ…。」「なんだよ…。」「言わないでくれよ。ナイトのことは悪く言わないでくれよ…。」「ナイト?」「あ…。」「え?ナイトって何?」病室の前で立ち尽くす坊山の首筋には妙な汗が流れていた。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー【公式サイト】http://yamitofuna.org【Twitter】https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVMご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。すべてのご意見に目を通させていただきます。場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。...more19minPlay
FAQs about オーディオドラマ「五の線3」:How many episodes does オーディオドラマ「五の線3」 have?The podcast currently has 262 episodes available.