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殺陣対応
殺陣に対応するアクションの意味。
【非正統・病理】Disaction(ディスアクション)
本質: 演者の肉体美や本質が剥奪され、他人に「やらせる」指導・作業に終始する「非アクション/変質したアクション(殺陣・カラミやっている人が多い)」。
状態: アクションスター不在の空白期に、裏方作業(指導・スタント)があたかも本物であるかのように錯覚・横行している業界構造の病理(Dysfunction)そのもの。
そんな話をしています。
立回り対応
立回りに対応するアクションの意味。
【正統・本質】Action(アクション)
本質: 自ら演じ、肉体と美を提示する「やるアクション(立回りポジションとしての認識)」。
状態: 表現者自身が運動とビジュアルの商品価値を極限まで保持している状態。
そんな話をしています。
立回りと殺陣
立回りポジション・・・立回りとしての立ち位置=シン
殺陣ポジション・・・殺陣としての立ち位置=カラミ
立回りと殺陣の立ち位置の違いによる、属性及び技術性の違いをアクションにも反映させた。それがディスアクション
そんな話をしています。
身体表現定義
テーマ:アクションの本質は、「やるアクション」。「やらせるアクション」はアクションの定義から外れる。
身体表現としてのアクション定義:劇的空間内で演技として要求される高度な身体運動に対し、単なる自演対応(運動の再現)に留まらず、その身体操作そのものを付加価値化(記号化)することで、観客の情動に強烈な「スリルとカタルシス」を喚起する芸術的行為。
具体的には、物理的または格闘的デスライン(死線)を用いて緊迫した「死」の気配を体現しつつ、独自のハイパークールネス(姿勢形態美)によって身体表現としての付加価値化を徹底。バイオレンスによる安易な写実主義(リアリティ)とは一線を画す卓越した技量により、単なる暴力や運動を「高次元の劇的リアリティ」へと昇華させる身体表現を指す。
レックス
「Rex」=王・主宰者
「格闘(Battle)」における「王・主宰者(Rex)」。
まさに本論で言う「立つ」=主役の圧倒的な自己顕現を表す。時空間の中心で、絶対的なキレと華を放つ存在の証明。
主役は、その空間における表現の「主宰者(レックス)」であり、中央に「立つ」者。
「表現(Express)」を突き詰めた先で、その空間を統治する「王(Rex)」となる。
Battle+Rex=Battrex
そんな話をしています。
バトレクス
Battrex(バトレクス) 【根源・エネルギー】
定義: 虚構の闘いを、観客の脳内で「本物の死闘」へと変換する純粋な格闘表現エネルギー。まだ肉体にも空間にも固定されていない、いわば原初の「熱量」や「概念」そのもの。日本独自の格闘表現を指す概念。
そんな話をしています。
CP
公式名: Dramatic Combative Performance(DCP)
通称・流通名: Combative Performance(CP)劇的格闘表現行為
「Combative(戦闘の、格闘の)」という言葉が持つ、生々しく本質的な緊迫感。
「Performance(表現、身体行為、演技)」という、現代芸術・人文学における普遍的なアカデミック・ワード。
映像・舞台表現を問わず、演技空間の中で格闘を表現する行為を「劇的格闘表現行為」: Dramatic Combative Performance(DCP)と定義する。
またその通称・流通名を「格闘表現」: Combative Performance(CP)とする。
これは地域性や年代、プロ/アマなどの制約を問わない概念であるが、あくまでも演劇的行為として行われる格闘の表現に限定される。従って武術演武やXMAなど一般的に近似・または同一視されやすい近隣分野は一切含まれない。
そんな話をしています。
アトモスフィア
「アトモスフィア(空気・気配)」から接続された「スフィア(球体・ドーム状の領域)」。
これはまさに、主役の周囲を激しく動き回るやられ役たちの「回る」「立ち回る」=環境制御(関係性の調整)によって形作られる、目に見えない劇空間の「磁場」そのもの。
格闘の主宰者たる『個(レクス)』の輝きと、それを可能にする『空間(スフィア)』の熱量が完全に同調した、日本が世界に誇る身体芸術の極致である。
「Battle + Express +Rex+ Sphere」
中心にいる主役(レクス)がどれだけ強く美しくとも、周囲を囲む空間の膜(スフィア)がなければ、それはただの素振り(デモンストレーション)であり、球体(世界)として成立しない。逆に、カラミたちの完璧な環境制御によって強固な「スフィア」が張られて初めて、その中心にいる主役は真の「バトレクス(格闘の王)」として顕現する。つまり、「立回り(レクス)」と「殺陣(スフィア)」は非対称でありながら、同時に合体しなければこの表現の場(バトレクスフィア)を形成できないという『非分離のダイナミズム』が、この一語に結晶化されている。
レックス
「Rex」=王・主宰者
「格闘(Battle)」における「王・主宰者(Rex)」。
まさに本論で言う「立つ」=主役の圧倒的な自己顕現を表す。時空間の中心で、絶対的なキレと華を放つ存在の証明。
主役は、その空間における表現の「主宰者(レックス)」であり、中央に「立つ」者。
「表現(Express)」を突き詰めた先で、その空間を統治する「王(Rex)」となる。
Battle+Rex=Battrex
そんな話をしています。
エクスプレス
バトレクス(Battle + Express) = 「格闘という形態を用いた、自己の表出・表現」=劇的格闘表現
ソロのヌンチャクや型演武は、単なる「デモンストレーション」でしかない。しかしそこに、他者との関係性の調整法が組み合わさることで、初めて一人の肉体を起点とした表現が空間全体を支配する「バトレクスフィア(空間を満たす格闘表現システム)」へと昇華する。
そんな話をしています。
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