●それは身体表現の可能性を広げるためのものであって、それ自体が目的ではない。
●だからこそ導入の際は、目的を見失わないようにしなくてはならない。
●それは予測可能な範囲で、要求されるであろう身体運動を満遍なく行うことで、身体能力をアイドリングさせておくことに一義的な意味がある。
●次に、未知の表現の要求に対し、それに対応できるようになるための訓練が必要である。
・内輪だけの練習がダメな点はまさにここにあるのだ。
・まず新しい血を入れるための機会を逃さないようにすることが肝要。
・例えば外部の人間が練習に参加した際は、教えを乞う、立回りなら手をつけてもらう、絡ませてもらうなど、いろいろできる。
・これをやらない人は、上達否定者=アマチュアなのだが、プロでも大半はこの段階に留まっているのが現実。