リジョイス聖書日課

リジョイス聖書日課

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リジョイス聖書日課 episodes

  • 強く、雄々しくあれ(ヨシュア記 10章)
    ヨシュアがただ一回の出撃でこれらの地域を占領し、すべての王を捕らえることができたのは、イスラエルの神、主がイスラエルのために戦われたからである。
    (ヨシュア記10章42節)
    「早く上って来て、私たちを救い、助けてください!」。ギブオンの人びとからの叫びを聞き、ヨシュアは出陣しました。和を結んだ仲間からの求めですから、行かなくてはなりません。しかし、どれほど不安だったことでしょう。相手は、これまでの一つの町とは違い、はるかに強力なカナン南部連合軍であるからです。イスラエルはまるで狼の群れの中に飛び込んでいくたった1匹の羊のようでした。
    主はヨシュアに告げられます。「彼らを恐れてはならない。わたしは既に彼らをあなたの手に渡した。あなたの行く手に立ちはだかる者は一人もいない」(8節)。
    ヨシュアは主の言葉に力を得て彼らに襲いかかり、大打撃を与えます。その後、敗走する敵の上に落ちる、天から降り注ぐ雹を見た時には、心から御名をあがめたでしょう。勇気に満ちてヨシュアは日と月に向かって祈ります。「とどまり、動くな」(12節参照)。すると主は、日を中天に留めて敵を打ち破るための十分な時を備えてくださったのでした。
    私たちも避けられない主にある戦いに召された時には、大胆に祈り求めましょう。
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  • 命を保障する協定(ヨシュア記 9章)
    「御覧ください。わたしたちは今はあなたの手の中にあります。あなたが良いと見なし、正しいと見なされることをなさってください。」
    ヨシュアは彼らにそのようにし、イスラエルの人々の手から彼らを助け、殺すことを許さなかった。
    (ヨシュア記9章25節~26節)
    どうしたことでしょう。イスラエルの指導者たちは、ここぞというところで主の指示を求めません(14節)。敗退に終わった一回目のアイ攻略のときと同じことを繰り返します。それゆえ、ここでも、困難な事態へと進みます。
    命を保障する協定を結んだ3日後、遠い国から来たはずの人たちが、なんと近隣の町ギブオンの住人だと明らかになりました(16節)。
    イスラエルの人びとの怒りはもっともです。人を騙す彼らがいつ敵側に寝返るかもしれません。その上、彼らはヒビ人です。憐れむことも禁じられている、滅ぼし尽くさなくてはならないカナンの先住民です(申7章1~2節)。
    それでも、ヨシュアは彼らに手をつけることはしません。イスラエルの人びとが彼らを襲うことも許しません。その理由はただ一つです。たとえ、欺きに基づく協定であっても、主にかけて彼らに誓った、主の御名による協定であったからです。欺かれたことに対する怒りや将来への不安があったことでしょう。それでもヨシュアは、潔く自分の行いの責任を引き受けました。主に誓ったゆえに、主の御手に彼らをゆだねたのです。
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  • アイでの勝利(ヨシュア記 8章)
    主はヨシュアに言われた。「恐れてはならない。おののいてはならない。全軍隊を引き連れてアイに攻め上りなさい。アイの王も民も町も周辺の土地もあなたの手に渡す。」
    (ヨシュア記8章1節)
    ヨシュアは、全軍隊を率いて行動を起こし、アイへ攻め上りました(3節)。このはつらつとした姿は、一回目の敗退で打ちしおれていたヨシュアとはまるで別人のようです(7章7~9節)。
    何によって、彼はこの大いなる力を得たのでしょうか。一つには、民と共になし遂げた悔い改めが見逃せません(7章)。まず、心が整えられました。もう一つは、主の御告げこそ力の源でした。主は、恐れずにアイに攻め上れと命じます。と同時に、戦術を授け、勝利を約束しておられます(1、2節)。
    奮い立つヨシュアとイスラエル、彼らはこの二回目の戦いにおいて、まことに従順でした。一回目の「3千の兵で十分」といった高をくくった判断を捨て去り、命じられた通り、選りすぐりの勇士3万をはじめ、全軍隊が出陣します。授けられた伏兵を置く戦術も、その通りに実行します。そして、主は大いなる勝利を与えてくださったのです。
    「御国を来たらせたまえ」と祈る私たちにとっても、勝利への道は、きっと同じです。悔い改めと心からなる従順を祈り求めて参りましょう。
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  • アイでの敗退(ヨシュア記 7章)
    彼らは、アカンの上に大きな石塚を積み上げたが、それは今日まで残っている。主の激しい怒りはこうしてやんだ。
    (ヨシュア記7章26節)
    エリコでの大勝利にイスラエルの人びとは気をよくしていました。アイに向かった約3千の兵士たちも勝利を疑わずに攻め上ったことでしょう。しかし、神は、この戦いが彼らの惨めな敗退に終わることをご存じでした。それでも、神は、彼らの計画に口をはさむことはなさいませんでした。それは、きっとアカン1人ではなく、イスラエルの人びとが滅ぼし尽くしてささげるべきことに対して不誠実だったからでしょう(1節)。
    思いもよらぬ敗退と36名もの仲間の死に直面して、民の心は挫け、ヨシュアはうろたえます。そして「私たちは皆殺しにされてしまう」と、主に訴えるのでした(9節)。
    そのヨシュアに対して、主は立ち上がるように命じて、なすべきことを告げられました。すなわち、背きの罪を徹底して取り除き、悔い改めることです。共に戦った仲間の1人とその家族を処刑しなくてはならない。それはどんなにつらいことだったでしょうか。しかし、民がなすべきことを忠実になし遂げたとき、神は激しい怒りを解いてくださいました(26節)。神は、悔い改める者を赦す、憐れみ深いお方であられます。
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  • 赦しと愛と救いのため来られた主イエス(ルカによる福音書 9章51-62節)
    弟子のヤコブとヨハネはそれを見て、「主よ、お望みなら、天から火を降らせて、彼らを焼き滅ぼしましょうか」と言った。イエスは振り向いて二人を戒められた。そして、一行は別の村に行った。(ルカ9:54-56)
    (ルカによる福音書9章54節~56節)
    御父の救いの計画の成就の時期が近づくと、主イエスはそのクライマックスの場所であるエルサレムに向かう決意を固められました。そして、これから歩まれる道の先に使いの者を出されました。
    彼らは準備のためにサマリア人の村へ入りましたが、歴史的、宗教的、血縁的な理由でユダヤ人と仲が良くない村人は主イエスを歓迎しませんでした。弟子のヤコブとヨハネは、彼らを天からの火で裁こうとしましたが、主イエスはむしろヤコブとヨハネを戒められました。主イエスは世を裁くためではなく、世を救うために来られたお方だからです(ヨハ3章17節)。
    エルサレムに向かう決意の根拠は愛と赦しであって、その目的は救いです。そしてこれらが御父の御心です。御父の御心に従って、このとき敵対的であったサマリア人を主イエスは赦して愛されました。彼らにまさる敵対者のユダヤ人たちさえ赦し、愛されました。こうして、赦しと愛のゆえに十字架の贖いによって世を救われたのです。
    主イエスの赦しと愛と救いの御業に心から感謝し、私たちの隣人と心から赦し合い、愛し合いましょう。
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  • 主の励ましを受けて(使徒言行録 18章)
    ある夜のこと、主は幻の中でパウロにこう言われた。「恐れるな。語り続けよ。黙っているな。わたしがあなたと共にいる。だから、あなたを襲って危害を加える者はない。この町には、わたしの民が大勢いるからだ。」(使徒18:9-10)
    (使徒言行録18章9節~10節)
    信仰者は、しばしば危機の中に置かれます。恐れが来ます。そしてそのような時に、主からの励ましも来ます。「わたしがあなたと共にいる。だから、あなたを襲って危害を加える者はない」。
    人びとの圧力の中にいると苦しくなります。一人では立つことさえままならないかもしれません。けれども、私たちは一人ではありません。キリストがあなたと共におられます。主にある兄弟姉妹があなたと共にいます。
    「恐れるな」とは、旧約時代から語り続けられた神の言葉です。すなわち、昔の信仰者たちも、私たちと同じような苦しみを経験しました。そして、はるか昔の時代から、神はあなたと共にいると語り続けてこられました。私たちの歴史は、昔から神が導いて来られました。
    今ここで苦しんでいる私たちは、神の歴史の先頭を歩いています。私たちが神の歴史の最も完成に近いところにいます。苦しみの先には、神の救いが待っています。あなたを通して神の民が起こされます。あなたが新しい歴史を開く時が、そこまで来ています。「恐れるな。…わたしがあなたと共にいる」。
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  • 主はよみがえられた(使徒言行録 17章)
    「それは、先にお選びになった一人の方によって、この世を正しく裁く日をお決めになったからです。神はこの方を死者の中から復活させて、すべての人にそのことの確証をお与えになったのです。」
    (使徒言行録17章31節)
    神の計画が揺らぐことはありません。神はご自身の救いの計画に向かって進んで行かれます。きょうという日もまた、神の救いの計画のために備えられた一日です。
    パウロはアテネのアレオパゴスでキリストの復活を語りました。キリストは罪のために死なれなければなりませんでした。御自身の罪のためではありません。わたしの罪のためです。それは紛れもなく、わたしの救いのためです。私たちはやがて来る裁きの日に備えて、神の救いに入れられました。
    先に救いを得た私たちは、隣人のために執り成します。キリストが十字架にかかられたのは、罪の裁きを受けられたからです。復活されたのは、私たちが罪に定められないためです。それゆえ、救いを得た私たちは感謝して、隣人にキリストを伝えます。
    キリストを信じれば救いを得るとの確証を、神は御自身が選ばれた人に与えてくださいます。主がよみがえられたとは、決定的な罪の赦しがなされたということです。罪の裁きを恐れる必要はありません。主はよみがえられた! これに勝る恵みはありません。
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  • 主が確信を与える(使徒言行録 16章)
    パウロがこの幻を見たとき、わたしたちはすぐにマケドニアへ向けて出発することにした。マケドニア人に福音を告げ知らせるために、神がわたしたちを召されているのだと、確信するに至ったからである。
    (使徒言行録16章10節)
    神の御業が始まろうとしています。私たちは主に従わなければなりません。
    それにしても、神の御業はいつも私たちの思いをはるかに超えています。一見すると、神のために立てた計画が遮られたように思うことがあります。神に従い、良かれと思って行動しているのに、思うような結果が見えず、道を間違ったのかと悩むこともあります。
    けれども、神のなさることは、いつでも私たちの思いを超えて最善です。そして、この時のためであったと知らされる時が必ず来ます。全てを支配しておられる神が働いてくださいます。神が召しておられるからです。むしろ私たちの思惑が打ち砕かれ、行き詰まる時こそ、神の御業が起こります。
    そうしますと、私たちは順境の時にも逆境の時にも、なお神の御手の中にあると信じることができます。主が与えてくださるのは、私がいつもあなたと共にいる、という約束です。きょうという日も、神が共にいてくださいます。主が示しておられるところへと、出発しましょう。主の祝福がありますように。
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  • 主が救ってくださる(使徒言行録 15章)
    「人の心をお見通しになる神は、わたしたちに与えてくださったように異邦人にも聖霊を与えて、彼らをも受け入れられたことを証明なさったのです。また、彼らの心を信仰によって清め、わたしたちと彼らとの間に何の差別をもなさいませんでした。」
    (使徒言行録15章8節~9節)
    「割礼」の必要をめぐってエルサレムで会議が開かれました。救われるためには何が必要かという議論でした。
    救いのために必要なことはただ一つ、「イエスは主である」と信じて告白することだけです。この告白を神が受け入れてくださいます。ここに私たちの救いがあり、希望があります。神の救いは大きく門戸を開いています。キリストにあって、もはやユダヤ人も異邦人もありません。イエス・キリストが分け隔てなさらないからです。「すなわち、イエス・キリストを信じることにより、信じる者すべてに与えられる神の義です。そこには何の差別もありません」(ロマ3章22節)。
    私たちは今や、さまざまな重荷から解放されました。異邦人である私たちは、元から律法を持っていません。それなのに、キリストを信じた今、なぜくびきを負おうとするのでしょうか。キリストが罪から解放してくださったのですから、喜びましょう。もう、かつての古いわたしは脱ぎ捨てられたのです。
    キリストの霊である聖霊が共にいてくださいます。神はキリストを信じる人を分け隔てなさいません。
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  • 主が行われる(使徒言行録 14章)
    ところが、信じようとしないユダヤ人たちは、異邦人を扇動し、兄弟たちに対して悪意を抱かせた。それでも、二人はそこに長くとどまり、主を頼みとして勇敢に語った。主は彼らの手を通してしるしと不思議な業を行い、その恵みの言葉を証しされたのである。
    (使徒言行録14章2節~3節)
    神を第一とすることには、時に困難があります。主のために働くことが、必ずしも成功体験を約束してはいないからです。私たちが神の御業を作り出すのではありません。私たちは神の御業の起こることを期待するだけです。
    このように神の御業に期待するとき、神が私たちを用いてくださいます。主が私たちよりも先に立って進んでくださるからです。私たちは、キリストの背中を見つめながら、一足一足進みます。
    「恐れるな」とキリストが言われます。そうして、人びとの悪意の中で、パウロたちは主について勇敢に語り続けました。パウロたちの信仰が現れていますが、そこに神の働きかけがありました。神が彼らを通して働かれました。
    神のために働くときに妨害されることもあるでしょう。しかし、主に仕える働きですから、主ご自身が力を与えてくださいます。主からあなたに委ねられている働きは何でしょうか。主に仕えることで、あなたの心に生じる不安は何でしょうか。主があなたを強くし、力を与えてくださいますように。恐れに打ち勝つ、主の御業が行われますように。
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リジョイスは「日本キリスト改革派教会 教育機関誌委員会」が毎月発行している機関誌です。リジョイスには聖書日課が用意されており、日替わりで聖書のみことばと解説が紹介されています。

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