リジョイス聖書日課

リジョイス聖書日課

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リジョイス聖書日課 episodes

  • 主こそ、神であられる(ヨシュア記 2章)
    あなたたちの神、主こそ、上は天、下は地に至るまで神であられるからです。
    (ヨシュア記2章11節)
    エリコの住民である遊女ラハブは、以前からイスラエルについての情報を聞き、その民を困難な荒れ野の中でも導かれた力ある神に思いを馳せていました。ですから、エリコを探りに来たイスラエルの斥候を受け入れたのでした。
    そういうわけで、2章の主人公はエリコに遣わされた二人の斥候ではなく、ラハブです。そして、この章の中心は9~11節のラハブの言葉にあります。彼女は、イスラエルに味方したほうが得だという単なる打算によって行動したのではありません。イスラエルの神である主への明確な信仰のゆえにそうしたのです。
    11節の終わりに、「あなたたちの神、主こそ、上は天、下は地に至るまで神であられるからです」とあります。ここにラハブの信仰の告白があります。この信仰のゆえに、彼女とその一族は救われ、今日までイスラエルの一員として歩んでいるのです(6章25節)。
    主なる神こそ、全世界を支配しておられる神であられるという信仰告白によって、私たちも信仰の英雄の一人とされます。神が私たち一人ひとりをそのように力づけてくださるのです。
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  • わたしはあなたと共にいる(ヨシュア記 1章)
    わたしはモーセと共にいたように、あなたと共にいる。あなたを見放すことも、見捨てることもない。強く、雄々しくあれ。
    (ヨシュア記1章5節~6節)
    偉大な指導者モーセは、約束の地に入る前に神に召され、死にました。主は、不安の中にあった従者であるヨシュアに、「強くあれ、雄々しくあれ」と、同じことを何度も繰り返しています。非常に力強い主の励ましです。
    これから先、ヨシュアに起こることを考えると、主がそのように言われたのも納得できます。つまり、主は、これからのヨシュアの生涯が戦いの連続であるということをご存じだったので、「強くあれ、雄々しくあれ」と何度も繰り返されたのです。確かに荒れ野においてヨシュアはモーセと共に戦いました。モーセが死んだ今、自分一人で戦わなければならないときに、頼るべきものは主なる神だけです。神に聞き従いつつ、自分自身が先頭に立ってさまざまな困難と闘っていかなければならないのです。
    そのようなヨシュアにとって、「わたしはあなたと共にいる」という約束の言葉は、どれほど力強かったことかと思います。私たちの生涯は、確かにいろいろな信仰の戦いの連続です。しかし、共にいましたもう主の導きの中で、必ずや勝利を勝ち取ることができるのです。
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  • キリストにあって一つになる(ヨハネによる福音書 17章20-26節)
    …栄光を、わたしは彼らに与えました。わたしたちが一つであるように、彼らも一つになるためです。わたしが彼らの内におり、あなたがわたしの内におられるのは、彼らが完全に一つになるためです。こうして、あなたがわたしをお遣わしになったこと、…彼らをも愛しておられたことを、世が知るようになります。
    (ヨハネによる福音書17章22節~23節)
    主イエスの長い祈りの最後は、弟子たちの言葉によってキリストを信じるすべての信仰者のためにささげられています。主イエスは、ここで特にすべての信仰者が「一つ」になることを祈られました。
    時代と場所を問わず、すべての信仰者は、三位一体の神が完全な愛で一つであられるように一つになるべきです。御父が御子をこの世にお遣わしくださった理由がここにあります(23節)。それぞれ異なる思い、背景、状況を持つ信仰者が一つになれるのは、キリストがその内におられる時です。いつ、どこでも、すべての信仰者がキリストという一つの同じ香りを放つことができれば、世はキリストこそ唯一の真理であることを知るようになります。
    主イエスのこの祈りは、当時の十二弟子はもちろん、今日の私たちのための祈りでもあります。神の御言葉を、キリストの福音をすべての基準にする、すなわち、キリストにあってすべての人が完全に一つになれば、主の平安(シャローム)がこの世界に訪れるでしょう。まず自分から、私たちの家庭、教会から、キリストにあって一つになりましょう。
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  • 御言葉とディアコニア(使徒言行録 6章)
    わたしたちが、神の言葉をないがしろにして、食事の世話をするのは好ましくない。…“霊”と知恵に満ちた評判の良い人を7人選びなさい。彼らにその仕事を任せよう
    (使徒言行録6章2節~3節)
    規則やシステムは、日々変化する現実を追いかけます。爆発的に人数が増えた初代教会は、新しい問題に直面して一つの職務を作りました。
    それは、どんどん増えてくるやもめたちの「食事の世話」(原文では「食卓のディアコニア」)をするために、「執事」を選出したことです。
    しかし、彼らは霊と知恵に満ちた評判の良い人びとであったので、食事の世話だけにとどまらず、使徒たちが行っていた「御言葉の奉仕」にまでその働きが広がっていきました。
    ディアコニア(お世話をすること)を忠実にする者は、御言葉によって養われ、さらなるお世話と伝道に、自然に導かれていくのでしょう。フィリポは洗礼を授けています(使8章38節)。ステファノは伝道説教をしますが、彼をねたんだユダヤ人たちによって逮捕されてしまいます。
    使徒たちが「祈りと御言葉の奉仕に専念する」と言わねばならなかったほど、初代教会では会員のお世話の仕事が多かったのです。それは御言葉がクリスチャンを生み出したからです。御言葉はディアコニアを生み、また御言葉へと帰ってきます。
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  • 名誉欲の戒め(使徒言行録 5章)
    ペトロは言った。「アナニア、なぜ、あなたはサタンに心を奪われ、聖霊を欺いて、土地の代金をごまかしたのか。…あなたは人間を欺いたのではなく、神を欺いたのだ。」
    (使徒言行録5章3節~4節)
    バルナバは畑を売った代金を教会に献金しました(4章36、37節)。これは、珍しいこととして教会の会計簿と日誌に記録されました。
    アナニアとサフィラ夫婦はバルナバの名声をうらやみました。「私たちも皆から尊敬されたい!」。その結果、この事件が起きました。
    ここからさまざまな教訓めいた説教がなされます。しかし、この事件が聖書に書かれたのは、戒規を教えるためではありません。教会には最初から偽善があったと言いたいのでもありません。私たちの金銭欲を戒めるのでもありません。それでは何のために記録されたのでしょうか。それは名誉欲を警戒せよと言っているのです。
    私たちは個人であれ教会であれ、他人から良く思われたい、尊敬されたいという本能的な欲望を持っています。実態は幽霊会員が多いのに、現住陪餐会員を水増しして、教会を大きく見せたい教会もあります。
    もう一つ、重要なことがあります。それはこの事件は最後の審判の先取りとして、私たちに対する警告として記録されているのです。
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  • キリストによる救いのみ(使徒言行録 4章)
    わたしたちが救われるべき名は、天下にこの名のほか、人間には与えられていないのです。
    (使徒言行録4章12節)
    カトリック教会第2バチカン公会議(1965年)は、「諸宗教の中にも真理が存在する。カトリック教会を知らないまま諸宗教を信じて誠実に生きる善意の人は、私たちが知らない方法でイエス・キリストの復活秘儀に与かり救われる」と宣言しました。カトリック教会は「諸宗教との対話と融和」を時代的要請として受け止め、この踏み込んだ宣言をしました。
    しかし、「誠実に生きる善意の人」とは誰の目から見た判断でしょうか。「知らない方法」とは何でしょうか。パウロは詩編14編を引用して、「正しい者はいない。…善を行う者は…ただの一人もいない」と言いました(ロマ3章10、12節)。ペトロも、イエス・キリスト以外に救いの道はないと言いました。私たちは神様よりも賢くなろうとしてはいけません。分からないことは分からないと言いましょう。
    「イエス・キリストを知らないで死んだ人々は、どうなるのですか」。「永遠の神様は、すべての人を見て、どの人に対しても正しい裁きをなさいます」(立石章三著『キリスト教子ども教理問答』問90)。
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  • わたしは何を見ているのか(使徒言行録 3章)
    ペトロはヨハネと一緒に彼をじっと見て、「わたしたちを見なさい」と言った。
    (使徒言行録3章4節)
    エルサレム神殿で最も目立つ「美しい門」の真下に、哀れな乞食が座っていました。彼は生まれつき足が不自由でした。彼にとって神殿は礼拝の場所ではなく稼ぎの場所でした。
    人びとは彼のそばを通り過ぎて行きます。ごくたまに小銭を放り投げてくれる人がいます。しかし、彼に声をかけてくれる人は皆無です。ところが、ペトロとヨハネは彼を見つめ、声をかけました。彼の人生はこの時から大きく変わります。この変化は実は、主イエスの復活後にペトロとヨハネの上に起こった大変化によるものでした。
    かつてのペトロとヨハネは、神殿に来ても、「なんとすばらしい石でしょう」と、柱や建物に目を奪われていて、その下に座っている乞食など目に入っていませんでした(マコ13章1節)。しかし、復活のイエスによって変えられた二人は、石や建物ではなく、哀れな乞食に目を注いだのです。
    キリストに出会うまで、私たちの目が追い求めていたことはこの世の栄光でした。今はどのように変えられたでしょうか。助けを求めている人びとを見ているでしょうか。
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  • 3千人の受洗(使徒言行録 2章)
    ペトロの言葉を受け入れた人々は洗礼を受け、その日に3千人ほどが仲間に加わった。彼らは、使徒の教え、相互の交わり、パンを裂くこと、祈ることに熱心であった。
    (使徒言行録2章41節~42節)
    大会統計によりますと、2017年に大会全体で洗礼を受けた成人は64人です。40年前、1977年の統計では121人でしたので、半数に減っています。
    本日のテキストは約2千年前のペンテコステの事件です。ペトロが説教しますと3千人が洗礼を受けました。この時は世界中から信仰深いユダヤ人がエルサレム神殿詣でに来ていたのですから、現代の私たちの教会が行う洗礼とは比較できません。
    ペンテコステとは教会が誕生するという特別なスタートですから、神様の方でも大がかりな「打ち上げ」を準備されていたのです。
    ロケットを宇宙に打ち上げるには、大量の燃料を一挙に燃やして推進力を必要とするように、教会を世界に打ちあげるには大デモンストレーションが必要でした。
    私たちの教会では、救霊、福音伝道、教会運営のために、そして軌道修正のために時々エンジンをふかしています。これらの燃料はすべてキリストが遣わしてくださる聖霊なる神様の力です。
    もっと燃料を補給してくださいと、主イエスに祈りましょう。
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  • 40日間の特訓(使徒言行録 1章)
    イエスは苦難を受けた後、御自分が生きていることを、数多くの証拠をもって使徒たちに示し、40日にわたって彼らに現れ、神の国について話された。
    (使徒言行録1章3節)
    十字架から復活された主イエスは、エルサレムとガリラヤで使徒たちに現れ、御自分の体である教会を建てるために、40日にわたる特別教育をされました。彼らはこれから世界中に、主の復活と、罪の赦し、主の再臨という福音を宣べ伝えるのです。
    40日間の授業の内容は、心躍るような、キリストのすばらしい救いの恵みでした。さらに「未来」を、神様がどのようにデザインされているかという、神秘的なご計画も伝授されました。
    神様はこれから使徒たちを用いて、すばらしい神の国を造られるのです。彼らは目を輝かせてこの特訓を受けたことでしょう。
    さて、私たちの生きる目的は「神の栄光を現す」ことですが、「栄光を現す」特別な仕事があります。それは献身をして牧師、伝道者、信徒説教者になることです。
    そのためには神学校や神学研修所などで、特別な学びと修業が必要です。この訓練によって、通常よりはるかに深く聖書を学び、神様の御心を知ることができますから、心躍るような毎日です。あなたもこの仕事にチャレンジしてみませんか。
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  • 憐れみの泉なるイエス・キリスト(ヨハネによる福音書 5章1-9節)
    イエスは、その人が横たわっているのを見、また、もう長い間病気であるのを知って、「良くなりたいか」と言われた。…イエスは言われた。「起き上がりなさい。床を担いで歩きなさい。」
    (ヨハネによる福音書5章6節~8節)
    羊の門の傍らにベトザタと呼ばれる池があり、その周囲に病気の人、目の見えない人、足の不自由な人、体の麻痺した人など、大勢が横たわっていました。それは、その池の水が動くことがあり、その時、真っ先に水に入る者はどんな病でも癒やされるという「言い伝え」があって、そのような迷信に一縷の望みをかけていたからです。
    しかし、ここで問題は、力のある者が第一にその恵みに浴することができる、厳しい競争が繰り広げられていて、そこには憐れみはなく、出遅れた者は敗北者のように、いつも天を仰ぎ、やるせない思いに突き落とされていたということです。
    主イエスは、38年間、敗北し続けてきた名もない人に目を注がれ、「良くなりたいか」とおっしゃいました。大勢の中から、特にこの人に目を注がれ、病を癒やされた理由が何だったのか、一切分かりません。ただ一つ言えることは、今、このように信仰に導かれている私たちに対しても、同じように関心を持たれ、特別に目を注がれ、救いに導いてくださったということです。私たちにとって主イエスこそ憐れみの泉です。
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リジョイスは「日本キリスト改革派教会 教育機関誌委員会」が毎月発行している機関誌です。リジョイスには聖書日課が用意されており、日替わりで聖書のみことばと解説が紹介されています。

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