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おさしづに「心定めば案じる事要らん。」とあります。心が定まったら、それについて案じる心が出てこないのかも。案じ心が出てきているのは、もしかしたら心定めのようなものをしただけで、心が定まった状態ではないのかも。
不足することを手引きと位置付けると、たんのうへの筋道が見えてきます。不足は見えた世界から。たんのうは見えない世界で感じてこそ。かりものの世界へフェーズを変えることで、不足から満足に飛躍できるのかも。
なんでもこれからひとすぢに かみにもたれてゆきまする
神にもたれるとは、ただ神様にお願いしていのではなく、神様の懐にいだかれて、生かされていることに心からお礼を申し上げて生きることなのかもしれません。
神様と取引していては、かりものの理が治ったとは言えません。どんなことがあったとしても、神様の恩に報いてゆく心が定まったのが、かりものの理が心に治った、といえるのです。
小さな心でいた分には、小さい働きしか出来ません。大きい心をもって、真実の道を働くことができます。先を案じる小さい心からは、をしい、ほしいのほこりを取ることができなくなります。
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