本日は宜蘭南部の「南方澳」で水揚げされる魚の思い出話。南方澳は台北からは順調に行って2時間ほどの道のりになる。高速道路5号線で宜蘭県の羅東まで行く。そこからは一般道を通って冷泉で有名な蘇澳に向かう。あるいは台湾鉄路の花蓮行きか台東行きの列車に乗って蘇澳まで行く。そこから先はさらに十数分ほど南下してようやく辿り着く。
今から6年前、「赤いダイヤ」の別称を持つ高級魚の「ノドグロ」を求めて取材旅行をした。正式名称は「赤ムツ」。日本海産のものは特に「ノドグロ」と呼ばれ、珍重されている。実は宜蘭、花蓮、台東など台湾の東海岸でも水揚げされると聞いて、その赤いダイヤを求め、宜蘭県蘇澳鎮の南方澳漁港を訪ねた。まずは南方澳漁港の紹介から。
南方澳は2023年の資料で人口が約6,600人、そのうち8割が漁業に従事している。南方澳は三方を山に囲まれた地形を生かし、日本統治時代の1923年に開かれた漁港だ。日本の漁民の移民も多かった。漁具や漁法もその当時日本からもたらされたと言われる。1950年台の全盛期には、今の人口の4倍以上、3万人がこの港町に暮らし、全台湾で最も人口密度が高かったというから、当時の繁栄ぶりが想像できるだろう。
現在は三つの内港が整備され、高雄港、屏東県の東港と並び、台湾三大漁港の一つに名を連ねている。また三つの市場があり、第一市場は、漁業協同組合が主催してセリを行う。第二市場は、海鮮類の小売を行う。毎日午後3時から5時まで漁民が収穫物を持ち寄って客に売る。第三漁港かたわらの漁港路には海鮮、土産物店が密集し、旅客、買い物客で賑わっている。これらの市場を巡るだけでも、魚好きにとっては楽しい。水揚げされたばかりの魚を市場やその周辺の食堂で調理してもらい、いただくこともできる。
南方澳の朝は早い。夜明け前に水揚げされたマグロ、カジキ、サメなどの大型魚のセリが、毎朝午前6時から第三漁港にある卸売市場(第一市場)で始まる。4月下旬から6月末には台湾のクロマグロ漁も解禁される。南方澳漁会漁市場の当時の主任の陳さんの話では、2016年は180キログラム以上の大物が1,090尾揚がった由。クロマグロの漁獲量は毎年ライバルの東港とトップを争っている。私も見学させてもらったが、百キロ以上のクロマグロが、所狭しとゴロゴロ並ぶ姿は圧巻だ。セリは素人にはわからない独特の言い回し身振りで粛々と進んでいく。競り落とした魚は業者が黙々とトラックに積み込んでいく。
また、南方澳はサバの水揚げ量も台湾全体の8~9割を占め、漁港の周りを鯖の一夜干しや缶詰等に加工する工場がひしめいている。台湾のスーパーで売られている国内産の鯖は、ほぼ南方澳で水揚げされたものと言って良い。南方澳で水揚げされる鯖は、「白腹鯖」と呼ばれるマサバと「花腹鯖」と呼ばれるゴマサバの2種類。この点は日本で水揚げされるものと同じである。また1995年からは毎年秋には「鯖魚季」と呼ばれるサバフェスティバルも開催され、多くの観光客を集めている。
では、台湾を代表するシンガーソングライターの一人である陳明章さんの歌で、南方澳のある蘇澳から来た終電車を歌った『蘇澳來ㄟ尾班車(ソオウライエポエパンチャ)』をOA。
ところで、南方澳では「紅喉」と呼ばれるノドグロ、正式名称アカムツも揚がる。台湾華語の意味を直訳すると「ノドアカ」となる。ちなみにこちらで「黒喉(ノドグロ)」と言うとクロムツとなってしまうので、ややこしい。台湾のノドグロは産地によって二つの型がある。宜蘭沖の亀山島近海産のものが丸みを帯びているのに対し、花蓮から台東の沖合が原産のものはやや細身。
宜蘭沖の亀山島周辺には海底火山があり、プランクトン等の栄養も豊富で台湾近海の最良の漁場の一つに数えられている。台北市内の多くの海産物レストランで「亀山島」の看板を掲げているところは実に多い。「亀山島」は美味しい魚の代名詞でもある。栄養豊富な海域の亀山島産のノドグロが体高が高く、丸々としているのにはこうした理由がある。
私は以前、2015〜2018年に、映画監督の北村豊晴さんが経営する台北市内の居酒屋「北村家」で店長を勤めていたことがある。その時にも、宜蘭の仲買人からノドグロを仕入れていた。値段は少々張るけれども、ノドグロの塩焼きは人気メニューだったので、毎日の仲買人とのやり取りでノドグロが揚がった日には、必ず注文を入れるようにしていた。当時ノドグロを取材しようと思ったのも、店でいつも見慣れたノドグロが、どこからやってくるのだろうかと興味を持ったからだった。
ただ取材当時、ノドグロを求めて南方澳の卸売市場や食堂を探し回ったのだが、夏の初めのこの時期は漁が少ないため、なかなか見つからない。と、南方澳から2キロほど離れた蘇澳市街の老舗のレストラン「永豊活海鮮」に入荷との情報を得た。果たして、そこにノドグロの姿はあった。オーナーの陳永坤さんの勧めで、10人のうち7、8人の客が注文するというノドグロを塩焼きでいただく。亀山島沖産のふっくらとした型のものだ。二枚に開かれた形で登場するのは台湾スタイル。身離れが抜群で、きめ細かく良質の脂の乗った上品なその身の味わいは、まさに赤いダイヤの尊称にふさわしい。本当に美味しかった。
台湾のノドグロは、9月から11月にかけてが旬となる。今から秋の到来が待ち遠しい台湾の海鮮レストランでノドグロを見かけたら、財布にはちょっと痛いかもしれないが、それでも日本で食べるよりは、よっぽどお値打ちでいただける。チャンスがあれば、ぜひ試していただきたい食材の一つだ。
原曲が日本の曽根史郎さんが歌った『初めての出航』で台湾では多くの歌手によってカバーされ、歌い継がれている『快樂的出帆(クアイロエツッパン)』を孫淑媚さんの歌でOA。
そして、南方澳は台湾全土で寺廟の密度が最も高い地域でもある。第一漁港を見下ろすようにそびえる媽祖廟の南天宮を筆頭に、所狭しとひしめく寺廟の神々が、この港から出航する船の海の安全を見守っている。大きな廟だけでも13箇所、土地公や個人の私廟まで合わせたら数百はくだらないだろう。
そして、是非おすすめしたいのが、蘇澳公路にある展望台から、南方澳漁港を見下ろす光景である。三方を山で囲まれ、砂州が伸びて天然の防波堤を形成し、その内側に三つの漁港あって、多くの漁船がひしめき合う姿は、本当に絵になる。展望台には少々きつい山道になるが、第二漁港からも登山道が通っている。私もここを二度ほど登ったことがある。晴れた日も小雨の日も、それぞれ趣があった。野生の蝶にも出会えた。南方澳を見下ろしながら、かつての繁栄した歴史に暫し想いを馳せるのも良いだろう。
今月の歌は『Smile』。demo音源だが、バッテリーの演奏でお聴きいただきながらお別れ。