徒手空拳日記
2022年10月20日木曜日
ついにヤフコメが、コメント記入には、携帯電話番号の認証がマストになって、これまでみたいに野放図なクソコメが、これでだいぶ減りそうとのことですけど、ヤフコメを読むと、心が穢れそうなので、最近はもう、丸で読まなくなりました。あとYou Tubeのクソコメも、目が潰れそうで、いっさい読みませんね。エタノール、タバコ、SNSのコメントは、すべて、私を蝕む毒物です。
FacebookとかTwitterとか、Yahoo!とかnoteとか、みればみるほど、心がすさみます。20世紀がスピードの時代だとすれば、21世紀のここまでは、インフルエンスの時代でした。とにかく、影響力を持った者が勝ち、という単純なゲームでしたけど、スピードもインフルエンスもないほうが、これからは幸せなんじゃないかなと思います。
イギリスとアメリカの時代が、ハードランディングによって、墜落事故のように終わるということは、スピードもインフルエンスも、終わるのです。テレビ放送もGoogleも、スピードとインフルエンスのメディアという意味では、似たようなものです。これからは、遅くて、取るに足らないものがオルタナティブになります。
共産主義にしろ、資本主義にしろ、統一教会にしろ、オリンピックにしろ、どれもこれも、スピードのキチガイ、インフルエンスのキチガイでした。統一教会が、狂ったように反共にこだわるのは、統一教会と共産主義が、似た者同士だからです。速度と影響力のイデオロギーこそ、人々を不幸にしてきたことに、ようやっと世界は気づき始めました。家庭や学校や会社は、スピードとインフルエンスの支配した数百年の組織形態であって、これからはもう、そんなもの要りません。
家庭や、学校や、会社のない世界へ、私はひと足早くやってきています。絆とは、家畜をつなぎとめておく紐のことです。家族の絆は、親が子の人生を簒奪するためのものです。宗教2世だけでなく、Anything2世、ありとあらゆる絆は、無価値なんです。学校も会社も、スピードとインフルエンスを競わせるエコーチェンバーでしかなく、そんなものなくてもなんとでもなります。
より遅く、より低く、より弱く、なることこそが、これからの成功なのです。って言っても、わかってもらえないと思いますが、それが末法の基本です。徒然草や方丈記、あるいは松尾芭蕉の次のような言葉がチカラを持つパラダイムがやってきつつあります。
自分はたしかに「無能無芸」の人間だが、 しかしただ一筋の道につながる、 末端のはしくれとは思ってきた。そのただ 一筋の道とは西行の和歌、宗祇の連歌、雪舟の絵、そして利休の茶のことだ......。
引用は終わりです。この一筋の道とは要するに、スピードとインフルエンスの真逆です。無能無芸のつながる一筋の道が見える者、見えない者が、とことん別世界を生きていく、本当の分断が、もう始まっています。
本日は以上です。ありがとうございました。
人のゆく裏に道あり花の山