徒手空拳日記
2022年4月29日金曜日
もう20年くらい前にはすでに、インターネットは知能の格差を広げるって言われてましたけど、では知能とはなにかといえば、情報を疑うことだと思います。
情報とは、何ものかによる命令です。つまり、疑いながらインターネットを使っている人と、丸ごと鵜呑みにする人の格差です。鵜呑みにする人は、支配層の養分として取り込まれていきます。どんなにおカネのない人でも、ページビューを上げることには役立ちます。
書籍についても、自己啓発書やなんらかのスキルを身につける入門書のようなジャンルは、ほとんどYou Tubeに奪われてしまいました。ダイエットや筋トレ、貯金や時間術などは、アプリに奪われてしまいました。文春砲なんかもガーシーチャンネルに奪われています。マンガも、どんどんスマホに移っていますけど、著作権は作家や出版社に残っています。
書籍に残っているのは、書き手が、インターネットには、広がってほしくないと考えているコンテンツだけです。多くのアートは、バカに見つかることを、価値あることだとはいまも見ていません。だから、真理に近いと書き手が思っていることは、書籍だけに残っています。毎月4400円も朝日新聞の購読料に支払うなら、文學界、群像、新潮の3冊を買って、ひと月かけて熟読したほうが、知能の維持や向上には、役立つでしょう。
もう一つ、過去の価値ある情報は、まだ書籍により多く残っています。インターネットが大容量のコンテンツを取り扱えるようになってまだたかだか10数年しか経っておらず、過去のすぐれたテキストコンテンツは書籍にしかないものも多いです。例えば、ヘラブナ釣りの入門書などは、You Tubeより古本のほうがリッチです。
とにかく、ひとりでも多くのものへの到達を目指すメディアやコンテンツは、書籍からは総撤退、残る万人向けの書籍コンテンツは、マンガと直木賞作家の小説くらいになっていきそうです。直木賞の受賞作品も、Netflixのノベライズみたいなつまらないものが増えています。書籍でしか流通していない情報に注目して、本屋をやったほうが、おもしろいし、独自の価値を出せます。
この視点から、お店に並べる本を選べば、ほとんど要らない本ばかりなので、ラクに集まります。雑誌なんて品揃えは要りませんし、いまさらベストセラーになっている本は、Amazonで買えばいい。
インターネットには流通してほしくない、と書き手が意図する書籍と、過去の普遍的なことが書いてあるのに、インターネットにアップロードされていない書籍、このどっちかしか置かないとなると、新刊書店にする意味はありません。古本屋でもないです。本を売るのではなく、視点を売る、そういうお店しかやりたくありません。本を売るのではなく、成長や競争、学校や企業や軍隊とまるで関係のない、the other side of朱子学カルトを示すことができれば、それでいいのではないでしょうか。おかねを稼ぐために新刊書店をやるって、もう無理なんだろうなと思います。
本日は以上です。ありがとうございました。
人のゆく裏に道あり花の山