徒手空拳日記
2021年11月27日土曜日
ガーファやTwitter、マイクロソフトなどアメ人のプラットフォーム全般に言えることですが、英語圏外の彼らのサービスが、本当に野放図になっており、何でもあり、ほとんど無法地帯化しています。
Amazonのブラックフライデー・セールなども、サクラチェッカーなしには丸で買い物もできず、セール対象品のかなりの割合が、人を欺く商品なわけで、Amazonにとっては、日本市場なんて、適当にやっとけ感が漂いまくりです。
ガーファの非英語圏は、なにが支配しているかといえば、彼らのぶち込んでいる人工知能です。だから、その人工知能にバンされない対策が次から次へと編み出され、結果として、人を人と思わない、無法地帯になりつつあります。
これらの頭の悪い人工知能による自動運転モードに対抗するには、彼らのサービス利用を極力控えることです。もう少しはっきり言えば、受動的な使い方をしないことです。You Tubeをつけっぱなしにすると、人工知能のリコメンで世界認識がおかしくなります。
日本では、政財官学マスメディアによる天然知能が、しょうもないエコーチェンバーをつくりだしています。これも受動的に、政財官学マスメディアの思うがまんまにうけいれていると、天然知能の無限リコメンで、世界認識がおかしくなります。
You TubeもTwitterも、こちらが能動的に、つまり知りたいことがあるときだけ、ピンポイントの検索でインベスティゲーションする、そういう付き合いをするしかありません。
読書は、ソーシャルメディアに比べてどうしてマシかというと、結局のところ、テキストは能動的にしか読めないからです。Twitterは私はすっかりやめてしまいましたが、もしやるのなら、右上のキラキラマークをクリックして、TwitterのAI優先の表示ではなく、みなさんがフォローしているアカウントのタイムラインを表示するようにしたほうがいいです。
考えるチカラとは、天然知能にせよ、人工知能にせよ、かたっぱしから疑ってかかるチカラです。政財官学マスメディアという天然知能、ガーファによる人工知能、どっちも極めて有害だと思います。
批判するチカラあっての人間です。批判のチカラというと、言葉や態度ではっきりと反対意見を言うことだと思われていますが、全然違います。
批判とは、情報と情報のつながりを、天然知能や人工知能にゆだねないことです。いかにも従順なフリをして、自分のチカラでロジックをつくればいいんです。私によると、世界はこうである、という独自認識を持つことが、批判精神なんです。
ガーファやマスメディアの言っていることを素直に聞いてるフリして、こころでは徹底的に疑っている、それこそがクリティカルシンキング、ラショナルシンキングです。洗脳されないとは、因果を受動的に取り入れないというスキルです。その情報は本当かな? じゃないんです。情報と情報のロジックに、嘘や悪意が執拗にこめられているのです。
本日は以上です。ありがとうございました。
人のゆく裏に道あり花の山