Hatsuda M, Hasegawa M, Nakamura K, et al. Effects of neutron radiation on pharmaceuticals in deep space-like environments. Life Sci Space Res. 2025; 46: 61-73.
🧠 背景
深宇宙では地球の大気と磁場がないため、宇宙船の壁をすり抜けやすい「高速中性子」という放射線が絶えず降り注ぐ。月や火星で患者を静脈麻酔する場合、こうした放射線が薬を劣化させると用量や安全域がずれる恐れがある。本研究は、もっとも使われる全身麻酔薬プロポフォールが高速中性子で壊れるかを初めて検証したものである。なお、今回照射した最大4 Gy(グレイ)は CT 頭部検査約 80 回分に相当し、月面で数か月さらされる総量を一気に与えた程度と理解してほしい。
🔬 方法
試料:①純粋なプロポフォール原薬、②臨床で使う脂質エマルジョン製剤
照射:1–5 MeV の高速中性子を 0、0.01、0.10、1.00、4.00 Gy の 5 段階で照射
評価:
o ¹H-NMR と HPLC で分解生成物を測定
o 見た目の色変化とミセル径で製剤の安定性を確認
o GM 計数管と Ge 半導体検出器で「薬液」や「容器」が放射化(放射能を帯びること)するかを追跡
📊 結果
・プロポフォール含量は全線量で **99.9 ± 0.7 %** とほぼ変化なし
・製剤の白い乳濁色はほぼ維持(0.10 Gy 群のみ 12 日後に軽度黄変)
・ミセル径に統計的な差なし
・ 照射直後、4 Gy 群のガラスバイアルで **1** **万 cpm** 程度の放射能を検出したが 5 日でバックグラウンドレベルへ低下
・放射化された核種は ^24Na(半減期 15 h) であり、薬液ではなく容器中のナトリウム由来
💡 考察
プロポフォール分子は脂質ミセルの“脂の殻”に守られ、水相で発生するラジカルの連鎖反応から隔離されるため壊れにくい。一方で、容器ガラスに含まれるナトリウムは中性子を捕獲しやすく、短時間とはいえ放射線源になり得る。深宇宙で薬の品質を守る鍵は「薬そのもの」より「容器材料」の選択にあるといえる。
✅ まとめ
・4 Gy までの高速中性子はプロポフォールの含量・構造・製剤性に有意な影響を与えなかった。
しかしガラス容器は一時的に放射化するため、深宇宙医療ではナトリウムを含まない樹脂や金属ライナーなど、新しい容器開発が必要である。