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人生は、いつも順風満帆というわけにはいきません。戦争、災害、事故、事件……。そこまで大きな出来事でなくても、物事がうまく行かず、落ち込むことも多々あるでしょう。
今回取り上げる預言者ハバククが生きた時代も、暗黒の時代でした。
ハバククは苦悩し、神に叫びます。それでも事態は変わりません。しかし、最後にハバククはこう告白しました。「私は主にあって喜び踊り、わが救いの神にあって楽しもう」
ハバククの心は、なぜ180度の転換を見せたのでしょう。そのカギとなる「“にもかかわらず”の信仰」を見ていきましょう。
将軍アブネルを失い、意気消沈するイスラエルの王、イシュ・ボシェテ。
イシュ・ボシェテの命を奪ったベエロテ人レカブとバアナは、「ダビデの宿敵、サウルの子に復讐した!」とダビデに喜びつつ報告します。そんな二人にダビデが下した裁きは、大変厳しいものでした。
今回は、そんなサムエル記第二4章の話から「終末」について考えます。ダビデの王国が確立する前に下された厳しい裁きは、キリストの再臨前の大患難時代にも似ています。
終末を意識する時、あなたの人生も変わるでしょう。
ダビデを王とするため、ダビデのもとを訪れた北王国の将軍アブネル。ダビデから歓待を受け、安心して帰途についたアブネルを、ヨアブが追い掛けます。その目的はただ一つ、アブネルを殺すことでした。なぜ、アブネルは殺されなければならなかったのでしょうか。
ヨアブがアブネルを殺害した動機を探りつつ、「神のさばき」と「人のさばき」の違いを考えます。と同時に、「正しいさばきのための3つの要素」も学んでいきましょう。
聖書の言葉には力があります。それは、死につながれた人間を救い出すほどの力です。
でも、こんな経験はありませんか?
頑なに福音を拒み続けた父親をも劇的に変えた聖書の言葉。その感動的な証と共にお届けします。
ねたむほどの激しい愛――。これこそが神さまの愛だと聞いたら、皆さんはどう思いますか。神さまがねたむ姿など、なかなか想像できませんよね。でも、今回のゼカリヤ書の箇所に、はっきりそう書いてあるのです!
この激しい愛は、契約に基づくものです。神さまはイスラエルの民を選び出し、契約を結び、偶像礼拝をしてはいけないと命じられました。これは、単なる口約束ではなく、命を捨てて結ばれた契約です。だからこそ、私たちが神以上に何かを慕い求める時、神さまは激しくねたみ、私たちを取り戻そうとします。
これほどの愛を示された時、私たちはどう応答したらいいのでしょうか。共に考えましょう。
ついに南王国ユダの王位に就いたダビデ。しかし、全イスラエルの王となるまでには、まだ7年半の月日を要します。その間、北王国との間で断続的に戦いが続きました。
しかし、ついにその日がやって来ます。待ちに待った、南北統一の時が!
では、私たちの心の王国はどうでしょう。神に降伏する思いと、それに抵抗する思いとが、心の中で闘いを繰り広げている……そんなことがしばしばあるかもしれません。なぜ、心の王座を神に明け渡すことが難しいのか。降伏を留めている3つの要素を学んでいきます。
同族のユダ族に迎えられ、ついにユダ王国の王となったダビデ。
ところが、そんなダビデの気持ちを無視して暴走する将軍ヨアブ。
そんなヨアブの姿に、神のご意向を無視して突っ走る自分の姿が重なります。
※スキット:試飲販売もあります!
姑のナオミに従い、ベツレヘムの地へやって来たモアブ人ルツ。
それは、ルツ自らがボアズに求婚すること! ボアズは、律法に規定された「買い戻し」の権利のある親戚の一人です。とはいえ、女性から求婚するなんて、相当な勇気がいったことでしょう。もし自分だったら……と考える時、その勇気には脱帽です。
では、なぜルツはそんな大胆な一歩を踏み出せたのでしょうか。その根底にある信仰姿勢から、「神に大胆に近付くために必要なこと」を学んでいきましょう。
敗戦処理も終わり、いよいよダビデがイスラエルの中心で王様に!!バンザイ!!
ええー?上り調子のダビデ、一息に全イスラエルを支配すればいいのに!
神様が働かれるのを待つ時、私達は焦ったり諦めたりと、ついついタイミングを逸してしまいます。
※絵本「3つの木の実」の朗読もあります!
劇的な勝利に沸くダビデ陣営のもとに、一人の男によって、サウル王の訃報が届けられます。
男のしたことの、一体何がいけなかったのでしょうか?
一見「みんなハッピー!」に思えることでも、なんだかおかしい・・・
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