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書籍・DVDの紹介
※ITトラブルにより、数か所で映像と音声が途切れます。ご了承下さい。
あなたにとって、神様とはどんな方ですか?
今回の聖書箇所では、なんと、神様が喜びのあまり歌っているのです!そんなイメージありますか?
ゼパニヤ書から、恵みに感謝し、神様と一緒に喜びの歌を捧げる人生を学びましょう。
サムエル記第一もいよいよ最後の章になりました。
今回は、サウルの最期に関わった3人の人物にフォーカスし、私達の人生に適用したいと思います。それぞれに素晴らしい一面がありながらも、最後の最後で「惜しい!」と言わざるをえない人々です。
サウル王の最期をテキストに、私達の人生の「惜しい!」部分に光を当ててみませんか?
戦場から帰ると、家は焼かれ、妻子は連れ去られている・・・
激烈のダビデ軍についていけず荷物番をする人々・・・
色々な要素を通して透けて見えるのは、「教会」の建て上げ方。
「何よりも、平和が欲しい・・・」
しかし、私達が最も危惧しなければならないもの。
逆に、神様との間に平和が成立していると、どうなるでしょう?
では、どうすれば、神様と平和になれるのでしょうか?
イースターおめでとうございます!まことに主は生きておられまーす!
受難週のメッセージをお届けします。
「そんなの私の人生には関係ない・・・試練とかいらないし、神様に用いられなくてもいい!平穏に暮らして、天国にひゅーっと行きたい・・・」
そう思うのは、「砕かれる」ことについて、無知なだけかも知れません。
「死ねば、生きる」
皆さん!!占いをやったことはありますか!?(ドキッ)
・・・実は、聖書の神様は、これらの占いを、メチャクチャ嫌います!!「これくらいなら・・・」が命取り!!
今回は、八方塞がりのあまり霊媒師に頼り、亡きサムエルを呼び出そうとした、哀れなサウル王の場面から学びます。
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書籍・DVDの紹介
「自分が神様の役に立てたら、なんて素晴らしいんだろう・・・」
今回のヨナは、まさにそのような状況に置かれます。
「神様には、私を一番祝福して欲しい」
最近、安息できていますか?
なぜ私達には、安息が必要なのか?
気になるポイントが盛りだくさん!
あなたは惨めな思いをしたことがあるでしょうか?
大事な場面での大失敗、経済的な困窮、思い通りにいかない人生…。順風満帆な人生を送っている人と自分を比べて、惨めに思うこともあるでしょう。
もしかすると、歳を重ねれば重ねるほど、惨めさが身に染みるということもあるのかもしれません。誰しも若い頃のように、「人生バラ色」とはいかないことが多くなってくるのではないでしょうか。
クリスチャンとて例外ではありません。神様を信じたからといって、惨めさから完全に抜け出せるわけではないのです。
確かに神様を信頼することで、この世的な失敗や困難を理由に惨めに感じることはなくなるでしょう。なぜなら、クリスチャンは「今見えているものはほんの一部。神様の善き計画は今、この時も着々と進んでいる」と信じることが出来るようになるからです。
しかし、救われていながらなお自分の内に潜んでいる罪、何度も何度も同じ罪を繰り返してしまう自分を惨めに思うことはあります。
あの偉大な使徒パウロですら、「私は本当にみじめな人間です。だれがこの死のからだから、私を救いだしてくれるのでしょうか」(ローマ7:24)と自分の罪を嘆いています。これは、クリスチャンであっても生涯向き合っていかなければならない課題なのです。否、あなたが真摯に自分の心を見つめるならば、惨めさのないクリスチャンライフなど、あり得ないのです。
しかし、惨めさに埋もれて、暗い顔をしてうなだれて歩むのがクリスチャンではありません。
「惨めさとどう向き合うか」-。この生涯の課題を、若くして夫を亡くし、絶望にあったはずのルツから共に学んでみましょう。
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