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私たち一人ひとり、地上で神様に遣わされている場所があります。
アブラハムの息子・イサクは、飢饉から逃れてゲラルに住み始めました。ゲラルは約束の地であったカナンの内側ではありましたが、ペリシテ人の治める地であったため、安住できる場所ではありませんでした。
イサクは、身を守るために嘘をつき、財産が増えれば妬まれ、嫌がらせを受けました。その結果、ペリシテ人から追い出されてゲラルの谷間に住み着くようになります。
神様は様々な状況を通して私たちにも語られます。一時的に物事が上手くいっているからといって、その状況が御心に適っているとは限りません。
神様のビッグピクチャーを仰ぎ見るために必要なことは何でしょうか?
イサクの人生を通して、共に学んでみましょう。
★高坂のぞみ教会の上野先生に、リモートでメッセージを語って頂きました!
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神様の御心はハッキリと分かっているのに、それに背く道を選んでしまった経験はないでしょうか?
しかも、それでも物事は案外うまく進んでいったりするものですから、なおさら軌道修正するつもりになかなかなれない…。
しかし、いつまでも順風満帆で人生を終れるはずはないのです。なぜなら、神様は目的をもってあなたをお創りになったのですから、それと違った生き方は的外れでしかあり得ないからです。
今日のメッセージに出てくるヨナもまた、神様から託された任務を捨てて、逃亡してしまいます。神様は、ニネベの人々を悔い改めに導くためにヨナを遣わそうとしたのですが、ヨナはそれが面白くないのです。イスラエルを脅かすアッシリアの国の人々など、神様の裁きにあってしかるべき、と考えていたのです。(彼らは神様の恵みにふさわしくない)―そのような苦々しい気持ちでヨナは、神様の御命令を無視して逃亡しました。
しかし、誰一人として神様から逃れられる人はいません。ヨナもまた、嵐の中で神様に捉えられ、ヨナこそが悔い改めを迫られる経験をします。
今、神様から逃亡しようとしている人はいますか?
高い信仰のレベルを保つのは、どんなに信仰に篤い人であっても難しいことです。
ダビデもまた、全き信頼を神様に置き、人間的には決して考えられないような信仰的な行動を取ったそのすぐ後に、不信仰に陥ってしまいます。サウルからの逃亡生活の間、いつも神様の守りがあったにも関わらず、突然サウルに対する恐れに支配され、罪を犯してしまうのです。
その上、私たち人間は自分の不信仰を正当化するために、ウソをつくのです。
(仕方ないじゃん…)
などとつぶやいて、どんどんと元の道から遠ざかり、漂流し続け、気が付いたら途方もなく遠くまで来てしまっていた、ということが誰にでもあるのではないでしょうか?
高い信仰のレベルを保つのは難しいことです。
あなたは今、どれくらい神様の近くにいますか。
★メッセージ中に触れた「なぜ愛の神が人殺しを命じるのか」のシリーズは、こちらから視聴できます。
★メッセージ中に触れた、ARTIST CHAIN #111 Mana & 大山小夜子 による賛美「SAFETY」は、こちらから。
新しい一年が始まりました。
しかし、この世界とあなたを創られた神様は、すでにあなたに与えたいと思っておられる祝福を用意して下さっているのです。
「あなたがたが足の裏で踏む場所はことごとく、すでにあなたがたに与えている。」(ヨシュア1:3)
私たちがすべきことは、ただ、その地を「足で踏みゆく」ことだけなのです。とても簡単なことのように聞こえます。
しかし、イスラエルの民は、エジプトから出て荒野を40年間さまよい、やっと約束の地カナンを目前にしたとき、恐れにすくんでしまいます。神様は、モーセの後継者であるヨシュアを通して、そんなイスラエルを励まします。
神様の祝福を受けるのに必要な3つのことを、松本先生と一緒にみていきましょう。
神様が今年、一人一人に用意しておられる祝福を、私たちがしっかり受け止め、握りしめて歩むことが出来ますように。
あけましておめでとうございます!
ヨハネの人生は何だったのか?一言で言うと、「露払い」。
さて、現代を生きる我々にとって、ヨハネが何の関係があるのでしょうか?もう露払いの役目は終わっているのでは・・・?
再び来る王としてのメシアのために、主を指し示し、主の語る言葉を忠実に伝え、主の帰還を待ち望む・・・
ニューヨーク近代美術館では、ある作品が75年以上もの間、上下が逆さまに展示されていたことが分かりました。しかし、正しい向きに展示すると重力の変化によって作品が破損するリスクもあるため、この作品は上下逆さまのまま今も展示されている、というのです。
クリエーター(製作者)の意図に反して、間違った理解のまま作品が受容されてしまう―。
この世界は、神様ご自身が「王」という前提で神様によって創造されたものです。しかし、旧約聖書の創世記にあるように、アダムとエバによって早々にその前提が壊されてしまいます。それ以来久しく、神様はもはや「王」として見なされなくなってしまいました。イスラエルの人々でさえ、大国によって攻め入られ、国を追われたことにより、自分たちの王を忘れかけていました。
しかし、イスラエルから2000キロも離れた異国の地で、真の王を待ち続けていた人たちがいました。東方の博士たちです。
なぜ、彼らは異国の地で星を観察し続け、神の御子にまみえることが出来たのでしょうか?
星(=神様からの啓示)に気付き、それに従った博士たちの姿勢は、今なお私たち信仰者の生き方を吟味する指針となります。
あなたは今もなお、「星」に目を留めているでしょうか。
クリスマスは一年で一番夜が長い冬至の頃に訪れます。星は、暗闇の中でこそ輝くものです。世の中の闇や自分の心の闇がどんなに深くても、だからこそ、そこでひときわ輝く希望の星を見上げて歩んでいきたいものです。
★メッセージ中で触れた、松本先生のクリスマスメッセージは、↓こちらから!
今年もクリスマスが近づいてきました。
しかし、実際、去年の贈り物をすぐ思い出せる人がどれくらいいるでしょうか?モノに囲まれて生きている私たちにとって、毎年交わされるプレゼントは残念ながらそこまで価値あるものではないのかもしれません。
では、商業主義に拠らない、本当のクリスマスの精神とは何なのでしょうか?
それは、惜しみなく与えられる愛です。
イエス様は、ご自身の言葉や生き方を通して、私たちに「いのち」「光」「まこと」「恵み」という4つのプレゼントを授けて下さいました。これは、すぐに忘れ去られてしまうプレゼントとは違い、永遠に色あせない、人生で最も価値あるプレゼントです。
あなたはこの素晴らしいプレゼントを受け取っていますか。
商業主義的なクリスマスにではなく、本当に価値のあるこのプレゼントに目を留めるからこそ、クリスマスは素晴らしいのです。
神様と同じようにあなたを愛してくれる人は、この世にいません。
あなたが誰かを愛するのはなぜでしょう?
では、もし、その人があなたに優しくなくなったら、あなたに対する愛情を失ったら、あるいはもっと美しい人が現れたらどうなるのでしょうか?
人間の愛は、なんと条件に支えられた脆いものかと驚きます。
しかし、神様の愛は無条件です。
「今日は、神様は私のことを愛してくれるかな…」と心配する必要はないのです。たとえ、あなたに何一つ良いところがないと思えたとしても、自分で自分を見捨てたくなるような日でも、あなたに注がれる神様の愛は少しも減ったり増えたりするものではないのです。
なぜ、神様の愛はこんなにも深いのでしょうか。
キリスト教の中心にある教えは愛です。しかしそれは、「愛しなさい」ではなく、「愛されていることを知ること」から始まります。
皆さんが、神様から無条件に永遠の愛によって愛されていることを、深く知ることが出来ますように。
旧約聖書が完成してからおよそ400年間、神様はイスラエルの民に沈黙されます。
そして、いよいよ時が満ち・・・神様が動き出します。
これにはガブリエルも肩透かし!
「神は行動する。それを信じる者を通して。」
「僕の人生の今は何章目ぐらいだろう・・・」
圧政のエジプト政権下で産まれたモーセは、桃太郎の原型とも思えるような出来事によって命を救われた後、数奇な運命をたどることになります。
しかし、この40・40・40の人生は、聖書の中に均等に書かれていません。
では、記述すべき内容がほとんど無いような、荒野での生活は、無駄だったのでしょうか?
神様は、モーセや使徒たちと同じように、あなたを用いたい、あなたと一緒に素晴らしい事を成したい、と願っておられます。あなたの人生の荒野は、「神に委ねる従順さ」を学ぶ準備期間なのです。
さあ、あなたの人生は、今何章目ぐらいでしょうか?
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