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長くつきあったり、一緒に暮らせば暮らすほど、相手の存在が当たり前に思えてきます。
けれど実はそうではないのです。
皆しばらくの間のご縁なのです。遅いか早いかの違いはあるものの、やがて別れがやってきます。
「いて当たり前」と思うから、退屈になったり、相手に対してぞんざいになったりします。
生涯で二人が一緒に過ごせる時間は、あとどれだけなのでしょうか。
「限りがある」ということが分かれば、相手を自然と大切にできるはずです。
他人なら、どうしてもうまくいかなければ、職場を変えるか引っ越しするか、離れて暮らすということもできます。
夫婦でもどうしようもなくなったら、別れるというのも一つの選択肢です。
ですが、親子関係というのは、どこに行っても親子であることには変わりありませんから、切っても切れない関係です。
親に感謝できない。親への恨みや憎しみが忘れられないという悩みを抱えている人は少なくないのではないでしょうか。
私たちは、隣近所の住人や会社の上司、取引相手には気を遣って、丁寧な応対をします。
これは嫌われたくないからです。
身近な人になると、簡単なことでは嫌われない、愛想を尽かされることはないとだんだんものぐさになってきます。
子供の頃から、学校や両親から「感謝しなさい」と教えられてきました。
ですが、「感謝しなさい」といわれても、「どうしたら感謝する気持ちになれるのか」ということについて、教えてくれる人は少ないのではないでしょうか。
恵まれた環境にあっても、「あれをしてくれない。これをしてくれない」と、不平や不満だと独りぼっちになってしまいます。
「あれしてくれない」「これしてくれない」という心をちょっと抑えてみると、あなたに届けられているたくさんの小さな優しさや思いやりに気づくようになります。
お釈迦さまは、親切をする時は、「私が」「誰々に」「何々を」この三つを忘れるようにしなさいと教えられています。
これを三輪空といいます。
腹が立つと、相手の欠点や間違っているところを探し出して、相手を責めてしまいます。
いったん「相手が間違っている。自分が正しい」と思い込むと、「腹が立つのは相手が悪いからだ、自分は間違っていない」という理屈になり、ますます一方的に相手を責め続けてしまいます。
床座施とは、座を譲るという意味です。
つまり、譲り合いのことです。
俺が、私がと我を通そうとしてケンカになるよりも、相手に譲ったほうがずっと気持ちよくやっていけます。
ちょっとした思いやりの心を持てば、「私には何もできない」ではなく、どんな人でも周りを明るく優しい気持ちにすることができるのです。
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