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噓つきは泥棒のはじまり。嘘は悪への道の、第一歩なのだそうです。そうかなぁ…。
相手を無駄に傷つけないために、その場を和やかにするために、かわいい嘘をつくのは、いいんじゃないかしら。
ひとつも嘘をつかずに生きることは、素晴らしいけれど、さぞかし苦しいことでしょうねぇ。
私は世間と、ほどほどに折り合いをつけているし、嘘をつくこともあります。
けれど、決して嘘をつけない相手がいて、それは自分ですね。巧妙に嘘をつこうとしたって、どうしてもバレますから。自分についた嘘は、予想外の大きな影響力を発揮します。自分の魂に、暴力をふるうようなものです。心は傷つき、肉体にもダメージを与えます。
本来の自分の願いを無視して、見栄や体裁や誤魔化し、他人の意図や社会通念や損得勘定を優先すると、きっとひどい目に合うのです。
今日がどんな一日であっても。あなたがどんな人であっても。今日の夕陽は、みんなに等しく恵みを与えてくれます。
雲の色が秒ごとに変化し、これからやってくる夜を祝福してくれます。とにかく、ただ美しい夕陽を眺めて、今日の全てを一度ご破算にいたしましょう。
今日は今日、明日は明日。寂しくても悲しくても、今は今。心が折れそうな日も、人を傷つけてしまった日も、ただ夕陽を眺めたら、何かが少しだけ変わります。
あの圧倒的な茜色や群青色は、私たちの本能を蘇らせてくれます。明日も、また生きよう、生き続けよう、というシンプルな力を与えてくれます。
あなたは、もしかしたら植物を美化しすぎていませんか?植物は文句も言わず、優しく美しく、いつも私たち人間を癒してくれる、というのは誤解です。植物は貪欲に土から養分を吸い上げ、成長を邪魔する他種の植物を枯らし、はびこっていく。タネを撒き散らし、ひたすら生きようとしている。生きるための戦いも、争いもある。トゲで刺すこともあれば、毒を使うこともある。人間と同じように、いろんな面があって、きれいごとじゃすまない。生き物は、それぞれのエゴがあって、その上で共存してきたのだと思うのです。
その夫は、妻から「ちゃんと見ててね」という指示を受け、一歳の我が子を、ちゃんと見ていたらしい。子どもが泣いているというのに、ただ見ていた。という冗談みたいな実話。
さて、これから、どうしましょうか?
当事者ではないけれど、第三者として不愉快なシーンに遭遇してしまったとき。たとえば喧嘩やイジメや暴力に出会ってしまったら、当然、感情が揺すぶられて不愉快になりますよね。
何らかの理由や因果関係があって、そのシーンに出会うわけですが、全部を引き受けて辛い気持ちになる必要はありません。
私たちの感情・思い・思考というのは、自分自身のものでしょうか?あなたは自分の感情や思考を信頼していますか?
人間の思考や感情は、その人自身の内面にあるだけではなく、外側の人間や環境からの影響を大きく受けているはずです。
更に損得勘定や欲望も影響しています。
ところが体は、損得を考えずピュアに反応してくれるので、心や精神よりも信頼できるかもしれません。
エコ、エコロジー、エコノミー…。世間は、社会は、当たり前のように「エコ」「エコ」っていうけれど、あなたは「エコ」という言葉や、その使われ方に違和感を抱くことがありませんか?私、すごくモヤモヤするのです。
地球環境を守る、資源を有効活用する、というのは大変に素晴らしいことですが、その背景に、愛や真心や誠意がないと、なんだか薄っぺらで噓っぽい感じがするのです。
あなたは家族と仲良しですか?家族は大切な存在ですが、一方で(簡単には離れられないので)非常にやっかいな存在でもあります。
どんなに仲が良くても、日常生活の中では互いの意に添わないこともあるでしょうし、さまざまな調整があって、家族でいるのだと思います。
二人以上の人間が、ひとつの箱で暮らすことの意味を、静かに考えてみたいものです。
私たちの心中には、色々な「美しくない感情」が現れます。嫉妬、怨み、嫌悪感などなど。これらは理由があって現れているので、負の感情を抱く自分を責める必要はありません。
自分の感情は自分だけのものではなく、自分の周囲や、社会、地球環境などの影響を受けた結果なのです。
自分が悪い感情を抱いたからといって、自分の存在が悪いものだと思う必要はないんです。
植物、動物、鉱物たちと共に暮らすことについて語ります。動かない鉱物は、非常に繊細なコミュニケーションが必要です。植物に対しても、雑な感じで接すると無視されます。
動物たちとは、比較的コミュニケーションが取りやすいと感じます。
私は毎朝、ハエトリグモと挨拶を交わしているんですよ(笑)
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