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ブルゴスの大聖堂
スペイン、文化遺産 登録年1984年
登録基準,(2),(4),(6)
ブルゴス大聖堂 (スペイン語:Catedral de Burgos)、またはサンタ・マリア・デ・ブルゴス大聖堂(Catedral de Santa María de Burgos)は、スペイン・ブルゴスにあるゴシック様式のカトリック教会の大聖堂。聖母マリアに捧げられた、巨大でユニークな建築物として有名である。
歴史
大聖堂の建設は、カスティーリャ王フェルナンド3世と、イングランド出身のブルゴス司教マウリシオの命で始まった。建設は、1221年7月20日、以前のロマネスク様式の大聖堂があった場所で開始し、完成に9年を要したアプスのシュヴ部分から着工した。祭壇は最初に1260年に聖化された。この祭壇は、建設が推薦される前にほぼ200年ほども長く建設が中断されていた。 大聖堂の工事は、建物の交差部分上部のランタン尖塔の完成した、1567年に完成した(交差部分の頭上には繊細なすかし細工の星形ヴォールトがある)。
建築家たちはおもに、13世紀にはフランス人が、15世紀にはドイツ人が建設の責務を負った。1417年、ブルゴス司教はコンスタンツ公会議に出席し、ケルンのヨハンという建設業者を連れ帰り、彼は石造りのトラセリー(窓上部の狭間飾り)のある塔を完成させた。
歴代ブルゴス司教のなかで最も有名なのは、15世紀の学者で歴史家であるアルフォンスス・ア・サンクタ・マリアである。
1919年、大聖堂はエル・シッドことロドリーゴ・ディアス・デ・ビバールとその妻ドーニャ・ヒメーナの墓所となった。1984年10月31日、ユネスコにより世界遺産に登録された。
建築
15世紀に造られた北フランス風ゴシック様式建築の西正面は、六角形の尖塔をもつ塔が側に立つ(尖塔は表面が石造りのトラセリーで覆われている)。3つの階のあるファサードは、尖塔アーチ形をした3つの入り口がある。入り口には小尖塔状の欄干で取り囲まれた歩廊、繊細に刺し通されたバラ窓がある。階最上部は2つの尖塔アーチ形二重アーチのある窓と柱脚上の像、石に彫られたマーク入りの欄干がある。像の中心には聖母マリア像がある。塔の欄干とバルコニーは、銘が彫られている。四つの角を、六角形の小尖塔で針編みレースのように彩っている。
十字架状の平面図には、本堂と、外観の眺めでは広い歩廊がほぼ隠されている。15の礼拝堂が側廊から加えられ、北西にある美しい14世紀の回廊と南西の大司教邸により交差廊と回廊が加わった。西側ファサードの3つの中央戸口上は、2つの優雅な塔がそびえ立ち、小尖塔を頂く。祭壇の多くと、礼拝堂及び像は大聖堂内にあり、芸術的・歴史的意味を帯びている。
北交差廊の入り口は、12使徒像の並ぶ「ポルタダ・デ・ラ・コロネリア」(Portada de la Coronería)の名前で知られる。頭上に、尖塔アーチ形窓と2つの小尖塔を頂く入り口がある。南側入り口で。ポルタダが「書き物机に向かう福音伝道者」を具体的に描いている。
壮麗な六角形の礼拝堂はフランボワイヤン・ゴシック様式である。騎士・天使・紋章といった装飾が並ぶトラセリーで彩られる。この礼拝堂は、カスティーリャの城代であったペドロ・フェルナンデス3世・デ・バラスコとその家族の墓所として建てられたものである。(wikipedia)
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洗礼の地「ヨルダン川の向こう側、ベタニア」(アル=マグタス)
ヨルダン、文化遺産 登録年2015年
登録基準(3)、(6)
アル=マグタス(Al-Maghtas, アラビア語: المغطس)はヨルダンのバルカ県に残る考古遺跡で、アラビア語で「洗礼」を意味する。かつて洗礼者ヨハネが活動し、イエスの洗礼も行われたヨルダン川東岸の場所ベタニアと考えられており、遅くとも東ローマ帝国時代までには崇敬の対象となっていた場所である。
アル=マグタスは2つの主要な考古遺跡地区を含む。すなわち、「エリヤの丘」(Jabal Mar-Elias)として知られる丘に残る修道院の遺構の区域と、聖堂、洗礼の池、巡礼者・隠者の住居などの遺構が残る川沿いの区域とである。その2箇所は、ワディ・カラール(Wadi Kharrar)と呼ばれる小川で繋がっている。
エルサレムと王の道の間という交通の要衝としての位置づけは、イスラエル民族がそこからヨルダン川を渡ったとするヨシュア記の記述からもすでに明らかである。「エリヤの丘」は、預言者エリヤが生きたまま天に上げられた場所と伝えられている。
アル=マグタス遺跡は、ヨルダン川両岸が前線となった1967年の第三次中東戦争以降、打ち捨てられていた。その地域にはかなりの地雷が敷設されたのである。しかし、イスラエルとヨルダンの間で講和条約が締結された後、ヨルダンの王子ガーズィー・ビン・ムハンマド主導で地雷の除去が進められ、2010年代半ばまでですでに何度も発掘調査が行われており、観光客や巡礼者、さらにはローマ教皇などの要人も訪れている。(wikipedia)
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ホッローケーの伝統的集落
ハンガリー、文化遺産 登録年1987年
登録基準(5)
起源
ホッローケーという村の名前はハンガリー語のholló「ワタリガラス」とkő「石」を組み合わせたものである。伝説によれば有力者がこの城を建てて、隣国の美女をさらってそこに幽閉した。その乳母が悪魔に女性の救助を依頼すると、悪魔はカラスたちを使い、城の石を持ち去って助け出したといい、ここから城と村が「ホッローケー」と呼ばれるようになったのだという。異伝では魔女がカラスたちに石を運ばせ、城を作り上げた民話に由来するという。現在の村の紋章でもカラスが使われている。
ホッローケー村は、教区に関する記録を元に1342年には成立していたとされている。しかしながら、村周辺の歴史はもう少し古く、「ホッローケー」の名は、ホッローケー城に触れた1310年の文書にまで遡ることができる。
ホッローケー城
村を見下ろすサールの丘(Szár, 標高365 m)には今もホッローケー城が残っている。伝説では美女や悪魔が登場するが、実際の建造目的はそれらとは何の関係もなく、1241年から1242年にモンゴル帝国の侵攻を受けた後に、それへの備えとして建造されたものである。当時のハンガリー王ベーラ4世は防塞の建築を全土に命じ、ノーグラードの一帯だけでも42の城が建てられた。
最初は五角形の塔が建っているだけだったが、その後数世紀の間に段階的に様々な建造物が増築されていき、現在残るような城になった。この城はフス戦争の際にも宗教改革派を阻む防壁として機能していた。
1526年のモハーチの敗戦以降、ハンガリーはオスマン帝国に蚕食されていき、ホッローケー城も1552年にトルコの勢力圏内に置かれ、その支配は1683年まで続いた。ただし、ホッローケー一帯の支配において城は重視されなかったことから、トルコの支配が終わった頃にはかなり荒廃していた。
しかし、その荒廃がかえってホッローケー城を大破壊から逃れさせたのである。1711年の王令で政敵が匿われうる城塞の破壊が命じられたが、すでに防衛機能を失っていたホッローケー城は、壁などの一部が損壊させられたにとどまった。そのため、ハンガリー北部に残る城砦建築の中では、保存状態が良い部類に属しており、1966年からおよそ30年間をかけて修復作業も行われた。
伝統的集落の形成
ホッローケー村の伝統的な住民たちはパローツ人であり、モンゴルの西進の際にカスピ海沿岸部から逃れてきたクマン人の流れを汲むともされる。その伝統的集落は木造を主体としており、焼失と再建を繰り返してきた。1781年には木造を禁止する法令も出され、罰則も定められたが、木造の伝統は守られていった。
1772年には単一の通りしか存在していなかったが、後に裏通りが整備され、基本的な区画は1885年には確定した。それは今でもほとんど変わっていないが、建造物群の大半は1909年の大火で焼失してしまったため、20世紀になって再建されたものである。再建時には石壁を主体とするようになり、木造は限定的に取り入れられている。
20世紀以降
ホッローケーの村落は、20世紀のハンガリーにおいて経済的に取り残された地域となった。村の周辺には野菜畑や果樹園が広がり、かつては自給自足経済が営まれていたが、地質の悪さから伝統的に貧しく、鉄道や幹線道路の敷設地からも離れていた。1950年代以降にハンガリーが経済成長を遂げ、各地で新しい住宅が建てられたときにも、そうした流れとホッローケーはほぼ無縁だった。しかし、その結果、共産主義政権下での集団農場化にも巻き込まれることがないまま、伝統的集落が良好な状態で保存されることになり、1987年には人が住んでいる村落として初めて世界遺産に登録された。(wikipedia)
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サフランボル(トルコ語: Safranbolu)はトルコにある街である。カラビュック県に属し、2000年現在の人口は、47,257人。黒海から100km離れた場所に位置し、トルコの首都アンカラからおよそ北200キロメートルに位置している。町の歴史は11世紀に遡ることが可能である。1994年、UNESCOの世界遺産に「サフランボル市街」の名で登録された。
歴史
サフランボル旧市街には、多くの古い建築物が保存されている。私立の博物館が1つ、25のモスク、5つの霊園、8つの歴史的な噴水、5つのトルコ式浴場、3つの隊商宿(キャラバンサライ)、1つの歴史的な時計等、1つの日時計及び数百に上るイスラーム建築によって建設された住居である。
13世紀には、交易の中心として発展を遂げた。サフランボルに現存する建築物群であるモスク、浴場、スレイマン・パシャのマドラサは、1322年に建設された。
サフランボルの栄華の頂点は、17世紀である。市場が現地の住居よりも優先されて拡張される一方で、60室のゲストルームがある宿屋、コプルル・モスク、イツレット・モスクといった建築物が17世紀から18世紀にかけて建設された。また、オスマン建築に基づいて、建設された住居が当時の姿のまま建設されたのもこの時期である。
しかし、鉄道の発展により、20世紀には、サフランボルは衰退の一途をたどることとなった。(wikipedia)
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ギョレメ国立公園(トルコ語:Göreme Milli Parklar)はトルコのカッパドキア地方ネヴシェヒル県にある国立公園である。奇岩群と古代ローマ時代にギリシア人のキリスト教徒によって建設された地下都市がある。カッパドキア観光の中心地であり、1985年、ユネスコの世界遺産(複合遺産)に「ギョレメ国立公園とカッパドキアの岩石遺跡群」として指定された。
この地域への初期の移住は キリスト教が伝播した頃の古代ローマ後期にさかのぼる。史跡の中にはギョレメのオルタハネ、ドゥムス・カディル、ユフス・コックとベジルハネの教会、岩から彫られた家々と縦抗がある。(wikipedia)
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