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クリスチャンの最大のお恵みは一人一人に聖霊の恵みが与えられていることでしょう。そして共同体に与えられた聖霊の恵みは大きな力を発揮して世の中を変えることもあります。悪の力に負けないように、心を合わせた祈りの力によってさらに大きな恵みが与えられるよう祈りましょう。
一緒に祈ることは大事なんだね
〔そのとき、イエスは弟子たちに言われた。〕15「あなたがたは、わたしを愛しているならば、わたしの掟を守る。16わたしは父にお願いしよう。父は別の弁護者を遣わして、永遠にあなたがたと一緒にいるようにしてくださる。
23bわたしを愛する人は、わたしの言葉を守る。わたしの父はその人を愛され、父とわたしとはその人のところに行き、一緒に住む。24わたしを愛さない者は、わたしの言葉を守らない。あなたがたが聞いている言葉はわたしのものではなく、わたしをお遣わしになった父のものである。
25わたしは、あなたがたといたときに、これらのことを話した。26しかし、弁護者、すなわち、父がわたしの名によってお遣わしになる聖霊が、あなたがたにすべてのことを教え、わたしが話したことをことごとく思い起こさせてくださる。」
イエス様が復活されて、そして昇天した後、わたしたちに聖霊の恵みが与えられた。わたしが思うのですが、クリスチャンとして生きる中で、やはり最も大きなお恵みはなにかと言ったら、わたしたち一人一人に聖霊の恵みが与えられているということですね。
それは本当にどんな宝物をもらうよりも、何か宝くじが当たって、お金がたくさん入ってくるよりも、もっと素晴らしい贈り物だというふうにつくづく思います。聖霊の恵みがあるから、わたしたちの心に慰めや喜び、励ましの心が与えられるわけだし、困難があったときに、それを乗り越える力、あるいはわたしたちが人を愛していく力、すべて聖霊の恵みから来ているわけですから、聖霊の恵みが与えられて、そしてこの聖霊の恵みを生かしていくということ自身が、わたしたちにとって本当に大きな恵みだというふうに思います。
今日の第1朗読で、最初の聖霊降臨の出来事が描かれていますが、一番最初の聖霊の降臨の恵みは一人一人に与えられているけれども、実はこの共同体全体に与えられる共同体への恵みなんですね。みんなが聖霊の恵に包まれた時に、この違う言語を話す人々の言葉のバリアーがなくなってしまって、みんな共通理解というか、同じ心、同じ思いをみんなが抱くことができた。そこから私たちの信仰教会が始まったということですね。この共同体に働いている聖霊の恵みも、私たちは大切にすることができたらいいのではないかというふうに思います。
でも、しかしながらですね、聖霊の恵みが与えられる現実があるとともに、この共同体というか、人間の集まりには悪の力がものすごく働くことも、みんなが悪の方に動かされることもあるということですね。それも私たちは気をつけてなきゃならないことだというふうに思います。
最近は特にSNSを通して選挙とかですね、何かを通しても何かものすごいある方向から情報が流されたら、みんなそっちの方向にあっという間に流されてしまうということもあるわけですね。この前まで私、兵庫県民でしたから、ちょっとご存じの今の知事をめぐる問題は、実は当事者というか、選挙なんかも投票に行った人々ですからね。その中で中にいましたけれども、本当にこう、ある流れが来ると、みんなバーッとこう流されていく、そういう怖さもやっぱりあるということですね。
まあちょっと共同体とか大きな話をすると、やはり悪の力というのは国全体に覆うこともある。SNSがもっと流行る前の時代ですけど、1990年代、記憶の記憶にある方は少ないかもしれないですけど、1990年代ですけど、ルワンダというですね、アフリカの国で、それも悪の力がいっぺんに働いて、20世紀の最後、つい最近のことですけれど、大虐殺があったんですよね。
民族と民族が対立して。それは何でかと言ったら、おんなじなんですよ。プロパガンダでいろいろいろいろと発信されるので、それがなかったらラジオとかテレビでものすごくいっぱいそういうみんなをあおる。悪の力を語る時は、人間の憎しみとか怒りとか、眠っている「人をやっつけたい気持ち」をかき立ててくるんですよね。
で、それが一挙に爆発していけば、聖霊の恵みと全く逆の力があっという間に結局、フツ族という民族が少数派のツチ族を10ヶ月で100万人殺したんですよね。何の罪もない人を100万人、10ヶ月で本当に皆殺しも大変な状態で、国連軍も入らなかった。
全然。資源とかない国ですからね。もう他の国も周りのヨーロッパとかアメリカとか全く知らんふりで、だから10カ月で100万人殺されるというのもつい最近の話ですからね。しかも本当に胸が痛いのは、カトリックの国なんですよ。ほとんどみんなカトリックなんですね。
で、しかもそれも本当に胸が痛いんですけど、イエズス会のミッションで始まったカトリックの国なんですね。
ベルギーのイエズス会員たちが宣教師として入って、それでカトリックになって、ほとんどみんな国民がカトリックの国だったのにもかかわらず、大虐殺で100万人が罪も本当に罪もない人が100万人殺される悲劇がある。
だから私たちはもっと注意していないと。聖霊と違うですね。この心の中にあるいらいらとか、フラストレーションとか、怒りとか、何かが合わさってくると、とんでもないことにもなる。それを気をつけなきゃならないと思います。
でも逆に聖霊の力も私たちが心を合わせれば大きな力になることもありますね。
それはもうちょっと前、1980年代のフィリピンなんですけど、それを皆さんもあんまり覚えてないかもしれない。マルコス大統領っていう悪いやつがいて、独裁者で。敵をどんどん殺してですね、もうやっぱり同じです。プロパガンダで、もうラジオとかもテレビを使って宣伝して、どんどんやっつけて。やられた一人がアキノというですね、上院議員の大統領だったんですよね。
ニノイアキノっていうんですけど、上院議員で戒厳令が引かれて、それで逮捕されて。でもそれは奥さんが誰かと言ったら、後に大統領になるコーリー・アキノなんですよ。でも結局、戒厳令で突然何の理由もなく逮捕されて、生きてるか死んでいるかもわからない。
その時にコーリーの奥さんと子供たちがどうしたかといったらですね、それは昔のフィリピンもまたカトリックの国ですよ。ほとんどカトリックなんですけど、奥さんどうしたかといったら、昔のカトリックの家族なんですね。夕食の後、必ず家族全員でロザリオを唱える習慣があったんです。
今してる人、ヨーロッパも日本もあまりないないけど、昔はそれが普通だったんですね。夕食の後、家族全員でロザリオを唱える習慣があったんですね。で、コーリーははそれを思い出して、とにかく旦那がもう行方不明というか、どこにいるのかっていうことがわからないけど、結局自分たちの習慣を思い出して、毎晩毎晩ロザリオの祈りを唱えてたんですよ。
で、ニノイ・アキノの方も結局刑務所に入ったんですけど、同じ時間をそれを唱えてたんです。コーリーとニノイが後に言っていることですけど、その時が一番家族の結束が強かった。お互い何にもわからないけど、でも祈りで繋がってた。その家族が毎晩殺されるので、今までの習慣があったからそれで繋がってて、その時の家族の一体感というのは悪の力が働いて、この国全体の悪の力ですよね。その中でもくじけず乗り切れたのは、家族で共に祈るということがあったんですね。
その後どうなったかといったら、ご存知でしょうけど、釈放されたけど結局活動ができないのでアメリカに亡命するんですよ。ニノイ・アキノの方は。旦那さんの方は。それで民主化運動がすごく盛り上がってきたので、彼がリーダーとしてフィリピンに帰ってくるわけなんですよね。帰ってきて暗殺された。飛行場で暗殺されるんですよね。
でもそれが逆にみんなの民衆の心に火をつけて、結局その時はただの主婦であったコーリーがリーダーになって、それでマルコスと対決するようになって、大統領選を不正があって、マルコスが勝つんですけど、でも結局不正操作されてるのが明らかなので、そこで革命が起きてですね、結局もちろんいろんな力が働いて働くわけですけど、結局マルコスはもう地位に就くことができない。でも結局内戦とか戦争にならず、マルコスは結局逃げざるを得なくてですね、ハワイに亡命して、それでコーリー・アキノが旦那さんの代わりに大統領にんる。そこそこからフィリピンの民主化が始まるんですよね。
そこを僕は本当に国全体に聖霊の働きが働いて、憎しみとか怒りではなくて、やっぱり愛と平和の心をみんなが共有して、それでピープルパワー革命とか、人々の力によって、しかも血を流さず革命が起きて、フィリピンが平和な国に近づくわけなんですけども、そのこともやっぱり国レベルでも起こり得るわけですよね。
でも僕はフィリピンの聖霊による大きな革命の原点はどこにあるのかと言ったら、ニノイとコーリーが毎晩祈りを唱えていた、ロザリオから始まったと私は思っているんですけども、やっぱり小さな祈りから、私たちは何かがやっぱり始まって、共に祈るところからですね、その後またいろいろあって、結局、実は私は明の家にすごく親しみがあるんですけど、何でかって言ったら、神学生の頃にフィリピンに行った時に、コーリーってものすごく信心深い、熱心なカトリック信者で、霊的指導司祭イエス会の神父さんだったんです。で、僕はフィリピンに英語の勉強に行ってる時に、コーリーの誕生パーティーに招待されて、実はアキノ家の誕生パーティーに出席してるんですけど、それだけでなく、他の神学生と若い神学生を可愛がっていたっていうのかな。応援してたから。
たまたま私が外国に来て、その時は既に大統領の任期が終わってたんですけど、元大統領の家とか…もちろん大金持ちですけど、元大統領にしては質素な、まあもちろん大きなお屋敷ですけど…質素な家で、誕生パーティーに呼ばれて、ちょっと空いている席に座ったら、アキノ家の親類の席に座っちゃって。喋っていて、その後、結局息子がしばらく後に大統領の息子も大統領になるんですけど…フィリピン人ってそのあだ名で呼ぶんですよね。みんなベニグノなんですけど、息子は3世なんですが。ノイノイと言われたんですけど、ノイノイと僕は誕生日が全く同じなんですね。全く同じ日に生まれてて。だからそれで親しみがちょっとあるんですけど、ともかく結局はノイノイもコーリーももう既に亡くなって、歴史は巡りますけど、今の大統領は独裁者、マルコスの息子ですが、今の大統領ですから分からないようなめぐり合わせですけれども、でもやはり私たちは、政治の世界は色々ありますけど。
でもね、私たちが憎しみとか怒りとかフラストレーションをつなげちゃうと、悪の力がどーっと来て、独裁者が出てきたり、動き、苦しみに怒り、いつの時代でも今でもすぐでも来るかもしれない。でも、私たちが共に親しい人たちと困難の中にあっても、本当に心を合わせて祈るところから、やっぱり愛と平和の力がやっぱり広がってくる。
そこから私たちに聖霊の恵みも与えられますから。
どんな困難があっても、やはり心を合わせながら家族全員に乗るというのは、ちょっと今できないかもしれないけれども、でもやっぱり親しい友達や仲間と共に祈り、共に歩む中でこそ、聖霊の力がみんなに働くんでしょう。
自分だけじゃなしに、周りに影響を与えてくる。この精霊の力を私たちは信じていきましょう。
困難が少々、一人ひとり当然ありますけれども、でも、だからこそ私たちは心を合わせて祈りを捧げて、前を向いていく時に、私たちの間に聖霊の力が広がってきますから、この悪の力に負けないで、私たちが聖霊の恵みを分かち合っていけるように、主に祈りを捧げたいと思います。
主の昇天の意味は、イエス様が神様のところ、本来の居場所に戻ったことにあります。イエス様はギリシア正教会の教会の天井に表されるような天空を覆うような大きな存在であるということです。そのような大きな視点から見たら、自分の悩みの小ささがわかるでしょう。イエス様はいつもそばにいてくださると同時に、大きな存在であることを思い起こしたいものです。
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もう売ってない本なので、図書館で探してみてください。
〔そのとき、イエスは弟子たちに言われた。「聖書には〕46次のように書いてある。『メシアは苦しみを受け、三日目に死者の中から復活する。47また、罪の赦しを得させる悔い改めが、その名によってあらゆる国の人々に宣べ伝えられる』と。エルサレムから始めて、48あなたがたはこれらのことの証人となる。49わたしは、父が約束されたものをあなたがたに送る。高い所からの力に覆われるまでは、都にとどまっていなさい。」
50イエスは、そこから彼らをベタニアの辺りまで連れて行き、手を上げて祝福された。51そして、祝福しながら彼らを離れ、天に上げられた。52彼らはイエスを伏し拝んだ後、大喜びでエルサレムに帰り、53絶えず神殿の境内にいて、神をほめたたえていた。
今日の祝日は、主の昇天の祝日。イエス様が天に上げられたということをお祝いしています。イエス様が復活してから40日間、弟子たちにたびたび現れた後、多分オリーブ山の上にオリーブ山の頂上にいる時に、天に上げられた、なかなか天に上げられた風景を考えると、何かアニメ映画みたいで、なんかちょっとぴんとこない。
天空に上がっていたっていうことですから、ちょっとみんなにあっけにとられたんでしょうけれども、実際何を意味しているのか。主の昇天というのはですね、イエス様が天に上げられて神の右の座についたということですね。
それは、右の座というのは神様、王様の場合だったら、右の座というのはいわゆる右大臣ですけれど、右の座というのは王様と同じ権力というんですかね、権限を持つ者という意味なんですね。
だから、イエス様が天に上げられて神の右の座に就いたということは、イエス様が神と同等の存在になったというか、あるいはもっと前から考えたら元の位置に戻ったとも言えるかもしれないですけど、イエス様が神の右の座に就いて、神様としての力をいわば全世界に発揮することができるようになったということなんですね。
天に上げられず、もしこの2000年間、人々に復活し続けたら、それはそれで面白かったでしょうけど・・・。あちこちに突然現れて、この教会にも一回ぐらいイエス様が現れてくださって、皆さんに話すことがあったかもしれないですけど、やはりちょっとそれは限界がありますから、やはり天に昇って神様として全世界に愛と力を与える存在になったということで、それはイエス様にとってふさわしいことであると思います。
そしてさらに言うならば、やはり私たちはそのようなイエス様を拝んでいるというんですかね、そのようなイエス様を信じている、つまり全世界を覆うような、天におられる神様を信じているということなんですね。これはギリシャ正教会で出て来るパンタクラトールと言って、この、でっかいイエス様がステンドグラスか何かに・・・それは、やはり神様であるイエス様の全知全能の力を表すものですけれども、私たちは時にはそのことを思い巡らしてみたらいいんじゃないかというふうに思いました。
というのは、私たち日頃考えることが小さいことばかり考えていると、今日の今日のことをどうするかとか、あるいは悩んでいることも、隣の人とどうかとか、家族のこととどうかとかですね、何かえらい小さなことばかり考えて、何かそうすると、どんどんどんどん視野が狭くなって小さくなっちゃう。気持ちも心もっていう、それはちょっと陥りがちなことじゃないかなと思うんですが。
私は神戸生まれの神戸育ちで。ここはわりとね、ちょっと海が近いからなんですけど、神戸は港街でもでっかいから、あんまり海にそれほど接せられない。そのかわり山が近いんですね。
だから高校生の時でも住んでいたところから散歩でちょっと行ったら、もう山のかなり上の方まで行けて、そうするとそこから神戸の街から大阪の街まで、晴れているときは全部見渡せる、見渡しのいいところにすぐ行けるんですよね。山の方にちょっと15分とか30分ぐらい歩いたら。
で、そこから神戸の街とか大阪の街を眺めていると、自分の問題がなんてちっぽけな問題だけど、高校生や高校生の時に悩んでたけど、でもだだっ広い大きなところを見たら、自分の問題なんか実際ちっぽけで大したことないんじゃないかなという気持ちになることが度々だったんですが、実際神様がそれほど大きな方で全世界を助けたものということは、やっぱりこの私たちも大きな心と大きな気持ちを持ったらいいんじゃないかなと思うんですよね。
すべてに神様も働いていますから、ちっちゃいところだけどうするか、こうするかっていうことを、そこだけにフォーカスするのではなくて、もちろんこの小さなことも解決しなきゃならないんですけども、でもやはり神様の力は、例えば自分の人生の過去も働いていたし、未来も働いているし、自分の人生だけ考えても広く働いている。家族全体にも働いているし、全世界にもすべてのところに神の恵みが働いている。
このものすごく大きな方で、私たちの小さな考えで捉えきれないような形であるということですよね。それに、やはり何かイエス様を拝むときに、もちろんそばにいてくださる方でもあるけれども、大きな方であるということなんですよね。それをやはり思い起こしたいと思います。
ドミニコ会の押田神父さんといって、もう亡くなられましたけれど、高森草庵の田舎の方です。暮らしておられた、半分隠遁生活されている方ですけれど、押田神父さんが言うには、信仰生活で大事なのは何かといったら、遠いまなざしを持つことなんですよね。つまり、近視眼的にここばっかりここたり、何か分からなくなるから。信仰で大事なのは、遠くを見て遠い眼差しをもって今を見たり、周りを見ることができるならば、やはりもっと適切な考えとか判断ができる。
やはり今年のテーマ、希望の巡礼者希望もそうなんですよ。遠いまなざしを持つから、やはり未来に向けても、もっと開かれた心になることができる。いかに遠い眼差しを持って生きていくか。
でも、何で遠いまなざしを持っているかといったら、神様がものすごく大きくて広い壮大なことをいつも見ておられるからだということだと思うんですね。
その神様の視点に私たちを合わせるか、合わせられるかどうかということだと思います。
アメリカの副大統領がカトリックなんですよね。トランプの側近が、彼がカトリックで度々という言葉があって聞いたことがあるかもしれません。オルドアモーリスというんですけれど、ラテン語で何かと言うたらですね、愛の秩序というか、オルド、オーダーということなんですけどね。
オルドアモーリスということをよく言いますが、それはトマスの中世の神学から来ていて、愛には秩序があるという、それも実際事実で、どういう秩序かといったら、一番近くのものをやっぱり私たちはちゃんと愛して、それから周りの人に向かっていくっていう、まず自分自身で、家族で、隣人で、自分の国を大切にしてという、そういう愛には順番があるという、私にすればトマスらしい考え、トマス・アキナスという「神学大全」というカトリックをスコラ哲学的に神学をまとめた人で、トマスの言っていることって、だいたい当たり前のことを言っているんですけれども、でも結局、副大統領はそれをちょっと曲解して、だから近くの人をちゃんと愛せなきゃならないから、遠くの人、外国人とか移民とか、なんかもうどうでもいいみたいな感じで、それをオルドアモーリスの間違った解釈で、遠くの、もちろんちゃんと自分の家族とか一緒にいる人に対して、それは心配りをしなきゃならない。家族のことをほっておいて教会の仕事をするとか、家族のことをほっといて仕事ばかりやるというのはオルドからずれてる。それはその通りだと思うんですけど、しかしながら、やっぱり自分のそばにいない、あるいは本当に困っている人とか苦しんでいる人に対して、やっぱり私たちは心を、心を配らなきゃならない。
前の教皇フランシスコは、そのオルドアモーリスの考え方がおかしいというふうにちゃんと言っておられたんですけど、やっぱり私たちは当然オールドがあるから、やっぱり近くの人を大切にするというベースはちゃんと守らなきゃならないですけど、でもやっぱり神様が大きな方で、私たちが遠いまなざしを持って生きていくということがあるから、社会の中で困っている人とか、あるいは世界で戦争になってるところに戦争で苦しむ人に対しても、私たちは祈りを捧げたり、遠くなればなるほど、できることはもちろん少ないですけど、でもそこに対して私たちが心を配ることは、やっぱり大きなイエスさまの心に合わせていくということに対してはふさわしいことじゃないかなと思いますね。もちろん、私たちは周りの小さなことも大切にする。でもやっぱり大きな心と大きなものですから、やはり全世界を進めたそのイエスさまの心、大きな心と大きな憐れみの心ですよね。
それも私たちがしっかり受け止めながら、イエスさまを賛美し、そしてイエスさまに従っていけるように、神様に恵みと力を願いたいと思います。
私たちの心の中に、あるいは存在の奥深くに、主なる神様とイエス様、そして聖霊が住んでおられます。
それはイエス様が約束してくださっていることです。それに気づくのは自分への囚われから離れたとき。
自分から離れれば離れるほど神がともにいることに気づくでしょう。
「エリザベト」は「神の家」という意味なんだね
そのとき、イエスは弟子たちに言われた。14・23「わたしを愛する人は、わたしの言葉を守る。わたしの父はその人を愛され、父とわたしとはその人のところに行き、一緒に住む。24わたしを愛さない者は、わたしの言葉を守らない。あなたがたが聞いている言葉はわたしのものではなく、わたしをお遣わしになった父のものである。
25わたしは、あなたがたといたときに、これらのことを話した。26しかし、弁護者、すなわち、父がわたしの名によってお遣わしになる聖霊が、あなたがたにすべてのことを教え、わたしが話したことをことごとく思い起こさせてくださる。27わたしは、平和をあなたがたに残し、わたしの平和を与える。わたしはこれを、世が与えるように与えるのではない。心を騒がせるな。おびえるな。28『わたしは去って行くが、また、あなたがたのところへ戻って来る』と言ったのをあなたがたは聞いた。わたしを愛しているなら、わたしが父のもとに行くのを喜んでくれるはずだ。父はわたしよりも偉大な方だからである。29事が起こったときに、あなたがたが信じるようにと、今、その事の起こる前に話しておく。」
今日の福音書は、ヨハネの14章イエス様の告別説教と言って、最後の晩餐の席でイエスが長く語られた言葉の一部分が朗読されています。なかなか今日の聖書の言葉もいろいろ大事なところが多いのですが、やはり一つの箇所を取り上げると、最初のところなんですよね。イエスを愛する人はイエスの言葉を守る。そうすると、そして、イエスの父はその人を愛され、その後なんですけど、父とイエスとはその人のところに一緒に住むって書いてあるんですよね。
神様とイエス様が一緒に住んでくださるというんだから、ちょっとこれはびっくりだなあというふうに常々思うところの一つですけれども、私たちが現代に生きていて、人間の苦しみを半分に分けて言うならば、一つはですね、孤独の苦しみというか、実際ひとりひとぐらいされている方も多いと思いますが、一人だけで暮らして、寂しさとか孤独を感じて何か悩む人がおられるかもしれない。もう片方はですね、誰かと一緒に暮らしている苦しみというんですかね、合わないというか、喧嘩したり、何かごちゃごちゃして何か落ち着かない。
それが親子だったり、夫婦だったり、介護が必要とか、いろいろなことで、結局私たちは誰かと一緒に住む苦しみか、誰とも一緒に住まない孤独の苦しみか、どっちかに触れがちですけれど、でも、私たちが誰と住んでいようが進んでいまいが、人間とですね、でも根本的に私たちの中に神様が住んでおられるというですね、それが一番大きな事実で、それを私たちが本当に生きていけるかということが、私たちクリスチャンにとっては最も大事なことでしょう。
カルメル会の聖人で三位一体のエリザベトという聖人がおられるんですけれど、最近列聖されて、フランシスコ教皇の時に列聖されましたけども、まあ若く、若くして亡くなっちゃう聖人なんですが、彼女の洞察というのは非常にはっきりしていて、修道者名が三位一体のエリザベートということなんですが、その三位一体の神様が一人一人の人間の心の中に魂の中に住んでおられるという、それを彼女は深く悟って、自分の中にも住んでいる、あるいは他の人々、あるクリスチャンであろうとなかろうと、みんな一人一人の心に三位一体の一言。聖霊の神様が住んでいると。大体エリザベトという名前も神の家という意味なんですけど。
私たちの心の中に、あるいは存在の奥深くに、主なる神様とイエス様、そして聖霊が住んでおられる。でも多分99%の人類はそれに気づいていないとか、忘れてしまっているというかですね。だから、何か私たちは様々な苦しみを感じるわけですけど、私たちが最も大事なことは何なのか。クリスチャンとして、神様と共に私たちは生きていると。
特にここに集まっている方々は洗礼を受けている方々が多いと思いますけれども、洗礼を受けているということは、まさしくその三位一体の神様がもっとはっきりとくっきりと働いておられるということを実感できる恵みがやはり与えられているということですね。それを私たちはやはり思い出しながら何か生きることができたらいいと思います。
創世記の3章でアダムとエバがエデンの園から追放されるんですけれども、追放されるきっかけは、アダムとエバが善悪を知る木の実を食べちゃうからですけれども、食べたらもう、ダメなんですよ。それまで神様とエデンの園で住んでいたんですけれど、結局その時から自分たちが裸であるというので、だから神様が来たら、二人ともこの木の葉の陰に隠れて神の前に出れないんですよね。恥ずかしくて神様の前に出られません。
そこから何か神様と一緒に住む恵みを私たちは失っていくわけですけど、でも、イエス様の十字架と復活の恵みによって、私たちにその恵みが与えられているということですよね。それをやはり思い起こしたいと思います。
それを強く思うようになったのは長府に来てからですけど、どっちかというとイエズス会の大半は誰かと一緒に修道修道院で生活していて、前の共同体も、その前の前の共同体も、何人かの神父さんと一緒に住んでいました。
けれども、ここに来てから一人暮らしになったんですけど、でも一人になればなるほど、何かやっぱり、もっとやっぱり神様と近いかなって感じは、他の人いませんから、逆に何か神様との交わりを逆に意識する恵みが与えられていて、三位一体の神様と面と向かって話ができるっていうわけではないけれど、でもやっぱり一人になればなるほど、やっぱり神様と近くなるということも、やっぱり事実かなって感じがしますけども。
もっと何か心にも余裕があって、神様との交わりとか触れ合いを、もちろん声が聞こえるとかということはもちろんないわけですけれど、でもやはりそばにいてくださる何か心の温かさとか、今日の言葉で言ったら平和を与えると。イエス様をこの世が与えるような平和ではなくて、もっと深い平和を与えてくださる神と共にいる。
平和を私たちに与えてくださる、その恵みが与えられているということですね。もちろん、人によっては、誰かと一緒に暮らして、忙しい中で生きなきゃならないこともあると思うんですが、いちいち孤独まで感じている暇がないって方もおられるでしょうけど。
でも、三位一体のエリザベトが言うんですよね。
神様と本当にどういう時に私たちは共に歩めるのか。時間があるとかないとか、忙しいとか暇とか関係ないというんですよね。それは自分から自分を置くことができた時に、神の力が働いてくる。
だから実際ね、子育てとか、誰かのために一生懸命働かなきゃならない方々も介護とかおられると思うんですけど、でも、誰かのために一生懸命やっている時ほど、自分のことを考える余裕がないわけですから、自分から離れれば離れるほど、神が共にいてくださるってことなんですよね。
だから皆さんが時間があって比較的余裕のある生活をしていようが、忙しさの中で振り回されていようがですね、三位一体の神様は共にいてくださる。
自分というものの囚われから、それを離れれば離れるほど、はっきりと神の力が私たちの中に働いてくださる。
意識できるかできないかは別ですけれど、神様は皆さんの心の中に、魂の中に現存しておられる。
むしろ神様はそれに気づいてほしいと私たちに願っておられる。
一緒に暮らしながら、全然気にしなかったら。
だから私たちは1週間に一回ミサにあずかって、神様のことをちょっと思い出すということじゃなくて、日々の生活の中でこそ主が共にいてくださっているその恵み、その働きに心を向けることによって、私たちも心に平和と慰めとを、そして勇気が与えられると思いますね。その恵みをやはり思い起こしましょう。
はっきりと約束してくださっているんです。父と私、父とイエス様とか、その人のところに行って一緒に住むって書いてあるんですよね。その恵みを願いましょう。
漫画で「セイントお兄さん」というば漫画があって、イエス様とブッダがサバティカルをとって東京の立川のアパートに住んでいる話で、でもイエス様が本当に一緒に暮らしてくださっているというのは、別に立川じゃなくても、私たちの心というか、私の家の中で主が住んでくださって、もっと愛と力をいつも与えてくださっているんですから、それをちゃんと気づいて、その愛を意識しながらね、意識すればするほど、ちゃんと働いてくださいますから。
神と共に日々の生活を歩んでいけるように、孤独であろうが、何か家族のごちゃごちゃの中にいようが、どちらでも同じなんですよね。神と共に歩んでいく愛を心から願いたいと思います。
長府教会はファチマの聖母に捧げられた教会です。
ファチマはの預言は非常に厳しい内容ですが、ファチマの地に実際行ってみると、祈りと犠牲を捧げる人がたくさんいて、非常に清らかな空気を感じられる場所でした。長府教会もファチマのような清い祈りの場になってほしいと願っています。
(教会祭の日のミサ)
ファチマの聖母への祈り カトリック中央協議会
〔そのとき、イエスは言われた。〕27「わたしの羊はわたしの声を聞き分ける。わたしは彼らを知っており、彼らはわたしに従う。28わたしは彼らに永遠の命を与える。彼らは決して滅びず、だれも彼らをわたしの手から奪うことはできない。 29わたしの父がわたしにくださったものは、すべてのものより偉大であり、だれも父の手から奪うことはできない。30わたしと父とは一つである。」
今日の福音書はヨハネの10章善き羊飼いの譬えのところを朗読するようになっています。私の羊は私の声を聞き分けるというふうにイエスをおっしゃいます。イエス様が羊飼い、善き羊飼いであって、私たちは羊であるということですね。
実際、あまり日本でも羊がいないからあれですけど、当然羊飼いはいつも羊と一緒ですから、羊飼いの声をちゃんと聞いて、羊飼いが呼びかけたら羊がちゃんと従っていく。羊は羊飼いの声をよく知っていて、それに従うというわけですね。
皆さんの中で、もし犬を飼っている方々がおられたら、やっぱり犬は羊飼い、飼い主のことをよく分かっていますから、呼びかけたり、いろいろああしろ、こうしろと言ったら、賢い犬ならばたそれと同じように羊も羊飼いに声に聞き従っていくということですね。
羊飼いはイエス様ですから、私たちはイエス様の声を聞いて、それに私たちが従っていけるようにですね、改めてその恵みを願いたいと思います。もちろん、イエス様の声は直接神様の声は聞こえないことが多いですけれど、でも、いろんな人を通して神様が私たちに呼びかけておられるということですね。
フランシスコ教皇を通して、本当に素晴らしいメッセージや励ましや刺激をたくさん受けましたが、この新しいレオ14世になってどういうメッセージを私たちにくださるのか、楽しみでもありますけれども、やはりリーダーとか教会のリーダーを通して、私たちはこの羊飼いの声を聞くことができるということは確かなことじゃないかなと思いますね。
でも、そういうリーダーとか。司教さんとか神父さんとか、そういう方々を通して神の声を私たちが聞いていくということも一つですが、いろんな形で私たちは神の声を聞いていくということですね。このファチマの聖母のメッセージを告げたのは、ポルトガルの田舎のファチマでですね、まさしく羊飼いか何かの家に生まれた子供か何かだと思うんですけど、ルチアとヤシンタとフランシスコという3人の少年少女にマリア様が現れて、そして様々なメッセージを語られたわけですね。
不思議なことですけれども、ルチアやフランシスコ、ヤシンを通してマリア様が語られて、私たちにメッセージを残されたということですね。だから、私たちが神の声を聞くのは、リーダーからだけじゃなくて、小さな子供や小さな人々からも神様のメッセージが私たちにあるということなんですよね。
それも本当に不思議ですが、そのような言葉を私たちが聞くことができるかどうかということも大切なことだと思いますね。ちなみに、その3人のうちのフランシスコとヤシンタとは、子供の時にすぐ亡くなってしまって、でも結局遺体が全く腐らないので、結局二人とも今聖人にもなりましたね。
列福されて、そして列聖されて一人残ったルチアは長い間カルメル会の修道女として全く人の前に現れず、90を超えて何年か前に亡くなられましたけれども、それもその3人の運命も不思議なものを感じますが、やはりそういう人々を通して、小さなものを通して神様が私たちにメッセージをくださるという、それを私たちが聞けるかどうかということですね。
しかも、神様のメッセージには2種類があると思います。一つは、私たちを慰めたり、励ましたり、心を温めたりするような温かいメッセージを主が語ってくださることもある。でも、それだけではなくて、時には私たちを叱責したり、厳しく私たちに迫ってくることもある。
ご存じかご存知でないか。ファチマのマリア様のメッセージはかなり厳しいものであることは間違いないと思います。温かい、心からです。けれども、実際は厳しいメッセージで、3つの預言をその時マリア様はされて、第1の預言が第1次世界大戦の終結について、第2の預言が第2次世界大戦の勃発とその終結についてですね、そして第3の預言が長い間封印されていてですね、それで物議を醸し出して、2000年に一応公開されたんですけど、でもそれは多くの人が一部分だけだと言われている解釈も、ベネディクト16世が教理省の長官だったラッツィンガー枢機卿の時代に、彼の解釈なんですが、どういうメッセージなのか。
ちなみにネットで見たら出てきますが、なかなか厳しいんですよね。
「既に述べた2つの啓示の後、私たちはマリアの左側の少し高いところに火の剣を左手に持った一人の天使が見えました。
しかし、その炎はマリアが天使に向かって差し伸べておられた右手から発する輝かしい光に触れると消えるのですが、天使は右手で宙を指しながら大声で叫びました。『悔い改め、悔い改め、悔い改め』。それから私たちには計り知れない光の中に何か鏡の前を人が通り過ぎる時に、その鏡に映って見えるような感じで、白い衣をまとった一人の司教が見えました。
それは教皇だという感じでした。その他に、幾人もの司教と司祭、修道者と修道女が険しい山を登って行きました。その頂上には樹皮のついたコルクの木のような粗末な丸太の大十字架が立っていました。教皇はそこに到着なさる前に、半ば廃墟と化した大きな町を苦痛と悲しみにあえぎながら、震える足取りでお通りになり、通り過ぎに出会う死者の霊、死者の霊のために祈っておられました。それから教皇は山の頂上に到着し、大きな十字架の下にひざまずいてひれ伏した時、1団の兵士たちによって殺されました。彼らは教皇に向かって何発も銃弾を発射し、矢を放ちました。
同様に、他の司教、司祭、修道女、修道士、そして様々な階級と職種の平信徒の人々も次々にそこで死んでいきました。十字架の2つの腕の下にいた二位の天使は、各々手にした水晶の水入れに殉教たちの血を集め、神に向かって歩んで来る霊魂にそれをふり注ぐのでした。」
という、かなりおどろおどろしいメッセージです。けれども、単純にこれを読む限りは、第3の預言は、カトリック教会に対する大迫害がバチカンの消滅かローマ教皇の暗殺という、そのようにまだそれが来たか来ていないか、もうちょっとわからないですけれども、新しい教皇様がそのような苦難を受ける教皇になるかもしれないですけれども、やはりかなり厳しいメッセージを神様が私たちに与えられるということも当然あると思いますね。
問題は、私たちはそれをどう受け止めて、つまり神の声を聞いて、それに道を聞き、従っていくかということが、実は非常に大切なことではないかというふうに思います。実際、私自身はポルトガルのファチマという、ものすごく山奥の小さな村なんですが、そこで国際会議があったことがあって、そこに出席したことがあって、その会議が1週間から10日ぐらい続く長い長い会議で、そこにだからずっと滞在してたんですね。まさしくファチマで、昼間会議やってたんですけど、朝早くと夕方とか夜はもう、ご出現のところに行って、ずっとお祈りを捧げてたんですが、もう大小10個か15ぐらいの聖堂があるんですよ。小さな聖堂から大聖堂がある。
どこの聖堂に行ったって誰かがお祈りしてる。しかも、ただのお祈りだけじゃなしに、跪きながら歩いてくる。何か苦行をしている人たちもいっぱいいてね。その雰囲気がものすごい祈りと、そして何と言ったら言葉で表現できないけれど、清らかな感じっていうんですかね。
空気がものすごく青々とした清らかな空気が流れてて、これは本当にマリア様の心にかなっていると思うぐらい、この世俗的なものがなくてですね、ものすごい清い、清らかな青空のようなものが広がる空気感があって、それで僕は何かこのファチマのメッセージというか、マリア様の心が何かよく分かったような気持ちにその時はなりました。
メッセージを私たちが神様のメッセージをどう受け止めるのか。ファチマのそこの聖地はもう明らかですけど、祈りと苦しみを捧げる、しかも清らかな心の中で。そのように私たちがメッセージを受け止めて生きていける時に、神様の声を聞いて、私たちはそれに従っているというふうに言えるんじゃないかなと思います。
結局、ファチマの第3の預言は、この日本の世界中の、オカルトファンというか、スピリチュアルファンの中でも様々ないろんな事が世界の終わりだとか、いろいろ本物のメッセージは、私たちを怖がらせたり、怒らせたり、何か煽るような、何かそういう変なものじゃないと思います。
神様からの本当のメッセージは、それがいくら厳しくても、そこから祈りや苦しみをしっかり受け止めていって、清い心で生きていく。そういうものが生まれるかどうかということだと思うんですね。
もう今はSNSの時代で、何か訳の分からないメッセージが山のように来ています。
騒ぎから何か変な政治家を押すような動きとか、いろいろな陰謀論から、もう何から何までそういうものに私たちがそういうメッセージを聞いて、それに囚われていく時に、やっぱり心の中に不安とか恐れとか、何いうか何とも言えないイライラした気持ちとか、何か訳の分からないものに振り回されている。
それはやっぱりどう見ても神から来ているのではないではないと思いますね。
いろんなメッセージが私たちの思いに届くような時代になったからこそ、それが厳しいものであれ、あるいは慰めに似たもの、見てきたものであれ、私たちはしっかり神の声を聞いて、それに、私たちが誠実に、謙虚に応えていく。
それが私たちに本当に必要なことじゃないかというふうに思います。そして、それが本当のメッセージだったら、そこから私たちに祈りの心が生まれて、苦しみを受け止めていく勇気が与えられて、そして本当に清い気持ちで私たちが歩んでいける、そういうふうに聞き従っていくということ自身は、本当に大事なことじゃないかなと思いますね。
ファチマの雰囲気の祈りに満ちた清らかな雰囲気というのは忘れられないですけれども、どっちかというとルルドの夜もいい感じが、ルルドも聖地で、行かれた方もおられると思いますけど、ルルドではイエスの愛を求める気持ちがちょっと強い感じがするんですけど、でもファチマは何か純粋に祈りを捧げるような感じがして、何かもっと清らかで、もっと深みがある思いますね。
日本だったらもう忘れられた聖地ですけど、秋田の聖母というところがあって、本物の日本人の人は知らなくて、今ほとんどフィリピン人と韓国人の巡礼者しか来ないようなところになりましたけど、マリア様が、木造のマリアが涙を流して、そしてシスター笹川という人にマリアさまがメッセージを語られたところで。シスター笹川も去年に亡くなられましたけど。
そこが好きで、私はよく行ってそこで黙想するのですが、秋田のマリア様の所とファチマと全く同じ雰囲気なんですよ。祈りの雰囲気と清らかなこの空間が広がっている感じがとっても瓜二つ。ファチマのメッセージと、秋田のマリア様のメッセージもほぼ同じなんですけれども、私たちがやはり神様の呼びかけをよく聞いて答える、それは本当に私たち一人一人に大切なことじゃないかなと思います。
そして、この長府教会はファチマの聖母を保護の聖人にしているわけですから、私の願いは、この教会自身が深い祈りの場であって、私たちが苦しみを、自分たちとして、ある苦しみを心から捧げることができて、そして本当に清い場というか、世俗的な泥にまみれていない清い場になっていくということが、この教会の一番大事な役割じゃないかなということは強く思います。
私たちがこのファチマのマリア様のお導きの下、一人一人が本当に誠実に、謙虚な心で信仰生活を、祈りを捧げていくことができるように、心を合わせ共に今日は祈りを捧げたいと思います。
ペトロたちは夜通し苦労して漁をしても魚がとれませんでした。ですが、復活した主の恵みによって奇跡が起こりました。日本のキリシタンたちも多くの苦しみの中で殉教しましたが、死後長い年月ののち、今も私たちに希望を与えてくれます。これこそ主の復活のお恵みではないでしょうか。私たちも困難や苦労の方が多い人生かもしれませんが、必ずどこかで復活した主の力が働くときがあるはずです。
「津和野の乙女峠祭り」は盛況だったようですね!
1その後、イエスはティベリアス湖畔で、また弟子たちに御自身を現された。その次第はこうである。2シモン・ペトロ、ディディモと呼ばれるトマス、ガリラヤのカナ出身のナタナエル、ゼベダイの子たち、それに、ほかの二人の弟子が一緒にいた。3シモン・ペトロが、「わたしは漁に行く」と言うと、彼らは、「わたしたちも一緒に行こう」と言った。彼らは出て行って、舟に乗り込んだ。しかし、その夜は何もとれなかった。4既に夜が明けたころ、イエスが岸に立っておられた。だが、弟子たちは、それがイエスだとは分からなかった。5イエスが、「子たちよ、何か食べる物があるか」と言われると、彼らは、「ありません」と答えた。6イエスは言われた。「舟の右側に網を打ちなさい。そうすればとれるはずだ。」そこで、網を打ってみると、魚があまり多くて、もはや網を引き上げることができなかった。7イエスの愛しておられたあの弟子がペトロに、「主だ」と言った。シモン・ペトロは「主だ」と聞くと、裸同然だったので、上着をまとって湖に飛び込んだ。8ほかの弟子たちは魚のかかった網を引いて、舟で戻って来た。陸から二百ペキスばかりしか離れていなかったのである。9さて、陸に上がってみると、炭火がおこしてあった。その上に魚がのせてあり、パンもあった。10イエスが、「今とった魚を何匹か持って来なさい」と言われた。11シモン・ペトロが舟に乗り込んで網を陸に引き上げると、百五十三匹もの大きな魚でいっぱいであった。それほど多くとれたのに、網は破れていなかった。12イエスは、「さあ、来て、朝の食事をしなさい」と言われた。弟子たちはだれも、「あなたはどなたですか」と問いただそうとはしなかった。主であることを知っていたからである。13イエスは来て、パンを取って弟子たちに与えられた。魚も同じようにされた。14イエスが死者の中から復活した後、弟子たちに現れたのは、これでもう三度目である。
《15食事が終わると、イエスはシモン・ペトロに、「ヨハネの子シモン、この人たち以上にわたしを愛しているか」と言われた。ペトロが、「はい、主よ、わたしがあなたを愛していることは、あなたがご存じです」と言うと、イエスは、「わたしの小羊を飼いなさい」と言われた。16二度目にイエスは言われた。「ヨハネの子シモン、わたしを愛しているか。」ペトロが、「はい、主よ、わたしがあなたを愛していることは、あなたがご存じです」と言うと、イエスは、「わたしの羊の世話をしなさい」と言われた。17三度目にイエスは言われた。「ヨハネの子シモン、わたしを愛しているか。」ペトロは、イエスが三度目も、「わたしを愛しているか」と言われたので、悲しくなった。そして言った。「主よ、あなたは何もかもご存じです。わたしがあなたを愛していることを、あなたはよく知っておられます。」イエスは言われた。「わたしの羊を飼いなさい。18はっきり言っておく。あなたは、若いときは、自分で帯を締めて、行きたいところへ行っていた。しかし、年をとると、両手を伸ばして、他の人に帯を締められ、行きたくないところへ連れて行かれる。」19ペトロがどのような死に方で、神の栄光を現すようになるかを示そうとして、イエスはこう言われたのである。このように話してから、ペトロに、「わたしに従いなさい」と言われた。》
イエス様が弟子たちに復活されて現れた。その3度目のエピソードが、このヨハネの福音書で語られています。ペトロがリーダーになって、弟子たちの主だった人たちと一緒に漁をしたのですが、結局、夜通し働いたけれども何もとれなかったという。苦しさというか、うまくいかない。そういうことがあって、その後、夜が明けて復活した主が現れて、そして復活した。主の言うとおりにするならば、たくさんの魚がとれたという不思議な、復活した主による不思議な大漁のエピソードですね。
実際、私たちの生活や働きの中で、何も夜通し働いたけれども何もとれないという結果が見えない、うまくいかないということもあるでしょうし、あるいは逆に、やはり復活した人の力が働いて、大きな恵みや力を与えられたというふうに感じることもある。実際は両方があるんじゃないかというふうに思います。
自分の司祭職を振り返ってどっちが多いかといったら、やっぱり夜通し働いて何もとれない時の方が多かったかなという感じはどうしてもしますけど、特に日本はそれほど宗教が流行らない時代になっていますから、それほど何かうまくいったという実感がないことの方が多いですけれど。
もちろん何か大きなお恵みや慰めや大きな実りを感じることも当然あるんですが、皆さん一人一人が振り返って、自分自身のですね、過去の、あるいは今の生き方の中で、神様から大きな恵みをいただいたなと思える時もあるでしょうし、どっちかというと何かうまくいかない、何かこう虚しくて苦しみが多かったというふうに感じることがあるかもしれない。
ある信者さんと話したら、もうほとんど苦しみですと言って苦しかったのが絶対多いと言うんですが、それは人によって違うかもしれないですが、でも、私たちが生きている中で出会う苦しみや、何か困難に出会うたびにでも思うのは、やっぱりキリシタンの人たちの苦しみに比べたらあまり大したことないということは、やっぱり思いますね。
もちろんいろいろはもちろんありますけれども。昨日は5月3日で津和野の乙女峠祭りに、ここの信者さん20人弱の人たちと一緒に参加いたしましたけれども、あまりに盛大で、僕は40年ぶりだったんですね。自分がイエズス会に入ったとき、修練者の時に参加しているんですが、その時はこんなに大きくて、それほど人が集まってなかったような気がしたんですが、40年後に参加して、特に今年は聖年だったせいか1500人は超えていたと思いますけれど、たくさんの人が集まって盛大な式を昨日やってですね、励ましをちょっと受けましたけど。
でもああいう迫害されている人々のことを考えた時に、やっぱり夜通し働いたけれども何も取れない、そのような苦しみの中にいたことはまず間違いないでしょう。とにかく長崎でですね、迫害があって、250年間、隠れキリシタンで7代ぐらいそれを守り続けていて、明治維新になって、明治政府になって、やっと外国から宣教師が来られて、カトリックのそれでやっと自分たちの宗教が認められるかと思うと、明治政府は結局その幕府の近況をそのまま踏襲していたので、いわゆる浦上4番崩れといって3000人以上の人が隠れてたんですけど、彼らが捕まってあちこちに送られてですね、そこで信仰を捨てるように迫られて、津和野には150人ぐらい、150何人が送られて、結局津和野では37人かな、殉教している。
250年間の苦しみでやっと解放されるかと。思ったよりもさらに大きな苦しみで、彼らがやはり苦しみに耐えている時に、やっぱり神の復活したお恵みのイエス様のお恵みで何かがうまくいくということは全く実感できなかったでしょう。実際的には、暗闇の中に次の暗闇が来たというかですね。
しかも信仰が試されるようなことがあって、殉教していく。彼らにとっては希望とか何か復活の力を見出すこともなく、だからといってがっかりしてたかどうかわからないですけれども。でもその中で亡くなっていく方が多かっただろうと思われます。
でも、その乙女峠の彼らの苦しむも150年後になる、150年ちょっとぐらいになって、1500人の者が人が集まって、彼らの生き方から励ますと力を受けている。150年後にそのような実りというか、力が多くの人に働いているということも、やはり復活した主の力が働いているからこそ、そういうことがあったとしか考えられないような気がします。
キリシタン時代の江戸の初期迫害の最後、江戸幕府の頃も、ペトロ岐部とかイエズス会の神父さんたちも殉教しているわけですが、今からもう400年ぐらい前になるんですが、彼らには復活した力を感じることもなかったでしょう。実際に250年間の迫害の始まるところでどんどん殺されていくだけで、皆さん方バラバラだというし。ペトロ岐部もですね、殉教する時に、まさか400年後に自分が福者になるとも思ってなかったでしょうし、まさか400年後に多くの人々を励ますような、何か力を与えるような存在になるとは全く思ってなかったでしょうけれども。
でもやっぱり復活した主の力が働くことによって、彼らが福者になり、そして多くの人の模範として輝いているわけですね。津和野のあの殉教者たちも多分今運動がされていて、そのうち福者になるんじゃなかろうかと思うか分からないですけども。やはり私たちに与えられている最大の恵みは、復活した主の力が私たちに働くということですよね。
本当に短いスパンで考えたら、私たちのやっていることは本当に意味があるのかなというか、何か生きがいのない、やりがいのない仕事をやっているように見えることもあるし、何かですね、実りがなかったり、なんて言うんですかね、これをやっていて本当にいいのかなって思うような、日々の小さな家族の世話であったり、様々な困難を小さなことを繰り返していくような単純な毎日を過ごすことの方が多いかもしれないですけど、でも、私たちが信仰を持って復活した主と共に生きていくならば、私たちの小さな奉仕、私たちの小さな犠牲、毎日毎日の小さな活動や働き、そのことを通して、やはり私が私たちに対して、あるいはもしかしたら私たちの子供とか、次の世代、あるいはもっともっと先の年先になるかもしれないんですけれども、でも、復活した主の力が私たちに働いている以上、私たちのささげる祈り、犠牲や働きは全く無駄に終わることはないということですね。
私たちはやっぱり将来に向かって、希望の巡礼者として私たちが歩んでいる今がいくらだめであったとしても、何か希望が見えないように感じたとしてもですね、分からない。全く将来、私たちの小さな祈りや働きが、将来大きな実りにつながっていくように、私たちに与えられている小さな役割を、祈りを、小さな犠牲を果たしていく中でこそ、復活の力が働くんじゃないかなと思いますね。
今日の福音書の最後は、とれた魚もあったんですが、イエス様がわざわざ朝の食事を用意してくださって、それで人が働いて苦労して何もとれなかったのに、イエス様と共に朝の食事をすることができた。それはやはり今から考えたら、ミサのエウカリスティアとかご聖体を分かち合う神秘を、そこでこそ私たちは復活の主に出会える、あるいは復活の種がいつも私たちに恵みを分かち合ってくださっているということのしるしだと思いますね。
今日も感謝のうちに自分の人生がうまくいってようがうまくいってなかろうが、あるいは波瀾万丈であろうが、平凡な毎日であろうがですね、やっぱりそれらすべてを感謝と祈りを捧げながら、主の祭壇を共に囲んで復活したイエス様の恵みを共に分かち合いたいと思います。
復活したイエス様は弟子たちに出かけて行って福音を述べ伝えるよう命じました。
帰天されたフランシスコ教皇は、まさに困っている人々のところに出向いて行った人でした。
出向いていく、ということは、裏返せば迎え入れるということではないでしょうか。
私たちも彼の精神を生きて行きたいと思います。
英神父さんも関わった「教皇フランシスコ キリストとともに燃えて――偉大なる改革者の人と思想」明石書店 がおすすめにゃ。
19その日、すなわち週の初めの日の夕方、弟子たちはユダヤ人を恐れて、自分たちのいる家の戸に鍵をかけていた。そこへ、イエスが来て真ん中に立ち、「あなたがたに平和があるように」と言われた。20そう言って、手とわき腹とをお見せになった。弟子たちは、主を見て喜んだ。21イエスは重ねて言われた。「あなたがたに平和があるように。父がわたしをお遣わしになったように、わたしもあなたがたを遣わす。」22そう言ってから、彼らに息を吹きかけて言われた。「聖霊を受けなさい。23だれの罪でも、あなたがたが赦せば、その罪は赦される。だれの罪でも、あなたがたが赦さなければ、赦されないまま残る。」
24十二人の一人でディディモと呼ばれるトマスは、イエスが来られたとき、彼らと一緒にいなかった。25そこで、ほかの弟子たちが、「わたしたちは主を見た」と言うと、トマスは言った。「あの方の手に釘の跡を見、この指を釘跡に入れてみなければ、また、この手をそのわき腹に入れてみなければ、わたしは決して信じない。」26さて八日の後、弟子たちはまた家の中におり、トマスも一緒にいた。戸にはみな鍵がかけてあったのに、イエスが来て真ん中に立ち、「あなたがたに平和があるように」と言われた。27それから、トマスに言われた。「あなたの指をここに当てて、わたしの手を見なさい。また、あなたの手を伸ばし、わたしのわき腹に入れなさい。信じない者ではなく、信じる者になりなさい。」28トマスは答えて、「わたしの主、わたしの神よ」と言った。29イエスはトマスに言われた。「わたしを見たから信じたのか。見ないのに信じる人は、幸いである。」
30このほかにも、イエスは弟子たちの前で、多くのしるしをなさったが、それはこの書物に書かれていない。31これらのことが書かれたのは、あなたがたが、イエスは神の子メシアであると信じるためであり、また、信じてイエスの名により命を受けるためである。
今日の朗読は、ヨハネの20章のところ、男の弟子たちにイエス様が現われるところですけれども、彼らはユダヤ人を恐れて、自分たちのいる外に家の外に鍵をかけていた。引きこもっていたというか、鍵をかけて自分たちも迫害されるのではないかという恐ろしさから、やはり殻に閉じこもっていたというか、防御というか、なるべくもかかわらず関わらないようにという、そういう非常に受け身の姿勢になっていたわけですけれども、復活した所がまさしく彼らの真ん中に現れて、そして「父が私をお遣わしになったように、私もあなた方を遣わす」と言って、いわば閉じているところから扉を開いて、神様の人間に従って派遣というか、出て行きなさいということを言うわけですね。
実際、復活した人の力と聖霊の恵みに満たされて、彼らは外的な迫害状況とか困難は変わらないですけど、でも勇気を持ってそこから出ていく力をいただいた。
やはり復活の恵みの一番の一つの大きなことは、やっぱり閉じているところから開いて前に向かっていくというかですね、そういうところがあると思います。
今日は特にフランシスコ教皇のために祈りを捧げたいと思いますが、いろいろいろいろフランシスコ教皇のことを振り返ったりしていて、しかもイエズス会の日本管区には数名、アルゼンチンの神父さんがおられて、直接フランス教皇がベルゴリオ神父さんの時代に、管区長やあるいは神学院の院長として直接薫陶を受けた人が何人かいて、彼らからもいろいろな話を聞いていて、やはりこういう素晴らしい方がですね、私たちの教会のリーダーだったということ自身が大きな恵みで、本当に心から感謝の気持ちでいっぱいですけれども、もちろん残念な気持ちももちろんあわせてありますけれども、でも、やはりフランシスコ教皇のいろいろなメッセージの中で僕が一番印象的だったのは、最初の「福音の喜び」という本を出されて、そこで教会というのは出向いていかなきゃならないということで、出向いていく教会ということをはっきりと言われて、やっぱりそれが一番あるんじゃないかなというふうに思います。
しかも教皇様の素晴らしいところは、口先だけでしゃべらないというかですね、すごいところは、自分がやっていることを人にもやりなさいと言っているのがですね、この何て言うんですか、何かただの理論を言うんじゃなくて、実践していること。
だから出向いていく教会になるということは、彼自身がやっていた、そして教皇になってからも実践していることそのものだというところがある。すごいなというふうに思います。
日本との関係で言えば、日本に来られた時にですね、やはり広島と長崎で核兵器廃絶をはっきりと世界の人々にアピールされたという、僕は何か出向いていくという意味が何かそこですごくはっきりとわかったような、思い知らされたような気がしています。
実際、苦しみや困難があるところにわざわざ出向いていって、メッセージを発したり、実際人を助けたりするというですね、やはりそこが一番やはりいいところは、ものすごくいろいろあるんですが、そこが一番心に残っていることです。
彼が教皇になって一番最初に訪問された、出向いて行かれたのは2013年の1月なのですが、一番最初ですよ。
どこに行かれたかといったら、イタリアのシチリア州のランペドゥーサ島に行かれたんですね。それが一番最初なんですよ。そこはまあどういうところかというと、ヨーロッパに移民、難民が来るところの入り口なんですね。そこにまず行かれて、まさしくヨーロッパのその時の最大の問題は、今もそうですけれども、難民とか、そういう方々がどんどんアフリカから、当時はシリアから。そういう人をやはりちゃんと助けなさいと、ということを言うために、わざわざそこに出向いていってメッセージを語られたというところから、彼の教皇としての出向いていくところがやっぱりスタートしているということなんですよね。しかも、口先だけじゃなくて出向いていくということは、彼の場合は迎え入れるということとほぼ一つなんですよね。単に行って何かして帰ってではなくて、出向いていくこと。プラス、困っている人を迎え入れるとか、受け止めるということと、一つの言葉なんですよね。だから、その時どうされたかといったら、難民の人家族をバチカンに連れて帰ったんですよね。それでお世話をさせたって言うんですけど。でもそれはその後ですね、ヨーロッパの教会、日本の教会には言わなかったけれど、ヨーロッパの教会に出した指示は何かと言ったら、各小教区に難民の家族1家族ずつ受け入れた後もバチカンに受け入れたからって言うんですけど、もうものすごいはっきりしててびっくりしますよね。
だからちょうど教会でね、人、家族、困った人を受け入れる。ちょっともうみんなびっくりして、できませんというか、そんなことやったことありませんという、その、だいたい恐れと不安にとらわれて、代替できないとかダメだというふうに考えがちですけど。なんかね、フランシスコ教皇にはそういう中でダメだとかできないとかっていうことがないんですよね。あるいは過去にやってなかったからできないとかってことが全くないんですよ。
それはもう本当にここだったら結局年2階の和室かなんですかとか、ちょっと部屋見ながら考えたりしてましたけど。
でも実際それは過去の彼の経験でも実はいっぱいあって。
それは同僚のアルゼンチンの神父さんなんですが、彼らが神学生で、神学院と言われた大きな建物に住んでた時に、大体は神学生しか住まないところは神父さんと親が住まないから神学院なんですけれど、でもベルゴリオ神父さんが院長の時に、神学院に難民の人が何組か住んでいたんですよね。それ自体がちょっと僕は驚きですけど。その時ちょうど僕は日本でも神学生で、神学院は当時はまだ大きな古典的な大きな神学に進んでましたけど、その時に僕たち神学生の時にやっていた議論は何かと言ったら、食堂があってですね、食堂ではもちろん神父さんと神学生のための食堂なんですけど、そこにお客さんを招いていいかどうかで喧々諤々の議論をしてた。お客さんで友達とか家族とか招いて食堂で食事をしていいかどうかって話を賛成派と反対派でガンガン対立していろいろ意見を言ってたんですけど、その友達ですよね。友達とか家族を迎え入れるかどうかっていうことで、それができるかできないかのレベルだった。
ベルゴリオ神父さんは、家族とか友達じゃなくて、困っている人を住まわせてたいうんだから、レベルがもう全然神の考える枠組みとか全く違うんですよね。その彼の発想の大胆さと実行力と寛大な心は、やっぱりちょっとびっくりですよね。でもそれはその時だけの話じゃなくて、彼が管区長時代、アルゼンチンはですね、日本は戦後平和で高度経済成長時代で、わりとイケイケどんどん平和の中で経済も発展しましたけど、60年代ですけど、その頃アルゼンチンは内戦状態の、もうめちゃめちゃな独裁政権が反政府勢力を反政府勢力のゲリラで結局武器持ってますからね。彼らを徹底的に弾圧して多くの人が殺され殺されて、その中に教会もみんなが巻き込まれる大変な時期を生きてたんです。その時に彼は政府から殺されそうな人を神学院に匿ってたんですね。
しかも隣に黙想の家があるから黙想者だって言って黙想中は沈黙でして、しゃべれませんと言って喋らないから身元がみんな分からない。それで、密かに亡命の手伝いをしてたりとかですね。でも、びっくりするようなエピソードが山のようにあるんですけど。
だから、彼が出向いて行く教会、あるいは人を迎える教会って言った時に、全くの理屈じゃなくて、机上の空論でなくて、若い時からずっとやっていて、今日ここになってもやっていることをみんなにもやりなさいというふうにおっしゃってるわけですよね。なかなかそこまでね、やっぱり日本の社会は硬いから、何かこう教会に何か変な人を迎え入れるだけでも大きな喧々諤々の議論になったものではありますけど、もちろん風土も考え方も違いますけれども、でもやっぱり私たちがそういう方をリーダーにしていただいて、出向いていく教会になれということですから、それは私たちが小さな形で、彼ほど大胆なことはもちろんできないですけれども、私たちが小さな声でこの教会としてってこともありますけど、個人も私たちの信仰者のあり方としても、やっぱり苦しんでいる人や困っている人に出向いていく気持ち、あるいはそれはひっくり返したら迎え入れる気持ちですよね。
そういう中で、私たちが何かやっぱり素晴らしかったとか良かったとか、単に褒め称えるだけではなくて、彼の精神を少しでも生きていけるような何かそれが一番の恩返しかなというか、それが一番の感謝を表す何か心じゃないかなというふうに思います。
私たち一人一人、実際は小さな、すごく恐れとか不安にとらわれて、できないということにも、こんなに歳になっちゃった人がもういろいろできませんみたいな感じになりがちではあるし、できることは限られているかもしれないんですが、でもやはり教皇様の大きな心というか、本当に困っている人に開かれて、何かとらわれなく、できることは何でもやるような、そういうことをもう少し私たちが習っていけるように、何か恵みを願いたいと思います。
やはり感謝の祈りを捧げるとともに、彼の心を生きていけるように。そして、葬儀が終わりましたから、次はコンクラーベに入るので、次の教皇様がまた本当に神の目にかなった方が選ばれるようにですね、そういうのも合わせて私たちが祈りをささげたいと思います。
パンドラの箱に最後に残っていたのは「希望」ですが、イエス様が復活された「空の墓」にあったのも「希望」だったといえるでよう。私たちの苦しみはイエス様が復活しても絶えることはありませんが、私たちには「希望」という恵みが与えられてい流のです。
みなさまご復活おめでとうございます!
1週の初めの日の明け方早く、準備しておいた香料を持って墓に行った。2見ると、石が墓のわきに転がしてあり、
3 中に入っても、主イエスの遺体が見当たらなかった。4そのため途方に暮れていると、輝く衣を着た二人の人がそばに現れた。5婦人たちが恐れて地に顔を伏せると、二人は言った。「なぜ、生きておられる方を死者の中に捜すのか。6あの方は、ここにはおられない。復活なさったのだ。まだガリラヤにおられたころ、お話しになったことを思い出しなさい。
7 人の子は必ず、罪人の手に渡され、十字架につけられ、三日目に復活することになっている、と言われたではないか。」8そこで、婦人たちはイエスの言葉を思い出した。9そして、墓から帰って、十一人とほかの人皆に一部始終を知らせた。
10 それは、マグダラのマリア、ヨハナ、ヤコブの母マリア、そして一緒にいた他の婦人たちであった。婦人たちはこれらのことを使徒たちに話したが、11使徒たちは、この話がたわ言のように思われたので、婦人たちを信じなかった。12しかし、ペトロは立ち上がって墓へ走り、身をかがめて中をのぞくと、亜麻布しかなかったので、この出来事に驚きながら家に帰った。
今日の福音書は、ヨハネの20章のイエス様の復活の出来事の最初の場面の朗読です。一番最初、弟子たちが、女性の弟子も男性の弟子も体験したことは何かと言ったら、イエスを葬ったお墓が空っぽだったという空の墓、何もなかったということですけど、そこからイエス様のこの復活の出来事がいわば始まっていくわけですね。
お墓に遺体がないということですから、ちょっと間が抜けているというか、あるべきところにあるものはないということですね。そこからイエス様の復活の恵みが、つまりイエス様の体は復活して、もう別のところに行ってしまったということですけれども、実際、その後からのお墓の中で一体何が残っていたのかということなんですね。
ちょっとお話はちょっと違う、ちょっと違う話なんですが。ギリシャ神話の中にパンドラの箱というのが出てくるわけですね。日本語でもそんなによく使うわけじゃないですけど、日本語はどちらかと地雷を踏むみたいな感じで、触れてはいけないものに触れちゃって、それでその人が爆発して、何か悪いものがいっぱい出てきて、そういうことをパンドラの箱とかパンドラの箱を開けるとかいうんですが、それはギリシャ神話から来ていてですね、ゼウスが、プロメテウスにいろいろして、人間に良いこと
をプロメテウスがして、その罰の一つなんですけど、罰の一つというかなんかで、この最初の人間の女性を作るんですよね。その最初の人間が、人間の女性がパンドーラというんですけど、パンドーラという女性を作った時に、そのゼウスは彼女に一つの箱を与えるんですよね。そこからパンドラの箱というんですけど、パンドラは結局そのもらった箱の中身をこう見たいわけです。ゼウスから中を見たらダメだと言われて渡されるんですけど、あれね、エデンの園で善悪を知るにが木があって食べるなと言われたけど食べちゃうのと結局同じで、パンドラは結局パンドラの箱を好奇心から開けてしまうんですよね。
その箱の中には何が入ったかと言ったら、人間の苦しみの全てが入ってたんですよね。病気とか争いとか喧嘩とかですね。別れるとか、とにかく人間の様々な苦しみが全部詰まってて、結局パンドーラがその箱を開けてしまったので、全世界に様々な苦しみが広がってしまったというお話なんですよね。
でも、そのパンドラの箱の中に最後に残っていたものは何なのかっていったら、希望が残っていたんですよ。
ギリシャ語でエルピスというんですけど、希望だけが残っていたということで、その物語の神話の解釈は様々なんですけれど、でも最終的に残っていたのが希望だというのも、それプラスの意味でそうなのか、マイナスな意味でそうなのか、これも解釈が分かれるわけですけど、でも、残っていた一つだけのものが希望だということもちょっと考えさせられますね。
イエス様の話に戻って言うならば、実際、イエス様の復活を体験した人に与えられたものは何かってよくよく考えたら、実はたった一つで希望だったんですよね。というのは、ユダヤ人から迫害されたり、圧迫されたり、色々なことがあったわけですけど、別に外面的なことは何にも変わってないわけですよね。
状況的にはイエス様が復活されて、その後、家に現れて力づけられるわけですけど、でも実際、復活のメッセージの根本的なものは、実は希望なんですね。現実的な苦しみそのものが変わるってことはないわけで、復活の恵みにあずかったから迫害がなくなるとか、人生がうまくいくとか、実はそんなこと何にもないんですよ。
実は復活の恵みで与えられたものは、私たちに与えられている最大の恵みは希望なんですね。
私たちはその希望を生きていくかどうかというところに一番のポイントがやはりあると言えるでしょう。
パンドラの箱に残っていた希望は、それは自分たちでやっていかなきゃならない希望かもしれないですけど、でも、イエス様の空の墓の中に残っている希望は、イエス様の復活に基づいた恵みなので、空しいものでもないし、はかなく消えていくものでもなくて、それが本当に実現していくというですね、神様から与えられた力強い希望が私たちに与えられた。
私たちもいろいろパンドラの箱じゃないけれど、私たちの心を箱として考えたら、自分の心をですね、やっぱり心の中に悲しみや辛さや何か何かも持っていても仕方がないわけで、やっぱり空っぽにした方がいい。箱を開けてですね、自分の心の中にある悩みとか妬みとか、なんかわかんないけど鬱々とした気持ちとか、でも逆にそんなものは全部出してしまって空にしてしまう方がよっぽど気が楽だと思いますね。
それを溜め込んでいてですね、鬱々とするぐらいだったら、それを全部外に出しちゃって、空っぽにして、自分の心が空っぽになった時に何が出てくるかって言ったら、希望が出てくる。私たちの心の中からですね。
それはイエス様が私たちに与えてくださる本当の愛じゃないかなと思いますね。
今すぐ何かが良くならなくても。でも、イエス様の復活した愛があるから、私たちは勇気と力と愛の心をもらって、私たちは明日に向かって希望を抱いて私たちは歩んでいける。その恵みが私たちに与えられているということですね。
私たちも、墓場ってだからだいたい死と悲しみと寂しさの象徴みたいなものですから、そういうものを本当に空っぽにして、そして復活の愛を、希望を持って生きていく。それを私たちは心がけられたらいいんじゃないかなと思います。
だんだんとですね、何か今トランプのことで世界中振り回されていますが、自然災害も何か増えているような、いろいろ気候もなんかへんちくりんな感じになってきて、私たちは不安になったり、これからどうなるのかなとか、何とか教会の将来もどうなるのかなんとか、いろいろ不安とか心配事ももちろんいろいろありますが、でも復活した私の力は、それを乗り越えて、それを振り払って、希望に向かって、希望を抱いて、私たちが歩む力が与えられているということですから。
イエス様の復活を信じて、希望を持ってですね、今年は特に青年で希望の巡礼者として歩んでいくように呼ばれている年ですから、イエス様は復活したイエス様と共に希望を持って生き生きと前を向いて歩いていけるように、共に祈りをささげましょう。
イエス様は私たちの罪の償いの痛みを引き受けてくださいました
イエス様は私たちの痛みや苦しみ、辛さのあたりどころとなってくださっているのです
イエス様はしっかりそれらを受け止めてくださいます
今日の受難の朗読は長いので、録音ではカットしてあります。録音はお説教から始まります。
(夕食のあと、)イエスは弟子たちと一緒に、キドロンの谷の向こうへ出て行かれた。そこには園があり、イエスは弟子たちとその中に入られた。イエスを裏切ろうとしていたユダも、その場所を知っていた。イエスは、弟子たちと共に度々ここに集まっておられたからである。それでユダは、一隊の兵士と、祭司長たちやファリサイ派の人々の遣わした下役たちを引き連れて、そこにやって来た。松明やともし火や武器を手にしていた。イエスは御自分の身に起こることを何もかも知っておられ、進み出て、「だれを捜しているのか」と言われた。彼らが「ナザレのイエスだ」と答えると、イエスは「わたしである」と言われた。イエスを裏切ろうとしていたユダも彼らと一緒にいた。イエスが「わたしである」と言われたとき、彼らは後ずさりして、地に倒れた。そこで、イエスが「だれを捜しているのか」と重ねてお尋ねになると、彼らは「ナザレのイエスだ」と言った。すると、イエスは言われた。「『わたしである』と言ったではないか。わたしを捜しているのなら、この人々は去らせなさい。」それは、「あなたが与えてくださった人を、わたしは一人も失いませんでした」と言われたイエスの言葉が実現するためであった。シモン・ペトロは剣を持っていたので、それを抜いて大祭司の手下に打ってかかり、その右の耳を切り落とした。手下の名はマルコスであった。イエスはペトロに言われた。「剣をさやに納めなさい。父がお与えになった杯は、飲むべきではないか。」
そこで一隊の兵士と千人隊長、およびユダヤ人の下役たちは、イエスを捕らえて縛り、まず、アンナスのところへ連れて行った。彼が、その年の大祭司カイアファのしゅうとだったからである。一人の人間が民の代わりに死ぬ方が好都合だと、ユダヤ人たちに助言したのは、このカイアファであった。シモン・ペトロともう一人の弟子は、イエスに従った。この弟子は大祭司の知り合いだったので、イエスと一緒に大祭司の屋敷の中庭に入ったが、ペトロは門の外に立っていた。大祭司の知り合いである、そのもう一人の弟子は、出て来て門番の女に話し、ペトロを中に入れた。門番の女中はペトロに言った。「あなたも、あの人の弟子の一人ではありませんか。」ペトロは、「違う」と言った。僕や下役たちは、寒かったので炭火をおこし、そこに立って火にあたっていた。ペトロも彼らと一緒に立って、火にあたっていた。大祭司はイエスに弟子のことや教えについて尋ねた。イエスは答えられた。「わたしは、世に向かって公然と話した。わたしはいつも、ユダヤ人が皆集まる会堂や神殿の境内で教えた。ひそかに話したことは何もない。なぜ、わたしを尋問するのか。わたしが何を話したかは、それを聞いた人々に尋ねるがよい。その人々がわたしの話したことを知っている。」イエスがこう言われると、そばにいた下役の一人が、「大祭司に向かって、そんな返事のしかたがあるか」と言って、イエスを平手で打った。イエスは答えられた。「何か悪いことをわたしが言ったのなら、その悪いところを証明しなさい。正しいことを言ったのなら、なぜわたしを打つのか。」アンナスは、イエスを縛ったまま、大祭司カイアファのもとに送った。シモン・ペトロは立って火にあたっていた。人々が、「お前もあの男の弟子の一人ではないのか」と言うと、ペトロは打ち消して、「違う」と言った。大祭司の僕の一人で、ペトロに片方の耳を切り落とされた人の身内の者が言った。「園であの男と一緒にいるのを、わたしに見られたではないか。」ペトロは、再び打ち消した。するとすぐ、鶏が鳴いた。人々は、イエスをカイアファのところから総督官邸に連れて行った。明け方であった。しかし、彼らは自分では官邸に入らなかった。汚れないで過越の食事をするためである。そこで、ピラトが彼らのところへ出て来て、「どういう罪でこの男を訴えるのか」と言った。彼らは答えて、「この男が悪いことをしていなかったら、あなたに引き渡しはしなかったでしょう」と言った。ピラトが、「あなたたちが引き取って、自分たちの律法に従って裁け」と言うと、ユダヤ人たちは、「わたしたちには、人を死刑にする権限がありません」と言った。それは、御自分がどのような死を遂げるかを示そうとして、イエスの言われた言葉が実現するためであった。そこで、ピラトはもう一度官邸に入り、イエスを呼び出して、「お前がユダヤ人の王なのか」と言った。イエスはお答えになった。「あなたは自分の考えで、そう言うのですか。それとも、ほかの者がわたしについて、あなたにそう言ったのですか。」ピラトは言い返した。「わたしはユダヤ人なのか。お前の同胞や祭司長たちが、お前をわたしに引き渡したのだ。いったい何をしたのか。」イエスはお答えになった。「わたしの国は、この世には属していない。もし、わたしの国がこの世に属していれば、わたしがユダヤ人に引き渡されないように、部下が戦ったことだろう。しかし、実際、わたしの国はこの世には属していない。」そこでピラトが、「それでは、やはり王なのか」と言うと、イエスはお答えになった。「わたしが王だとは、あなたが言っていることです。わたしは真理について証しをするために生まれ、そのためにこの世に来た。真理に属する人は皆、わたしの声を聞く。」ピラトは言った。「真理とは何か。」ピラトは、こう言ってからもう一度、ユダヤ人たちの前に出て来て言った。「わたしはあの男に何の罪も見いだせない。ところで、過越祭にはだれか一人をあなたたちに釈放するのが慣例になっている。あのユダヤ人の王を釈放してほしいか。」すると、彼らは、「その男ではない。バラバを」と大声で言い返した。バラバは強盗であった。
そこで、ピラトはイエスを捕らえ、鞭で打たせた。兵士たちは茨で冠を編んでイエスの頭に載せ、紫の服をまとわせ、そばにやって来ては、「ユダヤ人の王、万歳」と言って、平手で打った。ピラトはまた出て来て、言った。「見よ、あの男をあなたたちのところへ引き出そう。そうすれば、わたしが彼に何の罪も見いだせないわけが分かるだろう。」イエスは茨の冠をかぶり、紫の服を着けて出て来られた。ピラトは、「見よ、この男だ」と言った。祭司長たちや下役たちは、イエスを見ると、「十字架につけろ。十字架につけろ」と叫んだ。ピラトは言った。「あなたたちが引き取って、十字架につけるがよい。わたしはこの男に罪を見いだせない。」ユダヤ人たちは答えた。「わたしたちには律法があります。律法によれば、この男は死罪に当たります。神の子と自称したからです。」ピラトは、この言葉を聞いてますます恐れ、再び総督官邸の中に入って、「お前はどこから来たのか」とイエスに言った。しかし、イエスは答えようとされなかった。そこで、ピラトは言った。「わたしに答えないのか。お前を釈放する権限も、十字架につける権限も、このわたしにあることを知らないのか。」イエスは答えられた。「神から与えられていなければ、わたしに対して何の権限もないはずだ。だから、わたしをあなたに引き渡した者の罪はもっと重い。」そこで、ピラトはイエスを釈放しようと努めた。しかし、ユダヤ人たちは叫んだ。「もし、この男を釈放するなら、あなたは皇帝の友ではない。王と自称する者は皆、皇帝に背いています。」ピラトは、これらの言葉を聞くと、イエスを外に連れ出し、ヘブライ語でガバタ、すなわち「敷石」という場所で、裁判の席に着かせた。それは過越祭の準備の日の、正午ごろであった。ピラトがユダヤ人たちに、「見よ、あなたたちの王だ」と言うと、彼らは叫んだ。「殺せ。殺せ。十字架につけろ。」ピラトが、「あなたたちの王をわたしが十字架につけるのか」と言うと、祭司長たちは、「わたしたちには、皇帝のほかに王はありません」と答えた。そこで、ピラトは、十字架につけるために、イエスを彼らに引き渡した。こうして、彼らはイエスを引き取った。イエスは、自ら十字架を背負い、いわゆる「されこうべの場所」、すなわちヘブライ語でゴルゴタという所へ向かわれた。そこで、彼らはイエスを十字架につけた。また、イエスと一緒にほかの二人をも、イエスを真ん中にして両側に、十字架につけた。ピラトは罪状書きを書いて、十字架の上に掛けた。それには、「ナザレのイエス、ユダヤ人の王」と書いてあった。イエスが十字架につけられた場所は都に近かったので、多くのユダヤ人がその罪状書きを読んだ。それは、ヘブライ語、ラテン語、ギリシア語で書かれていた。ユダヤ人の祭司長たちがピラトに、「『ユダヤ人の王』と書かず、『この男は「ユダヤ人の王」と自称した』と書いてください」と言った。しかし、ピラトは、「わたしが書いたものは、書いたままにしておけ」と答えた。兵士たちは、イエスを十字架につけてから、その服を取り、四つに分け、各自に一つずつ渡るようにした。下着も取ってみたが、それには縫い目がなく、上から下まで一枚織りであった。そこで、「これは裂かないで、だれのものになるか、くじ引きで決めよう」と話し合った。それは、「彼らはわたしの服を分け合い、わたしの衣服のことでくじを引いた」という聖書の言葉が実現するためであった。兵士たちはこのとおりにしたのである。イエスの十字架のそばには、その母と母の姉妹、クロパの妻マリアとマグダラのマリアとが立っていた。イエスは、母とそのそばにいる愛する弟子とを見て、母に、「婦人よ、御覧なさい。あなたの子です」と言われた。それから弟子に言われた。「見なさい。あなたの母です。」そのときから、この弟子はイエスの母を自分の家に引き取った。この後、イエスは、すべてのことが今や成し遂げられたのを知り、「渇く」と言われた。こうして、聖書の言葉が実現した。そこには、酸いぶどう酒を満たした器が置いてあった。人々は、このぶどう酒をいっぱい含ませた海綿をヒソプに付け、イエスの口もとに差し出した。イエスは、このぶどう酒を受けると、「成し遂げられた」と言い、頭を垂れて息を引き取られた。
その日は準備の日で、翌日は特別の安息日であったので、ユダヤ人たちは、安息日に遺体を十字架の上に残しておかないために、足を折って取り降ろすように、ピラトに願い出た。そこで、兵士たちが来て、イエスと一緒に十字架につけられた最初の男と、もう一人の男との足を折った。イエスのところに来てみると、既に死んでおられたので、その足は折らなかった。しかし、兵士の一人が槍でイエスのわき腹を刺した。すると、すぐ血と水とが流れ出た。それを目撃した者が証ししており、その証しは真実である。その者は、あなたがたにも信じさせるために、自分が真実を語っていることを知っている。これらのことが起こったのは、「その骨は一つも砕かれない」という聖書の言葉が実現するためであった。また、聖書の別の所に、「彼らは、自分たちの突き刺した者を見る」とも書いてある。
その後、イエスの弟子でありながら、ユダヤ人たちを恐れて、そのことを隠していたアリマタヤ出身のヨセフが、イエスの遺体を取り降ろしたいと、ピラトに願い出た。ピラトが許したので、ヨセフは行って遺体を取り降ろした。そこへ、かつてある夜、イエスのもとに来たことのあるニコデモも、没薬と沈香を混ぜた物を百リトラばかり持って来た。彼らはイエスの遺体を受け取り、ユダヤ人の埋葬の習慣に従い、香料を添えて亜麻布で包んだ。イエスが十字架につけられた所には園があり、そこには、だれもまだ葬られたことのない新しい墓があった。その日はユダヤ人の準備の日であり、この墓が近かったので、そこにイエスを納めた。
主の受難の典礼に当たり、ヨハネによる福音書の受難物語が今朗読されました。イエス様は何のために十字架にかけられたのか。それは第1朗読にもあるように、私たちの罪や苦しみ、あるいは痛み、それらをすべて自ら背負われて、私たちの贖い、私たちを救うために、私たちの罪を赦すために、イエス様が自ら苦しみを背負われたということ、そのイエス様に対して、私たちは感謝を捧げなきゃならないというふうに思います。
このイエス様に近いと言ったらあれですけれども、そのイエス様の苦しみを担うような感じというか。そういうものに時々出会うことがあります。私は、東日本大震災の後は、釜石市がそこにたまたま知り合いがいたせいなんですが、そこで支援活動を行うことが多かったんですけど、今年が14年目に当たって、一応そのNPOが解散してですね、支援活動がこの3月11日に終わったんですけれども、最初の頃はやはりたくさんのボランティアが出かけて、様々なことをして、私も片付けの仕事とか写真の洗浄とか、話し相手、傾聴ボランティアになるとか、いろいろしたんですが、その中の一つは子どもたちのですね、小学生くらいだったと思いますけれども、小学生の相手をしていて、というのは、近くに学童、学童っていうんですかね、放課後に子どもたちが集まる場所だったんですけど、あそこが流されちゃって何もなくなってしまって。近くに仮設で家がなくなった、なくした子どもたちが何人もいて、しかしこの学童の集まる場がなかったので、その教会が、釜石教会がですね、そのようなベースキャンプになって、そしてしばらくの間、週に3回ぐらいだったかな、放課後、子どもたちが集まってて、それで私も何回かその子ども達と接していたんですけど、その時にですね、あまり子どもと接しないから、ちょっと比較がよくわからないんですけど、かなりやはり気持ちが荒れてるというか、あるときはものすごく暴力的になったり、子どもたちのすさんでいる感じが強くしたんですけど、そこのベースキャンプにですね、ものすごく大きなクマのぬいぐるみが1匹あったんですけど、その子どもたちがそのぬいぐるみをどうしたかといったら、特に男、男の子が中心ですけど、ぬいぐるみを殴ったり蹴ったり、投げ飛ばしたり、さんざんそのぬいぐるみをいじめていたんですね。ボランティアなんかもそれはちょっとあれだけど、それはもちろん手加減するわけですけど、結局大きな震災の後、やっぱり子どもたちが大きな犠牲者だったんですね。その親もだからも、家が流されてて、親も必死にならざるを得ないし、家族が亡くなった人も子どもたちもものすごく傷ついているけど、その子どもたちが吐き出す場がないっていうんですかね。
自分たちの家に帰っても、お父さんお母さんも必死だし。で、学校に行っても友達もみんな苦しんでいるわけだから、自分たちの悩みというか、苦しみを吐き出すところがなかったんですよね。その吐き出しを一番受け止めたのが、そのベースキャンプにあった熊の大きなぬいぐるみで、それがもう完全犠牲者ね。とにかく殴られたり蹴られたり、すぐボロボロになっちゃってですね。そしたらボランティアが一生懸命縫って、耳がちぎれて、腕がちぎられたりとか、すぐボロボロになるのを必死で縫ってですね、そのクマのぬいぐるみがこう満身創痍っていうか。毎回子どもたちがもう8つ当たりして、めちゃめちゃにするのを一生懸命縫ってですね。
で、たくさんのボランティアがいろんなことをしたんですが、実はクマのぬいぐるみが一番中にイエス様に近かったかなって気持ちがちょっとあってですね。今日の第1朗読ですけども、
「彼の受けた懲らしめによって私たちに平和が与えられた。彼の受けた傷によって私たちは癒された」と。
子どもたちの苦しみや辛さを、そのぬいぐるみが一身に受け止めてですね、本当に傷だらけというか、もうボロボロになるぐらい。でもそれによって子どもたちが何かこう、ストレス解消というか、気持ちを吐き出す場があってですね、しばらくしてこの学童の建物が建ったので、子どもたちは来なくなって、一時的に最初の頃だけだったんですけど、でもあのクマのぬいぐるみが本当にこのイエス様の姿そのもので、子どもたちがいなくなって、そのクマのぬいぐるみもあんまりボロボロだから捨てられちゃったんですけど、でも、あれだけ子どもたちの苦しみを受け止めたのは、ぬいぐるみのクマだったなということを強く思います。
私たちはイエス様を信じている以上、私たちも当たりどころっていうんですかね。私たちの悲しみや辛さを持っていくところがあるってことですね。
十字架にかかったイエス様のところにこそ、私たちはすべての私たちの痛みや苦しみや辛さ、それをぶつけて、ゆだねて任せることがある。
私たちには、単なるクマのぬいぐるみだけじゃなくて、神様自身が私たちの罪や痛みをすべて受け止めてくださる。十字架にかかったイエスはまさしくその姿ですから。
私たちの辛さや悲しみ、あるいは場合によっては怒り、さまざまな悩み、それもすべてイエス様にゆだねましょう。
イエスさまがそれを受け止めて、しっかりと受け止めてくださる。
私たちの拠りどころがあるってことは、ほんとうに私たちは幸いというか、幸せな恵みじゃないかなと思います。もちろん、私たち一人一人の苦しみや辛さが減るわけではないですけれど、イエスを信じるからといって苦しみがなくなるわけではないですが、苦しみをちゃんと受け止めてくださる罪、過ちを受け止めてくださるイエスさまがおられる。
しかも、十字架にかかった苦しみの中で、私たちのすべての苦しみを受け止めてくださる。
この恵みに本当に感謝しながら、このイエスさまとともに歩んでいく恵みを改めて願いましょう。
イエスさまは、すべての罪を、すべての苦しみを、すべての私たちの痛みや病を自ら受け止めてくださる、そのイエスさまを心から感謝して、そして、イエスさまとともに、私たち一人一人の自分自身の十字架を、小さな一人一人、小さなものですけれども、十字架を背負って歩んでいけるように、その十字架が主の恵みによって復活の喜びに変えてくださるように、心を合わせて祈りを捧げたいと思います。
十字架にかかったイエス様を見て弟子たちは絶望してしまったに違いありません
ですが、その後のイエス様の復活からほんとうの新たな歩みが始まりました
私たちの人生には幾度も挫折や失望があるでしょう
そのときから新たな歩みが始まるのです
その新たな道を、希望を持って歩んで行きましょう
長府教会でのミサ説教です!
〔そのとき、民の長老会、祭司長たちや律法学者たちは〕1立ち上がり、イエスをピラトのもとに連れて行った。2そして、イエスをこう訴え始めた。「この男はわが民族を惑わし、皇帝に税を納めるのを禁じ、また、自分が王たるメシアだと言っていることが分かりました。」3そこで、ピラトがイエスに、「お前がユダヤ人の王なのか」と尋問すると、イエスは、「それは、あなたが言っていることです」とお答えになった。4ピラトは祭司長たちと群衆に、「わたしはこの男に何の罪も見いだせない」と言った。5しかし彼らは、「この男は、ガリラヤから始めてこの都に至るまで、ユダヤ全土で教えながら、民衆を扇動しているのです」と言い張った。
6これを聞いたピラトは、この人はガリラヤ人かと尋ね、7ヘロデの支配下にあることを知ると、イエスをヘロデのもとに送った。ヘロデも当時、エルサレムに滞在していたのである。8彼はイエスを見ると、非常に喜んだ。というのは、イエスのうわさを聞いて、ずっと以前から会いたいと思っていたし、イエスが何かしるしを行うのを見たいと望んでいたからである。9それで、いろいろと尋問したが、イエスは何もお答えにならなかった。10祭司長たちと律法学者たちはそこにいて、イエスを激しく訴えた。11ヘロデも自分の兵士たちと一緒にイエスをあざけり、侮辱したあげく、派手な衣を着せてピラトに送り返した。12この日、ヘロデとピラトは仲がよくなった。それまでは互いに敵対していたのである。
13ピラトは、祭司長たちと議員たちと民衆とを呼び集めて、14言った。「あなたたちは、この男を民衆を惑わす者としてわたしのところに連れて来た。わたしはあなたたちの前で取り調べたが、訴えているような犯罪はこの男には何も見つからなかった。15ヘロデとても同じであった。それで、我々のもとに送り返してきたのだが、この男は死刑に当たるようなことは何もしていない。16だから、鞭で懲らしめて釈放しよう。」18しかし、人々は一斉に、「その男を殺せ。バラバを釈放しろ」と叫んだ。19このバラバは、都に起こった暴動と殺人のかどで投獄されていたのである。20ピラトはイエスを釈放しようと思って、改めて呼びかけた。21しかし人々は、「十字架につけろ、十字架につけろ」と叫び続けた。22ピラトは三度目に言った。「いったい、どんな悪事を働いたと言うのか。この男には死刑に当たる犯罪は何も見つからなかった。だから、鞭で懲らしめて釈放しよう。」23ところが人々は、イエスを十字架につけるようにあくまでも大声で要求し続けた。その声はますます強くなった。24そこで、ピラトは彼らの要求をいれる決定を下した。25そして、暴動と殺人のかどで投獄されていたバラバを要求どおりに釈放し、イエスの方は彼らに引き渡して、好きなようにさせた。
26人々はイエスを引いて行く途中、田舎から出て来たシモンというキレネ人を捕まえて、十字架を背負わせ、イエスの後ろから運ばせた。27民衆と嘆き悲しむ婦人たちが大きな群れを成して、イエスに従った。28イエスは婦人たちの方を振り向いて言われた。「エルサレムの娘たち、わたしのために泣くな。むしろ、自分と自分の子供たちのために泣け。29人々が、『子を産めない女、産んだことのない胎、乳を飲ませたことのない乳房は幸いだ』と言う日が来る。30そのとき、人々は山に向かっては、/『我々の上に崩れ落ちてくれ』と言い、/丘に向かっては、/『我々を覆ってくれ』と言い始める。31『生の木』さえこうされるのなら、『枯れた木』はいったいどうなるのだろうか。」32ほかにも、二人の犯罪人が、イエスと一緒に死刑にされるために、引かれて行った。33「されこうべ」と呼ばれている所に来ると、そこで人々はイエスを十字架につけた。犯罪人も、一人は右に一人は左に、十字架につけた。34そのとき、イエスは言われた。「父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているのか知らないのです。」人々はくじを引いて、イエスの服を分け合った。35民衆は立って見つめていた。議員たちも、あざ笑って言った。「他人を救ったのだ。もし神からのメシアで、選ばれた者なら、自分を救うがよい。」36兵士たちもイエスに近寄り、酸いぶどう酒を突きつけながら侮辱して、37言った。「お前がユダヤ人の王なら、自分を救ってみろ。」38イエスの頭の上には、「これはユダヤ人の王」と書いた札も掲げてあった。39十字架にかけられていた犯罪人の一人が、イエスをののしった。「お前はメシアではないか。自分自身と我々を救ってみろ。」40すると、もう一人の方がたしなめた。「お前は神をも恐れないのか、同じ刑罰を受けているのに。41我々は、自分のやったことの報いを受けているのだから、当然だ。しかし、この方は何も悪いことをしていない。」42そして、「イエスよ、あなたの御国においでになるときには、わたしを思い出してください」と言った。43するとイエスは、「はっきり言っておくが、あなたは今日わたしと一緒に楽園にいる」と言われた。
44既に昼の十二時ごろであった。全地は暗くなり、それが三時まで続いた。45太陽は光を失っていた。神殿の垂れ幕が真ん中から裂けた。46イエスは大声で叫ばれた。「父よ、わたしの霊を御手にゆだねます。」こう言って息を引き取られた。47百人隊長はこの出来事を見て、「本当に、この人は正しい人だった」と言って、神を賛美した。48見物に集まっていた群衆も皆、これらの出来事を見て、胸を打ちながら帰って行った。49イエスを知っていたすべての人たちと、ガリラヤから従って来た婦人たちとは遠くに立って、これらのことを見ていた。
今日は受難の初日にあたるので、非常に長いイエス様の受難のところが朗読されました。イエス様はこのような形で最後の苦しみを受け、そして十字架上で命を主なる神に捧げたわけですね。その時に弟子たちが、あるいはそこに集まった人たちがどう感じていたか、すべてが終わったって言うかですね、それまでの計画とか、自分たちの行いとかですね、イエス様に従っていて、イスラエルの国を復興しようとか、弟子の中に、中にはそれによって立身出世をしたかった、いろいろな思いがあった。女性たちにしろ様々な思いがあったでしょうが、イエス様が十字架で命を捧げた時に全く何もなくなってですね、全くのゼロになって、それまで積み上げてきたものが全くなくなってしまったという悲しさと、虚脱感と、何とも言えない無力感、そういうものに彼らが包まれたのは間違いないでしょう。
でも、もちろん私たちは今だから分かっているわけですが、それが全てが終わったかのように見えて、でもそこからまた新しいスタートがイエス様の復活の恵みから始まるわけですけれども、でも彼らがその復活の前に感じた虚脱感や落胆とか、もう何もできないというのはですね、非常に大きな苦しみというか、何とも言えない体験だったことは間違いないというふうに思います。
私はここに来る前は、神戸にある六甲教会というところの主任をやっていて、そちらからこちらに来たんですが、今年はですね、神戸市民にとっては非常に・・・私も神戸生まれだから故郷なんですが・・・阪神淡路大震災も30周年だったんですね。
だから、多くの人にとって、30年前とはいえ、大きな区切りというか、非常に節目だったんですね。だから信者さんとか神父さん達と30年前の思い出というかですね、その時のことをいろいろ話したり、あるいは文章で書かれたものも幾つか出てきたんですけれども、非常に感慨深い年ではあるんですが、その中で一人の神父さんが神戸市内の小教区出身の人で、その神父さんはその教会に子供の時からずっと通っていて、侍者をやったりですね、教会学校に参加したり、そこでいろいろ青年の集まりもして、その教会で育てられて、彼は神父になったんですが、その教会が震災で全く壊れた。
それも一昔前のゴシックの非常に美しいレンガ造りで、ステンドグラスもいわゆる古典的な美しい教会ですが、子供のころから慣れ親しんだ教会が、建物がですね、とにかく全く崩れているんです。それは彼にとって信仰の危機だったと言っていました。今までの自分を育ててもらったものとか、思い出とかですね。教会のイメージ、綺麗でステンドグラスがキラキラ光っているとか、子供の時からずっと通ってた。それが一瞬で全くなくなったので。でもそれは自分にとって自分の信仰がもう何か今まで積み上げてきた全部ゼロになるようなですね、非常にショッキングな体験であるというふうに言ってました。
でも、彼が言うには、それはやはり神のみ旨だったっていうふうに思うと。つまり古いものが全部なくなってしまったからこそ、神父として、信者として新たな出発をやっぱりしなきゃならないという気持ちになって、そこから当時の大阪教区は新生計画として新たに生まれる新たに新生計画を立てて、そこから再出発をすることになるんですが、その神父さんにとっての再出発だったんですよね。
結局その教会は立て直されなかったんですね、統合されて。だから壊れたままで終わってしまって、新たな3つの教会が統合された一つの教会に、つまり3つとも壊れちゃって、何もなくなったから、それを機に一つのね。だから、その教会が震災で潰れて終わっちゃったんですけども、でもそれはその震災にとっては新たな出発。そこから自分の本当の信仰を掴んでいく一つの歩みのスタートだったと、そういうふうに彼は言っていました。
新たな出発で何が大事だったかといったら、彼によるとやっぱり神さまと人との生きた関わり、それこそが自分の信仰を養う最も大切なものだってことを改めて彼は悟って、そこから聖書を読み直したり、信者さんと分かち合いをしたり、新たな教会作りと共に自分の信仰を立て直していく一つの出発になった。
だから、それは古いですね。美しい教会が壊れたことは、自分にとってやっぱりみ旨だったというふうにおっしゃっていました。多かれ少なかれ、この教会を建てて20年ぐらいですか、20年か30年ぐらい、いや、ここに来てから今の津波が来たらどうしようかなという気がするので、もしかしたらこの教会もいつ潰れるか、今の時代もちろん分からないんですけど、潰れないように願いますが。でも、皆さん一人一人、別に教会がどうだったとしても、何かやはり失うことはあるでしょう。家族が病気だったり、家族を亡くしたり、あるいは自分自身が病気であったり、あるいは自分の生き方のステージが変わって、今まで大事にしていたものがなくなってしまうということは、人生でも度々あることでしょう。
でもそれはいつもいつも新しい出発が待っている。イエス様の十字架を通して復活の恵みがあるということは、私たちにいつも新たな希望を示してくださっていることではないかと思います。私自身も神戸生まれの神戸育ちで、神戸大好きなんですけど、でも突然の辞令というか、こちらに来る事になってですね、やっぱり慣れ親しんだものからも全て離れなきゃならない寂しさとか、小さな痛みをもちろん感じながらこちらに来たわけなんですけど、でもそれは私にとって、やはりここでやっぱり新たなスタートというか、出発をしていく。そのために神様がやっぱりこちらに派遣されたのではないかというふうに個人的には思います。
この4月はやはり皆さん一人一人の卒業だったり、入学だったり、自分のステージが変わる方々もおられるでしょう。やっぱり私たちは何か過去のものにとらわれるより、それを置いてですね、やはり神様が示す新たな出会いや新たな関わり、そこから私たちは希望を持って歩んでいく。その新たな魂をやっぱり出発していくことがいつでもできるんじゃないかなと思いますね。
信仰というのはいつも希望、希望に支えられているものですから、単に過去を懐かしむよりも、未来に向かっていく。それは何かが無くなることによってこそ現れてくる大きな恵みが、私たちの信仰生活にはあるということですから、それに向かって私たちは歩んでいきましょう。
ちょうど今年は聖年の年で「希望の巡礼者として歩む」ということですから、私たち一人一人が希望を持って歩んでいけるように、教会全体としてもそうですが、一人ひとりが希望を持って歩んでいけるようにですね、イエス様の受難を通してこそ、大いなる希望に向かって歩んでいけるように、心を込めてですね、共に祈りを捧げたいと思います。
英神父さんは4月8日に六甲教会から山口県の長府教会の主任司祭代行として異動なさいました!
1〔そのとき、〕イエスはオリーブ山へ行かれた。
2朝早く、再び神殿の境内に入られると、民衆が皆、御自分のところにやって来たので、座って教え始められた。
3そこへ、律法学者たちやファリサイ派の人々が、姦通の現場で捕らえられた女を連れて来て、真ん中に立たせ、
4イエスに言った。「先生、この女は姦通をしているときに捕まりました。
5こういう女は石で打ち殺せと、モーセは律法の中で命じています。ところで、あなたはどうお考えになりますか。」
6イエスを試して、訴える口実を得るために、こう言ったのである。イエスはかがみ込み、指で地面に何か書き始められた。
7しかし、彼らがしつこく問い続けるので、イエスは身を起こして言われた。「あなたたちの中で罪を犯したことのない者が、まず、この女に石を投げなさい。」
8そしてまた、身をかがめて地面に書き続けられた。
9これを聞いた者は、年長者から始まって、一人また一人と、立ち去ってしまい、イエスひとりと、真ん中にいた女が残った。
10イエスは、身を起こして言われた。「婦人よ、あの人たちはどこにいるのか。だれもあなたを罪に定めなかったのか。」
11女が、「主よ、だれも」と言うと、イエスは言われた。「わたしもあなたを罪に定めない。行きなさい。これからは、もう罪を犯してはならない。」
今日の福音書はヨハネの8章非常に印象的なエピソードです。姦通の現場で捕えられたということで。その場合は、ここにある通り、死刑で石で撃ち殺すという死刑の罪を帯びなければならないということなのでしょうか。でも、この女の人を死刑にするよりも、イエスを試すためにこの死刑に定められた女性を連れてきて、この女の人をどうするか、イエスを試したかったわけですが、でもイエス様が全く彼らの罠と言うのにはまらないので、屈み込んで指で地面に何か書き始められた。そして彼らがしつこく問い続けるので、罪を犯したことのない者がこの女に石を投げよ、ということによって、結局自分自身のことを一人一人振り返らざるを得なくなってですね、やはり大きな罪かどうか、何らかの罪を犯した人々はほとんど全員なので、結局誰も石を投げることができず去ってしまったという非常に印象的なエピソードです。
この女性は死刑を宣告された。死を覚悟したんだけど、イエス様から突然この赦されるというですね、この罪の咎を負わないということになって、イエスはこういうわけですね。「私もあなたを罪に定めない」と。信じられない赦しをこの女性は得て、そこから彼女は立ち直って別の人生を歩むことになるわけですね。
この人はもちろん姦通の罪という極端な罪を犯しているわけですが、でも実際に私たち一人一人、ここに集まった人々の中の一人として考えたら、結局やはり石を投げられない。私たちも何らかの形で罪を犯して失敗をしたり、過ちを犯しているからですね。
私たちクリスチャンにとって、多分最も大きな恵みは何なのかというと、神様から私たちは赦されている存在、赦しの恵みを受けているということが、私たちクリスチャンにとっての最大の恵みだというふうに思います。そこが単なる道徳とか倫理と違って、もちろんキリスト教ではこうしなさいとか、殺したらだとか、もちろんいろいろありますけれども、でもそれ以上にもっと大事なのは、私たちは赦された存在であって、赦された喜びを生きていくことができるということですね。
その大きな神様の憐れみがあるんです。それを私たちはしっかり心に刻みたいというふうに思います。
この赦しを私たちがどのように感じるのかということですが。自分の罪、自分がどれほど罪を犯したかということを強く意識するとともに、何と言いますか、赦される喜びはどういうものかというと、何て言うんですかね、神様がどんなに罪を犯しても、私たちを変わらず愛してくださるという神様の愛に対する感謝の気持ちと、それと共に、やはりその感謝が増えれば増えるほど、私たちはどれほど罪深いかということを感じる悔い改めの心っていうんですかね、その2つがやはり心の中から湧いてくるということなんですね。
ペトロは晩年ですね。おじいちゃんになってから絶えず涙を流していたというんですね。どういう涙を流していたかというと、一つは自分がイエスを裏切った、知らなくて3回言った後にですね、自分の罪の大きさに自分がダメな人間だということで、涙を何で裏切ったのかということで涙を流した。
それとともに、その自分の罪深さをイエス様が赦してくださったという感謝の気持ちから涙を流していた。だから、感謝の気持ちと悔い改めの気持ちが混ざった涙を、晩年になったペトロは絶えず涙を流していたというのですが、それは私たちの信仰の一番の基本でしょう。
感謝の気持ちが深まればということを。私たちは悔い改めの気持ちも、自分がどれほどダメだったことがわかれば分かるほど、神様の愛の偉大さに私たちは心が開かれている。低く開かれていく。それを私たちは心に何か刻みたいというふうに思います。
3年間ここにいて、どうも私も実は同じ気持ちだけですけれども、一つはやはり感謝の気持ちですね。皆さんから良くしていただいていることがあって、神様と皆さんに感謝する気持ちが、もう一つはやはり至らなかったところですよね。あれをやっておけばよかったとか、ここが足らなかった、足らなかったとか、やはり何か悔い改めの気持ちも湧いてきます。
結局、私たちは不完全なので、完璧なことは何もできない。ですから、私たちはやはり足らないところも素直に認めて、その気持ちを持ってやっぱり歩んでいくしかない。何に対しても私たちは感謝の気持ちと悔い改めの気持ちの2つを持って、やはり歩んでいく。それじゃないかなと思います。
今日の姦通の女のこの両方の気持ちを、あまりにくっきりはっきり意識で、直前で赦されたという特別な。だからこの後、彼女はやっぱり回心の回心を得て、全く違う人生を彼女は歩むことができる、できるようになったと思いますね。
その原動力は何か。神様に対する感謝の気持ちと、自分がどれほどダメなのかというところから立ち直っていこうとする心の心、感謝と回心の心から、私たちはやっぱり未来に向かっていけるんじゃないかなと思います。
私もちょっと足りなかったところもちょっと反省しながら、そういうものを何か次に生かしていくことができたらいいんじゃないかなと思ってますし、さらに良い支えとしての奉仕ができればいいということを願っています。
皆さん一人一人もこの流れを受けて、信仰生活、教会生活、様々なことがあると思いますが、感謝の内に、あるいはやはり反省の内に、さらに次の一歩を踏み出していくことができたらいいのではないかなと思いますね。最終的に第2朗読でパウロがこう言っているんですよね。
「後ろの者を忘れ、前の者に全身を向けて、神がキリストによって上に召してお与えになる所に向かって、目標を目指してひたすら走る」。だから、過去にとらわれず前を向いて走っていけばいいんですけど、私たちも絶えず、むしろ反省や感謝もしながら前を向いて歩んでいけるようにですね、お互いのために祈りたいと思っています。
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