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師匠大坪総一郎師は、私にかけられた神様の願いが成就することのために身の上に起きて来る事柄を修行として受けさせて頂きますと一切の事柄を受けて受けて受け貫かれた。その修行が四年半続いた。そして神様からホウレン草のお知らせを頂かれた。すべてを頂くのは余りものことだからこれからは滋養になるところだけを頂いて行けと。そこに合楽理念が誕生した。
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師匠大坪総一郎師の説かれる合楽理念の実践項目の母体とも基本とも言えるもの、それは成行きを尊び大切にすることです。が、成行きを大切にすると言うだけではどうして良いのか具体的には分かり難いところが有ります。行じようとして初めて疑問が湧いて来ます。先ずはその成行きを受け容れることです。
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私どもこの世に生を受け数十年を過ごさせて頂く訳ですけれども、その間をどう生きるかと言うその生き方、より良い生き方を求め続けられたのが師匠大坪総一郎師だとも言えると思います。その生き方のキーワードとなるものが、成行きを尊び大切にする、土の心、黙って治める、御霊の働きは神様のトリック、一切神愛等々があります。
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師匠大坪総一郎師は、例えば修行生が朝の三時半起きを修行だと思うかもしれないが私は一つも修行ではないと、何故なら好きでしているのだからと。いわゆる世間で言う難儀も修行ではないと。師匠の修行は朝御結界に座って硯や筆の位置等を正し、おへぎをキチッと揃える事だと。思うに心を乱さない、心を整える修行ではなかったかと思う。
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信心をすると言うと病気災難のとき助けてもらうため、難を避けるため、私どもの願いを叶えてもらうために信心すると言う訳ですけれども、そのイメージがアップされねばなりません。信心とは日々に天地金乃神様の働きを御働きと分かり実感する、そしてそれを神様の御心の現れとして受け容れる信心へと信心の内容が育って行かねばなりません。
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生きた宗教、生きた信心、生きた神様、生きた御教えと言うようなことを師匠大坪総一郎師は仰っておられた。御教えにもただの教えと生きた教えとがある。血の通うた御教えには血の通うた生きた神様の御働きが現れる。行ずればそこに奇跡としか思えないような人力を超えた天地金乃神様の御働きが現れる。
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師匠大坪総一郎師の御晩年の書の一つに「われも他も 共に助かりの輪を広げたし 常に和賀心にあるを」と有ります。私どもの心の中にこの「助かりの輪を広げたい」と言う思いが芽生え、育ち、いよいよ切実な願いへと、更に祈りへと膨らんで行かなければならないと思います。師匠の御教えを伝えることもその一線上に有ります。
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天地金乃神様が観ておられるのは私どもの肚です。取次者で言えば「人が助かりさえすれば結構です」の肚が決まっているかどうかです。保身に走る人には信用を置けません。どこまでも神様の忠臣であってはじめて神様がその取次者を中心にして御働き下さることになります。神様はその肚を見ようとしておられるのです。
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親が子に願うもの、それは子供の幸福であり成長であると思う。人間は神の子であるのならば天地金乃神様が人間氏子に願われることは氏子の幸福と一本立ち出来るように育つことではなかろうか。氏子の幸福と正しい成長を願っておられる神様、氏子もまた正しく成長すること即ち天地日月の心の成長に焦点を定めての日々でありたい。
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師匠大坪総一郎師の信心も当初はご利益信心だった。自分の願い事を叶えてもらうことのみを願っての信心だった。それがある出来事を境に180度一変した。私にも神様の願いがかけられておるに違いないと思い至られ、身に降りかかる事柄を私にかけられた天地金乃神様の願いが成就することのためにと、修行として受け貫かれることになった。
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