
Sign up to save your podcasts
Or


信心は有難くなる稽古と教えて頂く。人が有難いと感じる、それは自分にとって都合の良いことに対して有難いと感じるこの構造は変わらないと思う。では不都合なことが起こって来た時にでも有難く感じれるためにはどうすればよいのか。それは不都合の中に好都合を見い出す努力をすることである。それが信心の稽古である。
ご覧頂き有り難うございます。
人が助かると言うこと。そこには3つの助かりようが有り、それらは3つの助かりの段階とも言える。私どもの願い事が叶うことによる助かりが第一段階だろう。第二段階は叶わない願い事を捨てると言う助かりの段階。そしていよいよの第三段階の助かりは心が育つことによる助かりと言うことになると思う。
ご覧頂き有り難うございます。
この世へは己の願望を叶えるために来たのでもなければ、願望を捨て去るために来たのでもない。この世へは心を育てるために、魂を清め磨くために来たのです。例えて言えば無理矢理にでも義務教育の学校に行かされるようなものでしょうか。学校の勉強に興味が湧いて来ない限り学校へ行くのは苦痛となるでしょう。
ご覧頂き有り難うございます。
私どもの悩みや難儀の元を辿って見れば大概は己の我情我欲に行き着くものです。難儀や悩みから解放される道は乱暴に言うと2つ有ります。一つは全ての願望が叶うことです。もう一つは叶わない願望を放すことです。言わば我情我欲を放すこととも言えましょう。しかし第3の道が有ります。それは己の心を育てることに焦点を定めることです。
ご覧頂き有り難うございます。
火の車 作る大工はなけれども 己が作りて己が乗るなり。人間の難儀や悩みは己の心が作り出したのもです。ああありたい、こうありたい、あああって欲しい、こうあって欲しいと言う己の願望が叶わないところに難儀を感じ悩みが生まれます。その成行きを受け容れることが出来たら難儀も悩みも無くなります。
ご覧頂き有り難うございます。
身勝手な人間が多い。とかく人は神様を我が意のままに動かそうとする。神様を我が意のままに動かすために信心しようとする、しかも殆ど無報酬で。人に何かを頼めば、そこに報酬が発生する。神様に働いてもらうことだけで、その報酬の事は全く考えていない。神様が報酬を求められるわけではないが、身勝手な人が横行している。
ご覧頂き有り難うございます。
私どもはこの世に魂を磨きに清めに来たのだと言われる。言わば心の研修旅行のようなものではなかろうか。魂の研修をさせて頂いているのである。しかも四六時中が研修と言うのではなく自由時間を与えられた研修である。生身を持つ人間としての自由な時間が与えられている。しかし本分は魂の研修である。
ご覧頂き有り難うございます。
師匠大坪総一郎師が唱えられる合楽理念、今朝は合楽理念は成行き道と頂いた。師匠は合楽理念の母体は成行きを尊び大切にすることと教えて下さる。その大切にすることの内容を更に分かり易く表現すると、成行きを受ける、従う、成行きによって自らの心を見つめる、更に成行きによって天地日月の心を育てると言うことになる。
ご覧頂き有り難うございます。
成行きを尊び大切にすることの内容はその成行きを受ける、従う、そしてその成行きによって自らの心を見つめることです。顔に付いた汚れを鏡で見るように自らの心の汚れを心の写し鏡である成行きによって気付かされるのです。師匠大坪総一郎師の信心の魅力は生きた天地金乃神様の御働きを実感できることです。
ご覧頂き有り難うございます。
信心とは信じる心とある。先ずはこの天地金乃神様が信じられる神様なのかどうかを確かめてみなければならない。また神様の方もこの氏子が真の氏子なのかどうかを試されることもある。師匠大坪総一郎師は実験してみて下さい、必ず実証が現れますと仰っておられた。先ずは成行きを大切にし、そこに実証を頂くこと。
ご覧頂き有り難うございます。
From the publisher's feed

0 Listeners