ブックカタリスト

BC024『知ってるつもり: 無知の科学』


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今回は、最近文庫版が発売になった『知ってるつもり: 無知の科学』を紹介します。

『知ってるつもり: 無知の科学 (ハヤカワ文庫 NF 578) 』

ちなみに、『知ってるつもり~「問題発見力」を高める「知識システム」の作り方~』ではないのでご注意を。

書誌情報

単行本は2018年4月、文庫は2021年9月に発売。

著者のスティーブン・スローマンとフィリップ・ファーンバックは共に認知科学者。

原題は「The Knowledge Illusion:why we never Think Alone」。「知識幻想:なぜ私たちは"独り"で考えられないか」あたりか。邦題はすばらしくキャッチーに仕上がっている。

主題は「なぜ人類は原爆などの高度な技術を持つにもかかわらず、愚かしい行動を取るのだろうか」。あるいは「私たちは愚かであるにもかかわらず、なぜ高度な技術を持てているのか」。

非常に興味深い主題。その主題を「無知」「知識の錯覚」「知識のコミュニティ」という観点から読み解いていく。

まず人間は無知である。たくさんの情報を保有していない。それで別段困ることはないのだが、「自分がどれくらい無知なのか」についても無知である。それが知識の錯覚を引き起こす。実際の程度以上に自分は知っていると思ってしまう。「知ってるつもり」になる。それが、ときに愚かしい判断を引き起こす。

一方で著者らはそれを「愚かしさ」だけでは片づけない。そうした「知っているつもり」になれることで、私たちは他者が有する知識にアクセスできるルートを持てる。また、むやみやたらに複雑な現実に直面しなくても済むようになっている(おそらく真なる複雑さに直面したら精神が壊れる)。

人間が「思考」を行うのは、「行動」のためであり、よき行動を出せることが(進化的に)よい思考だと言える。無駄に複雑な現実に直面して何も決定できなくなるのは(進化的に)望ましくはない。詳細にすべてを正確に把握するのではなく、行動を決定するに足りる情報だけが得られればよい。抽象的な特徴だけを把握できれば、長い人類の歴史において困ることはなかった。

また人間は社会生活を行うように発展してきたので、他者が「知っている」ことを利用できる。これは認知的分業と呼ばれる。それが可能であるからこそ、私たちは「高度なテクノロジーが集まることでしか実現できないテクノロジー」の恩恵を受けている。

これらの事実が示すのは、私たちはフラスコの中の「脳」だけで思考しているわけではない、ということ。むしろ私たちは外界(脳の外)にある情報をうまく利用して思考を行っている。これはもともと思考が外界とのインタラクションのために生み出されたと考えればごく自然なこと(動物と植物の違いは動くこと=外界が変化すること)。

私たちは"他者"を使って考えている。だから"we never Think Alone"。物を使って考え、他人を使って考え、文字を使って考える(だからノートを書こう)。

よって、「知性」の捉え方も変わらざるを得ない。フラスコの中の「脳」の情報処理能力だけを見ても「知性」はわからない。そうではなく、外界とのインタラクションをどれだけうまく行えるのかが鍵を握る。知識がコミュニティにあるとしたら、そのコミュニティといかなる関係性を結べるのかが「知性」の在り方だと言える。

ピーター・F・ドラッカーは、知識労働者は他者に貢献してはじめて仕事が為せると喝破したが、見事な指摘である。あらゆる知識は、「他者と共にある」。"we never Think Alone"。

また、知識のコミュニティはそこに所属する個人の考えや価値観に強い影響を与えるので、個人を「事実」で説得してもほとんど効果がない(BC023参照)。一番レバレッジがかかるのが、知識のコミュニティを変えることだ。だからこそメディア(マスメディア)は第四の権力と呼びうるし、情報プラットフォームは第五の権力と呼びうる。どちらも知識のコミュニティに強くかかわっているから。

以上のように、私たちと「知識/情報」がいかなる関係性を築いていけばいいのかに強い示唆を与えてくれる一冊。

倉下メモ

この本はいろいろな話のハブになるので、枝を広げていけばキリがありません。それはまたどこかでまとめてみたいと思います。

ちなみに、「行動と思考」の関係を考えると、「幸福と思考」の関係もぼんやり見えてきます。人が幸福な状態でいるときは変化(行動)を必要としないので、思考は要請されません。逆に言えば、思考が要請されないなら幸福な状態といえるのです。とは言え、思考を抑制すれば、それが幸福といえるかは別の話でしょう。



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