
Sign up to save your podcasts
Or


アンドリュー・グローブの著書『パラノイアだけが生き残る』の中の言葉から、考えさせられました。
「戦略転換点とは、企業の生涯において根本的な変化が起こるタイミングである。
その変化は、企業が新たなレベルへとステップアップするチャンスであるかもしれないし、終焉に向けての第一歩ということも多分にありうる。」
「戦略転換点を通るのは、ハイキングで道に迷うというよりも、死の谷に危険を冒して立ち入ることだといったほうが的を射ているかもしれない。
従来の経営手法から新しい手法へと移行するための危険な綱渡りだからだ。
経営者は、仲間の何人かは谷の向こう側まで一緒に渡りきれないと知りながらも、進んでいくのである。」
この言葉を読みながら、私はむしろこう思いました。
本当に怖いのは、
その「戦略転換点にいる」ということに、気づけないことなのではないかと。
1、大事な変化は見えない
2、現場に兆しが発現する
3、パラノイア組織化
1、大事な変化は見えない
変化というのは、劇的に現れるとは限らない。
むしろ多くの場合、
ゆっくりと、しかし確実に前提を侵食していく。
いわゆる「茹でガエル」のように、
気づかないまま環境が変わり、
気づいたときにはもう戻れない。
ダニエル・カーネマンが示したように、
人は現状を維持しようとする傾向を持っています。
だからこそ、「まだ大丈夫」という感覚のまま、
静かに臨界点を越えてしまう。
戦略転換点の本質は、
その危険性以上に「見えなさ」にあるのだと思います。
2、現場に兆しが発現する
では、その見えない変化にどう気づくのか。
カール・ワイクが言う「センスメイキング」は、
そのヒントを与えてくれます。
現場にある違和感や小さな出来事は、
そのままではただのノイズかもしれない。
しかし、それに意味を与えた瞬間に、
それは「変化の兆し」に変わる。
重要なのは、情報の量ではなく、解釈の質。
どれだけ兆しがあっても、
それが意味づけされなければ、
組織としては何も起きていないのと同じになってしまう。
だからこそ、兆しを拾い、つなぎ、解釈する力が問われるのだと思います。
3、パラノイア組織化
グローブの言う「パラノイア」は、
単なる神経質ではなく、問い続ける姿勢だと思います。
今の前提は本当に正しいのか
この成功は持続するのか
この違和感は見過ごしていいのか
こうした問いを、個人ではなく、
組織として持てるかどうか。
ピーター・ドラッカーは、
「最大の危険は、昨日の論理で行動することだ」と言いました。
その「昨日」に安住しないためには、
疑い続けることを、文化ではなく構造にする必要がある。
クリティカルシンキングと仮説検証を、
日常の営みとして回し続ける。
それは、現場の教育も必要になると思います。
そして、現場の気付きが上にスムーズに上がっていくことができる、気づける組織をつくるのだと思います。
戦略転換点は、
未来にやってくるものではなく、
すでに静かに始まっているものなのかもしれません。
だからこそ必要なのは、予測ではなく感度。
そして、個人の勘ではなく、組織の仕組み。
一言でいうと
生き残る組織とは、疑い続ける力を構造にしている組織
パラノイア組織ノベーション
そんな話をしています
(参考)『パラノイアだけが生き残る』アンドリュー・S・グローブ(著)/佐々木かをり(訳)/日経BP社
ダニエル・カーネマン『ファスト&スロー』
カール・ワイク「センスメイキング論」
ピーター・ドラッカー関連著作
NHK朝ドラ「虎に翼」の脚本家
吉田恵里香さんの言葉に、考えさせられました。
曰く
「やっぱその怒るほどでもないなとか、場の空気を乱さない方がいいなとか
でも、この人のこと嫌いなわけじゃないしな、みたいなことで、言わない
で言う機会を逃して、なんかそれがオッケーの世界線になっていく
“はて”って言葉が、そういう意味では言い出しやすい、なんかこう合図みたいになったのかなというか
ちょっとまあ、ちょっと冗談めかしても言えるし、そういう面ではいいのかなと思ってはいます。」
(参考:NHK「あさイチ」2026年3月18日)
この言葉の中に、イノベーションのとても大事な入り口がある気がしました。
3つ、思ったことがあります。
1、違和感に立ち止まる勇気
2、笑いのオブラート
3、世界を一緒に考えるための合図
1、違和感に立ち止まる勇気
日常の中で、
まあいいか、
空気を壊したくない、
わざわざ言うほどでもない、
そうやって違和感を飲み込んでしまうこと、結構あるなと思います。
でもその瞬間、
本当は変わるかもしれなかったことが、そのまま残ってしまう。
20世紀の哲学者 ハンナ・アーレントは、
「思考するとは、立ち止まって考えることである」
と述べています(『精神の生活』)。
「はて?」って、まさにこれだなと思いました。
一度立ち止まる、
そして、自分の頭で考え始める。
ほんの小さなことですが、
そこからしか何も変わらないんだなと感じました。
2、笑いのオブラート
「はて?」のいいところは、その軽さだと思います。
強く言わない、
でも、ちゃんと伝わる。
フランスの哲学者 アンリ・ベルクソンは、
「笑いは社会的なものである」
と述べていて、笑いは人や社会の硬さをやわらかくして、
結果的に調整する働きがあると考えています(『笑い』)。
「はて?」も似ているなと思いました。
攻撃しないけれど、
ズレは伝える。
しかも、空気を壊さずに。
こういう伝え方だからこそ、
受け取ってもらえるのかなと感じます。
3、世界を一緒に考えるための合図
「はて?」は答えではなくて、入口なんだと思います。
決めつけない、
否定しない、
でも、ちょっと立ち止まる。
その結果、
自然と会話が生まれる。
強い主張だと、どうしてもぶつかってしまうことがありますが、
問いだと、不思議と開かれていく。
「はて?」は、
相手と一緒に考えるための合図なんだなと感じました。
イノベーションの始まりって、
特別なアイデアというより、
立ち止まること、
やわらかく伝えること、
そして対話が生まれること、
そういうところにあるのかもしれません。
一言でいうと、
世界を変えるのは、大きな声ではなく、小さな
「はて?」ノベーション
そんな話をしています。
参考:NHK「あさイチ」2026年3月18日
「虎に翼」メンバー再集結SP
映画『教場Requiem』の脚本家、君塚良一さんの言葉に、私は深く考えさせられました。
曰く
「現代社会では組織も含め、皆が嘘をついたりごまかしたりして生きていかざるを得ない。
それに対して風間公親は冷徹にすべてを見抜いていきます。
そのとき、人はどうするべきか。
それが“真実を受け入れる勇気”なんです。」
この言葉の中に、私はイノベーションの本質を見たような気がしました。
私は、3つのことを思いました。
1、真実は不快である
2、真実を突きつけてくれる仲間と信頼の力
3、みたくなかった現実に向き合える人が未来をつくる
1、真実は不快である
まず感じたのは、
真実というのは、基本的にあまり気持ちのいいものではないんだな、ということでした。
人はどうしても、自分にとって都合のいい物語の中で生きてしまうと思います。
組織も同じで、見たくない現実には蓋をしてしまう。
「まあ大丈夫だろう」
「まだいけるだろう」
そんなふうに思いながら進んでいくことって、あると思うんです。
でも、そのままだと、どこかで止まってしまう。
ここでふと、ニーチェの言葉を思い出しました。
人は真理そのものよりも、生きるための幻想を求める、という話です。
確かに、真実を見るというのは、
自分の思い込みが崩れることでもあって、少し怖いことでもある。
だからこそ、人は避けたくなる。
でも、
イノベーションって、
この「見たくなかったもの」に向き合うところから始まるんじゃないかなと感じました。
2、真実を突きつけてくれる仲間と信頼の力
風間公親のように、
ごまかしを見抜いて、真実を突きつけてくる存在。
正直、できれば関わりたくないと思ってしまうかもしれません。
でもよく考えると、
その人の可能性を信じているからこそ、
あえて厳しく向き合っているようにも見えました。
そこに「信頼」があるんじゃないかと思いました。
もし信頼がなければ、
ただ否定されたとしか感じられなくて、
人は受け入れられないと思うんです。
ここで思い出したのが、社会学者ハワード・ベッカーの考え方です。
人は一人で完結するのではなく、他者との関係の中で変わっていく。
だからこそ、
真実を受け入れる勇気って、
一人で持つものというよりも、
「どんな人と一緒にいるか」によって
支えられているものなのかもしれません。
一人で立つのではなく、
誰かとの関係の中で立てるようになる。
誰かが真実に向き合う姿を見ると、
自分も少しだけ向き合ってみようと思える。
そんなふうに、少しずつ広がっていく。
この感覚は、岡本太郎の「本当に生きるとは、自分に正直であることだ」という言葉にも、どこか通じるものがある気がしました。
一人の正直さや覚悟が、
周囲の人の在り方にも影響していく。
風間のような存在が一人いるだけで、
場の空気や基準が変わっていくように感じました。
そしてこれは、私が普段考えているイノベーターリップルモデルでいう「仲間の存在の大切さ」にもつながっているように思いました。
一人では難しいことも、
信頼できる関係性の中では、少しだけ乗り越えられる。
そんな気がしました。
3、みたくなかった現実に向き合える人が未来をつくる
最後に思ったのは、
これからの時代は、
「みたくなかった現実に向き合える人」が少しずつ増えていくことで、
未来が変わっていくんじゃないか、ということでした。
ここで思い出すのが、科学哲学者カール・ポパーの考え方です。
進歩とは、誤りを認めて修正していくプロセスの中にある、というものです。
つまり、
現実を見ること。
受け入れること。
そして、そこから考え直すこと。
この繰り返しが、前に進む力になる。
すごく当たり前のことなんですが、
それが一番難しいのかもしれません。
AIが進化して、いろんなことが見えるようになっていく中で、
ごまかし続けることは、だんだん難しくなっていくと思います。
でも、
そこに向き合える人が増えていくことで、
新しい価値が生まれていくのではないかと感じました。
イノベーションって、
何か特別なことをすることではなくて、
みたくなかった現実に、少しずつ向き合っていくことなんじゃないかなと思いました。
そして、
その背後にはきっと、
支え合える関係性がある。
その関係性が、少しずつ広がっていくことで、
未来も変わっていくのかもしれません。
一言でいうと、
真実を受け入れる勇気ノベーション。
そんな話をしています。
参考:映画『教場Requiem』
原作:長岡弘樹「教場」シリーズ(小学館)
主演:木村拓哉/監督:中江功/脚本:君塚良一
制作:映画「教場」制作委員会/配給:東宝
※プログラムより
芸術家の岡本太郎さんの言葉に、ハッとさせられました。
曰く
「自分を大事にしたら、自分を失いますよ。
自己否定することが逆に自分が生きることなんで、自分を大切にすると自分は死んじゃう。」
(参考:NHK 日曜美術館 日美50特別アンコール「私とピカソ 岡本太郎」2026/3/15)
「非認知能力を育てることが大切」
「自己肯定感を高めることが重要」
この2つ、どこか違和感がありませんか?
特に子供の教育の場面では、よく聞く言葉ですが、この岡本太郎さんの言葉とは、かなり対照的だなと思いました
その意味について、私なりに、3つのことを思いました。
1、存在の肯定
2、要素の破壊
3、要素を破壊しても壊れない自己肯定感の醸成
1、存在の肯定
岡本太郎さんの言葉は、決して、存在そのものを否定すると言う意味ではないと思います。むしろ、そこには、自己を否定してでも、揺るがない圧倒的な
自己肯定感があると言ってもいいのではないか、と思いました
「自分はここにいていい」
「自分には価値がある」
この感覚がなければ、人は挑戦しないし、失敗も引き受けられない。
心理学者カール・ロジャーズは
「無条件の肯定的関心が、人の成長の基盤になる」
と述べています。
ただし、ここに安住した瞬間に、
“守るための自己肯定感”になる危険性がある
そう言う意味が込められている、自己否定、そんなふうに思いました
2、要素の破壊
少し前に、リスキリングや学び直しの話がよく話題になってましたが、それは決して、自己の存在そのものを破壊することではなく、自己の存在の上に載っかってる、要素を、破壊する
ここでいう自己否定とは、「存在」ではなく「要素」を壊すことだと思いました
・できていたことを手放す
・得意だったやり方を捨てる
・自分の定義を更新する
哲学者ヘーゲルは
「否定性こそが精神の生命である」
と述べました。
つまり、
自分の中にある、様々な要素を、壊すことこそが、進化の本質ということなのだと思います
ともすると、自己肯定感がとても大切という文脈から、否定は悪、という極端な解釈もありうるなと思いますが、自分の要素は常日頃、本当なのか?と破壊し続けることが
専門性の罠からも抜け出す方法なのかもしれないと思いました
3、要素を破壊しても壊れない自己肯定感の醸成
そう考えると、自己肯定感と、自己否定は、一見矛盾するように思えますが、両方ともに共存させることが大事ということかなと思います
ではどのようにするのか?についてですが
自らの存在自体を肯定する自己肯定感の醸成には、よく「安全基地が大切」との話がありますが、その安全性があれば、自らを壊しにいくかというと少し違う気がします
本当に壊し続けられる人は、安全だから壊しているのではなくて、壊さずにはいられないから、壊しているのではないか。と、思います
つまり、外側の安心ではなく、内側から湧き上がる動機。
私はこれを、イノベーターリップルモデルにおけるパッションが鍵になると捉えています。
圧倒的な自己肯定感のもとに、自身を破壊し続ける人というのは、
自らが自らのパッションの源に沿って生きているという実感と、その内側から突き動かされている、自らの成長のための破壊、そういう構造なのではないかと私は思います。
自らを壊せる強さの正体とは、自己肯定感minamototonaruhaパッションである
そんなふうに思いました
一言で言えば
自己肯定と自己否定のあいだノベーション
そんな話をしています
参考:NHK 日曜美術館 日美50特別アンコール「私とピカソ 岡本太郎」2026/3/15
劇作家 ベルトルト・ブレヒト の代表作コーカサスの白墨の輪 に触れて、私は、イノベーションの本質に深く迫る感覚を頂きました
講演プログラムより、翻訳家の酒寄真一さんの言葉です。
「演劇は観客にカタルシスを起こさせるものとしたアリストテレスの古典的な演劇観(劇的演劇)に対して
舞台を通して出来事を説明し、観客に批判的な思考を促す演劇(叙事的演劇)を追究し
その具体的な方法として「異化効果」という用語を生みだした。
簡単にいえば、観客にとって当たり前になっている物事に違和感を与えることで、批判的な観点を醸成する技法といえる。」
この作品の中に、私は「異化効果」という
極めて本質的なイノベーションの構造を見させて頂きました
私は3つのことを思いました。
1、常識を壊すことで、本質が見える
2、感情ではなく“思考”を動かす設計
3、あらゆるものごとを異化してみる
1、常識を壊すことで、本質が見える
本来であれば、没入させる演劇に、一歩引いた視点、言ってみれば、メタ認知的な視点を与えながら、普通のことにおける違和感を考えさせることに主眼をおくという、めちゃくちゃ新鮮な体験でした
「自分は何を当然だと思っていたのか?」
これは、まさにイノベーションにおける、日常における違和感を、そういうものだと言わずに、掬い上げて、本当にそうなんだっけと、問いを投げかけるのと同じように
この問いを産ませる構造を、舞台上で繰り広げるという、舞台のイノベーションなのだなあと、新たな体験に驚きをいただきました
2、感情ではなく“思考”を動かす設計
そういう意味では、感情よりも、思考を動かす仕掛け作りという意味で
これは、従来の演劇とは真逆かもしれないなと思いました
ある意味、ベルトルトは、体験の設計そのものを再定義したと言ってもいいのかもしれません
例えば、
•共感させるのではなく、問いを生む
•没入させるのではなく、距離を生む
•快楽ではなく、違和感を提供する
エンタメは感情に訴えるもの、という当たり前がある中で、“思考を動かすエンタメ”を作り上げる
物凄いイノベーションに出会った時に、目から鱗が落ちて、これまでと世界の見え方が全く変わってしまうような
そんな体験設計だなあと思いました
3、あらゆるものごとを異化してみる
異化するとは、一言で言うと、ものごとをちょっとだけずらして見る、と言うことかなと思います
• 毎日通る道を観光客として見てみる
• 自分の会社を初訪問者として見てみる
• 家族を“初対面の人”として見てみる
そしたら初めて、気づいていなかったことに気づけるかもしれない
本当は違和感なのに、当たり前になってしまったことに気づけるかもしれない
それは、イノベーションの始まりにつながる
そんなことを思いました
一言で言えば
異化効果ノベーション
そんな話をしています
参考:音楽劇 コーカサスの白墨の輪 原作 ベルトルトブレヒト 上演台本・演出 瀬戸山美咲 出演 木下春香 眞島秀和 一路真輝 他 主催 公益財団法人せたがや文化財団 企画制作 世田谷パブリックシアター
福島・いわきの震災の時、コミュニティラジオ「FMいわき」のパーソナリティ、ベティさんの言葉に、私は深く心を揺さぶられました。
(※番組内発言の要旨)
「リスナーさんから本当に頑張れとか、いつも聞いてるよとか、頼りにしてるよとか、本当に毎日メッセージをいただいて、それを壁中に全部プリントアウトして貼って。
疲れたらその前に行って読んで、よしって元気をもらって。
パワーの源がそのリスナーさんからいただいたメッセージ。」
(参考:NHK「新プロジェクトX〜挑戦者たち〜 命をつないだラジオ〜FMいわきの3.11〜」2026年3月14日放送)
この言葉の中に、私は人間の関係性の本質を見た気がしました。
私は3つのことを思いました。
1、与えるだけで与えられている
2、ギブアンドテイクの罠
3、贈与が世界を回している
⸻
1、与えるだけで与えられている
ラジオは「与える側」です。
しかし実際には、与える行為の中で、同時に受け取っている。そんな一面があると思いました
心理学の自己決定理論(Deci & Ryan)では、
人は「誰かに貢献している」と感じたとき、
内発的動機づけが最も高まるとされています。
つまり、与えることそのものが、最大の報酬になる
イノベーターリップルモデルにおいても、自分のパッションから始まって、仲間とともに、みんなが喜ぶ大義を作っていく
その大義でみんなが喜んでもらえた時に、自らのパッションにも、最大の報酬が与えられる、つまり、火が燃え盛ることになる、そんなふうに思います
私がライブで歌う時に、1番の力になるのは、聴いてくれてるお客様の笑顔や応援です。それだけで、元気百倍になる。
実は与えてるつもりが、与えられている。
そんなふうに思います
2、ギブアンドテイクの罠
一方で、「与えたら返してもらう」という発想は、
社会心理学でいう「社会的交換理論」に近い考え方です。
人はコストとリターンを計算し、関係のバランスを取ろうとする。
それこそが資本主義における合理性ですが、この枠組みに入った瞬間、全ての関係は「取引」に変わってしまう面があると思います。
心理学のロバート・チャルディーニが示したように、
返報性は「義務感」として働くとき、
人を動かす一方で、自由を奪う側面もある。
という恐ろしい一面としての罠があると思います
関係性をどんな関係性にしておきたいのか、それを意識することがとても大切だなあと思いました
⸻
3、贈与が世界を回している
文化人類学者のマルセル・モースは『贈与論』の中で、
「贈与は無償ではなく、社会関係を生み出す力である」
と述べています。
さらに哲学者のジャック・デリダは、
「純粋な贈与とは、見返りが意識された瞬間に成立しなくなる」
と指摘しています。
つまり、贈与とは、交換でも無償でもない、関係性そのものを生成する行為なのだと
ベティさんたちのラジオは、返してもらうためでもなく、義務でもなく、ただ「届けたい」という行為だった。
しかしその結果として、強い関係性と循環が生まれていた。
それが、ベティさんにも、リスナーにも、力を与えていた
この「贈与の循環」をいかに設計できるかというのは
資本主義だけでは捉えきれない価値として、これからのイノベーションの鍵になり得る話なのかもしれないなあと、そんなことも思いました
ということで、一言で言えば
与えると与えられるノベーション
取引だけではない、そんな関係性を創造する、そんな仕組みづくりができないものか
そんなことを考えさせてくれました
だからこそ私は、こう問い続けたいと思います。
「それは取引か。それとも贈与か?」と。
参考:NHK 新プロジェクトX〜挑戦者たち〜
命をつないだラジオ~FMいわきの3.11~ 3月14日(土)
芸術家 岡本太郎 さんが、ピカソに出会い衝撃を受けて語った言葉に、深く感動しました。
曰く
「もし感動したらそれを乗り越える。
僕はよくアンチピカソっていうこと言う。
それはピカソに感動してるから、それを乗り越えなきゃいけない。」
(参考:NHK 日曜美術館 日美50特別アンコール
「私とピカソ 岡本太郎」2026/3/15)
この言葉の中に、私はイノベーションの本質を見た気がしました。
私は 3つのことを思いました。
1、創造とは「憧れ」を超えること
2、「否定」は「進化」につながる
3、イノベーションは「衝撃」から始まる
⸻
1、創造とは「憧れ」を超えること
私は学生時代、ハードロックやプログレにめちゃくちゃハマって、ギターや歌をたくさんコピーしていました。
そのうちに、自分でも曲を創りたいと思うようになり、オリジナル曲を創っては、みんなに聴いてもらいたい。そんな風にのめり込んでいきました。
でも、ハードロックやプログレに対してアンチだったかというと、まったく逆で、むしろ 憧れの存在として君臨していた という感じでした。
だからこそ、岡本太郎さんの
「感動したら乗り越える」
という言葉には衝撃を受けました。
哲学者ニーチェは
『ツァラトゥストラはこう語った』で
「人間とは、乗り越えられるべきものである。」
と語っています。
人間の本質とは
超克(Überwindung)
・乗り越える
・更新する
・自分自身を破る
という運動なのだと言われています。
岡本太郎さんの「アンチピカソ」という言葉は、まさに 自らの超克 だったのかもしれないなと思いました。
まず感動する。
そして「自分ならどうするんだ」と問い続ける。
敬意を持ちながらアンチを宣言する。
そこに私は ロックスピリッツ を感じました。
⸻
2、「否定」は「進化」につながる
そう考えると、「アンチ」という言葉は、単なる敵対や否定ではないのかもしれません。
イノベーションとは、現状の当たり前を疑うことでもありますし、哲学もまた「本当にそうなのか」と問い続ける営みです。
つまり 否定は創造のエンジン とも言えるのではないでしょうか。
アイディエーションの場では
「心理的安全性を確保して、出てきたアイディアは否定せず、どんどん乗せていこう」
という考え方もあります。
それも一つの大切な形だと思います。
ただ、否定そのものを否定してしまうと、実はバイアスを壊すことはできないこともあるのではないでしょうか。
否定的な意見もどんどん出せる。
それでいて共感もしまくる。
そんなフラットな環境こそが、本当の意味で心理的安全性のある世界で、創造的な環境なのかもしれないなあと改めて思いました。
岡本太郎はピカソを乗り越えようとした。
アンチとは破壊ではなく
次の創造の入口 なのだと思います。
⸻
3、イノベーションは「衝撃」から始まる
科学哲学者 トーマス・クーン は
『科学革命の構造』の中で
科学は
・通常科学
・矛盾の蓄積
・パラダイム転換
によって進むと説明しました。
つまり科学は、純粋に合理的に進むわけではなく
・世代交代
・思想の衝突
・新しい視点
によって進むというのです。
既存の世界観が壊れた瞬間に
新しい世界が始まる。
岡本太郎がピカソに出会った瞬間は、まさに 芸術的パラダイム転換 だったのではないかと思います。
そしてその衝撃が、岡本太郎さんにとっての 芸術の爆発の瞬間 でもあったのかもしれません。
ピカソはアフリカ芸術から着想を得たと言います。
そして岡本太郎は、そこから縄文文化への着想につながり、太陽の塔のような唯一無二の表現を生み出したのかもしれません。
⸻
例えば、人が本当に偉大な人に出会い、衝撃を受けたとき
・信者になるか
・挑戦者になるか
その選択があるのかもしれないなと思います。
岡本太郎は 後者 を選んだ。
だから
ピカソのフォロワーではなく
岡本太郎というジャンル
を生み出したのだと思います。
もしかしたらイノベーションとは
憧れを超えようとする勇気
なのかもしれません。
一言で言えば
アンチノベーション
そんなことを思いました。
参考:NHK 日曜美術館 日美50特別アンコール
「私とピカソ 岡本太郎」2026/3/15
AIの時代に、残る価値は何か。
それは人間らしさなのかもしれません。
直前キャンセルができる旅行予約サイトを運営するベンチャー企業のホットスプリング社長 有川 鴻哉(ありかわ こうや)さん の言葉に、これからのイノベーションの方向を教えて頂いた気がしました。
曰く
「いわゆる便利なもの、そういったものはAIが作れるようになっていってしまうかなと。
そうすると誰でも同じような会社サービスが作れるようになっていく。
その中で人間らしさとか、人間がどういう働きをしているかがより強調されている。
そういう会社が生き残っていくのかなって個人的には思ってますね。」
(参考:テレビ東京「カンブリア宮殿」
2026年3月5日放送
「新旧の旅行ベンチャー創始者が対談 令和を生き残る旅行ビジネスとは?」)
この言葉の中に、私はこれからのイノベーションの本質を見る気がして、3つのことを思いました。
1、AIの進展とコモディティ
2、人間らしさってなんだろう
3、当たり前と「本音の痛み」
1、AIの進展とコモディティ
インターネットが登場した際に、こんな脆弱なネットワークに金融取引なんて、乗っけられるわけがない、と色んな人に怒られました
しかし今では、あるのが当たり前、そして、それを使うことは、全く持って競争優位になんてならない、そんな風になっています
いまは、AIが、百花繚乱のビジネスの中心にありますが、それも、おそらくコモディティ化してくることが訪れるのだろうなと思います
そんな時に、100年企業活動を続けるために、何が重要となってくるのかについての、答えを頂いた気がしました
結局は、人へのサービスを提供することがビジネスなのであれば、人間らしさ、にいかにフォーカスを当てられるか
きっと螺旋階段のように繰り返していることなのかもしれないなと
2、人間らしさってなんだろう
「だって人間だもの」とは、あいだみつおさんの言葉ですが、人間らしさとは
優柔不断で迷ってしまう
決めたことでも覆してしまう
体調が急遽悪くなってしまう
感情に任せてしまうなどなど、色んなことがあると思います
実はそういった、ロボットや機械ではないからこそ、人間らしさであり、そこに寄り添うビジネスがこれから大切、ということなのかもしれないと思いました
哲学者 ブレーズ・パスカル は
「人間は考える葦である。」
と言われましたが、人間は弱く、揺れ動き、迷う存在だからこそ、その 弱さや迷いに寄り添う仕組み が生まれたとき、それは単なる便利ではなく、人間らしさへのイノベーション
になるのかもしれないなあと思いました
3、当たり前と「本音の痛み」
だからこそ、その人間らしさが、痛みを伴うのは、当たり前のこと、と考えるバイアスをいかに壊せるか、ということが、これからのイノベーションになるのかもしれないと思いました
急にお腹が痛くなって旅行に行けなくなった
そんなのお金払って当然でしょ、というこのバイアスに、いかに立ち向かうことができるか、そしてこれまではできなかったけど、今ならできるんじゃないと思えるパッションがとても重要になると思います
それは、これまでずっとあって、当たり前すぎて見えなくなっている
「本音の痛み」 を、いかに炙り出していくのか。
それこそが、これからのイノベーション、または、これまでもそうかもしれませんが、イノベーションのとても重要な部分だなあと、あらためて思いました
ということで、一言で言えば
人間らしさノベーション
人間らしさこそが、これからの競争優位なのかもしれません。
そんな話をしています^ ^
参考:テレビ東京「カンブリア宮殿」2026年3月5日放送「新旧の旅行ベンチャー創始者が対談 令和を生き残る旅行ビジネスとは?」 https://www.tv-tokyo.co.jp/cambria/smp/backnumber/2026/0305/
歌舞伎役者の 中村獅童 さんが、映画で人気を得て、歌舞伎でも主役を張れる役者になろうと必死に挑戦していた頃、十八代目 中村勘三郎 さんからこんな言葉をかけられたそうです。
曰く
「あなた、映像・映画であれだけの芝居、心で演じることができる役者なんだから。
歌舞伎で型がある世界だって、今はできないかもしれないけど、必ずできるようになるから。
型をやろうやろうとして気持ちが入らなくなっちゃうんだったら、型なんか今はどうでもいいから、
心でがむしゃらに演じられる役者、思い切ってやってくれ。」
(参考:NHKアカデミア「中村獅童(後編)」2026年3月11日放送)
この言葉の中に、私は創造の本質を感じました。
私はここから、三つの気づきを頂きました。
1、創造は「がむしゃら」から生まれる
2、「型破り」は型を極めた人にしかできない
3、イノベーターは「人の可能性」を信じられる
1、創造は「がむしゃら」から生まれる
イノベーションプロジェクトでも、ビジネス創発でも、様々なフレームや、アクセラレーションの代表的な型があって、まずはその型にはめながら議論を進めましょうとか
そのためには、まずは、その型をきちんと理解して、使いこなせるようになりたい、というようなお話を伺うことがありますが
確かに型はとても整理されていて、効率的に進めやすいとは思いますが、それをやったからといってイノベーションや、ビジネスを起こせるわけではないということに、とても似ている気がしました
哲学者 フリードリヒ・ニーチェ が
「人は自分の中に混沌を持たなければ、踊る星を生み出すことはできない。」(出典:『ツァラトゥストラはこう語った』)
と言われているように、まだ整理されていない感情や衝動、葛藤こそが、新しいものを生み出すエネルギーになるので
勘三郎さんが言った「心でがむしゃらにやれ」
という言葉は、まさにこの混沌の力を信じる言葉だったのだと思いました。
私はパッションや情熱の源という言葉を使いますが、新しい物事を始める時には、もちろん型も大事です。
しかし自分の心の中にある、説明できないけれども、ほと走る思い、これがないと、新しいことはなかなか前に進められない、そんなことを
がむしゃら
という言葉で、言ってくれた、そんな気がしました
2、「型破り」は型を極めた人にしかできない
世阿弥 の有名な言葉として
「型を極めて型を破るを型破り。
型を知らずして破るを型無し。」
(出典:『風姿花伝』)
というのがありますが、
• 型を知らずに自由にやる → 型無し
• 型を極めた上で新しい表現を生む → 型破り
なので、まずは型を習得することがとても重要で、そこから守破離として、独自の型を創造していくというのが、やはり王道なのだと思います
型に縛られて魂がどこかに行ってしまってもダメだし、型を習得せずに自由にやってもいけない
両方がとても大事だということなのだと思います
そして、初めて創造はその先に訪れる、
勘三郎さんは
「型なんかどうでもいい」と言いながらも、
その先には必ず 獅童さんが、型に到達する未来 を見ていたのだと思いました
3、イノベーターは「人の可能性」を信じられる
もう一つ、私は、勘三郎さんのリーダーシップ の素晴らしさを感じました
18代中村勘三郎さんといえば、平成中村座という、江戸時代の仮設芝居小屋を再現して、客席との近さだったり、お弁当売りだったり、さらには、海外への進出など、イノベーターの真髄のような方ですが
中村獅童さんへの、この言葉が、今でも獅童さんの心に残っているということは、文字通り、型どうりの育て方というよりも、
獅童さんの 心で演じる力 を見抜いていたのかなとも思いました
つまり、ある意味、型ではなく、人の可能性 を信じた。
ビジネスの世界では、例えば、王道ビジネスモデルが一つの型とすると
それよりも、そこにいるメンバー、つまり、人に焦点を当ててみている、ということかと思います
それは、ベンチャーキャピタルが、出資先を見る際に、ビジネスモデルよりも、誰が何故やろうとしているのか?をまずは見ようとしている、そんなことにも通じるような気もしました
実はこれは、イノベーションを起こすリーダーの共通点なのかもしれないなあと思いました
ということで、一言で言えば
がむしゃらノベーション
そんな話をしています^ ^
参考:NHKアカデミア「中村獅童(後編)」2026年3月11日放送
日本酒の獺祭は世界的なブランドへ上り詰めていますが、その桜井博志会長の言葉から、これからのイノベーションに大切な考えをいただきました。
曰く
「日本酒ってやってみればやってみるほど手間をかけなければいい酒にならない。手間をかけて物を作っていくといいものができるというのは、人間にとって優しいんですよ。だってそれだけ人間がいるんだ。これがちゃんと理解してもらえないと将来はないと思います。」
(参考:テレビ東京「カンブリア宮殿」2026年3月12日放送「放送20年の総決算スペシャル月間 第2弾 “ニッポンの食”グローバル化の未来」)
この言葉に、私は思いました。
1、人間の手間が価値を生む
2、手間は「優しさ」である
3、産業は人の生きがいをつくるためにある
1、人間の手間が価値を生む
技術の進歩があるから新たな価値がさらに創出される。
そして、DXやAIが登場してきて
「いかに効率化するか」
「いかに手間を減らすか」
事実、獺祭は、実はものすごく詳細なデータ分析をされているということにも、めちゃくちゃ驚きました
しかし、お酒の世界は、最終的には、人間には勝てないんだ、という会長の言葉に、衝撃を受けました
どんなに技術を導入しても、手間をかけないとお酒は良くならない
つまりこれは
「人間の関与が価値を生む」
という世界が、歴然と存在しているのだと思いました。
哲学者のハンナ・アーレントは
「人間の活動の価値は、労働そのものの中にある。」(『人間の条件』)
と言われましたが
つまり、これは、
人間が関わるプロセス自体が大きな価値である
ということ。
これは、これからのイノベーションも同じで、単にAIや技術を導入するだけではなく、
そこから、人間の関わり方をどう設計しなおすのか
そこに本質がある気がしました。
2、手間は「優しさ」である
手間=優しさ
というのも、衝撃の言葉でした。
ライフワークバランスなどを考えたら、できるだけ仕事の手間は減らして、自分の時間、または創造的な時間に使いましょう
みたいなことが、一見正しいことに思えますが、実は全く反対の側面もあると
社会学者のリチャード・セネットは
「よい仕事とは、物と人に対する注意深い関係から生まれる。」(『クラフツマン』)
と言われていましたが、それはある意味、効率化とは真逆の関係性にもなりうることもあるなと
実は、人が手間をかけるからこそ、サスティナブルであり続けるという観点もあってもいいのかもしれない
そして、その手間は、特に、人の感性や感情へ働きかける価値を作る際には、実は、目に見えてないようで、間違いなく感じさせてくれる
生産活動においても、手間は、人に優しいし、創り上げる価値においても、とても人に優しいものになる
それは忘れちゃいけないなと思いました
3、産業は人の生きがいをつくるためにある
経済学者のE.F.シューマッハーは、
「生産は人間を不要にするためではなく、人間を生かすためにある。」(『スモール・イズ・ビューティフル』)
と言われていました。
つまり、
産業における生産活動は、人を減らして効率化して利潤を稼ぐのも重要ですが
しかし同時に、人が生きるためにある
もっと言えば、生きがいを作るためにある
という考え方もあるなあと改めて忘れちゃいけないと思いました。
そいう意味で、イノベーションは
人間が関わる意味を作り直すこと
これからは、そこも大切なポイントなのではないかと、思わせていただきました。
手間をかける。
人が関わる。
人の手が残る。
技術が進む時代だからこそ、
人間の手間の価値を、もう一度考えたい。
それが、これからのイノベーションなのかもしれません。
一言で言うと、手間の価値ノベーション
そんな話をしています^^
(参考:テレビ東京「カンブリア宮殿」2026年3月12日放送「放送20年の総決算スペシャル月間 第2弾 “ニッポンの食”グローバル化の未来」) https://www.tv-tokyo.co.jp/cambria/smp/backnumber/2026/0312/
From the publisher's feed

44 Listeners

62 Listeners

0 Listeners

0 Listeners