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神経科学者、デイヴィッド・イーグルマンさんのTED「Can we create new senses for humans?」に、めちゃめちゃ衝撃とワクワクをいただき、これからの自分のあり方を考えさせられました
曰く、
「脳は音も光もない頭蓋骨の中に収められています 脳が見るのは様々なケーブルから入ってくる 電気化学的な言号だけです 脳が扱うものはそれだけです 脳というのはそのような信号を取り込んでパターンを抽出し 意味付けを行うことに驚くほど巧みでこの内的な宇宙から ストーリーをまとめ上げて皆さんの主観的な世界を作り出しているんです」
「ここで鍵になるのは脳というのはそういうデータが どこから来ているのか知らないし気にもしないということです何であれ情報が入ってきたら 脳はその使い方を見つけ出すのです 脳というのとても効率的な機械です それは基本的には汎用計算装置でどんなデータに対しても どう使えばいいか見出すことができ母なる自然が様々な入力チャネルを作り出す自由を生み出しています」
「それが意味するのは我々に備わる器官は別に特別で根本的なものではないということです 進化の長い道のりで受け継いできたものというに過ぎず 我々はそれにしがみついている必要はないのです。」
「ここで鍵となるのは未来へと進む中で私たちは自らの周辺機器を選んでいけるようになるだろうということです」
「今私たちが問うべきことは自分の世界をどう体験し 探索したいかということです」
私はここから思いました。
1、自分の周辺機器が選べる時代へ
2、人間の環世界バイアスを破壊する
3、自分が住みたい環世界とは
1、自分の周辺機器が選べる時代へ
今、自分が、目で見て、耳で聞いて、鼻で匂いを嗅いで、舌で味わい、皮膚で触れること、これ以外の感覚を拡張することができる世界がこれからくるかもしれないということに、衝撃をいただきました。
これまでも、感覚の拡張の話は伺ったことがありましたが、例えば、人間の脳にAIを接続するなどは、知能の拡張として、検索や情報蓄積を外部機能として、サポートしてくれる世界
失った腕をロボティクスを接続することで、脳から動かすことができる世界などなど
しかし、今回のお話は、私が思っていた、各々の機能の性能を向上させることではなく、全然違う感覚の周辺機器を接続することができるということなので、目から鱗がおちる思いでした
しかも、脳そのものには、新しい情報の入力方法を学び、それを使いこなしていける可能性があるということ
実は遠い未来ではないのかもしれないという衝撃をいただきました
2、人間の環世界バイアスを破壊する
生物学者ヤーコプ・フォン・ユクスキュルの「環世界」という考え方では、同じ場所に存在していても、生物によって感じている世界は違う。
つまり、人間や、犬や、昆虫では、自分が持っている感覚器官、つまり周辺機器によって切り取られた、それぞれの世界を生きているという話です
各々の生物では、自ら長い間をかけて獲得してきた、周辺機器からの情報しか把握することができないため、それが世界の全てという認識になってしまう
つまり、人間で言えば、人間の五感が全てと思い込んでいる、環世界バイアスに縛られていると言ってもいいのかもしれないと思います
人間は、様々な機器を活用して、例えば、赤外線や、振動や匂いのセンサーなど、人間では感知できないものを把握できるようにしてきたと思いますが
それはあくまでも人間が感知できる五感へ変換することによって感知してきているということかと思います
それを、脳に直接ケーブルを接続するように人間が感知できるようにすることで、全く違う人の環世界を広げることができる
これまで目が見えない人たちが、例えば振動という別の経路から情報を受け取り、周囲の世界を新たな方法で感じられるようになる、ということもあるかもしれないし
健常な人たちにおいても、虫の目や、思いもよらない感覚を手に入れることができるようになるかもしれない
ここには、めちゃくちゃイノベーションのホワイトスペースがあるのかもしれないと、思いました
3、自分が住みたい環世界とは
これまでの人類は、AIも含めて、いかに自身に有用なツールを開発し実装していくかということが中心だった気がします
しかし、環世界のイノベーションが起きた世界においては、全く違う環世界に生きている人たちが、環世界の多様性の中で生きている、そんな世界が出現しているのかもしれないと思いました
物理的には同じところにいるのだけれども、接続している周辺機器が全く違うことによって、環世界が全然違うところに住んでいる人たちが出てくるのかも
さらには、もし将来、環世界そのものが「プラグアンドプレイ」のようになったとしたら、時と場合によって、自由に様々な環世界を行き来することができるのかもしれない
それは、自分が何を感じたいのか、どんな環世界に住みたいのか、を明確に、自分で問いを立てて、選択してかなければならい、または、選択することによって、全然違う世界からの体験を獲得することができる
より、自分自身がどんな世界へ住みたいのか、どんな人生を送りたいのか、という問いが大切になっていく世界になるのかもしれないなあと思いました
バーチャルな世界でもなく、多次元宇宙でもなく、多様な環世界、そんな未来がくるのかもしれない
一言で言えば
多様な環世界を生きるノベーション
そんな話をしています
参考
・デイヴィッド・イーグルマン「Can we create new senses for humans?」TED2015、2015年3月
・ヤーコプ・フォン・ユクスキュル『生物から見た世界』
陸上競技選手、田中希実さんの『希わくばの詩』の言葉に、表現するとはどういうことなのか、深く考えさせられました。
曰く、
「私は走ることより先に、読むこと、書くことに目覚めました。」
「ただ、書くこともずっと自分のためであり、あくまで『読む専』の私は、読書感想文をはじめ、作文は大の苦手でした。
経験を重ねるにつれ、大人に評価される文の書き方はなんとなく心得るようになりましたが、自分の本当の思いを人に伝えるために文章を使ったことは、ほとんどありませんでした。
だからこそ、だんだんと走ることに目覚めていったのでしょうか。言葉を使わず、走りで心の奥の何かを人に伝えていくことを、選び取っていったように思います。」
ここから私は思いました。
1、天職は最初から天職じゃない
2、思いは全ては言葉にならない
3、思いを伝えるために天職がある
1、天職は最初から天職じゃない
日本記録を次々と塗り替えている田中さんが、最初から「走ることこそが自分の表現だ」と思っていたわけではなく、その前に、読むこと、書くことに目覚めていたということに衝撃を受けました。
私たちは天職というと、小さい頃から「これしかない」と思い続け、一直線に極めていった先にあるもののように考えてしまいます。
でも、もしかすると天職とは、最初から「これが私の天職です」と分かっているものではないのかもしれない。
いろいろなものに触れ、うまくできないことも経験し、自分の中にあるものをどう表現したらいいのかを探していく中で、後から天職になっていくものなのかもしれないと思いました。
2、思いは全ては言葉にならない
想いの全てを、言葉で、人に伝えるということは、とても難しいことだと、私も実感します
言語化の本などもたくさん出ていますが、それでも、どうしても言葉に変換できない思いというのは、あると思います
哲学者・科学者のマイケル・ポランニーは『暗黙知の次元』の中で、
「私たちは、語ることができる以上のことを知ることができる。」
と述べているように
人間の中には、知っているのに説明できないこと、感じているのに言葉にできないことがある。
これは私の場合は、音楽にとてもそれを感じます。歌詞だけでは伝えきれないことを、メロディやコード進行やアレンジで伝えることができる
もっと言えば、言葉がない、インストゥルメンタルの方が、感情を伝えてくれてるなあと、思うことも多々あります
それが、田中さんの場合は、走りだったということなのかなと思いました
3、思いを伝えるために天職がある
きっと、誰にも、言葉には、そんなもどかしさがあって、それを、何か別の表現方法で伝えたいと思うことは、たくさんあるんだなあと、改めて思いました
きっと、その人が、懸命になっている姿、そこには、なんであれ、メッセージがある
そのメッセージに、言葉以上の感動をもらうのかもしれないと思いました
そして、それが、実は、その人の天職になっていくということも言えるのかもしれないと思いました
ランナーであれ、料理人であれ、音楽家であれ、アーティストであれ、教師であれ、職人であれ
自らの天職を見つけているような人は、実は、自分の言葉にならない思い、それをぶつける方法が見つけられた人、ということなのかもしれないと思いました
自分の天職とは、言葉では、伝えられない思いを、伝える手段なのかもしれない
天職を探すということは、自分なりの、誰かへのメッセージを伝える方法を探すということなのかもしれない
内村鑑三さんが、「後世への最大の遺物」でも、言われていた通り、誰もが持っている遺物は、その人の生き様である、ということにも、通じる話だなあと思いました
私も、自分の、言葉だけでは伝えきればい思いを、これからも、自分の生き様を通して、伝えられたらいいなと思いました。
ということ、一言で言えば
生き方が言葉になるノベーション
そんな話をしています
参考
・田中希実『希わくばの詩』世界文化社、2026年4月5日初版第1刷発行
・マイケル・ポランニー『暗黙知の次元』
・内村鑑三『後世への最大遺物』
元トヨタ自動車技監の林南八さんが、トヨタ生産方式を築いた大野耐一さんから直接言われた言葉に深く考えさせられました。
曰く、
「最適や限界というのは前提条件を固定した時に決まる。君たちは前提条件を覆すために採用されてるんだ。」
トヨタといえば、なぜを5回繰り返す、世界的に有名なカイゼンを世の中に広めた会社との認識でしたが、その中には、前提条件を覆す、イノベーションにも通じる話をされていたことに、とても感動しました。
ここから私は前提を覆すとはどんな方法があるのだろう?と考えてみました。
1、解くべき問題のピボット
2、想像的再カテゴリー
3、異領域アナロジー
1、解くべき問題のピボット
2025年に学術誌『リサーチ・ポリシー』に発表された、 ジョナサン・R・クロムウェルさんとジャン=フランソワ・ハーヴェイさんが世界的大企業の579チームを対象にした研究では
最初から問題を明確に決めるのではなく、解決策を試しながら「本当に解くべき問題」を発見していったチームでは、約80%がプロジェクトを完遂し、一方、最初に問題を明確に定義し、その定義を維持したチームでは約50%だったとのことです。
つまり、解決策をピボットするだけではなく、解くべき問題そのものをピボットしていった方が、プロジェクトを完遂させることができた
これは、そもそも設定していた問題自体を、前提条件から疑ってかかっているということなのだと思いました
ある問題に対して、なぜなぜを5回繰り返すだけではなく、そもそもその問題自体が捉え方が違うのではないか、そして、真の問題はドンドン形を変えてピボットさせていくという考え方の方が、実は、ゴールに近づくことができるという学びかもしれないと思いました
2、想像的再カテゴリー
2025年に学術誌『思考力と創造性』に発表されたシャンティ・アストラさんとケネス・カーツさんの研究では、「想像的再カテゴリー化」という方法が研究されています。
「これはこういうものだ」というカテゴリーから一度外し、本来とは違うカテゴリーとして考えることで、認知的柔軟性が高まることが示されたということです。
例えば、「銀行」「大学」「会社」と名前をつけた瞬間、私たちは無意識に「こういうものだ」と決めてしまいますが、そのカテゴリーを一度壊してみる。
これは、ドリフの「もしものコーナー」とようなものかと思います。
「もしも銀行が居酒屋だったら」
暖簾をくぐりながら、大将がいつものメニューを自動的に出してくる。カウンターには馴染みの客が馬鹿話をしている。馴染みの客のボトルは飲んじゃっても喧嘩にならない。。。
こんな居酒屋の良さを銀行の中で味わえてもいいんじゃない?と発想が広がっていく
そもそも銀行ってご近所の笑顔を取り戻す場所、ってカテゴリーに想像してもいいじゃない
みたいな形で、できるだけ違うカテゴリーにぶち当ててみて、固定化された発想を壊していくというのは、前提を壊すという意味では、やってみても面白いなあと思いました。
3、異領域アナロジー
2026年に学術誌『デザイン・サイエンス』に発表されたルトヴィク・コカテさんとプラサド・オンカーさんの研究では、生成AIを使って異なる領域から類似する構造を見つけ、新しいアイデアにつなげる方法が研究されているそうです。
これは、まず、自分たちのビジネスの「構造」を言語化して、その後、AIに同じ構造を持つ遠い世界を探させ、そして、その世界の仕組みを元のビジネスへ持ち帰って適用してみる、方法です。
例えば、例えば、「銀行の『預金を集め、それを必要な人に融資し、利ざやを得る』という仕組みと、構造的に似ている仕組みを、金融以外の業界・自然界・社会システムから10個探して」とAIに指示して
10の候補から候補の中から、電力網を選んだ場合、各所で生まれた電力を集める → 必要な場所へ配分するという仕組みが構造的に似ているとなる
そこから今度は、じゃあ、
「銀行が電力網のように機能するとしたら、現在の銀行にはないどんなサービスが考えられる?」
とAIに聞く。
「お金が余っている場所と必要な場所をリアルタイムでつなぐ」
「需要に応じて資金の流れを動的に変える」
「中央の銀行だけでなく分散した資金供給源をつなぐ」
など、銀行の既存の前提から離れた発想が出てくる可能性がある。というものです。
AIを使った今時の面白い方法かもしれないなあと思いました。
ということで、前提を疑うためには、今はいろんな仕組みがあるので、それを適宜導入してやってみることがとても大切だと思いました
例えば
解くべき問題をどんどんピボットしながら真の問題へ到達する、「解くべき問題のピボット」
ドリフのもしものコーナーのように、全く違うものを掛け合わせて、もしも、、、だったら、と発想を広げてみる、「想像的再カテゴリー」
当該対象のアナロジーを一旦分析して、AIで同様のアナロジーの異種ものを見つけてきて、その異種がやっていることから、さらなるアイディアをいただく、「異領域アナロジー」
私も是非とも使ってみたいと思いました
ということで、一言で言えば
前提を覆すノベーション
そんな話をしています
参考
・林南八「元トヨタ自動車技監・林南八氏が〝改善の鬼〟大野耐一に学んだ仕事の極意」ウェブ致知/致知出版社
・学術誌『リサーチ・ポリシー』(2025年)「チームによる問題発見」に関する研究
・学術誌『思考力と創造性』(2025年)「想像的再カテゴリー化」に関する研究
・学術誌『デザイン・サイエンス』(2026年)「生成AIを活用した異領域の類推」に関する研究
世界最大級の物流企業のUPSで配送ルート最適化システム「ORION」の開発を率いたジャック・レヴィスさんの言葉に、めちゃめちゃ考えさせられました。
曰く、
「社内には、私と私のチームはどうかしていると思っている人たちがいました。」
「イノベーターは、人々の前で愚かに見えることを恐れてはいけない。そして私たちは、間違いなくそう見えていたと思います。」
「自分のアイデアへの深い信念と、打たれ強さが必要だ」
「経営トップのところへ行った時、私たちはアイデアではなく、結果を見せました。」
ここから私は思いました。
1、スポットライトに出る日は来る
2、信念を貫くためには
3、打たれ強くなるためには
1、スポットライトに出る日は来る
昨日はステルス・ノベーション(1982回)として、まだ弱いアイデアを、社内のスポットライトに出る前に、ステルスでいかに進めていくかという話をしました。
しかし、ステルスがうまく行った後に、必ず社内の人目に触れる場所、つまりスポットライトの前に、出なくてはならない日は来ます。
ORIONは、100年近く効率化を続けてきたUPSで、「もう改善余地などほとんどない」と思われている中で始まったと言われています。
イノベーションプロジェクトには、必ずと言っていいほど、その道をずっとやってきたプロが社内にいます。
「そんなことは、ずっと前から考えている」
「できるんだったら、とっくにやっている」
そんな批判を甘んじて受けなければならない時が来る。
しかも、その時にはまだ、自分たちが正しいとは証明できていない。
そこには、まさにジャックさんが言われているように、
「自分のアイデアへの深い信念と、打たれ強さが必要だ」
と思います。
では、その深い信念と打たれ強さは、どうやって身につけたらいいのか?という問いが生まれました。
2、信念を貫くためには
心理学者アルバート・バンデューラさんの「自己効力感」の研究が、とても関連することだなあと思いました。
バンデューラさんは、「自分にはできる」という感覚をつくる最も強い源泉の一つとして、自分自身の成功経験、Mastery Experienceを挙げています。後続研究でも、自己効力感を形成する4つの源泉の中で、習熟経験は一般に最も強いものとされています。
ORIONは、プロトタイプをつくって実際の配送現場で試し、顧客サービスを維持しながら、より低コストのルートをつくれることを一つずつ確かめていったそうです。
これはまさに小さな成功体験を、仮説検証を何回も回すことで、自らに積み上げていったということかと思います。
それによって、もちろん、ソリューションも練り上げられましたが、ジャックさんの成功経験が積み重なっていって、「自分にはできる」という信念を形作っていったのかもしれないなあと思いました。
信念がある、ない、とは、性格でも資質でもなくて、小さな成功体験を積み重ねていった経験の結果、生まれているものなのかもしれないなあと思いました。
3、打たれ強くなるためには
心理学者ドナルド・マイケンバウムの「ストレス・イノキュレーション・トレーニング」というのがあって、
マイケンバウムは、ストレスへの対処について、
「ストレスの原因やストレス反応を、解決すべき問題として定義する」
としています。
つまり、「みんなから馬鹿だと思われている」ということを、
「なぜ信じてもらえないのか」
「何を実証すれば、信じてもらえるのか」
という、解くべき問題に変えてしまう。ということなのかと思いました。
レヴィスさんたちは、まさにプロトタイプをつくり、実際の配送現場で試していき、最終的には、経営トップに対して、
「私たちはアイデアではなく、結果を見せました。」
と言っています。
これは、「みんなから馬鹿だと思われている」というストレスを、
「何を実証すれば、信じてもらえるのか」
という解決すべき問題として定義し直して、
ストレスにただ耐えるのではなく、次に何をすればいいのかという方向性を見つけて、実践した、ということなのかもしれないと思いました。
つまり、打たれ強いとは、何を言われても傷つかないことではなく、批判を「自分への評価」で終わらせず、「解くべき問題」に変えられること。
そういうことなのかもしれないなと思いました。
小さな成功が、信念を育てる。
批判を解くべき問題に変えることが、打たれ強さを育てる。
だから、信念も、打たれ強さも、挑戦する前に持っていなくていい。挑戦しながら育てていけばいい。
その二つを繰り返していくうちに、最初は「どうかしている」と思われたアイデアが、最後には経営に見せられる「結果」になっていく。
昨日は、スポットライトからアイデアを守る話でしたが、でも、いつかスポットライトに出る日は来る。
そこで必要なのは、生まれつきの強い心ではない。
小さな実装によって信念を育てる。
批判を解くべき問題に変えることで、打たれ強くなる。
そして最後には、アイデアではなく、結果を見せる。
一言で言うと、
スポットライト・ノベーション。
そんな話をしています。
参考
ジャック・レヴィス「イノベーションで最も難しい一歩? 人前で愚かに見えること」TED@UPS
ロベルト・V・ジカリ「イノベーション・マネジメントについて――ジャック・レヴィスへのインタビュー」ManageMagazine、2023年
アルバート・バンデューラ『Self-Efficacy: The Exercise of Control』1997年
ドナルド・マイケンバウム『Stress Inoculation Training』1985年
ドナルド・マイケンバウム、ジェリー・デフェンバッハー「Stress Inoculation Training」『The Counseling Psychologist』1988年
IESE Business Schoolのパディ・ミラーとトーマス・ウェデル=ウェデルスボルグの、ハーバード・ビジネス・レビューの「ステルス・イノベーション」という考え方に、イノベーションを組織の中でどう育てるのか、めちゃめちゃ考えさせられました。
曰く、
「企業の決裁ルートを無事通り抜けることができるのは、現状と大して変わらないアイデアだけである。」
「企業内のスポットライトは、若く、まだ証明されていないアイデアにとって危険な場所になりうる。」
そこで彼らは、アイデアをすぐに正式な承認プロセスに乗せるのではなく、「ステルス・イノベーション」という方法を提唱しています。
その実践方法として、
①密かに支援してくれる仲間を見つける
②概念実証、つまり小さく試して証拠をつくる
③大げさな正式予算を取らず、必要な資金や資源を確保する
④早すぎる注目を避けるための、適切な説明を用意する
という方法を示しています。
ここから私は思いました。
1、仲間をつくる。
2、事実をつくる。
3、大きな名前をつけない。
1、仲間をつくる。
この話は、昨日お話しした、「アイディア承認者のジレンマ・ノベーション」にもとても通じる内容だと思いました。
ここでは、アイディアがまだ育っていないうちは、承認者にいかに見つからずにことを進めていき、アイディアが成長したところで承認させるという、なかなか狡猾な戦略と思いました
私がいつもお話ししている、イノベータリップルモデルにおいては、仲間を作る理由は、自分でできないことを分担する、ということに重きを置いていますが、
実は、承認者に承認される前にステレスで動くからこそ、仲間が必要になるとの話に、新たな気づきをいただきました。
著者たちが仲間を必要だと言っている理由は、一つは、正式な組織の外で動くために、自分一人では足りない知識や人脈、資源などを補ってもらうためであり
自分自身がアイデアにのめり込んで、視野を失わないため。と言われています。
確かに、ステレスで動くからこそ、目立った動きはできないということがあるというのは、よくわかります
また、ステレスだからこそ、自分1人の世界に入り込みやすいという面もある気がします
ステレスだからこそ、より、仲間が重要となる、イノベータリップルモデルと思いました
2、事実をつくる。
イノベーティブなアイデアであるほど、実現性というところでは、かなり未知数なことが多いと思います
だからこそ、承認者が恐れるハイリスクをできるだけ、ステレスに、ローリスクにした上で、承認をしてもらうという、配慮とも言えるなあと思いました
そのためには、そんなにお金のかからない範囲、例えば、余っている販管費などを使って、うまくいかなくても、目立たない、そんなPOCをしていくということが大切かと思います
そして、もし可能なら、そのPOCにお客様も参加してもらって、お客様に是非とも使いたいと、言わせるという、外圧をここで作るというのも、良い手だと思いました
ステレスで動ける範囲の中で、行けそうだという事実を掴んだ上で、承認プロセスに乗せていく
社内政治の乗り越え方をよく理解しているやり方といってもいいなあと思いました
3、大きな名前をつけない。
イノベーティブな取り組みを始めると、ついつい大きな声で叫びたくなる、そんな気持ちは痛いほどよくわかるなあと思いました
それによって、私が世界初で始めています、というある意味承認欲求を満たしたいという気持ちもあるかもしれませんが、純粋に市場の反応を見たいというビジネス的な意味で、ニュースリリースを出すということもよくやられると思います
しかし、それが、この研究の中では、まだ種が成長していない段階で、スポットライトという表現をされていますが、みんなに注目されてしまうと、まだ証明できていない実現性を突かれて、萎んでいってしまう、ということがあるというのも、よくわかります。
ステレスといっても、社内で進めていることなので、誰か彼かには、小さい予算だとしても説明をしなければならない時が来るかもしれません
その時のために、カバーストーリーを作っておくというのも、めちゃくちゃ面白いお話しだなあと思いました
新規事業に取り組んでいますといった瞬間に、いつまでにやるのか?誰の承認を受けているのか?などと、組織的な説明が必要となるのであれば
「先日伺った顧客ニーズの確認をしています」とか
「気になったところを試験しています」など小さな取り組みなのであるという、嘘ではないけど本当でもない、というオブラートに包んでおく、ということも、本当に必要になることかもしれないなあと思いました
よく言われるアイデアは、上司には相談するな、ということを、じゃあ、相談しないで、ステレスにどう進めていくのか、というノウハウこそ
まだ組織がイノベーティブに育ちきっていない段階の、イノベータが自主的に進めながらも、イノベーションプロジェクトを成功させる、必殺技と思いました
ということで、一言で言えば
ステレス・ノベーション
組織がイノベーティブでないから、上司がいけてないから、イノベーションが進められません
という、イノベータの言い訳を、すっきりと駆逐してくれる、良いお話しだなあと思いました
イノベーションを進められるイノベータは、実は、どんな組織にいたって、イノベーションを実現することができる
そんな勇気ももらった気がしました
そんな話をしています。
参考:
Paddy Miller & Thomas Wedell-Wedellsborg, “The Case for Stealth Innovation,” Harvard Business Review, March 2013.
パディ・ミラー、トーマス・ウェデル=ウェデルスボルグ「イノベーションは秘密裏に遂行せよ――画期的なアイデアは社内を説得する前に形にする」『DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー』2013年10月号。
組織行動学の研究者、ウェイン・ジョンソンとブライアン・J・ルーカスの研究に、イノベーション担当の承認者の在り方について、めちゃめちゃ考えさせられました。
曰く、
「マネジャーが従業員のアイデアを承認することをためらう理由の一つは、アイデアの承認が、成功しても失敗しても、ステータスを失う可能性を生み出すからである。」
「マネジャーは、失敗したアイデアを承認したことで失うステータスの方が、成功したアイデアを承認したことで得るステータスよりも大きい」
「成功したアイデアを承認したことでマネジャーが得るステータスは、そのアイデアを生み出した従業員が得るステータスよりも小さい。」
「アイデア承認の意思決定がマネジャーに与える重みを、他者へ分散するインフラをつくる。」
「アイデアの結果にかかわらず、創造的なアイデアを承認したマネジャーを積極的に評価する。」
ここから私は思いました。
1、承認者はハイリスク・ローリターン
2、承認リスクを一人に背負わせない
3、挑戦を承認したことを評価する
1、承認者はハイリスク・ローリターン
最初のアイデアは上司には相談するな、というのが、冗談も含めて、イノベーションにおける定説としてありますが、
しかし、この話を聞くと、承認者にはなかなか辛い責任があるんだなあと、改めて思いました。
承認者というのは、実はハイリスク・ローリターンな世界にいるのだと。
そう思うと、接し方も変わってくるなあと思います。
上司や承認者は、決して自己保身のための腰抜けなのではなく、実は構造的問題がそこに潜んでいる。
ということに気づかせていただきました。
2、承認リスクを一人に背負わせない
この構造的問題を解決するために、承認リスクを一人に背負わせない方法を取るというのが、一つの方向性であることに、目から鱗が落ちました。
一見、責任の所在の不明確化につながるのでは?と思いますが、実行責任者は明確化しながら、承認プロセスを分散化していくというやり方なのかと思いました。
これはある意味、ビジネスコンテストなどのスクリーニングで、複数の有識者に入ってもらって決めるやり方がありますが、それに近い方法を、イノベーティブな案件には採用していくことなどが考えられるかもしれないなと思いました。
ただし、単なる多数決にする危険性もあると思います。
全員が賛成する無難な案だけが残るのでは、イノベーションにならない。
ある意味、選考委員の中で、
「これは何としてもやるべきである!」
というようなパッションが炸裂した場合には、その強い支持を拾って採用の方向へ進めるような、定量ではなく定性的な部分も必要な気がしました。
承認リスクは分散する。
しかし、責任まで曖昧にはしない。
そして、多数決だけにも委ねない。
ここの仕掛け作りが、実は組織において、イノベーティブな案件がせっかく生まれているのに実現化しない、大きな理由の一つを解決できる鍵なのかもしれないと思いました。
3、挑戦を承認したことを評価する
そして最後に来るのが、評価の仕組みとの一体化だと思います。
先日お話しした「失敗予算ノベーション(1959回)」では、失敗を予算計画に組み込んでしまって、どれだけ失敗予算を使ったかを評価に入れ込んでしまう。
そんなお話をしました。
それと同じような思い切った評価の仕方を、承認する人にも取り入れていく。
いかに挑戦的な案件を承認したのか。
結果として、うまくいかなかったかもしれない。
それでも、その挑戦を承認したことが評価されていく。
こういう逆転の評価の発想が、承認者においても必要となる。
そんなふうに思いました。
もちろん、何でもかんでも通すことを優先する、ということではないところには注意が必要だと思います。
ある意味、どのように挑戦を評価して、承認して、支援していったのか。
そのプロセスの内容を、きちんと見る仕掛け作りが必要となると思いました。
ということで、今回のお話は、これまでは挑戦する人だけに焦点が当たっていましたが、
実は、挑戦を承認する人にこそ、イノベーティブな仕掛け作りが必要になってくる。
「中間管理職がイケテないんですよ」みたいな声を聞くことも多かったので、実は、そこには構造的な問題があり、仕掛けとして対応する必要があると言うことがよくわかりました
これは、組織が重点的に取り組まなければならないものだなあと、改めて思わせていただきました。
一言で言うと、
アイデア承認者のジレンマノベーション
そんな話をしています。
参考論文:
ウェイン・ジョンソン、ブライアン・J・ルーカス「アイデア承認者のジレンマ――ステータスの力学はいかに創造的アイデアの承認を阻害するか」『Organizational Behavior and Human Decision Processes』第190巻、2025年、104439。
ウシオ電機会長の牛尾治朗さん言葉に、人生の選択について、考えさせられました
曰く
"私はもともと経営者になるつもりはなかったけれども、父親が亡くなって、残された赤字会社を立て直さなければならなくなったんです。
それまで在籍していた東京銀行では、どこへ行っても会ってくれましたが、ウシオ電機の名刺を持って行っても誰も会ってはくれない。だから、いまに見ておれという気持ちはすごく強かったですね。
当初は全部個人保証だったし、設備投資もどんどんやったから、15~16億円の借金を一身に背負ってやっていました。上場して3年で無借金経営になった時にようやく重圧から解放されましたよ。
選択の余地もなく経営の道に入ったわけですが、そのおかげで迷うという無駄なことをせずに済んだのは、逆によかったかもしれません。
人生というのはそんなふうに、なかなか自分の思いどおりにはいかないものです。けれども、不本意な中でもベストを尽くしていると、その中で僅かずつでも自分のやりたいことが見えてくるというのがいまの実感ですね。"
1、不本意は必ずくる
2、不本意で見えてくる
3、不本意は可能性を拓く
1、不本意は必ずくる
考えてみれば、私の人生は不本意なことは、たくさんあったなあと思います。
会社を代表して全国に謝り行脚に出かけたり、自分の思った通りの報酬が出なかったり、行きたい部署に行けなかったり、、、、数え上げればキリがありません
牛尾さんのような莫大な借金を抱えるとこまではいかなくても、きっと誰もが大なり小なりそれは経験しているということなのだと思います。
それでも、腐らずになんとかここまでやってこれたのは、私は周りの仲間に助けられたからだと思います。
でも、これからの人生だって、不本意は必ずやってくる。その覚悟は、絶対に必要なんだよなあと思いました
2、不本意で見えてくる
不本意がくることによって、見えてきたものがあったなあと思いました。
不本意だけども、やってみたら、意外と自分に合っていて、むしろ得意になっていったこともあったし
逆に、不本意かつ、自分がやっみても、どうしてもうまくいかず、「やっぱりこれは向いてないわ」ということも
不本意だけれども、やってみたからこそ、わかってくる、そんなことも、たくさんあったなあと思いました
牛尾さんの場合は、さらにそこから逃げることもできないという状態なので、レベルが違いますが
不本意に突っ込んでいくことで、実は自分がやれることが見つかってくる、不本意が自分の可能性を広げてくれる、という面もあるのだなあと改めて思いました
3、不本意は可能性を拓く
今、何か強烈にやりたいことがない場合、不本意ながらも、今ここにあるものに、ベストを尽くしてみるというのは、一つの選択肢かなあとも思いました
実はその中に、思いもよらない自分のパッションの源に火をつけてくれるものがあるかもしれない
特に、私は別名「負けるもんかパッション」と呼んでますが、成長・脱出パッションに火がつくことがあると思います
なので、行動せずに、探し続けているよりは、とにかく突っ込んで行動してみて、ベストを尽くしてみるのはアリだと思いました
牛尾さんのように、不本意な事柄から、逃げることもできない状態であっても、その中から、自分自身の新たな可能性や、パッションの源を見つけることもできる
世間的には、何か、必ず、目標を決めて、それに向かって進まなきゃ行けないというようなことも言われることもありますが、ということでなくても良いと思います
それが見つからないことも、たくさんあると思うし、不本意もたくさんある
今を生きることに集中して、どんな環境でもベストを尽くす中にも、新しい可能性や、生まれてくる価値があるという勇気をいただいた気がしました
理想的な人生なんてない
不本意の連続の中でどう今を生きるか
むしろそれが自分の可能性を広げてくれるかもしれない
そんなマインドが大切なんじゃないかと思いました
ということで、一言で言えば
不本意ノベーション
そんな話をしています
参考:致知出版社 人間学を探究して四十八年
https://www.chichi.co.jp/info/chichi/pickup_article/2018/ushio_kanemaru/?utm_source=chatgpt.com
舞台『イェルマ』の脚本家、オノマリコさんの言葉に、人が生きる意味について、深く考えさせられました。
曰く、
「多くの場合、登場人物への共感は演出する上で大きな原動力になりますが、私は当初イェルマに共感ができませんでした。
でも、それがなぜかを深掘りしていくと、どうやらイェルマの中に惨めな自分自身を見つけたからだと気付いたんです。
私自身も子どもがいません。いくら仕事を持ち、自立して生きている自負があっても、家庭を築いていないと『一人前じゃない』みたいな考えがこびりついている。
そうした価値観が根深くあるこの社会に生きていると、『どこまでいっても自分は無価値であると考えてしまう』人はまだまだいるのではないか……。
このことを念頭に、イェルマを構築してみたらどうなるか、そして『自分は存在価値がない』と罪悪感を感じてしまう社会構造に思いを巡らせ、ここを念頭にイェルマを再構築してみようと思ったんです。」
私は思いました。
1、共感できない違和感を大切にする
2、自分の中の「正解」を疑う
3、条件付き自己価値をピボットする
1、共感できない違和感を大切にする
オノマリコさんが、最初、イェルマに共感できなかったということは、私も良くわかるなあと思いました。
「自分には存在価値がない」と考えてしまうことには、私は常々「誰もが創造者である」と言っているので、全く反対の考え方なので、少し違和感があるなあと思ってました。
だから、もうこの作品は見ない、という形で切り捨てることは簡単ですが、でもこの違和感はなんなんだろうと、あえて切り捨てずに、切り込んでいくことが、新たな気づきを得るためにも、もっと言えば、イノベーション活動においても、とっても大切なんだよなあと、改めて思わせて頂きました。
それは、ある意味、自分の中にある、正解って、本当に正解なの?と、違和感を自分に向けてみること。
その上で、改めてフラットに話を聞いてみて、その違和感の正体や、実は共感できる部分があるんじゃないかを探ることが大事と思いました。
2、自分の中の「正解」を疑う
「生産性のない人には価値がない」とは、全く思いませんでしたが、私自身、独身で子供もいないので、オノマリコさんの「家庭を築いていないと『一人前じゃない』みたいな考えがこびりついている」という言葉には、とても共感しました。
誰に言われたわけではありませんが、「こう生きることが正解」で、自分はそうではないかもなあ、みたいな感覚をふと持つことがあります。
社会心理学者のマイケル・ウェンゼルとリディア・ウッディアットは、社会規範とは、
「人は何をすべきか、何をすべきでないかについて、社会で共有されている見方」
だと述べています。
そして、その社会規範は、
「内面化を通じて、人の行動に強い影響を与えうる」
と指摘しています。
つまり、社会の「こうあるべき」が、いつの間にか、自分自身の「こうあるべき」になっていく。
大切なのは、社会の価値観が存在する、ということよりも、それがいつの間にか、自分自身の価値観になってしまう、ということかと思いました。
だからこそ、「なぜ私は、そう思っているんだろう」と一度、問い直してみて、自分の中にある「正解」は、本当に自分自身がパッションの源から選んだものなのか、確認することが大切な気がしました。
イノベーション創発も実は同じで、世の中の常識を疑うことだけではなく、自分の中に入り込んだ常識を疑うことからも始めると、強いイノベーションへの問いが生まれる。そんなことかもしれないなあと思いました。
3、条件付き自己価値をピボットする
心理学者ジェニファー・クロッカーとコニー・ウルフは、「条件付き自己価値」という考え方を提示しています。
「人は、自分の価値を置いている領域で成功すると自尊感情が高まり、失敗すると低下する。」
つまり私たちは、知らないうちに、「こうなれたら、自分には価値がある」という条件を、自分自身につけてしまうことがあるということです。
結婚できたら。子どもを持てたら。仕事で成功したら。誰かから認められたら。何かを成し遂げられたら。。。
そしてクロッカーらは、その後の研究で、
「失敗がもたらす学びのために、失敗を受け入れる意欲」
が、より良い自己調整につながると述べています。
つまり、「できたか、できなかったか」で自分の価値を決めるのではなく、それを「何を学べるか」に変えていく。
これは、まさにイノベーション推進と同じで、例え思った通りに行かなくても、そこから得た失敗を学びとして、次へのピボットへと繋げていく。
そうすると「条件付き自己価値」は、さまざまな挑戦のステップ、学びのステップ、次への自己価値へのステップと、どんどんピボットしていくことができる。
自己価値の無限ピボットができていくのではないかと思いました。
その挑戦が、自分の存在価値を取り戻すための冒険になるのかもしれない。
一言で言えば、
存在価値を取り戻すノベーション
そんな話をしています。
参考
舞台『イェルマ』
世田谷パブリックシアター
マイケル・ウェンゼル、リディア・ウッディアット
「社会規範の力と落とし穴」
『アニュアル・レビュー・オブ・サイコロジー』2025年
ジェニファー・クロッカー、コニー・T・ウルフ
「条件付き自己価値」
『サイコロジカル・レビュー』2001年
「途上国から世界に通用するブランドをつくる」理念で、発展途上国の素材や文化、人材に光を当てたものづくりを行うマザーハウス代表の山口絵理子さんが、語っていた言葉に、行動変容を起こすプロジェクトの始め方について、大きな示唆をいただきました。
曰く、
「やっぱベースとしてはなんか日本で売れるものを作ろうとしちゃダメだと思うんですよ。
やっぱり彼らがこの国のベストって何っていうことが大事で。
日本で売れるっていう一つ置いといて、その国の技術とかその国の素材を使うとどんなものが出来上がるかねっていう発想でやってるので
私は彼らの中の面白い何かっていうのを一緒に探したいっていう感じですね。」
ここから私は思いました。
1、彼らのパッションに火をつける
2、最初の仲間になる
3、異分子が世界を変える
1、彼らのパッションに火をつける
地方創生プロジェクトでも、コンサルティングでも、営業でも、精一杯考えた提案をして、「素晴らしいですね」と喜んでいただいたようで
その後、なぜか相手の行動変容が起きない。ということは、たくさん経験してきました。
その要因は、もしかしたら、その提案が悪いのではなく、相手のパッションに火をつけられていないからなのかもしれない。そんなことを思わせていただきました。
山口さんは、日本で売れるものを先に考えるのではなく、その国の技術や素材、そして彼らの中にある「面白い」を一緒に探す。と言われています。
それは、人からどんなに良い提案やアイディアをいただいても、自分たちの心の中に、本当にそれをやりたい、やりたくて今からでもすぐに動き出したい、そんな思い、すなわちパッションを喚起しない限り、難しいということなのだと思いました。
それが、まさに、「彼らの中にある面白いを一緒に探す」という意味なのかもなあと思います
彼ら自身にも、自分たちが、そんなに面白いと思えるものは、もともと持っていないことも多い気がします。
それを共に、探すこと。言葉では簡単ですが、それは一朝一夕にはできない。とてつもなく時間がかかり、一緒に生活をして、一緒に悩みを分かち合って、少しずつ信頼が生まれていく中でしか、生まれないことなのかもしれない。
その覚悟があるかどうか、問われている気がしました
2、最初の仲間になる
以前、この私の番組で「最初の仲間ノベーション」という話をしたことを思い出しました。
イノベータというのは、一人で何かを始めても、最初はただの変わった人に見えるだけなのだけれども、そこに最初の仲間が現れて、「それ面白いね、私も一緒にやっていい?」という最初の仲間が現れた瞬間から、変わり者がイノベータになっていくという話でした。
山口さんは、もしかしたら、途上国の皆さんの「最初の仲間」になられたのかもしれないなあと思いました。
自分たちでさえ、気づいていない「面白いこと」を、最初の仲間としての、山口さんが、それってもしかして「すごく面白いことなんじゃない?」と気づいてくれる
そこから、自分たちが気づいていなかった「面白いこと」が、実は、自分たちも、「面白いこと」と思っていたことに気づいていく
そこから、自分のパッションに火がつき始める。そんなことが起きているのかもしれないなあと、思いました
でもそれは、「それって、面白いですよ」と言って、立ち去っていくだけでは、仲間とは言えない
「面白いので、一緒にやらせてください」と、行動を共にしていくことで、初めて、最初の仲間になれる。そういうことなのかと思いました。
3、異分子が世界を変える
安宅和人さんの『「風の谷」という希望――残すに値する未来をつくる』のお話を思い出しました。
安宅さんは、インタビューの中で、外で学び、経験した人が地域に戻ることで、「外の文化を持つ“界面活性型”の異人として大きな力になります。」と語っています。
ずっとその場所にいる人には当たり前すぎて見えないものが、異なる文化や経験を持つ人には見える。しかも、もともとそこに生まれた人なら、地元にパッションを持って、外の文化で学んだことを掛け合わせていくことができる最初の仲間になり得る
このお話は、地方からの人口流出が問題なのではなく、むしろ流出させて、そこから外部のノウハウを携えて戻ってくる人を増やす仕組みづくりの大切さを教えていただいたと私は思っています
山口さんは、もちろん、途上国の出身者ではありませんが、最初の仲間になるための覚悟とパッションを持ち合わせておられる方なのだなあと思いました
そういうパッション溢れる異分子の方が、最初の仲間として、途上国や地方や、何かの突破口を探しきれていない場所に、覚悟を持って入っていき
入っていった先の方々と一緒になって、パッションの源を探しながら火をつける活動をすることができれば
きっと世界がもっと善い方向に変わっていく。そんな希望溢れるお話だなあと思いました。
しかし、それは、生活を共にして、自らの人生を賭けて、その土地の人たちと、真の仲間になる、そんな覚悟の人だからこそができることなのだと、思いました。
一言で言えば
面白いを一緒に探すノベーション
そんな話をしています。
参考:カンブリア宮殿 2026年9月17日放送
進化を止めないものづくりの全貌 マザーハウス 代表 山口 絵理子(やまぐち えりこ) https://www.tv-tokyo.co.jp/cambria/smp/backnumber/2026/0917/
安宅和人『「風の谷」という希望――残すに値する未来をつくる』英治出版
日経BOOKプラス「安宅和人 『風の谷』の作り方 求心力を高め、コスト構造を見直せ」
チェコスロヴァキア民主化運動の象徴的存在で、劇作家から後に大統領となったヴァーツラフ・ハヴェルの言葉に、めちゃめちゃ心を動かされました。
ハヴェルは、共産党政権下で作品の上演を禁じられ、人権や自由を求める活動によって投獄されました。
そして釈放後の1985年から86年、まだ民主化が実現する前、もちろん自分が大統領になることなど分からない時代に、「希望」についてこう語っています。
曰く、
「希望とは、何かが成功する可能性があるから取り組むことではなく、それが善いことだから取り組むことのできる力なのです。
希望は、楽観主義と同じものではありません。
何かがうまくいくという確信ではなく、それがどのような結果になろうとも、そこには意味があるという確信なのです。」
私は、この言葉を、希望の再定義なのではないかと思いました。
希望とは、うまくいくという見通しではなく、結果がどうであれ、そこに意味があると信じて動ける力なのだ、と。
ここから私は思いました。
1、希望は結果ではなく意味にある
2、意味が人を動かす
3、大義が希望の波紋を拡げる
1、希望は結果ではなく意味にある
ビジネスでは、もちろん結果が求められますが、特にイノベーションプロジェクトにおいては、結果が果たして思い通りになるのか、そうはならないのか、わからない状態で始めることになることが多いと思います。
では何をよすがに進み始めることができるのか?
ハヴェルは、その答えを教えてくれているような気がしました。
ハヴェルは、民主化が実現することや、後に自分が大統領になることが分かっていたから行動していたわけではありません。
投獄まで経験し、それでもなお、結果がどうなるかではなく、自分がやっていることには「意味がある」ということを希望として進んでいくことができたのかもしれない、そんなふうに思いました。
つまり、希望は「きっとうまくいく」という将来の結果の中にあるのではなく、「これはやる意味がある」という今にある。
そんなふうに、ハヴェルは希望そのものを捉え直したのではないかと思います。
経営学者ピーター・ドラッカーは、
「企業の目的について、唯一の有効な定義がある。それは、顧客を創造することである。」
と述べています。
企業は利益そのものだけを目的にするのではなく、顧客や社会に価値を生み出すことで存在する。
もちろん、事業を継続するためには利益が必要です。が、その前に、
「自分たちは、誰に、どんな価値を生み出したいのか」
という意味が大切ということかと思います。
イノベーションプロジェクトにおいても、将来いくら儲かるということはもちろん議論しますが、それはいくら議論しても今の誰にもわからない。
だからこそ、まず、自分たちが実現したい価値が今あるのかどうか?顧客を創造できるのか?から始める。
そこに、イノベーションを始める意味があり、希望が生まれるのではないかと思いました。
2、意味が人を動かす
そして、何よりも、その「自分たちは、誰に、どんな価値を生み出したいのか」というプロジェクト推進の意味は、その意味に共感してくれる人を動かすことができると思います。
ハヴェルは、民主化が実現するかどうか分からない時代から、自分がやっていることには、意味があると信じることで行動し続けた。
その姿を見て、その意味に共感する人たちが集まり、やがて希望が生まれ、大きな動きになっていった。
イノベーションプロジェクトでも同じなのかもしれないなと思いました。
「このプロジェクトは何のために存在するのか」
「自分たちは社会にどんな価値を生み出したいのか」
自分自身が、その意味を信じて行動する。
その行動を見て、誰かの心が動く。
そして、その人も行動を始めることで、その意味が、人から人へ伝わっていき、希望として輝き出すのだと思います。
3、大義が希望の波紋を拡げる
私は、ハヴェルのいう「意味」を、私が考えているイノベーターリップルモデルの「大義」と重ねて考えました。
自分がやろうとしてることは、自分だけではなく、社会にとってどんな意味があるのか。
その大義に、心動いた自分自身をぶち込んで、まず行動してみる
そして行動することでよりパッションが加速する。
そのパッションに誰かが共感し、仲間になり、その仲間がまた行動する。
一人から始まった大義と希望の小さな波紋が、次の波紋を生み、やがて大きな動きにつながっていく。
もちろん、ビジネスでは結果が必要ですが、将来の結果はどんなに考えてもわからないので、それを考えていたら動けなくなることがある。
だからこそ、その挑戦を最初に動かすものの、根っこにあるものが「意味」であり、私はそれを「大義」と呼びたいと思います。
結果が見えなくても、意味があれば大義が生まれ、希望につながる
そして、その希望の波紋が、イノベーションをより大きな動きへ変えていく
そんなことを、ハヴェルの言葉から思わせていただきました。
希望は、将来の結果や楽観主義ではなく、今ここに、意味があると実感していること
それが挑戦の原動力になる
一言で言えば
希望は意味にあるノベーション
そんな話をしています。
参考
ヴァーツラフ・ハヴェル『Disturbing the Peace』181–182頁
ピーター・F・ドラッカー『マネジメント』
ヴァーツラフ・ハヴェル・センター
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