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アートアドバイザーの奥村くみさんから、向田邦子さんの『伯爵のお気に入り』の中にある「手袋をさがす」というエッセイの紹介にめちゃくちゃ感動しました
曰く
"こだわりの強い向田氏が好みの手袋が見つからず、手袋なしで真冬を過ごすところから始まるこのお話"
"頑として手袋を買わない向田氏に、当時の上司がやんわりとしたお説教。「そんなことでは女の幸せを取り逃がすよ」"
"普通に結婚してそれなりの幸せを手にし、周りも納得の人生。妥協すれば(手ごろな手袋を手に入れるように)いいのだけれど、そうはできない向田氏の生きざまが、この手袋の一件に表されています。"
"その上司の一言がきっかけで、自身の短所ともいえる性格をすべて受け入れ、そのままの人生を生きていこうと決意する冬の夜。"
"このエッセイの最後の方にご自身たった一つの財産はいまだに「手袋をさがしている」こととあります。"
ここから私は思いました
1、自分の短所を受け入れる
2、信念を貫く勇気
3、財産は未完
向田邦子さんといえば、私の世代では、テレビドラマの『時間ですよ』『寺内貫太郎一家』が、めちゃくちゃ強烈な印象として残ってて、大好きな脚本家です。樹木希林さんのジュリー、小林亜星さんの怖い父親、テレビの前で釘付けだったことを思いだしました
やはりイノベーティブな脚本家は、イノベーティブな人生を送られてるんだなあと、このお話を聞いてつくづく思いましました
1、自分の短所を受け入れる
自分自身の短所はコンプレックスになっちゃうので、出来るだけ触れないか、忘れたふりをする、さらには直ったふりをするみたいなことが、私の常でありますが、向田さんは積極的にそれを受け入れることが大切と教えてくれてるような気がしました
人の苦言はなかなか受け止めきれないものですが、まずはそれを自分自陣なのであると、開き直りではなく、ある意味、メタ認知をするところが始まりなのかなと思いました
アメリカの心理学者ロジャーズは、「自分を受け入れたとき、初めて変わることができる」と言われています
ジョハリの窓ではないですが、自分が見えてることと、人から見えてることは、明らかに違うので、受け入れたところから、全ては始まるということだなあと思いました
2、信念を貫く勇気
その上で、自らのパッションの源に問い合わせた時に、そこは成長パッションとして、どんどんアップデートしていこう、と思うことと
ここは誰に何と言われようと、私は譲れない、いやむしろ、譲りたくない、そんなパッションの源の琴線に触れることも出てくる気がします
その時に自分はどうするのか、ここが問われることになるとおもいます
ドイツ出身の社会心理学者エーリッヒ・フロムは、『自由からの逃走』の中で、「自由とは、外部の命令からの解放であると同時に、自分の内なる良心の声に従って生きる勇気である」
と言われています。
改善すべきこともあるけれども、自らのパッションの源の琴線に触れてて、これだけは譲れない、ことがあるなら、そここそが、うちなるパッションの源の声に従って、勇気を持って選択していく
それがとても大切なきがしました
3、財産は未完
そして最後の向田さんの言葉には震えました。"財産はいまだに「手袋をさがしている」こと'であると言い切れる、ある意味、未完であるからこそ、それを探し続ける、学び続ける、成長し続ける、それこそが大切なことなのだ、と教えてくれてる気がしました
岡倉天心さんよりの『茶の本』から、「完全であることは、どこか息苦しい。欠けているからこそ、心が動く。」
とわびさびの極意について教えて頂いているとおり、いまだに完全でないからこそ、美しいものがある。そして完全を目指しながらも到達できないことの中に、挑戦心やモチベーションが継続していく秘密がある、そんなことを思いました
ということで、
短所を受け入れながらも、自らの信念(パッションの源の琴線の部分は守る勇気を持って、そして永遠の未完成という挑戦を続ける
一言で言えば、
財産はいまだに「手袋をさがしている」ことノベーション
そんな風に思いました^ ^
参考:本: センスを磨く読書生活 私たちは本でできている 著 奥村くみ 2024年6月21日第1刷発行 発行所 株式会社オレンジページ
動画で観たい方はこちら
https://youtu.be/dhDvMf-vWYk
相田みつをさんのご子息の一人さんが、父である、みつをさんの詩を語るお話に感動しました
曰く
''【 自分が自分にならないで だれが自分になる 】
言い換えると、「相田みつをが相田みつをにならないで、誰が相田みつをになるんだ」という意味だと思います。それぐらい父は、自分にこだわったんですね。「自分とは一体何なのだろう。自分はこれからどう生きたらいいのか」と、そのことだけが、常に父の頭の中にあったと言えます。自分と対話することは、作品を生み出す一番の原動力だったと思います。"
"【 外灯というのは人のためにつけるんだよな わたしはどれだけ外灯をつけられるだろうか 】"
"父は晩年、自分が紡いできたこういった言葉が、自分にとって結果的に外灯の役割になったのであれば、もしかしたら人がその言葉を見て外灯のように感じてくれるかもしれないというような心境にふとなったのではないか、息子の私はそんな気がしています。"
ここから私は思いました
1、自らのパッションの源を見続ける
2、結果として人のためになる
3、相田みつを(パッション)→家族(仲間)→作品(大義)
相田みつをさんは、60歳のときに「人間だもの」と言う書籍で少し有名になられてからも、67歳まで副業などは一切やらずに大変な苦労をしながら生活をされてきたそうです。ここに、相田みつをさんのイノベーターとしての生き様が現れている気がして、感動しました
1、自らのパッションの源を見続ける
相田みつをさんの、唯一無二ののオリジナリティの根本にあるのは、まさに、最初の詩にあらわれているとおり、自分自身を徹底的に掘り下げていった体と思いました
これは私がいつもお話ししている、まさにパッションの源が、自分の心の中のどこにあるのか?それを徹底的に見つめて、そして対話して、その中から出てきたものを作品にしたためる、そんなことをずっとやられてきたのだろうなあと思いました
情熱のポートフォリオで見てみると、まさに個性派パッションの炸裂だなと思います。もちろん、大好きパッションもあると思いますが、誰が自分になる、という詩からは、強いオリジナリティへの思いも感じることができるような気がしました
2、結果として人のためになる
一人さんがおっしゃられているように、自らのパッションを突き詰めて制作されてきた、みつをさんですが、結果的に、それが誰かのためになってることを、望んでいた詩のように感じます
それは、イノベーター3つのフレームでいうところの、誰かの役にたつ、つまり、大義が生まれているかどうか、ということにつながるんだろうなあと思いました
アート作品は、観る人が、観る人なりの解釈をすることによって、初めて完成するという言葉があるとおり、アートもイノベーションも、観る人や使うひとがいて、そして誰かが喜んでくれることで、完成する、そういうことなのかもしれないなと思いました
3、相田みつを(パッション)→家族(仲間)→作品(大義)
イノベーター3つのフレームで考えてみると、パッションの源をを見つめ続ける相田みつをさん、そして、亡くなられた後も美術館や講演などで支援をされている、仲間としてのご家族や一人さん
そして、外灯のように誰かを照らして、そこに安らぎや喜びを生み出している大義、この、パッション、仲間、大義が集まって、相田みつをさんの、書や詩は、イノベーションを起こしている唯一無二の価値なんだろうなあとつくづく思わせて頂きました
一言で言うと
人生の外灯ノベーション
そんなことを思いました
参考:テレビ静岡 テレビ寺子屋 2025年4月27日放送 会場 御前崎市民会館(御前崎市) 講師 相田みつを美術館元館長 相田一人 第 2429 回 人生の外灯 https://www.sut-tv.com/program/terakoya/backnumber/single/index.php?id=133
手塚治虫さん原作のブラックジャックのミュージカル舞台に、感動と共に、いのちについて、改めて考えさせられました
脚本家の鈴木聡さん曰く
"ブラック・ジャック』には数々の魅力的なキャラクターが登場しますが、中でも僕が惹かれたのがドクター・キリコです。
苦しみ、生を望まない患者には安らかな死を…というキリコは、悪者を助けることに全力を注ぎ、生に執着するBJ(ブラック・ジャック)の対極にいます。
そしてビノコ。
BJの神業のような技術のおかげでこの世に生まれ出たピノコは、無条件で生をエンジョイしています。
人の世の醜さ、愚かさに直面し、時にやさぐれた気分になるBJにとってビノコは希望そのもなのかもしれない。そんなことを考えながら、この三人の関係を物語の一つの軸にしようと思いました。"
ここから私は思いました
1、応報主義vs功利主義
2、生きることへの無垢の肯定
3、アッチョンブリケ
ブラックジャックは、最近、寝る前に必ず読む本として枕元においています。以前読んだ時と、今読むとでは、また、まったく違う気持ちにさせて頂けるので、本当にすごい作品だなあと思います。
様々な舞台や映画、ドラマにもなっていますが、ついにそのミュージカル版ということで、万難を廃して観させて頂きましたが、めちゃくちゃ素晴らしい作品でした。それと同時に、いのち、について、深く考えさせて頂きました
1、応報主義vs功利主義
マイケル・サンデル教授の、「これから正義の話をしよう」で象徴的に取り上げられている考え方として、二つの主義があって、改めて考えさせられました。
「功利主義は、ある行為が最大多数の最大幸福をもたらすかどうかで、その正しさを判断する。一方で、応報主義は、道徳的に正しい行為かどうかを問う」
つまり、キリコが支持する安楽死は功利主義側で、ブラックジャックは応報主義側で、どちらの正義が正しいのか、という構造を否応なしに考えざるを得なくさせてくれます。
果たしてそこに答えはあるのか?しかし、現実の世の中では、例えばスイスでは、芸術家のゴダールが、たくさんの人の前で安楽死を選択したというニュースがあったり
我々の現実に手塚治虫さんの慧眼がどんどん近づいてきている、そしてそれに何らかの答えをださなければならない、深く考えさせられました
2、生きることへの無垢の肯定
そうした中での、ピノコの存在が、また一つの大きな救いでもあり、揺らぎをもたらすと思いました
ピノコは、本来は生まれるはずのなかった体の部品を、ブラックジャックの圧倒的な医術によって、つなぎ合わせて1人の人間として生まれた存在として、生きることへの純粋で無垢な思いが形作られた象徴のように思えます。
保育の加用先生の、光る泥団子、のように、子供が一心不乱に泥団子を作り続けることに、とてつもない生きるエネルギーを感じるのと同じように、ピノコが本当は18歳なのに、子供のように純粋にブラックジャックを愛して怒って泣き叫ぶということが、実は「希望」なのかもしれないとの、鈴木さんのお話に、とても感動してしまいました
そのような生まれたての子供のように、ただ生きることに、いろんな葛藤も全て吹き飛ばして、今を生きる、それがとても大切なことだと教えてくれてる気がしました
3、アッチョンブリケ
そして、そんなピノコが、困った時に必ず発する言葉、アッチョンブリケ、今回の舞台でももちろん登場しましたが、何の意味もない言葉である、ということが、またとても素敵だなと思いました
以前、1503回目に私がお話しした、オノマトペ・ノベーション、を思い出しました。オノマトペ研究家の藤野良孝さんから、言語化できない言葉(感情、思い)というものがあって、それをそのまま発するということの大切さを、改めて思いました
純粋なるいのちである、ピノコが、何らかの大変なことや、苦しいことに遭遇したときに、意味のない、アッチョンブリケを叫んで、全てを乗り越えていく、言語を超えたコミュニケーションであり、最も原始的な魂の叫びのような、それでいて誰もを絵がをにしてくれるような、そんな力を感じました
何が正解か、正義が、わからない中で、純粋にただ、いきる、ことをさけぶ、それだけで、または、それこそが、正義なのかもしれない
一言で言うと
アッチョンブリケ・ノベーション
そんなことを思いました^ ^
参考:ミュージカル ブラックジャック 原作 手塚治虫 脚本 鈴木 聡 演出 栗山民也 主演 坂本昌行 矢吹奈子他 企画協力 手塚プロダクション 企画・制作 エイベックス・ライヴ・クリエイティヴ https://musical-bj.com/cast.html#staff
ドキュメンタリー作家の沢木耕太郎さんの言葉に、深く考えさせられました
曰く
"「ありえたかもしれない人生」には、もう手の届かない、だから夢を見るしかない遠さがあるが、「使われなかった人生」には、具体的な可能性があったと思われる近さがある。"
"では、もしその人に「使われなかった人生」を惜しむ気持が起きたとしたら?
映画『旅する女 シャーリー・バレンタイン』がほのかに暗示していたのは、「お使いなさい」ということだった。
その「使われなかった人生」を「お使いなさい」と。あるいは「使う」のがいくらか遅れたかもしれない。だが、もうまったく使えないというのでもないはずだ。"
"使わなかったという自覚は、単に後悔したり追憶にふけるだけでなく、いまからでも使ってみようという未来に向けての意志を生む可能性がある。"
ここから私は思いました
1、忘れられたパッションの源
2、創造的再生への道
3、実存の遅延
30歳くらいの時に、俺は音楽で生きて行くために、ボストンのバークレーに留学するので会社辞めます、だったり、もしそっちの人生に行ってたら、どんな使われなかった人生があったのだろう、みたいなことを考えることはあります
1、忘れられたパッションの源
多分そんなことって、一人一人の人生には必ずいくつもあって、それを考えながらも、もしかしたら後悔しながらも、今を肯定して生きてんだろうなあと思います
でも、それを一旦、棚卸してみる、と言うのも、実は、人生が終わっちゃう前までには、やっといた方がいいのかもしれないと思いました
私はイノベーションのセッションの中で、皆さんのパッションの源は何なのかを改めて考えてみようと言うコーナーもあるのですが、その際には、例えば、就職の際にどんなことを夢見て会社入ってきた?とか、学生の頃に何考えていた?とかを、思い出しながら
実は自分の心の中にたぎってるのに、忘れちゃってるパッションの源も引っ張り出すと、更なる忘れていたパッションの源をおもいだすことがままあります
実はそれは表面化されてないだけで、自分に激っている、いつかやってるパッションの源を再発見することができるのではないかと、そして、それを元に改めて始めてみると言うのもありだよなあとも思います
2、創造的再生への道
そして実は、使われなかった人生、忘れ去られたパッションの源、そしてそれが今は後悔という殻をかぶってしまっているものは、例えば前に進めなくなってしまった時に、再び光り始めるための導火線になる可能性がある、と言うことに感動しました
認知神経科学者のダニエル・レヴィティンさんは、以下のように言われています
「後悔は、自己の物語を構築するための貴重な情報であり、未来志向の意思決定に生かすことができる」
つまり、後悔は、「使われなかった人生」を再び動かしてくれるダイナモにもなるということは、例えばうまく行ってなかったとしても、そこに後悔があるのであれば、やり直せるのである、という逆に力強いメッセージと捉えることもできるなあと思いました
3、実存の遅延
そしてこの話は、ある意味、それに手遅れはないのである、ということも教えてくれてる気がします
我がアカペラグループの、中年不思議国というオリジナル曲の中に、人生大器晩成、という歌詞がありますが
やなせたかしさんが60歳を超えて、アンパンマンがブレークしたように、カーネルサンダースさんが65歳からKFCのフランチャイズ展開をし始めたように、ロジャーペンローズがブラックホール理論で80代後半でノーベル物理学賞を受賞したように
フランスの哲学者のガブリエル・マルセルが、「人間の実存は、常に開かれており、遅れて届く恩寵に出会うこともある」
と言われた通り、人生における最大の実存は、遅延してくるのである、ということも思わせて頂きました
ということで、一言で言うと
「使われなかった人生」を「お使いなさい」ノベーション
自分の昔のパッションの源や、後悔を思い切って棚卸してみる、そして、使われなかった人生、と出会い直し、やおら使ってみるかと、行動
素敵なお話だと思いました^ ^
参考:本:世界は「使われなかった人生」であふれてる 平成26年2月発行 著者 沢木耕太郎 発行所 株式会社幻冬舎
動画で観たい方はこちら
https://youtu.be/pkJGKdwlHuk
東京ガールズコレクション(TGC)を企画運営する株式会社W TOKYOの村上範義代表取締役 の言葉に衝撃を頂きました
曰く
"ナンバーワンだからこそできる、ブランドビジネスっていう展開しておりまして、イベントビジネスをやろうという風に思っておりませんので
東京ガールズコレクションという日本で一番若者が熱狂する、ファッションショーというブランドを構築して、それをシェアラブルなものにしたのが、 TGCというプランドなんですね。
我々は.そのシェアリングエコシステムとして、さまざまな 業態と掛け合わせをして、TGCかける 1000のビジネスモデルを作っていこうと思っていまして、そのうちの一番大きな 業態が地方創成。
やっぱりテレビだったりとか、 スマートフォンっていうのが、普及していることによって、日本全体の中での情報格差っていうのは、ほとんどない。
情報格差が全くない分、体験の格差っていうのは、どんどんどんどん大きくなっていると思っていまして。
その体験がないところに、体験を持って行く。
それが大きな熱狂になりますし、我々としては事業として進出する価値があると。"
ここから私は思いました
1、情報と体験のトレードオフ
2、体験のシェアリングエコノミー
3、ブランドのオープンイノベーション
東京ガールズコレクション(TGC)というと、日本最大のファッションショーイベントなのかくらいに思っていた自分に、このビジネスモデルの斬新さにガツンとやられた気がするくらい衝撃を頂きました
1、情報と体験のトレードオフ
新規ビジネスを作るプロジェクトをやる際に、必ず最初にやることの一つに、真の課題を発見するセッションを設けますが
その1番の肝は、これまでずっと課題と言われているけれども、解決できていないことってなんだろう
それを見つけるための一つのやり方として、課題のトレードオフを見つけに行く、ということをやるのですが
今回、村上代表が話された中に、情報格差がなくなると体験格差が増える、というトレードオフがあるということが、私にとって最大の発見でした
このトレードオフがあるからこそ、地方創生は進まないのだ、ということに気が付かれたところが、本当に素晴らしいと思います
そしてそのトレードオフを解消できる可能性があるものとして、TGCを位置付けられたというのも、すごい発想力だなあとつくづく思いました
2、体験のシェアリングエコノミー
そのソリューションの一つとして、体験のシェアリングエコノミー化ということを、TGCとともに実施することで実現できるんじゃないか、ということかと思いました
単に東京のTGC体験を地方でやるだけではなくて、地方ならではの人やモノ企業を、TGCというシェアリングプラットフォーム上に乗せることで、開催された地域だけではなく、日本中、さらには世界中に体験を発信することができる
もっと言えば、その掛け合わせ上に、新たな価値あるものが創発されて行く、これはまさにオープンイノベーションでもあるなあと思いました
3、ブランドのオープンイノベーション
オープンイノベーションの型として、一つ目がR&D型で技術自体を取り込んでいく方法、二つ目がUFO型で未確認物体と掛け合わせることで新たなアイディア創発する方法、三つ目がミッシングピース型で足りないものを補ってスピーディに立ち上げ、最後がマーケットチャネル型で、圧倒的なチャネルを手に入れるなどと
いつもお話をしているのですが、今回のTGCさんの場合、あえていうならば、ブランド型オープンイノベーションと言ってもいいのかなあと思いました
つまり、TGCというブランドとメディアを通じて、日本中の地域に、地域の特産や人やモノを、圧倒的に届けることができるし
さらに、TGCと掛け合わせることによって、UFO型オープンイノベーションのように、これまでにない新しい価値を作り上げることができるかもしれない
通常のオープンイノベーションでも、ベンチャーと大企業が組むことでブランディングにもなりますので、その応用版としての凄まじいポテンシャルのある取り組みだと思いました
TGCは単なるイベントではない、そのビジネスモデルが心に刺さりました
一言で言うと
情報と体験のトレードオフ・ノベーション
そんなことを思いました^ ^
参考:TBSテレビ ふるさとの未来 【TGCが目指す「地方創生のカタチ」】2024/11/28(木)AM 1:28~AM 1:58 https://www.tbs.co.jp/furusato_no_mirai/archive/20241127.html
滋賀県にある、障害のある人たちによる造形表現や現代アート作品を展示するNOMAより、青木惠理子/龍谷大学名誉教授が書かれた、アーティストの曲梶智恵美さんについて書かれた、滋賀県アール・ブリュット全国作品調査研究」からの抜粋に、感動しました
"20年以上もまえに、心理相談室にいった。考えようとすると涙がでて、言葉を発しようとしても涙がでた。
心理士の先生が画用紙と色鉛筆を用意してくれた。2人で向かい合って別々に絵を描いた。なんにも考えないで描きはじめたことは覚えている。
できた絵を交換した。先生から、いろんな大きさの丸があり、それらがいろんな方向に飛び出しているのが私っぽい、というような言葉をかけてもらったと思う。驚いた。今まで、伝わっていないと思っていたことが、伝わっていたのだと知った。
私の中にあたり前にあることを、やり取りできたことがうれしかった。帰る時には涙が止まっていて、少しだけ心のそわそわが落ちついた実感があった。
頭の中に言葉がなくなったとき、頭の中が言葉でいっぱいになったときは、何も考えず、手を動かすのがいいと思えたのはそこからかもしれない。"
ここから私は思いました
1、非言語コミュニケーションの力
2、身体からのレジリエンス
3、共感が創造の種
曲梶智恵美さんのアート作品は、カラフルで重厚感と温かみがあって、そしてバラエティで楽しい、素敵な作品ばかりで、大好きです。
そんな曲梶さんの葛藤をこのような形で乗り越えてきたのかということに、感動と共にとても学びがありました
1、非言語コミュニケーションの力
曲梶さんが、言葉を使えなくなった時に、絵を使ってコミュニケーションを取ろうとされた、心理士の先生は本当に素晴らしいなと思いました
私の場合は、言葉が出なくなったり、いっぱいになっちゃった時は、スタジオにこもって、ピアノを弾きながら、ひたすら自分の気の赴くままに弾いて、それに合わせて、歌詞のないメロディーを力一杯歌う、ということを、実はよくやっていました
その中から、今につながる曲も何曲か生まれてきたのですが、心の言葉を使わない時に、より感情が爆発して思いもよらない曲が生まれたりもしました
それはきっと、論理的な回路を超えた感情の回路が発露することで、自分自身も癒されるし、そしてそれは他の人も癒すものになるものが創造されるみたいなことが起きているのかと思いました
私の場合は音楽ですが、それはきっとなんでもよくて、編み物をやったり、ビーズをやったり、もちろん絵を描いても、ダンスをしても、言葉が出ないからこそ、身体で表現できるのだと、人間は言葉だけではないのだということを、知っておくことは大切だなあと思いました
アートセラピーのジュディス・A・ルービンさんは、「芸術表現は、個人の無意識の中にあるイメージを象徴的に外在化し、他者と共有する手段である」といわれており、まさにアートはそんな力があるなあと思いました
2、身体からのレジリエンス
以前、伊藤亜紗さんの言われる技術習得のパラドクスという話をしたのですが、まさに身体が主導で心を立ち直らせることもあるんだなあと思いました
逆上がりが論理的にはなぜできるのかを説明できないのに、身体が勝手に習得してその後に頭が論理的に理解するという、頭が全てをコントロールしてるわけではないというパラドクスが、まさに起きていると思いました
言葉が出ない、いっぱいすぎる時は、まずは身体を動かしてみよう、というのはとても良い学びだと思います
私は以前、サラリーマンで一杯一杯の時期には、毎日昼休みにご飯食べてジムに行ってシャワー浴びて13時に帰ってきて仕事始めるということをやってました。不思議と頭が昼から冴えて、大変な仕事や精神状態を乗り切れたことを思い出します
ジョージ・レイコフさんは、「人は身体を通じて環境と接し、言語よりも先に意味を生成している」といっており、センサーとしての身体が実は先なのだ、と教えてくれてます
そう考えると行き詰まったら、身体をとにかく動かしてみる、すごく大切だと思いました
3、共感が創造の種
アートや、音楽や、手芸や陶芸でもなんでもいいのですが、何か新しいものを、自分なりのものを作り上げて、そして誰かと共有するということが、自分自身の心を救ってくれるし、さらなる創造を生み出す種になる、そんなことを思いました
カール・ロジャーズさんは、「人は他者との相互的な共感関係のなかでこそ、自分自身を最も創造的に表現できる」と言っており、仲間の存在がとても大切なことを教えてくれてるなあと思いました
アートというと、孤高なイメージもありますが、見てくれる人がいて初めて完成できるのがアートであると考えると、そこに共感を得られることがどれだけ救いになるかと思いました
心理的安全性ともとても関わることだなぁとも思いました
ということで、一言で言うと
苦しい時には
何も考えず手を動かすノベーション
本当に大切だなあと思いました
そんな話をしています^ ^
参考:NO-MA ARCHIVE 曲梶 智恵美 、「滋賀県アール・ブリュット全国作品調査研究」 (青木 惠理子/龍谷大学名誉教授)https://no-maarchive.com/survey_of_artworks/magarikaji_chiemi/
命に寄り添う在宅ホスピスケアを30年以上にわたって実践し、自宅での看取りを支えている、在宅ホスピス医の内藤いづみの言葉にグッときました
曰く
"100歳でガンになりましたけどもなんとか頑張れて良かったなって思うんですね。
卒業証書って考えただけで、死亡診断書をもらう時に、大きな誇らしい気持ちが家族に、湧き上がってるように、私は感じています。"
ここから私は思いました
1、ロゴセラピー(意味療法)
2、ポスト・トラウマッティック・グロース(外傷後成長)
3、ナラティブ・アイデンティティ
私は父を見送った際、できるだけみんなで楽しく送り出してあげようってことで、歌を歌ったり、楽しくいってらっしゃい、と送り出してあげたことを思い出しました
卒業証書って考え方は、本当に素敵な前向きなお話でとても感動しましたと共に、めちゃくちゃイノベーティブな考え方でもあるなあと思いました
1、ロゴセラピー(意味療法)
夜と霧、でアウシュビッツから生還されて、その後心理療法を展開されて有名なヴィクトール・フランクルさんが提唱された考え方で、以下のように言われています
「人生が耐えがたいのは状況のせいではなく、それに意味を見出せないからだ」
卒業されておめでとう、という意味を持たせてくれることが、とてもポジティブな気持ちを運んできてくれるなあと思いました
どんな状況であれ、そこにはなんらかの意味があり、それを見出すことができれば、前に進むとができる、そんなことを感じました
2、ポスト・トラウマッティック・グロース(外傷後成長)
PTGと言われますが、リチャード・テデスキ さん& ローレンス・キャリホーンさんが、次のように言われています
「PTGはトラウマが良いということではなく、人はそれを“乗り越える中で”成長できることを意味する」
その出来事があったほどその瞬間には思えないかもしれないけれども、時と共に、必ずそれによる成長が自分にあったと思える、そういうことなのかなあと思いました
武田鉄也さんの、贈る言葉で、🎵人は悲しみが多いほど、人には優しくできるのだから🎵も、同じようなことなのかなあとも思いました
3、ナラティブ・アイデンティティ
ユヴァル・ノア・ハラリさんが、 人類と動物を分けた一つのこととして、ナラディブのことを言っています
「私たちの言語が本当にユニークなのは、人やライオンのことを伝える能力ではなく、“存在しないもの”について語れることなのです。」
卒業証書とは、自分の人生をまるで物語のように語ることで、自らを客観的に見つめることもできるし、自分のアイデンティティの確認をすることができる、そんなことに繋がってる気がしました
また、アメリカの心理学者のダン・マクアダムズさんは、さらに踏み込んで、
「人は皆、語る存在であり、自らが語る物語の中に生きている」
とまで言って、ナラディブ・アイデンティティと言われています。これこそ、自分自身を物語化して、自分が生きた意味を、具現化していく作業かもしれないなあと思いました
自分史みたいなのが流行ったこともありましたが、それにはとても意味があるなあと思いました
ということで一言で言うと
人生の卒業証書ノベーション
そんなことを思いました^ ^
参考:静岡テレビテレビ寺子屋【自分らしく生き抜く/内藤いづみ】地デジ081 2025/6/14 ) AM 4:52~AM 5:22 https://www.sut-tv.com/program/terakoya/backnumber/single/index.php?id=109
大ヒット韓国ドラマの梨泰院クラスのミュージカル版に大感動し、原作のチョ・グァンジンさんの言葉に震えました
曰く
"パク・セロイというキャラクターに関して皆さん「正義」「正義感にあふれる」といった表現をしてくださるのですが、作者としては、パク・セロイの中には堂々たる哲学、確信があるんですね。そのセロイが思う哲学・確信は正義感とは少し違っていて、彼の「確固たる志」が最も大切な、核たる要素ではないかと思っています。"
"人間は離しも「志」を持っていると思うんですね。ただ、生きているうちにその志が揺らいだりしますが、パク・セロイは最後まで志を貫いて突き進んだ。その姿は一見ファンタジーに思えるかもしれませんが、その貫く姿が全世界に通じたのかなと感じます。"
"今回の物語のキーワードはふたつあって、ひとつは「多様性」。もうひとつは「自由」。実際に梨泰院に住んでみて、パク・セロイと同じ想いを抱きました。作品の中でセロイが梨泰院に魅力を感じている場面がありますが、私自身も、世界を凝縮したような多様性と自由を持つ梨泰院という地に魅かれて、描き始めました。"
ここから私は思いました
1、「確固たる志」
→パッションの源
2、「多様性」
→仲間
3、「自由」
→パイアスを壊す
韓国と日本の共同作としての、梨泰院クラスのミュージカルは、書き下ろしの音楽が素晴らしく、ミュージカルにしてまた魅力が倍増したように思えるほど、素晴らしかったです。
そんななかの原作者のチョ・グァンジンさんの梨泰院クラスへの思いについて、言葉が刺さりまくりました
1、「確固たる志」
主人公のパク・セロイは、正義感ではなく志で動いている、との言葉にグッときました。つまり、世の中で言われるところの正義などが、彼の原動力ではなく、自らの心の中に沸々と燃え盛る思い、それが志という表現なのかなあと思いました
そしてそれは、私がいつもお話ししているパッションの源であり、大好き、利他、個性、脱出(成長)の中で、もっとも激しく合致するのは、脱出(成長)パッションだろうなあと思いました
有名な起業家の原始体験として、不遇な幼年期を過ごされていたという話はよく聞きます。それが美談的に語られてることもありますが、私はこの脱出(成長)パッションこそが、もっともエネルギーとしての爆発力があるんだろうなと思います
いわゆるハングリー精神、負けるもんかスピリッツは、ここから生まれ、数々の困難に立ち向かえるというものかと思います。
主人公の、パク・セロリさんは、韓国の飲食店の権力者に、まさに裸一貫から戦う姿は、脱出、成長パッションの炸裂で、いつか追い抜いてやるんだ、という志にみんな共感して応援したくなる、そんなことかと思いました
2、「多様性」
そして、そもそも梨泰院という場所柄自体が、さまざまな人種や文化を当たり前に保有し認め合ってる環境だからこそ、イノベーターのような新しい考え方の人々も、本当の力を出すことができるのではないかと思いました
実際、パク・セロリさんは、お店の仲間として、トランスジェンダー、刑務所の前科者、外国人など、まさに多様化の坩堝として、仲間を引き連れながら成長を遂げていきます
それは、既得権益の独裁的なお店への対抗策として、様々な新たな手段を考案して、まさにイノベーターとして戦いを挑んでいく、その環境として、多様性を受け入れる環境は必須だと思いました
3、「自由」
さらに、一介の小さな店舗間に過ぎない、パク・セロイさんは、巨大な飲食業のドンヘ戦いを挑んでいくわけですが、まさかそんな戦いがあるのか!という意味においても、バイアスを壊した自由な発想が開かれていると思います
そもそも、そんな巨大な大企業に戦いを挑むわけですが、通常考えると、そんなことはできるはずがない、というバイアスが働いて、チャレンジすらできないと思い込む、そのバイアスを破壊する自由をパクセロイさんは持っている、ということかなと思いました
ということで、今回の梨泰院クラスの話は、イノベーターにとって大切な3つ
「志」「多様性」「自由」を教えて頂いた気がしました
そしてそれは、イノベーター3つのフレームにおける、パッション、仲間、大義にも呼応するお話しだと思いました
一言で言えば
「志」「多様性」「自由」ノベーション
もっと言えば、それが
梨泰院クラス:ノベーション
そんなことを思いました^ ^
参考:ミュージカル梨泰院クラス 製作:東宝 原作チョ・グァンジン 脚本坂口理子 歌詞・橋成 イ・ヒジェン 音楽 ヘレン・パーク 東京建物Brilliaホール 主演 小瀧望 Saraなどhttps://www.tohostage.com/itaewonclass/
動画で観たい方はこちら
https://youtu.be/MsteeoQkJ_c
ユヴァル・ノア・ハラリさんより、"二〇一六~一七年に発生した、フェイスブック社(現メタ社)のアルゴリズムが、ミャンマー(旧ビルマ)で反ロヒンギャの暴力の炎を煽るのを手助けした"といわれる、その内容の根本的な要因に衝撃を頂きました
曰く
"アルゴリズムは試行錯誤を繰り返しながら、憤慨や憎悪を煽って攻撃的な言動に走らせるようなコンテンツがユーザーエンゲージメントを生み出すことを学習し、上からの明確な命令なしに、その種のコンテンツを推奨することに決めた。'.
"これ、すなわち自ら学習し、自ら行動する能力こそがAIの特徴だ。'.
"たとえ私たちが、責任の一パーセントしかアルゴリズムには負わせないとしてもなお、これは史上初めての、人間以外の知能が下した決定に責任の一端がある組織的な民族浄化活動だったのだ。"
ここから私は思いました
1、アルゴリズミック・ダークパターン
2、責任の空白
3、自分自身を知ること
1、アルゴリズミック・ダークパターン
ダークパターンについては、製作者が意図して、UI/UXを作ることによって、望ましくない結果に導かれてしまう、ということで、ある意味、そのパターンさえわかれば、意識的な対向も可能かと思うのですが
アルゴリズミック・ダークパターンの場合は、それが製作者がまったく意図していなかったにも関わらず、ある意味違う指示の内容が、実は望ましくない行動を助長してしまっている、と言うことが実際にすでに起きている。と言うことに、衝撃を受けました
AIが人間に及ぼす影響はもう少し先かとも思っていましたが、すでに起きていると言うことが、かなりショッキングでした
ユーザーの反応を学習したAIが、倫理的判断を欠いたまま利益最大化を追求したときに起きる副作用とも言えるかと思いました
2、責任の空白
情報哲学とAI倫理の思想家の、ルチアーノ・フロリディさんは、実際の政策や企業活動にも深く関わる実践的倫理学者が提唱しており
「AIシステムがもたらす結果に対して、誰が責任を取るべきかが曖昧であることが、倫理的・法的課題を生んでいる」2018
特に、アルゴリズミック・ダークパターンについては、開発者が意図していることとは違う可能性もあり、それまでを含めたルールや制度などが、それを考慮した内容である必要があると思いました
3、自分自身を知ること
心理学や行動経済学などを駆使してくる、アルゴリズミック・ダークパターンから逃れるためには、最終的には自分自身の、パッションの源に照らし合わせてみて、その意味合いを一旦考えると言うことが必要かもしれないと思いました
糸井重里さんの、ボールのような言葉にもあるように、なんか違うと言っていい、と言うことかと思います
論理的に整理できてないけど、対案も出せないけど、なんか変だぞということ、言えるそんな関係性や、自らのパッションの源や信念を、自らがあらかじめ理解している、そんな状況が必要なのかなあと思いました
これからは、誰も意図していないところに、なんらかの力が働くことがある、それは人間ではないかもしれないし、意図はないのかもしれないが
一言で言えば
アルゴリズミック・ダークパターン・ノベーション
んなことを思いました^ ^
参考:本: NEXUS 情報の人類史 下 AI革命 発行日 2025年3月30日 著者 ユヴァル・ノア・ハラリ 訳者 柴田裕之 発行所 株式会社河出書房新社
非暴力主義を掲げたマハトマ・ガンジーさんの友人に宛てた手紙に感動しました
曰く
"人やものを「私のもの」とみなすときは、愛執が私の心をとらえる。
人を他人(よそもの)とみなす時、嫌悪や憎悪が心に入ってくる。
それゆえに、私たちは「わたしのもの」と「おまえのもの」という分けへだてを忘れなければならない。"
私はここから、イノベーションにもとても大事な言葉だと、以下のように思いました
1、失敗は誰かのためになる
2、成功は社会へ還元する
3、愛執を超える個人間オープンイノベーション
1、失敗は誰かのためになる
以前、私のこのチャネルで、自分の挑戦は誰かの役に立つノベーション(1370回)という回をお話しさせて頂きましたが
ノーベル化学賞を取られた、青色LEDの天野浩さんが言われていた、自分の失敗も人のためになる、というお話を思い出しました
これは研究者の大切なマインドセットの一つだと思います。巨人の肩に乗る、というような表現をされることもありますが
自分が今挑戦していることは、全くの無駄に見えるかもしれない。でもそれは確実にそうではなく、少なくとも、その道を行ってもダメだ、ということを、みんなに教えることができた、という意味において、とっても意味があることなのだ
だからこそ、失敗を恐れて挑戦しないということは、なんともったいないことか、と私は思えるようになりました
この根底にも、私のものと、おまえのもの、の分け隔てはないのだから、という哲学が流れている気がしました
2、成功は社会へ還元する
以前、私のチャネルで、「Self-as -We」ノベーション(1493回)というお話をしたことを思い出しました
これは、京都先端技術大学の名和高司教授から、西田幾多郎の哲学を研究されている京都大学の出口康夫教授が、言われていたという言葉です。
私たちとしての自己、という役になりますが、これもある意味、私のものと、おまえものを、分け隔てなくするカンディさんの話ととてもすごくするなあと思いました
その時に私が思ったのは、でも、成功した人は莫大な富を得ることができてしまうではないか、ということでした
その答えは、莫大な成功をされている方の中には、また莫大な寄付として社会に還元されている方もたくさんいるなあということです
それによって、また自分の中での、Self-as -Weを取り戻すことができるのかもしれない、そんなことを思いました
3、愛執を超える個人間オープンイノベーション
最終的には、個人と個人に帰着するのかなとも思いました。国と国や権力者と権力者での、さまざまなぶつかりがある中で
どちらのトップ的な方々がより早く、自分のものと、他の人のものの分け隔てなくしようと思えるのか、ということかなと思います
実は、オープンイノベーションでも、大企業とベンチャー間のギャップをどう埋めるかということは大きな課題なのでとても似ている気がしてます
その成功のポイントは、お互いのビジョンを共有できるか、ということにあったなあと、振り返れば思います
環境もスピードもゴール感も全部違うもの同士が、お互いの奪い合いをするのではなく、お互いに進化の道筋を目指す
それがひいては、人類の進化への小さな一歩かなと思いました
そんなことを思いました
一言で言うと、愛執を超えるノベーション、そんなことを思いました
参考:NHK こころの時代 闘うガンディー非暴力思想を支えた聖典3 実践(カルマ)のヨーガ 2025/6/21 (*) PM 1:00~PM 2:00
動画で観たい方はこちら
https://youtu.be/EfNn7EEPSCw
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