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"ヒンドゥー教には、ヴィシュヌ、シヴァ、ブラフマーという三大神が存在する。ヴィシュヌは「維持」、シヴァは「破壊」、ブラフマーは「創造」の神である。ヒンドゥー教でよく知られたこの三大神が、実はビジネスの繁栄維持にも応用できる。"
"ヒンドゥー哲学によると、「創造-維持-破壊」とは、始まりも終わりもなく、延々と続くサイクルだ"
ここから私は思いました
1、両利きの経営
2、PPM
3、「破壊」神シヴァ
イノベーションには、3つの箱「維持」「破壊」「創造」が必要であるという話に、目から鱗が落ちる思いでした。
オライリーさんの、両利きの経営では、探索と深化の両方が必要というお話があり、また太刀川さんの、進化思考では、進化と適応があるというお話がありましたが
3つの箱では、破壊という積極的なアクティビティも、大切であるということに、改めて気付かされました
コンサルティングファームBCGの、めちゃくちゃ有名な事業分析フレームとして、PPM分析がありますが、ここでは、花形と金のなる木が「維持」、問題児が「創造」、そして、負け犬が「破壊」に該当するのかもしれないとも思いました
私はイノベーション創発を主にやってることが多かったので、この「破壊」ということがとても抵抗感がありました
自らが立ち上げたプロジェクトは、言ってみれば子供のようなもので、まだピボットできる、ここから化ける可能性があるなどと、さまざまな手段を講じて生き延び策を考えていましたが
経営側としては、英断の「破壊」は避けて通れないのかもしれないなあと、改めて思いました
イノベーションプロジェクトにおいては、「破壊」の基準をあらかじめ作っておくことが、とても大切で、撤退基準として、必ず制定するのが大事だと思います。それもさまざまな解釈でなんとかしようとするのですが笑
この3つの箱は、企業経営だけじゃなくて、人生においても、そのまま役に立つフレームだなとも思います。
その中でも、私は「破壊」は、苦手で、なんだかんだで捨てられない泣、でもそれをやっていかないとグッドサイクルは回らないのだ、ということも、改めて認識させていただきました
というとで、改めて
「破壊」神シヴァはイノベーションには欠かせないのだと
「破壊」神シヴァノベーション
そんなことを思いました^ ^
参考:本: イノベーション創造戦略—組織の未来を創り出す「三つの箱の解決法」 2021年9月14日 プリント版第1刷発行 著者—ビジャイ・ゴビンダラジャン 監訳者—葉田順治 訳者—竹林正子 発行所—ダイヤモンド社
非ディスラプティブな市場を創発するための、二つの方法、見過ごされている課題、新たに出現した課題のうち、見過ごされている課題に、アジェンダシェイパーを感じました
"このように、非ディスラプティブな市場は往々にして、生活様式や人生の現実として当然視されてきた既存の課題を、新たな事業機会に変えることによって創出される。"
"バングラデシュでは何十年ものあいだ、国民の大多数が1日数ドルで生活しており、例外なく信用力を持たないと見なされていた。意図しない結果として貧困が蔓延していた。そこにムハマド・ユヌスが現れて、かねてから放置されていたこの問題に市場ソリューションで対処しようと立ち上がった。"
"肝心なのは、あなたの組織の規模と志、そして情熱の向かう先である。"
ここから私は思いました
1、当たり前の痛み
2、Why not yet
3、立ち上がるパッション
山口周さんの言われるアジェンダシエィパーのように、目に見えている課題はすでにソリューション化されている現代においては
実は、とても大きな痛みがあるのに、それは仕方がないこと、どうしようもないこと、前から決められてること、手を出してはいけないことなどと、当たり前の痛みとして、見て見ぬ振りをしてる課題が、たくさんあるのだと思います
そこに、なぜ今でもそのままなのか?という、Whynot yetを素直に感じて、言葉に出して言えるのかどうか、そこが、非ディスラプティブ市場を創発する上で、とても大事だと思いました
そしてそれに向かうためには、世の中の当たり前バイアスや、サンクチュアリやタブーへの挑戦、場合によっては偏見や中傷などに、立ち向かわなければならないこともたくさんあると思います
だからこそ、これまで、そのままにされていた訳なので、そこには見えていないトレードオフを探すということにもつながると思います
そして、それを突き破るのは、そこに立ち上がるパッションがあることが、大前提なのだろうなと感じました
成功するかどうかは、全くわからないけれども、間違いなく大きなペインがそこにあると分かったならば、まずは飛び込んでみる、そのうちにWhy not yetがわかってきて
分かっただけでは、解決できないけど、まずはそれが第一歩。その上で、さまざまな試行錯誤をしながら、あきらめずに、立ち向かっていく、それが、これからの非ディスラプティブな市場を作っていく、イノベーターだと思いました
既存の市場を駆逐しない、非ディスラプティブな創造による市場は、これまでにない新しい価値を創発する、まさにイノベーティブな方向性だなと
かつきっとたくさんの人たちを巻き込むことができる、極めてオープンイノベーションな活動にも結びつけやすい、そんなアクティビティにもなると思いました
非ディスラプティブな創造は当たり前のペインを駆逐するノベーション
そんなことを思いました^ ^
参考:本: 破壊なき市場創造の時代 —これからのイノベーションを実現する 2024年10月1日 プリント版第1刷発行 著 者—W・チャン・キム/レネ・モボルニュ 訳者—有賀裕子 発行所—ダイヤモンド社
世界3大レースのインディ500で2度優勝を遂げたレーシングドライバーの佐藤琢磨さんの言葉に、勇気を頂きました
"今日皆様にお伝えしたい言葉は
No Atack No Chance
攻めなければ、勝つことができない
簡単に言うと、チャンスを掴むためには、自ら動きに行くと。
挑戦をすると失敗をする。でも、逆に失敗をするためには、挑戦をしなければならないんですね。
動かなければ、成功をすることもできないし、失敗をすることもできないんですね。"
ここから私は思いました
1、Fast Fail
2、三木清の人生のゴール
3、赤の女王
佐藤琢磨さんのパッションがこんなに凄い方なのかと、改めてインタビューを聞いて思いました。そしてそこには、No Atack No Chanceという、自らの哲学が連ねているからなのだ、と言うことに、感動しました
これは、イノベーション的にいうと、Fast Failということに繋がるなと思いました。とにかく早く動くことで、失敗を次への糧に変えていく、それによって激しく軌道修正が可能になる、とても通じてるなと思いました
また、三木清さんの、人生のゴールは成功ではない、幸せである、にもとても通じるものを感じました。つまり、失敗も彩の一つであり、成功だけの人生はつまらない、だから失敗多い私の人生は、とても彩られているのだと。そう考えると、ATACKも怖くなくなる、そんなことを思いました
最後に、オズの魔法使いにででくる、赤の女王の言葉です。 「その場にとどまるためには、全力で走り続けなければならない」つまり、進化し続けなけれれば、退化していく、という遺伝学な話にも通じるなと思いました
だからこそ、動き続けることが大切なのである、それによって、機会が生まれてくる、もちろん失敗はあるけど、前に進むことが、今を維持することには、とても大切なこと、ということにも繋がる気がしました
これらの原動力になってるのは、佐藤さんから話を聞いてても体から溢れ出るような、パッションの強さがあるなあと、全ては、10歳の時に生まれたレーシングへの、大好きパッション、なのだなあとつくづく思いました
熱いパッションが生まれ、それに忠実に動き続ける、失敗を前提に何度も乗り越えていく、攻めていく気持ちを忘れない、そこにこそ、機会が生まれる
"No Atack No Chance"ノベーション
素敵な言葉をいただきました
そんな話をしています^ ^
参考:NHKアカデミア 佐藤琢磨(前編) 初回放送日:2024年11月27日 https://www.nhk.jp/p/ts/XW1RWRY45R/episode/te/V8NLNPYY73/
動画で見たい方はこちら
https://youtu.be/yUbvs3VFJJ8
日本スケートボード協会の元事務局長の横山純さんが、作成したスケートボードのフリーペーパー「ZIPANG」からの言葉に震えました
"私の中での「スケーター」の定義とは、スケートボーディングに選ばれた、そして、それに答えた人達を指す言葉なのである"
ここから私は思いました
1、自らの意思を超えるパッション
2、それを認識して覚悟を決めるパッション
3、軋轢の中それがカッコイイという大義と仲間
この放送でもお話ししましたが、絵画のアーティストのお話で、自分の意思で書くというよりは、書かされている、というお話がありました。
何か自分じゃない存在から、これをやれと言われているような感覚、それは、神の啓示という場合もあるのかもしれませんが、私は自らのパッションが究極に炸裂している状態なのでは、と思いました
自分自身でさえなくなる状態というか、パッションが自分自身より前に出てしまって、自分はどうでもいいから、それをやらなければみたいな感覚
それはもちろん、洗脳のような誰かに操作されているということではなく、自分自身から発しているということが、大前提ですが
もしかすると、チクセントミハイさんのいう、フロー状態もそうなのかもしれないなと。でも、それはスキル軸と挑戦軸の到達した時に発生するものなので、一目惚れのような、そんなこともある気がしました
そして、それは、自らの意思を超えて発生してるものなので、それを自らの意思で受け止めて、そして自らの恣意の中に咀嚼して、人生を賭けると、覚悟を決めることも、また、その次のフェーズとして、重要なのだなと、改めて思わせて頂きました
その上で、仲間と出会い、誰がなんと言おうと、これが、かっこいいのであるのいう、みんなの大義が生まれた時に、独りよがりの活動から、イノベーションのような活動に繋がっていくのかと思います
横山さんは、きっとそんなパッションの究極の炸裂ごあって、そこで生きる覚悟を決めて、そしてフリーペーパーを作り、それがバイブルになって、仲間がうまれ、そして堀米雄斗さんという、オリンピアンまで生むイノベーションになった
そんなお話に私には思えました
自らの意思を超えるほどのパッション、そのパッションを捕まえる勇気、そこに感動でした
意思を超えるパッションを掴むノベーション
そんなことを思いました^ ^
参考:NHK 新プロジェクトX〜挑戦者たち〜
「スケートボード 頂点へ“日陰者”たちの逆転劇」
初回放送日:2024年11月16日 https://www.nhk.jp/p/ts/P1124VMJ6R/episode/te/G53Y4N8Z4P/
動画で見たい方はこちら
https://youtu.be/qBCMk2J3UYw
世界的なアートを展開している、社会福祉法人の、やまなみ工房施設長の山下完和まさとさんの言葉に震えました
"人の目を気にせず、ひたすら自分の好きなことに向かうと言うか
売れる売れない関係なく、自分の世界を表現する
そこになんか崇拝していたロックスターにあったような気持ちになって"
"本当のこう内からこう溢れ出た表現というのは、人々に訴えるものがあるでしょうし、彼らの持つ作品の磁力かと思いますね"
ここから私は思いました
1、パッションの源
2、ブレイクザバイアス
3、ロックスター
真に自らのパッションの源に従って生きるということは、お金や家族や仕事の心配など、どうしてもブレブレになってしまって、折衷案や妥協をしてしまうことが、日々の私なのですが、そういう生き方をしている人たちがいる、ということに感動しました
山下施設長の凄いところは、施設の皆様とのコミュニケーションの中で、そこに気づいて、普通の社会生活を目指す方向から、自らのパッションの源に従って生きてもらう方向性に、大きく転換した点にあると思います
本当はパッションの源に従って生きることこそ、人生には1番大切なことなのに、そうではない、ある意味、みんなが向かう方向に進んでしまう、それこそ、実はとても気をつけなくてはいけないバイアスなのかもしれないなと、改めて気付かされました
それは、まるで、誰にも迎合せずに、自らの声や音楽を信じて、ひたすら叫びつつける、まさにロックスターのように思えたということに、激しく共感しました
でも実は、ロックスターは、特別な人なのではなく、自らのパッションの源に忠実に生きること、それを実践している場が、ロックだったというだけで
様々な活動を、みんなが知らないだけで、自らのパッションの源に従ってやってる人たちがいる、ということなのかもしれないなと
売れるとか、誰に認められるとかではなく、自らのパッションの源に忠実に生きてるのか?
それを問われている、そんな気がしました
尺度は、みんなと一緒のことができるかではなく
自らのパッションの源に忠実に生きてるか、
そしてそういう人には、応援という仲間が集う
ロックスターのように生きてるかノベーション
そんなことを思いました
参考:テレビ東京 ブレイクスルー 世界的ブランドも注目!異彩を放つアートの拠点放送日 2024年11月23日(土) https://www.tv-tokyo.co.jp/breakthrough/
動画で見たい方はこちら
https://youtu.be/RUFMx8COZzI
リチャード・ランガムさん、ブライアン・ヘアさん、ビクトリア・ウォバーさんの共同研究による「自己家畜化(self-domestication)」の考え方に衝撃を受けました
"人類の行動は、家畜化された動物の行動と似ていると考えられることが多い。"
"人間には、所属する社会集団内で争いを避ける傾向がある。われわれは多くの野生の哺乳類に比べて、非常に寛容だ。しかし、そのように温厚でありながら、別の面では非常に攻撃的な種であることもまちがいない。"
"私たちの社会的寛容は、「反応的攻撃性(reactive aggression)」が比較的低いことに起因する。一方、命にかかわるような暴力は、「能動的攻撃性(proactive aggression)」によってもたらされる。"
"「能動的攻撃性」は「反応的攻撃性」と対立するのではなく、それを補うものなので、反応的・感情的な攻撃性が進化の過程で抑圧されても、能動的・計画的な攻撃性は積極的に選択されうる。"
"人間は、完全な善でも完全な悪でもないのだ。われわれはふたつの方向に同時に進化してきた。"
ここから私は思いました
1、自己家畜化という進化の選択
2、寛容を補う暴力
3、倫理の対話
自己家畜化と聞くと、ネガティヴな印象を受けていましたが、ここで言われているのは、あえて、寛容な社会を選んだ進化のことを言われているのかなと思いました
それは、激昂するなどの、反応的攻撃性を極力抑えてきた、寛容を選択するという、集団の意思が働いたのかなと、それによって人類は社会的な協力という進化を遂げてここに至るということかなと思いました
しかし、衝撃的だったのは、それを補うシステムが必要とされているということで、それに反するものたちへの、例えば処刑という形での、能動的攻撃性によるシステムが、寛容を補う暴力として、同時に進化してきたということかと思いました
その際たるものが、戦争という形を取る、ということになると、戦争は無くせないのかという気持ちになってしまいますが
言葉が寛容を育てたように、そこにたくさんの考え方がある中での、対話による倫理という拠り所を支えにして、我々が実現したい大義としての人類の繁栄を目指すために、擦り合わせをしていくということが大切なのかと、改めて思いました
寛容という善と、暴力という悪は、補完しあって進化してきている、それをどう共存させるかが、我々のこれからの道なのかなと
善と悪は共存する前提ノベーション
そんなことを思いました^ ^
参考:本: 善と悪のパラドックス ヒトの進化と〈自己家畜化〉の歴史 2020年10月22日 初版第1刷発行 著者 リチャード・ランガム 訳者 依田卓巳 発行所 NTT出版株式会社
ネフローゼ症候群が再発した時に、ヨガの先生から言われた言葉に助けられた白井美穂さんの言葉に感動しました
"健康であることが幸せではなくて、幸せであることが健康だよって言う、一言を言ってくれた時に
ちっちゃい幸せって日常の中にあるし、自分がその小さい幸せに気づくことができたら、健康な思い描いてた人になれるんじゃないかなと"
"病気があっても、幸せだったり健康だったりと言うのは、叶うものなんだって、すごい楽になりました"
ここから私は思いました
1、幸せの三要素
2、ヴィクトールフランクルの生きる意味
3、情熱の源でいきること
幸せの三要素の話をする際に、健康、仲間、成功(富)があるとのお話を、させて頂くのですが、逆にその三要素がない場合、どうなのか?という問いなのかなと思いました
今回のお話にある、幸せであることが健康だよ、というのは、本当に素敵な解釈だなと思いました。
そこで思ったのは、夜と霧のヴィクトールフランクルさんの、生きる意味を求めるのではなく、置かれた状況の意味を考える、ということです。実は自分中心で考えるのではなく、意味を中心に考えるのだと。
万が一、健康が損なわれたとしても、その状態にある意味を考えることなのかと。それはすなわち、置かれた状況を肯定して考えた時に、どんな意味を求めることができるのか、ということなのかと思いました。
そんな時にこそ、自らの情熱の源に沿って生きること、それができているか?または、そう生きることが意味になる、という考え方もできるような気がしました。
白井さんは、ヨガ講師を目指して、それを実現されたわけですが、それはまさに、自らの情熱の源の通りに、動かれたということなのかもしれないと、思いました。
今置かれた状態が幸せなのだと肯定した時に、より健康に生きるためには、自らの情熱の源に正直に生きるということなのかもしれないなと
幸せであると肯定して生きるノベーション
そんなことを思いました^ ^
参考:テレビ東京 生きるを伝える ヨガ講師 白井美穂 2024/11/23
動画で見たい方はこちら
https://youtu.be/eA3jEF8wCi8
11人の子どもたちが寮生活をする、千葉県の「柏相撲少年団」の永井明慶先生の言葉に感動しました。
永井先生曰く
"信じてあげて、言葉をかけ、一緒に生活して、そして夢を実現していく
土俵は本当に強くなるだけじゃなくて、人生を変える場所だと思っています"
寮生で小学生の豪くん曰く
"自分で言うのもあれですけど、成長したと言うか、前よりできることが増えました"
豪くんのお母さん曰く
"子供の可能性って無限大 それを私が決めてとかは、しちゃいけないんなだなって
豪が頑張ってるんだったら、私は全力で自分のできることをしてあげよう"
ここから私は思いました
1、信じてあげるから、信じられる
2、誰かを頼る
3、超一流になるためには努力か才能か
寮生で小学生の豪くんが、自分が成長したと思うと、言えるようになったのは、一つは、永井先生が、「お前はできる」と毎日激のはいったメッセージを送って
そしてめちゃくちゃ辛い練習を積んでいって、ついには一勝をすることができたと言う成功体験をもたらしたことにあるなあと思いました
そうすることで、学校にも行けなくなっていた豪くんに、自分を信じることができるようになったのではないかと思います
つまり、永井先生が豪くんをとことんまで信じてくれたから、豪くんも自分を信じることができるようになっていった、と言うことなのかと思いました
そして、もう一つの大切な点として、豪くんが学校にも行けなくなった時に、お母さんが永井先生を紹介されて、そして英断として、そちらに行かせたと言うことが大きな分かれ道だったと思いました
それはある意味、お母さんは自分1人でやらずに、相当な決断だったと思いますが、永井先生を頼ったと言うことだと思います
以前、1311回にお話しした、責任を果たすには頼るノベーション、のように、実は自己責任を果たすためには、人を頼ると言う選択肢がある、または責任を果たせないのなら頼らなければダメ、とまで言えるのではないかと思いました
それで豪くんのお母さんは、自分自身としても、自分の子供の可能性は無限大、と気付かれたので、頼ることによって、自分自身にも豪くんにも、とても良い結果をもたらしたのだろうなと思いました
ここから思うのは、アンダーソンさんの大好きな本の、超一流になるためには努力か才能か、の中にある3つの法則を思い出します
超一流になるには、1、一流の先生に習う 2、コンフォートゾーンを抜け出す 3、自分を信じる、と私は解釈したのですが
永井先生を頼ったのは、1の一流の先生に習うことを実現し、そして、永井先生の熱血指導で、豪くんは2コンフォートゾーンを抜け出し、そして永井先生からの、お前はできる、と言う信じる気持ちから、自分を信じる気持ちが生まれた
超一流になるための鍵を実践していって、人生を変えていった
永井先生やお母さんの、豪くんを信じる気持ちが、豪くんの成長パッションに火をつけた
信じる気持ちが成長パッションに火をつけるノベーション
そんなことを思いました
参考:NHK 「Dear にっぽん」 「できるんだから お前は ~千葉・柏相撲少年団~」 初回放送日:2024年3月17日
チコちゃんから、アメリカの心理学者バーナード・マインスタインさんの仲間になるステップに、考えさせられました
"アメリカの心理学者バーナード・マインスタインは、人が仲良くなっていく過程を、お互いが求め合う要素である、刺激(Stimulus)、価値観(Value)、役割(Role)の3段階で分類してます。
SVR理論と言われるもので、これによって真の仲良しとは何かが分かるそうです"
ここから私は思いました
1、友達における役割へ繋がり
→役割へ繋がるのにハードル
2、組織における役割への繋がり
→役割はあるが真の仲間にハードル
3、価値観の真の共有が鍵
→大義の真の共有
チコちゃんの中では、ペアルックの方々が実は、役割分担のフェーズまで、行けていない方がほとんど、と言うのが衝撃の結果だとだったわけですが
長年連れ添った夫婦みたいに、自然に役割分担が決まっていって、今、あの人が何考えてるなんて手に取るように分かる、くらいなところまで行けるかどうかと言うことなのかと、思いました
分業は人間の最大の発明であると、どなたか忘れちゃましたが、言葉の通り、誰かがやれないことを私がやる、というとても美しい自主的な役割分担が生まれると言うのが、社会的な動物である人間には、大切なのだなあと、つくづく思いました
そこの領域に達するためには、二つ目の価値観を、腹のそこから理解し合えるところまで、行けるかと言うことが、とても大きな鍵になるなあと思いました。
ある意味、この価値観は、イノベーター3つのフレームにおける、大義と同じで、世の中にどんな価値を提供するのか?と言うところが、同じ大義で握れるかどうか、そこにかかってる気がしました
一方、組織における役割分担というのは、あらかじめ決められていて、だからこそ組織は動くわけですが、そこに、価値観つまり大義の共有化、または腹落ち感がないと、いつも仲の悪い開発と営業みたいになっちゃうなと思いました
ある意味、ピラミッドの真ん中の価値観が情勢されないまま、役割分担だけ決めるというのは、組織上仕方がありませんが、そこから、各々の立場での価値観つまり大義を、腹落ちするまで議論や意見交換ができると、ずいぶん変わってくる気がしました
それは、友達づくりと実は同じで、役割が決められていても、真の役割分担という、自らが相手ができないことを、助けてあげるような分担が生まれてくると、それは本物の仲間としての、新たな役割分担と言っていたような気がしました
友達から真の友達になるのも、組織の役割から真の仲間になるのも、ピラミッドの真ん中の、価値観つまり大義を、腹落ちするまでしっかり見据えて自分のものにして、意見交換で深めていく、こんなことがとても大事だなと思いました
それによって、あらかじめ決められていた、役割でさえも、自らが軽々と超えていける
一言で言うと
大義が役割を超えさせるノベーション
そんなことを思いました^ ^
参考:NHK チコちゃんに叱られる!▽コンソメとは▽教室の窓の謎▽なぜおそろいに? 初回放送日:2024年11月22日 https://www.nhk.jp/p/chicochan/ts/R12Z9955V3/episode/te/Q384JXGGP8/
菅付雅信さんより、サイエンス・ライターとして数々のベストセラーを生み出しているフィリップ・ボールさんの著書『音楽の科学』(河出書房新社)から、衝撃的な音楽の捉え方を教えて頂きました
"音楽は脳のすべてを駆使する活動である。音楽には、理性や論理的思考も必要だし、それに加えて原始的な本能も必要になる。私たちには、音階や、リズム、拍などを無意識のうちに識別し、理解する能力が備わっている。
(中略)
そうした能力は訓練によって向上することが多い」 ボールは、音楽の目に見えない特質に注目する。
彼によると音楽を理解するとは「目に見えず、手で触ることもできない抽象的なものに対応した地図を瞬時に描く能力を有していること」"
ここから私は音楽には、イノベーター3つのフレームがあると、思いました
1、原始的な本能はパッションの源
2、仲間とのハーモニー
3、具体と抽象の往復運動で見えない地図を書く大義
音楽が脳のすべてを駆使する活動である、との言葉には、目から鱗が落ちる思いでした。
確かに、音楽理論や楽譜を理解して演奏や歌を歌うのには、めちゃくちゃ論理的な具体思考が必要だし、それを感情を込めるとか、ハーモニーを響かせるというのは、極めて抽象的な思考だなあと
そして、その具体と抽象を行ったり来たりしながら、オーケストラやバンド、アカペラも奏でられていくし、さらにはそれを聴く側にも、抽象的なイメージから具体的な体験へ昇華して涙したりする
これは、めちゃくちゃ脳を駆使してるし、音楽を学んだり奏でたりするとは、きっと脳を鍛えるのにめちゃくちゃ効果がありそうだなと思いました
さらに、音楽は、原始的な本能を必要とする、ということは、まさにそうだと思います。自らの原始的な本能からの思いの爆発があることで、その音楽は無限に人の心に響くものになるので、それは言ってみれば、イノベーター3つのフレームにおける、パッションの爆発だなと思いました
さらにイノベーター3つのフレームで考えると、仲間の機能は、まさに自分1人だけではできない、例えば、オーケストラなどのハーモニーを、仲間と共に奏でる必要が出てくるので
仲間との関係性や信頼性、そしてリアルに感じて一体として変化をしていく必要まであるので、半端ない仲間とのコラボレーションを必要とするものでもあると思いました
そしてさらに思うのは、この仲間を結びつけているのは、見えない地図を、みんなで創り上げていこうという大義がある、ということなのではないかと思いました
それは、奏でてる人を超えて、アートは見てる人がいて初めて完成するのと同様に、聴いている人も同じように、見えない地図を、自分の中に描くという、大義にのっかてるなあと、思いました
ということで、改めて、音楽をする、ということは、具体と抽象化の往復運動、そして、イノベーター3つのフレームなど、クリエイティブな脳を創るという意味で、めちゃくちゃ大切なことだと。
子供だけじゃなく大人になった今でも、音楽をやり続けることは、または始めることは、イノベーターのような新しい価値を創る人には、欠かせないと思いました
音楽は皆で見えない地図を創るもノベーション
そんなことを思いました^ ^
参考:本: インプット・ルーティン 天才はいない。天才になる習慣があるだけだ。 2024年6月4日 プリント版第1刷発行 著者—菅付雅信すがつけまさのぶ 発行所—ダイヤモンド社
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